声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

376 運命の日 11

「安っぽいわね」

 お茶菓子の前に来て、そんな事を真っ先にいう静川秋華。勿論、その声はボソッとしたもので、私達意外には聞こえてないだろう。

「そうですかぁ? こんな物の様な気もしますよ〰? 生なお菓子が用意されてることなんてないし」

 静川秋華の言葉に浅野芽依が反応する。部屋の端っこに用意されたお茶菓子スペースは木製の籠に無造作にお菓子が放り投げられた様な感じに見える。そして3つあるポッドの横には紙コップが積み上がってる。
 確かに浅野芽依の言うように、こういうお菓子が限界だと思う。それこそケーキなんて出せないだろうしね。ずっと置いとくのもどうかと思うからね。まあ女性がたくさん集まってる訳で、ケーキとかだとテンション上がると思うけどね。

 籠に無造作に入れられた物よりも、更に綺麗に盛り付けられてた方が、高級そうに見えるのはわかるしね。でもそんなのはこの会社には合わないと思う。寧ろあの外観を思い出すと、よくこういうのまで用意してくれたなって思う。

「あっ、私これ食べた事ないです」

 宮ちゃんはいくつかある籠の内、せんべいとかが纏められてる籠の物を手に取ってる。なるほど、たしかに宮ちゃんみたいな若い子はああいうのは積極的に食べないよね。だから珍しく映るのも納得だ。

「そこそこね」

 静川秋華は一個一個包装されてるチョコを一つとって口に入れてそう言ってる。まあ普通に近くのスーパーかコンビニで買ってきたお菓子だろうしそこそこなのは当然だろう。

「おいひいですよ。静川さんは普段どんなの食べてるんですかぁ? やっぱり私達なんかと違うのかな〰? 私興味あります〰」

 浅野芽依の奴がグイグイと静川秋華にそんな風に詰め寄ってる。

「別に普通だと思うけど……六個で五千円くらいの奴?」
「ごせ!? マジですかそれ? いや〰、やっぱり大人気声優様は違いますね〰」

 最初素が出てたぞ浅野芽依。本当に羨ましそうじゃん。でもまあ私には驚きはない。静川秋華とあの車に乗ってると、ゴディバって描かれた箱が普通にあるもん。
 多分普段からチョコレートと言ったら、ああいう高級なやつなんだろう。

 やたら浅野芽依が大きな声で言ったから、他の声優たちも「そんな高級なの食べた事ない……」とかザワザワ言ってる。でも案外声優業界、お嬢様的な娘も居たりする。そんな人がここだってタイミングで出てきた。

「あらら、まさかそれってこういう奴ではなくて?」

 なんでバックから高級そうなチョコの箱が出てくるのかはわからないが、静川秋華は「そう、そんなの」とか言ってる。静川秋華は多分そのチョコの包装とか見てないねあれ。多分普段自分が食べてる物がどんなものかわかってない。

「やはり選ばれた物は厳選された物を食べなくてはいけませんわよね。静川秋華様は今の女性声優の頂点なのですから、そっちの安物なんかでは満足出来ないでしょう。どうぞこちらを」

 そう言ってパカって開いた箱からはまるで宝石かのようなチョコが顔をだす。ただのビニールに包まれた四角いチョコとは格が違うとひと目でわかる。周りの女性達もそれを見てゴクリと喉を鳴らしてる。

「いえ結構。知らない人から物をもらったら駄目と言われてるので」

 なんか静川秋華が常識を盾に彼女を一蹴した。まさか静川秋華がそんな常識的な事を言うなんて……私はわなわなと震えるよ。けど、それを言われたチョコの人もわなわなとしてた。

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