声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

309 やってみると難しい事って多い

「簡単……そうに見えたのかな?」

 私はなるべく穏やかに、その子に語りかける。大丈夫全然本心を載せてない声だ。ここで本心を欠片でも見せる様な演技しか出来ない声優ではない。勿論めっちゃ不快感を出すことだってやろうと思えば出来る。でもそんなことはダメだ。だってこれは現在進行形で配信されてる。クアンテッドチャンネルでね。大手ともなると、所属してる声優だって多いからね。

 会社単位で色々とやれるのは強みだ。今は声優単位でもYoutubeで活動してる人もいるけど、やっぱり会社で出来るってのは大きい。後ろ盾だしね。イベントとかもやりやすい。まあその代わり自由は制限される。でも結局、事務所に所属してる声優は完全に自由になんでも出来るって訳でもないしね。

 とにかく今はこの目の前の子の話しだ。私は一応Youtubeの反応も見てる。コメントはアリになってるからね。まあ最初は私に気付く人がいないかって事で反応を確かめて訳だけどね。もしもちょっとでも気付かれそうになったら、更に完璧に静川秋華に近づけないといけない。

 でも今の所バレそうになったことはない。静川秋華の名前を出すと騙した事になるからこのチャンネルのサイトとかにはMCとかなくして今週のゲスト声優を思いっきり目立たせる方向で行ってる。まあ元はそれが目当てだった訳だしね。

 静川秋華というネームバリューで視聴者を増やして、新人達をアピールするのがこのラジオ番組の趣旨だ。だからその趣旨をより色濃くしただけのサイト変更に疑問の声はない。静川秋華の名前が消えたって、MCをやってるのは静川秋華……の様な声を出してる私を静川秋華と勝手に視聴者が勘違いしてもそれは私達には罪はない。という理論だ。

 私、目の前で結構難しい事をしてると思うんだけど……そこら辺この子達はどう思ってるんだろう? まあパリピの二人は静川秋華というトップ声優の影としか私を見てないと思う。でもこの子はどうなんだろう? ここでそれを聞くなんて事は出来ないけどね。

「えっと……でも……やってみたら難しかった……です。私……そもそも大きい声出せないし……」

 確かにね。今もぎりぎりマイクが拾ってて、それをブースの音響さんが彼女のマイクボリュームだけを上げてる筈だ。

「これだけしかないって思ったわけだけど、でも専門とかに言ったわけじゃないんだよ? どうやってクアンテッドに入ったのかな?」
「えっと……スカウトされて……」

 驚愕……私もだけど、あと二人も驚いてる。まあ当たり前だよね。てか誰だよこんな子スカウトした奴。どうみても向いてないでしょ。どう言う事? 街歩いてたら「君、声優成れるよー」とか言われたの? この業界もそんなことしてるんだろうか? わからない。わからないから、聞いて見よう。なにせ面白そうだし。

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