皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~

網野ホウ

小さい傭兵と混族 中


 ギュールスはウィラを庇うことが出来た。
 岩盤がちょうど二人がいる隙間を作って、魔族からの攻撃を守るような角度で地面に落ちていた。
 その周りには大小さまざまな岩が落ちる。
 他のメンバーの安否は不明。
 ギュールスはウィラの無事を確認するが、ほとんど光が差してこない。
 その代り、魔族からの攻撃も届かない。

「ち、近寄ら……」

「しっ」

 ギュールスは自分の背を外側に向け、岩盤から落下する小さい瓦礫からウィラの身を守っている。
 瓦礫から守られるよりもギュールスから離れることを望むウィラは逃げようするが、ギュールスはそれを制する。
 生きていることを悟られれば、魔族は傍に居続けるだろう。
 魔族も、餌が目の前にいるのが分かればいつまでも手をこまねいてばかりではなくなるだろう。
 岩盤の隙間もいつかは大きくなり、その時は二人揃って魔族達の餌食になる事は間違いない。

 外界からは部隊のメンバーの悲鳴が聞こえる。
 恐らく魔族の犠牲になったと思われる。
 聞こえる悲鳴がうめき声のように代わり、そんな声から岩盤を通す力のある声は消えていく。

 部隊のメンバー達からは歓迎され、温かい拍手で迎え入れられた少女。
『混族』と罵られてばかりの自分よりも大切に扱われ、しかもこれが初陣であり、まだ人生これからという年代の、まだ子供と呼ばれてもおかしくはない少女。
 そんな少女から初対面の時から軽蔑され、罵倒された。
 それでも、だからこそ、おそらく全滅したと思われる仲間達に代わり、生き残った自分がこの少女を助ける義務がある。
 ギュールスはそう感じた。

 なぜならば、誰からでも虐げられようが軽蔑されようが種族が何であれ、魔族から命を狙われる者という立場から見れば同胞なのだから。
 生存することを選ぶなら、同じ社会に生きることを望む同胞なのだから。

 外の様子が静かになる。
 ギュールスは少ない光量の中、上方を見る。大きい瓦礫が落下しないことを確信。
 なるべく岩盤に振動を与えないようにゆっくりと動き、少女から離れる。
 ウィラは嫌悪と恐怖の表情。薄暗い中でもギュールスは見て取れた。
 いや、体を小さく丸め、ガクガクと震わせている小さい体を見てそのように思い込んだのかもしれない。
 一瞬だけ悲しい顔をするが、普段の生気のないような表情に戻り、地面に近い隙間を探す。
 その中で一番大きい隙間を選び、目を閉じながら肩を押し付ける。
 ウィラにはその肩から先にあるはずの腕がないように見えた。
 ウィラの顔に一層恐怖の色が浮かぶ。

 しばらくしてギュールスは「ヘンゲ、サン」と一言呟く。
 すると頭から胸のあたりまでのシルエットがなだらかに崩れ、その隙間に流れ込んでいく。
 戦士として登録し、魔族との戦争に参加しているギュールスは、それでも魔術師を自称する。
 その自称する所以の能力を発揮した。
 薄暗い中でもそれが見えたウィラはもう、ギュールスに悪態をつく力もない。

 同じ部隊のメンバーだと思っていた人物が、魔族だった。

 彼女はその思考に囚われ、それは体を支配したように動かせないでいる。
 隙間の大きさが、ウィラが這いつくばって出られるくらいにまで広がる。
 するとギュールスの体は元に戻る。
 その隙間とウィラから距離を置くギュールス。

「絶対に声を出すな。出来ればなるべく音を立てずに歩いてこの場から離れること」

 そうささやきながら、隙間に向かって何度も指を差す。

「歩くのには何時間かけてもいい。それで無事に帰れるはずだ。襲ってきた魔族はここから遠ざかった。走ってもその気配に気づきはしないだろうが、念のため、な」

 ウィラはそれでも動こうとしない。

「……ライザラールに着いたら外壁正門のすぐ内側にある本部に行くこと。このまま長くいたら、今度は俺達の匂いに勘付かれる。逃げるなら今しかない。最悪な事態になっても大声を上げて走るんじゃない。いいな?」

 そう言うと、今度は「ヘンゲ・オシ」と呟く。
 今度は上半身がなだらかに崩れ、軟体生物のような形状に代わる。
 動けないウィラの背中と崖の隙間に入り、そのまま岩盤と地面の大きな隙間に向かって押しやる。
 恐怖で言葉が出ないウィラの全身をうずくまらせる格好にするとその間全身を包み込む。
 そのまま岩盤の外に運び出しウィラを開放。粘体は岩盤の中に入っていく。
 青ざめ、体を震わせたままのウィラは岩盤の方を見る。

「ひっ!」

 悲鳴を上げかけるが、自分の意志で必死にそれを圧しとどめた。
 岩盤の表にはおびただしい血の跡が広い範囲で塗りたくられているように付着していた。
 恐らく部隊のメンバーの血の跡だろう。しかし死体はどこにもない。
 岩盤の中からギュールスは声をかける。

「ライザラールに、静かに急げ。それで助かる」

 言われるがまま、彼女は王都に一人向かう。

「……また、嫌われるかな? いや、普段の嫌がらせをする人数が一人増えただけだ。ただそれだけのことだ。うん」

 岩盤の中でギュールスは自分に言い聞かせ、しばし仮眠をとった。

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