声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

313 声の情報量を拡大しよう

「これはどういう事かしら?」

 私は声を作ってそういった。まあシチュエーション的には向こうは御姫様って事だけど……私的には虐げられ……というかまあそこまで行かなくても、立場が弱い的な設定だ。ちなみに私自身の役は勝手に国を牛耳ってる義母的な……ね。なので相対する御姫様は御姫様だけど、自分の娘じゃないのだ。
 だから辛く当たる。

 流石にこれだけで、私の中の設定を理解して貰うおうというのも傲慢かな? もう少し言葉を紡ごう――と思ったら、なんとか返答しようと彼女は頑張るみたいだ。

「あ……あ……」

 既にこの時点で声優としてどうなのか……という問題はある。マイクの前では余計な音は出してはダメだ。収録だったら、怒られてるよ。まあこの状態でこの子がオーディションを通る事はないとおもうけど。それこそクアンテッド内で作ったアニメでもあって、それが声優本人が本人役で出る……とかならあり得るだろうけど、彼女は今の所、彼女以外の何者でも無い。何者にもなれてない。
 そもそもなる気があるのかもよくわからない。

「わた……私は……その……」

 このままでは不合格間違いなしだし、本当になんでこんな子が声優事務所最大手のクアンテッドに入れたのか謎すぎる。てかこのままでは普通に放送事故だ。私はしょうが無いからテーブルをコンコンと拳でノックする要領で叩いた。
 本当はこんな事ダメだよ。でもしょうがない。彼女はマイクの前でテンパってる。もう本当にいっぱいいっぱいだということが本当にそのまま顔に表れてるんだ。これでは幾ら私が彼女を声で引き込もうとしても、無理だ。なにせ彼女は私の言葉を聞いてるかも怪しい。

 いや、聞いてるとおもうけど、流石に注意力散漫過ぎる。視線めっちゃ動いてるし……きっと頭の中で沢山の事を考えてる。ようは雑念だ。声を出す……そんなの誰にでも出来る事だ。確かにその通り、否定なんてしない。でも、私達は声の強さを信じないといけない。
 私はそれを信じてやってるよ。

 私の出した音で彼女がこちらを見た。その視線に私も真っ直ぐに彼女を見る。しかも両目でだ。それが必要だと思った。そして彼女が視線を外さないうちに更に声を出す。

「本当に貴女はダメね。ちゃんと自覚あるのかしら? 一応……一応姫と言う立場……いいや、そんな立場口にしたくもないわね。わかってるでしょう。貴女の居場所なんてここにはない。王の不逞の女の娘。私が直ぐにその立場に自分の娘を治めるから、心配せずに出て生きなさい」

 長台詞で抑揚たっぷりに、そして彼女を見ながらの台詞。彼女は目を離さない。さっきまでの彼女なら、直ぐに視線をずらしてだろうに……多分、入り込んでくれた筈だ。さて、次に何をいうだろうか? 流石に入り込んだのなら、今までの様子は変わるだろう。
 本当に彼女が声優ならね。

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