声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

272 ずっとその場に居たい場所

「ととの、私もっと感情を乗せたいし、そっちもバージョンアップしたんだからここからで感情的なの出してもいいと思う」
「それは……」

 私はチラッとブースの方を見る。私のこのアニメでのキャラは静川秋華演じる主人公の相棒で兼、補助役とかお目付役とかそんな立場のサポートロボだ。第一クールでスクラップになったはずだけど、コアを回収して、ようやく新たに復活した。第一クールの終盤でも私のキャラはちょっとだけ心……というか意思を見せた感じだった。そしてそれが無機物的なロボと主人公の友情的な物で視聴者に感動を与えたわけだ。

 あそこら辺は第一クールの最高潮の所だったからこっちもかなり気合いを入れていた。流石にあそこは何回かリテイクしてたね。こうやって静川秋華から言ってはなかったけど、かなり時間を使ってのは確か。あれから第二クールに入って復活した私のキャラだが、そこはお約束で記憶やデータはリセットされてる。でもコアは同じだ。節々に時々過去があるような言動があったりする。この場面もそうだから、静川秋華はもう少し感情と言う物をだしても良いんじゃないって言ってる。
 でもそれは私だけの意見でやって良い事じゃない。それに一回これでオーケー貰ってるし。まあ相手の演技で印象が変わるって事はある。私が視線を向けると、監督さんも頷いてくれてるし、それで一度はやってみてくれって事だろう。監督さんの予定ではもうちょっと後で感情は見せたかったんじゃないかなっ思うが……とりあえず私は静川秋華の横に並んで一緒に台詞をいうよ。

 すると今度は言い終わった後に細かく監督さんから指示が来る。なにかインスピレーションがあったのかな? 私はその言葉を自分のなかで咀嚼しながら、直ぐに声と台詞に乗せていく。監督と静川秋華の要求……でも私は文句は言わない。いや、静川秋華には文句言いたいが、立場的にそんなことはできない。
 それに確かに良くなってるとは思う。整合性とかはきっと偉い人達が取ってくれるでしょう。まあそもそも私はサポートロボだしね。でも一番主人公には近い。いい立ち位置だとは思う。

 それから数十分は私と静川秋華たけがマイクの前に立ってたと思う。ちょっと私も熱が入ってしまった。何やら椅子に座ってずっとまっててくれた人達がこっちを見てる。待ちくたびれたのかもしれない。ほぼ静川秋華のせいだけど、私は一応皆さんに頭を下げる。

 ここからまた普通に回していく……と思ってたら、今度はさっき私に話しかけてきた男性声優のベテランさんが止めた。

「もうちょっと含んだ感じのいいか?」

 そういいつつ、何やらブース側とやりとりしてる。なんだろうか……なんか立場的に上の人達がこだわりを見せ始めたせいで現場の雰囲気が……ピリピリしてるって訳じゃないが、真剣度が一段買い上がったような。そして事実、それからはかなりブース側からも細かな指示が多くなった。それによって、収録が止まる事が多くなった。けど誰も文句は言わない。
 皆さん真剣に台本に……そしてキャラに向き合ってる。自分のキャラとの関係性を今まで以上に求めてるような……私も撒けてられないから何度も小さく口を動かして台詞を確認、そしてその台詞に込められてる意味を
考える。

 ようやく終わった時、かなり時間をオーバーしてた。日も傾いてたしね。そして何やら帰る時に、あのベテラン男性声優さんに肩を叩かれた。一体何だったのか? でもとても充実してた。ずっとあの空間に居たいと思ったくらいだ。

 建物から出て、寒い外の空気にほてった肌が晒される。私は喉をマフラーで守って歩き出した。

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