声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

286 声優なんだから、声で示すだけ

 大好きな事に関われる。そうやって夢を見て頑張ってきた人達がここにいる。でも普段はそんな純粋な思いだけでやってる訳じゃない。人気が目に見えやすくなったこの時代。どうやっても、自分の位置って奴を気にしちゃう。
 だからこそ、色々と面倒くさい人間関係って奴が合ったりするわけだけど……今はそんな煩わしい物がなくなってる。だって今……ここにあるのは、どうやったらよりよくなるか……それだけだ。それが気持ちいい。私は次第に、普通に話せる様になってた。

 それは男女問わずだ。いつもなら異性よりは同性のほうがやっぱり話しやすい。そもそも私は人生の中で異性と喋った事なんて殆ど無いからだ。既に私は今までの人生の中で一番喋った事がある男性は父を除いては先生が一番に成ってるほどだ。それほど私は異性には免疫がない。

 だから普段なら言葉なんてなかなか出てこないんだけど……今はもうそういうの完全に超えてると思う。今は私達は異性やら同性やら、それこそ先輩とか後輩、ビギナーとかベテラン、売れっ子か干上がりっ子とか関係なくなってる。お互いに意見をいいあって、マイクから離れたら、直ぐに何かをペンで台本に書き加えてる。それが新人なら、まあよくやってるよねって感じだ。

 でも大御所ともなる方々は余裕を見せてる物で、そういう事はその場ではしたりしないのが普通というか……でも今は違う。何せいつもと情報量が違う。だから彼等もペンを握って台本に書き加えたりしてる。

 もちろんその頻度は私達ほどではないけど、それでも必死さは伝わってきて、それがまた隔たりを薄くしてると思う。だっていつだって余裕を見せてる人とせかせかとしてるこちら。なんかちょっと自分たちとはやっぱり違うなんて思っちゃうじゃん。でも今は皆が皆同じような事をしてる。

 まあだからって雰囲気が良いかというと……どうなんだろう? いつもの和気藹々とした感じではない。和やかな雰囲気で流れる収録が常だったけど、今はもっとピリピリとしてるのは確かだ。でもいつもの和気藹々とした雰囲気に私は溶けこんでなかったし、今の方が作品に向き合ってる感じがしていい。

「あんたと秋華はただ、魅せてくればいい。そうしたら俺達はついてくよ」

 なんかそんなことを言われた。色々とアドバイスとか求められたけど、収録中には直ぐにぶっつけ本番だ。下手な事をいうと、調子よかった声が崩れてるときもある。だから実際何が出来る訳でないわけで……どうしようどうしよう……とか思ってると、そんな事を言われた。

『声優なんだから、つまりはその声で示せ』

 多分そういう事なんだろう。静川秋華に魅せられるのはわかるけど……私はどうなの? とか思うんだけど……でもなんか私を囲んでた皆が頷いてくれたから私は台本と共に静川秋華の横に並ぶ。隣にいるのは今の業界ナンバーワン声優だ。でも……私は声で負けてるなんて思わない。他の全てで負けてるのは認めるよ。
 でも、声だけは、静川秋華にだって負けてない。私はそんな思いを心に秘めて最後の場面に声をあてる。

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