声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

282 戻る事も、逃げる事も既に無理

「よし、やるか」

 俺はここ数日、アニメの絵コンテに魂を注いでいる。都内にある2LDKのマンションの一室。ゴミ袋がたまり、汚れた服が散乱してる……他者からみてらゴミ屋敷と言われ兼ねない惨状の部屋だ。部屋というかこの一室全てこの状態だ。

 嫁と子供が出て行って既に数年だ。この仕事が上手くいけば帰ってきてくれる……なんて甘い考えは持っちゃいない。だが……それでもこれまで落ちてきたその悪い流れ……それが上向きになる気はしてる。だからこそ俺は一心不乱で絵コンテを描いてる。実際にはまだ返事はない。

 いや、返事自体はあった。だがこのままでは無理だと言う事。だが無理と言われてはいそうですか――なんていえるわけはない。どこが無理なのか、それを聞いて改善していくしかない。まずはスタッフの貧弱差……だがこれは……な。給料を払うのもままならないのにスタッフを更に雇い入れるなんて無理に等しい。

 だからといって気合いだけでアニメは作れないのも確かだ。昨今はどんどんアニメも効率的に作られるようになってきてはいるが、それでもまだまだマンパワーが重要なのは確かだ。だがはっきり言って金がない。銀行からの融資なんて望むべくもない。

 正式に先生の作品を任せてもらえるのなら、泊がついて引っ張ってくれるスタッフもいるだろうが……それで一応仮予約してるだけのスタッフを頭数に入れてたのが問題だったか……あとは放映期間……制作期間を考えて放映期間をこのくらいなら……とこっちは決める訳だが、向こう側にも都合という物はある。そして往々にして無茶を言ってくる。

 先生の作品はいくつもあるが、同じプラットフォームの作品はなるべく被らないようにしてるらしい。ドラマが一つやってるならもう一本のドラマは来期になるようにするとか。その間にアニメとか映画は別に重なってもいいとか……だ。

 先生は売れっ子であって、声がどこからでも掛かってる状態だろう。けどだからってどれもこれもやってる訳じゃない。そもそもが彼が関わるのと基本、自分の発表した小説のメディアミックスだけ。全く新しく新規にそのドラマや映画、アニメの為に書き下ろすなんて事はしてない。ならそうそう被る物でもないが……先生の作品はまずはアニメ……となることが多いから、今も別の作品が進んでるみたいだ。

 となると遅らせる、早くするか……になる。遅れると、俺の会社は持たないだろう。今も既に限界突破してる。なら早くするしかないが、そうなると向こうが満足するクオリティーとしてあげられるか……この作品は絶対に作画崩壊なんて事を起こすわけにはいかない。

 なら全てを前倒しでやるしかない。まだ決定だって貰ってない。だが、この道に乗るしか俺達にはないんだ。だから絶対にこの仕事を取る……それしか俺の頭にはない。積み上がる紙の山……汚れる手……タバコに手が伸びるが……既に中身なかった。

「くそ……」

 何回も何回も書き直しては自分の頭の中でアニメを再生する。理想は見えてる。だが、それを完璧に伝えるのは難しい。だが、最初から完成させて見せられるわけはない。俺に用意できるのは最終話までの絵コンテだけだ。なら……完璧な物を見せてそして言わせる。

「これでいこう!! 素晴らしい!!」

 と。見てろよ。俺は一心不乱に絵コンテと向き合って部屋にはずっと鉛筆が走る音たけが響いた。

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