皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~

網野ホウ

出撃の後処理 幕間 その3

 それからほどなく退院したギュールスは第一部隊に退院報告をする。
 ロワーナの嘆息を浴びながらも、それにめげずにメンバー達はギュールスにアクセサリー作りを急かす。

「これもリハビリのうちだからねー」

 都合のいい言い訳をするメンバー達に囲まれて連れられて行った先は工房。
 言いくるめられて作業を始めるが、ブランクを取り戻すためと思えばそれも悪くはない。

「みんな同じでいいんですか? 個性とか考えなくていいのかな」

「お揃いってのもいいんじゃない? それに誰々はこれ、誰々はあれ、なんて別物にしちゃうと、通信機能の付け忘れの相互確認もしづらくなるし」

 それも一理ある。
 そして同じ物を作るとなると、要領も得ている分、数は多いといえど完成まで手間取ることも少ない。
 ところがである。

「……ひょっとして、俺、今日一日ここで缶詰?」

「大丈夫。ギュールスの監視は交代で出来るから」

「キノコ以下呼ばわりされた日にゃ、流石に黙ってらんなかったけど二日間缶詰なら人数分完成させられるでしょ?」

 罰として、というだけなら苦行以外の何物でもない。
 しかし冗談は別として、それだけ自分の作る物を欲しがっているのだとしたら製作者冥利に尽きるもの。
 そんなことを思いながら作業の手は進む。
 それに缶詰とは言いながら、工房の利用時間にも制限がある。
 夕食の時間前には退所する必要があり、この日の作業は四人分を完成させた。

「痩せる思いでしたけど……入院中の食事が……つらかった……」

「まぁおいしくないなんて話もあるけどねー」

「食事量が足りないなんて不満も聞いたことあるわね。私達には全く縁のない食生活。入院したことないしね」

「いえ……ちょっと量が多すぎて……看護師さんからは全部食べろと言われるし」

「普段もあまり食べない方よね。で、全部食べたんだ?」

 答えはノー。
 無理して食べるとその次の食事は全く手を付けられなかったギュールスは、それでも回復は順調。
 見た目で分かるほどではないが、入院前よりも体は痩せて退院した。

 監視役と一緒に食堂に入ると、ロワーナも入れた第一部隊全員が揃っている。

「特別なことはせんが、退院祝いということでな。ちょっとした報せもある」

「おー。じゃあまたさらに痩せるのかな?」

「どういうことだ?」

 体力が減少することを案じたロワーナよりも真っ先に反応したのがエノーラ。
 第一部隊の中で、極端な差はないが一番身長が高く、筋肉質である。
 余計な脂肪がないので健康的ではあるが、それでも体のラインは気にしているらしい。

「落ち着け。まずは食事する前にそのちょっとした報せについてだ。ギュールスの今後の扱いだが、今まで動揺第一部隊に在籍するが、私の護衛の任務にも当たらせることにする」

「護衛? というと?」

「皇帝やエリアード……皇太子か。には親衛隊がいる。私の皇帝継承権はさらに下になるからそのような兵や役職は必要はない。そしてギュールスの立場の認識がなかなか好転しない」

 あぁ……とその話を理解する反応がメンバーから出る。

「そして万一私の肩書が変わっても、私の指示を受けるという立場は変わらないというわけだ。だから私の警護だけでも問題はないのだが、それだと実戦の経験が不足するだろうということで、やってもらうことは今まで変わらない」

「それなら近衛兵の中からも、兵科外からも何か言われる筋合いはなくなりますね」

 メンバーからは感心の声が上がる。

「詭弁かもしれん。だがそれだけ大切な人材であるという主張を周りに訴えた人事と見てもらえるなら、周りの見る目も変わってくれるかもしれんという期待を込めてというわけだ」

 それならば確かに団長の言う通り、身内からの雑音の対処の一つにはなる、と全員が納得した。

 しかしギュールスは浮かない顔。
 何か気に入らないことがあったかとロワーナは尋ねたが

「アクサセリー作り、三人分残ってるんで、明日も缶詰かなーと」

「……人の話聞かんか」

 ロワーナは疲れたようなため息を軽くついた。

 …… …… ……

 翌日の朝食直後から工房に引っ張られるギュールス。
 朝からの監視役はエノーラとティル。
 エノーラはいつになく深刻な顔をしている。

「エノーラさん、昨日の夕食の時からなんかこう……。調子悪いんですか?」

「む……、いや、その、なんだ」

 エノーラが口ごもるのは、言っていいのか悪いのかの判断に迷っている時。
 公私混同をあまり好まない彼女は、休養日以外は任務中という意識を持っている。
 たしかに通常時に、何らかのトラブルが発生した公共の場に居合わせれば、それに対応する義務がある。
 それも任務の一つであるとは言えるが、常にどこかでトラブルが発生しているわけではないし、それを前提に外出しているわけではない。
 だから厳密に言えば、このように移動している間は任務外での行動であり、私用や私語にも制限はない。

「エノーラさん、時々堅苦しすぎる時ありますもんね。まぁ団長……って言うか、隊長代理をすることが多いから仕方ないでしょうけど」

「……ティルは気にしたことはなかったか? その、なんだ、体型、とかな」

「……別に気にしたことはありませんよ? って言うか、ごく普通の体型ですし。魅力よりも体力と魔力の方が大事じゃないですか。ギュールスが来てからは、流石に知力も鍛えないとまずいかなって思ってますけど」

