声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

342 私の体にはなんの価値もない

 ビルの地下は時間も時間だけあって車も殆どなくて、指定された車を見つけるのは簡単だった。別段高級車とかじゃない、普通のワンボックスカー。クアンテッドは送迎とか高級車だったけど、まああれとは会社の規模とか段違いだし、流石にクアンテッドでも末端の声優なんかにはあんな車は使わないと思う。静川秋華が特別だっただけ……と思っておこう。送られてきた写真で車を確認して近づく。すると中には誰かがいる。
 私は普通にマネージャーかな? 送ってくれるの? とか思って近づく。

(あれ? でもマネージャーはあの部屋にまだいるのでは?)

 近づく途中でそれに気づいた。今晩は徹夜とかマネージャーたちは嘆いてたしね。それに今まさに慌ただしくやってる頃合いだ。それなのに私よりも早く、地下に来て車で待ってるなんてありえない。ということはあれは誰? 実は車間違ったかと思ってもう一度写真を確認する。けどやっぱりこれっぽいが……そもそも比べる程に他に車ないし……とりあえず私はソロリソロリと車に近づくことにした。近づくに連れてその人物が誰かわかってきた。それは……

「社長?」

 我がウイングイメージ代表の社長だった。それなりにまだ若いお人で、多分四十代くらいだとは思う。四十くらい社長って結構すごいよね。まあウイングイメージは彼が立ち上げた会社ではないから二代目くらいだと聞いたけど。会長に確か社長のお父さんがいるはずだ。まあそんなことは私達にはあんまり関係ない。いくら社長とはクアンテッドのような大企業と違ってそれなりに距離が近いと言っても、何か気軽に言い合うなんてわけでもないし。

 それに一応というか、現実的に会社では一番えらいのだ。私は緊張してきた。学生時代に職員室に呼ばれたみたいな感じだ。何も悪いことに心当たりなくても、職員室に呼ばれるとそれだけで胃がキューとする感じと同じ。

「呼び出して済まないね匙川君」
「いえ……それはいいですけど……」

 そもそもヒラの私には社長様の呼び出しを拒否するなんて権限はない。昨今ではパワハラとかはすぐに問題になるものだけど……社長クラスがやることはそうそうね……言えないよね。それにそれを問題に出来るのは、我慢できなくなったやつか、元々能力とかがあるやつだよね。会社に依存しなくてもどうにかなるみたいな? 私にはそんな能力はない。フリーで仕事がくるなんてことはないのだ。
 だから会社は必要で、私にとっては面倒見てくれそうな会社なんてここしかない。つまりは私はどんなパワハラだって甘んじて受けなくてはならない。最悪、社長が体を求めて来たら明け渡すこともやむを得ない。まあありえないんだけど……私が美少女……とまではいわなくても普通の容姿をしてたらそれもあり得たのかもしれないが……私に欲情する男なんていない。いや流石にそれは自分が傷つくけど……少なくとも社長なんて偉い立場にいる人がわざわざ私なんかの体を求めるなんてことはない。
 だって社長なんて肩書があったら、それだけで女なんて抱き放題……かもしれない。
 私は何を言われるのだろうとドキドキしてた。流石にパワハラはないってわかってる。この人はそういう人じゃないし。でもじゃあ何? って言われると想像できないから緊張する。

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