声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

326 体の限界は心で超えられる……と思う

 会社の前で私は息を荒くはく。はっきり言って、既に打っ倒れそうだ。だって普段はこんなに走るなんて事はしない。いや、肺活量とかは声優として、鍛えてるし、ウォーキングくらいはしてる。でも流石に全力疾走って学生時代の体育祭以来だよ。心臓が飛び出そうになってる。てか口から逆流しそう。

『何やってるんですか先輩?」
「……芽依?」

 なんか浅野芽依がそこにいた。何故に会社の前に……こんな時間に? てか私と違って、浅野芽依はどうやらタクシーで来たらしい。そこそこ売れてるからってアピールか! 

「大丈夫ですか? 大丈夫ですよね? 私ちょっと急いでるんで失礼でーす」
「ちょっ!? ケホッ、まっ――」

 私はさっさと先に行こうとする浅野芽依を追いかける。まさかこんなに苦しんでる先輩を前に置いていこうとする!? でもそれでこそ浅野芽依って感じがするけどね。いやはや流石だよ。最近はそれなりに気心が知れて来た感じがするけど、 だからこそ、更に遠慮って奴がなくなってるね。ラジオでもそうだし。私の最後の仕事のあの伝説の爆死アニメのラジオもそろそろヤバいんだよね。
 なにせ爆死アニメである。二期があるわけも無し……そうなると、続けて行くのが……ね。まあけど今はそれじゃあない。それも大事だけど、今は未来の為に目の前のチャンスを逃すわけにはいかないんだ。私は心臓が爆発しそうな体を引きずって浅野芽依を追いかける。先に行ってる浅野芽依は結構早歩きだ。これが若さ……いやそんなの関係ないけど。私は小走りして浅野芽依に追いつこうとする。浅野芽依の奴は先にエレベーターへと入ってく。私は急いだ。けど……

「あっ……」

 私の目の前でエレベーターのドアを閉める浅野芽依。

「あいっ――つ!!」

 流石に今のはなくない!? だって私だって会社に来てるんだよ? 確かに同じ所に行くとは限らないけど、声優の担当がいる階は同じなんだから、行く先なんて大体同じだってわかるでしょ!! しかもあいつ、扉が閉まる直前、手を振ってた様に見えた。つまりは確信犯……

(は!? まさか……浅野芽依も目的は同じなんじゃ?)

 私は浅野芽依が乗ったエレベーターの示す階数を見る。まあ当然あがっていってる。どこに止まるかはここではわからないわけだけど……嫌な予感が押し寄せる。このタイミングで、事務所に現れた浅野芽依……そして多分だけど、目的地は同じ。浅野芽依とかなら、それこそ仕事とかで用事がある……なんて事は普通にあると思う。でも……だよ? 私の胸はとても早く鳴ってる。いや、ここまで走った影響かもしれないけど……言い知れぬ不安感がおそってきてる。私は階段に向かった。このビル、古くと十階くらいだし、全てが会社の持ち物じゃない。十階の内の三フロアくらいだ。七階・六階・五階がそうで……つまりは最低でも五階まで上がらないといけない。エレベーターは二つだけど、どっちも今動いてる。待ってると負ける……と私の心が訴えてる。
 だから足を使うしかない。私は会社の階段を一段跳ばしで上がり出す。

「ふんぬー!!」

 という叫び声を上げながら。

コメント

コメントを書く

「現代ドラマ」の人気作品

書籍化作品