 実際エノーラの気にし過ぎではある。
 街中の巡回の任務は、彼女達は全く気にすることはないがその場にいる住民達の目を奪う容姿。

「……最近胸囲とウエストの差が縮まってきてな」

「エノーラさんの腹筋見えますもんね。でも太ってるんじゃないからいいじゃないですか」

「……ギュールス、その……なんだ、お前の食生活では、その、体を細くする効果がある物ってあるのか?」

「エノーラさん! 悪いことは言いません! 草そのまま食べるのだけは止めましょう! 効果があったら食生活を元に戻せませんよ!」

「俺もお勧めしません」

「ほら、ギュールスもそう言うし!」

「まず草の種類の区別付けてからにすべきです」

「「そっちかよ!」」

 …… …… ……

「……そもそも」

「ん?」

 工房で残りの人数分のアクセサリーを作る作業を始めたギュールスがぼそりと呟く中身は、自身の体質について。

「俺が草を食うのは、誰からも文句言われなかったから」

「……まぁ、そうらしいな」

「で、食えるかどうかの判断が出来てた」

 二人はギュールスの物の言い方が気になったが、彼自身そんな能力を持とうと思ったわけではなく、誰からか教わったことでもなく、いつの間にか身についていたとしか言いようがなかったことらしい。

「で、次に種類の区別がつくようになって……」

 正確な作業を進めつつ、口からは彼の身の上話。

「味は、味覚がダメにならなきゃ何でも良かった。でも、毒を食らっても平気だったから毒味はあまり意味ないかも。キノコ以外は」

「キノコはダメなんだ……」

「特にシイタケがダメ」

「「ただの好き嫌いじゃん!」」

 作業の手を止め、思いっきり不満の顔をエノーラとティルに見せる。

「お前が食うもんじゃないって殴られましたから」

「「なんか、ごめん」」

 作業を再開するギュールスに、エノーラは話しかける。
 道具に触ったりするのは彼の気を散らすことになるが、話しかけるのは問題ないらしい。
 この日の工房の利用客も、彼らだけである。

「ほかに……これを食べたら痩せそう、みたいなものはないのか?」

「俺が食う物は、みんな、食べること自体想像しないって物が多いから、痩せやすくなる物とかあったとしても、そんな食べ物のお勧めはできないですね」

 こっちから求めた条件にもしあったとしても、普段の食生活にはない物を無理に勧められて断る返事に詰まるよりは、そのように言われる方が逆に安心はする。
 しかし望みを叶えてくれるかもしれない答えもないことには気落ちする。

「……そういえば、二回目の緊急出動あったじゃないですか」

 珍しくギュールスから話しかけられたその中身は、魚の姿をした魔族討伐に出た時の事。

「初めて海ってもんを見て、初めて海の中に飛び込んじゃっいましたけど……。ちらっと海の中を見たら、食べられそうなのがいっぱいありましたね」

「……まぁ海産物も豊富に獲れるからな、あの地域は」

「海に潜って食べても、誰からも見られないかもしれないなーって思いました」

 魔物一体に止めを刺すために、その体の中を貫通した後のことを思い出したギュールス。
 仕留めた手ごたえがあったのか、当時はいくらか心に余裕があったようだ。

「魚介類は口にしたことあったでしょ? 病人食にも出てたんじゃない?」

「あー……、どれも体には良かったみたいですが、えーっと、昆布? あれはちょっと」

「昆布がダメ? なんで?」

「なんか、喋りそうな気が……いえ、何でもないです」

「「わけわかんない」」

 …… …… ……

 エノーラとティルの監視も交代。
 昨日よりも一人分少ない作業は、昨日よりも順調に進み、緊急出動もなし。
 それでも昼休みを入れながらの一日中の作業。
 夕刻にはすべての工程を終えて、明日からは第一部隊の一員としての任務に戻ることになった。
 そしてこの日の夕食も、第一部隊全員が揃っての食事。
 ただし今回は、食堂の個室を使う。
 他の部隊からの抗議で過激な行動を起こされ、アクセサリーが破損することがあっては困るのだ。

「おぉー。綺麗なもんだねぇ」

 テーブルの中心には、ロワーナとお揃いのアクセサリー七人分が置かれている。

「まったくお前達は……。これはただの装飾品じゃないんだぞ?」

「だったらなおさら欲しいじゃないですか、団長! 日常でも戦場でも頼りになるなんて、レアですよレア!」

 アイミが目を輝かせて主張する。
 全員が、どれが一番良さそうな物だろうと熱心に見比べている。

「どれも同じになるように作ったんですから差なんて出るはずないじゃないですか……」

「それでもこれだけ並んでたら選びたいものなのよ。どれがいっかなー」

 全員がテーブルの上のアクセサリーに夢中になっている間に、こっそりとロワーナはギュールスに話しかける。

「よくこんな高価そうなものをこんなに作れたな」

「倉庫の素材を探して、同じ材料のものを人数分揃えて……。まるっきり差が出ないように、質も同じ素材を見つけるのもかなり……疲れました……」

「あ、あぁ、お疲れ、だったな」

 考えてみれば緊急出動であわやという場面に遭遇。
 それでも難を切り抜けた彼女らへのささやかなボーナスとして考えれば、こういうのも悪くはないか、と無邪気に喜ぶ第一部隊の全員の顔を見てそんなことを考えるロワーナだった。

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