声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

285 皆好きだからここに居る

「あの……」

 緊迫した収録の空気の僅かな間に間。監督達が色々と話し合ってるあいだ、収録は止まってる。皆が死力を尽くしてるから、何やら色々と湧いてきたらしい。これは更にヤバくなりそうである。そんな事を想いつつ、私達は何時でも収録が再開できる様に待機してる。
 かなり喉を使ってるから、各々自分がやってる喉ケアをやったりして喉をやすませてる筈だ。普段ならこういう合間にはお喋り好きな人達が集まって喋ってるけど、今はそんな事もない。でもそんな中、なんと私が話しかけられた。私はビクッとなって体を静川秋華の方へと寄せる。こうすると、大抵の人は静川秋華に遠慮して引いていく。
 けど、今回はスクッと静川秋華が立ち上がり、私の所から離れてく。「ちょっ!?」とか思ったけど、離れ際にこっちを見た感じ、多分あれはわざとだ。ちゃんと向き合えって事か……まあ私ももっと現場と打ち解けようとは静川秋華と話してた。けどいざ話しかけられるとなったら静川秋華の方に逃げてたんだよね。それをあいつは気付いてたんだろう。

「えっと……なんでしょう……」

 彼女は年下だが、ライブとかも行ってる売れっ子声優だ。静川秋華は紛れもなく、今の声優業界ナンバーワンだが、彼女だってトップテンには入る逸材である。そんな人に流石に年下だからって強気ではいけない。

「匙川さん、凄いですね!」
「はい?」

 何やら私が驚いてると、行き成り彼女は隣に腰掛けてしかもぐいっと体を寄せてきた。ふわっとカールした肩までの髪から良い匂いが香ってくる。右目の下側に星形のシール? なのかなんなのかわかんないけど貼ってあって、更に目にはカラーコンタクト? が入ってる。かなりイケイケな部類の人だ。絶対にめっちゃSNSやってるよ。まあだからこそこの人の事は避けてた。関わると写真アップされそうだし。

「だってだって、どんな要求にも応えて大体一発だし、それにどんな声だって出せるじゃないですか! 私知ってますよ。静川さんと練習するとき、みんなの台詞似た声で喋ってるって! てか似てるっレベルじゃないです! 一体どうなって――」

 ジーと彼女が私を見つめてくる。すると更に後ろの方から、別の人もやってきた。

「それは俺も気になってた。男声もだせるよね?」
「演技だって凄いですよ。なんかいつもと全然違う。いや、自分たちだってそうあろうとしてるけど……」

 何々? 新手のイジメ? 持ち上げといて、後で堕とすんでしょう? 私がいなくなったら、皆で「あいつ調子乗っちゃってさー」とかいって笑うんでしょ? 私知ってるし。

「あの匙川さん、ちょっと相談に乗って欲しいんです。私の声どうですか?」
「いや……」
「俺もここあんまり上手く出来なくて……」
「なんで……」
「もっと声に感情を乗せるにはどうしたら……」
「そんなの……」

 ええ? どういう事? これは「やっぱりあいつ使えねー」って感じで私の陰口言う気だね。そうに違いない。

「ほらほら、お前達あんまりいっぺんにいったら混乱するだろう。匙川さん、良かったら、彼等の相談にのってくれないか?」

 彼はこの前私になんかいってきたベテラン声優さんだ。助けてくれるかとお持ったけど、相談には乗らせる気らしい。いや……私の勝手な意見で避ければ言うけど……後で陰口言わない? 私はとりあえずこくりと頷く。そして一人一人と順番に話す。いっぺんに話すなんてそんなスキル私にはないからね。

(あれ?)

 私ははっきりいって喋るのは得意じゃない。特に会話する相手があんまり親しくないとなおさら……でも皆真剣で、私の言葉をちゃんと待ってくれる。それに仕事の事だから、情熱がある。そこには私をおとしめるなんて気持ちはなさそうだった。

 皆目の前の役に、台本に真剣で、そんなの考えてる暇なんてなさそう。

(そっかそうだよね。だって皆、アニメが好きなんだもんね)

 私はそんな当然のことをようやく実感したかも知れ無い。

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