声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

283 タイムリミットは迫ってる

「おはようととの」
「おは……ようございます」

 私達は再び同じアニメの現場でそんな挨拶を交わしてた。一応静川秋華は私なんかよりもヒエラルキーが上だからね。友達といっても挨拶はちゃんとしないといけない。でも静川秋華はそんな私の一歩引いた姿勢なんて何のその、ぐいぐい来る。

「みてみて、ほらほら~」

 そう言って完全に直った腕を見せびらかしてくる。皆直ぐにその事に祝いの言葉を述べている。私も勿論不自然にならないように「よかったですね」って言ってた。でも……心中は決して穏やかではない。なにせ静川秋華の怪我は治っても、私の彼女の影としての仕事は終わってないのだ。

 そしてそろそろとこの仕事も佳境だ。なんか最近は静川秋華のこだわりに皆が感化されて収録は予定よりも長引いてるが……それに伴って製作の意識が……ね。いや元々この作品は皆さんヤル気満々だったけど、更にクオリティーをここに来て押し上げてる。

 そのせいで色々なところがぎりぎりだ。それが目に見える。なにせ今までは私達が声を録る時点で一応綺麗な線で絵は描かれてたのに、なんか今はラフみたいな感じになってしまってる。それよりも酷いと、丸しかない。どうやら絵を描く方は声に負けてられないらしい。

 まあ最近は声優が前に出すぎてる所あるからね。しかもこの作品には静川秋華がいる。イベントの客入りをめっちゃ見込めるんだから、バンバン前にだしていくよね。それでもアニメは絵なんだと。そういう自負がきっとあるんだろう。それを絵描きの人達が伝えるには声優みたいなイベントの場なんて無いんだから、作品に載せてる鹿内のだ。
 ようはクオリティー。でも納期は伸びなんだよね。大丈夫なんだろうか? まあ私達は制作のスケジュールを管理してる人達の手腕を信じるしかない。でも最近制作の人とかみてないな。見たとしてもなんかこう……雰囲気がヤバいから声なんて掛けられないんだけどね。幽鬼かな? みたいなね。そんな状態だった。きっと現場は戦争なんだろう。

 私達はただ最高の演技を絵に乗せる。そしてキャラに命を与える……それが役目だ。たとえこの仕事が終わって仕事がなくなっても……それは遅かれ早かれなんだ。静川秋華側の仕事はあるけど……それは私の仕事ではない。私自身の仕事じゃ……ね。

 ラジオの方も実はなんか圧力というか……スポンサー側から何か言われてるらしい。ラジオ自体は好評だから、色々とプロデューサーが動いてるらしいが……あの人はどこまで信用できるのかわからない。もしかしたらそれも大室社長の手回しなのかも……

「ととの、行きましょう」

 私は思考を持ち上げて収録に向かう。静川秋華が繋ぐ手に引かれて。その手はなんか頼もしかった。悔しいけどね。

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