声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

270 年上のイケオジが迫って来た

 休憩に入って自販機の前に私はいた。本当は飲み物が欲しいんだけど、自販機の前でお喋りしてる人達がいて、なかなか飲み物を買えないのだ。普段なら水筒とか持ち歩くんだけど、今日に至っては忘れてた。ちょっと色々と懸念してる事が多くて、すっぱりと飲み物のことを忘れてたのだ。

 流石に喉の状態を考えると、ちゃんと喉を潤しておきたい。なにせこの寒い時期は乾燥しやすいからね。喉に悪い時期だ。イガイガするだけでも、普段の様に声を出すのは難しくなる。喉は商売道具なんだからそんな事は許されない。

 しかも暖房もあると更に乾燥は進むわけで……勿論こう言う場所はちゃんと加湿もやってくれてる。加湿器とは機械の奴は音が大きいから、置いて水を気化するタイプの奴が複数ある。あれなら音は皆無だ。暖房はなんだっけ? オイルヒーター? の最新版みたいなのがある。乾燥しにくいタイプの暖房だ。色々と配慮をしてもらってるわけだけど、自分たちでもやらないプロではない。

 色々と喋りたくなる事はわかる。女が複数人集まれば、止めどなく喋ってしまうものだ。でも場所はもうちょっと選んでほしい。いや、一応知ってる人達ではあるし、声をかければ良いだけなんだけど……なんというかね。こういうシチュエーションで良い思い出がないから躊躇われる。

「ちょっとそこ良いかな君たち?」

 私の後ろからそんな声が聞こえた。見ると、そこには髭を蓄えたなかなか野性的な見た目の男性が……いや、この人も声優だけどね。一緒に出演してるこのアニメの共演者だ。

「あっ、済みません」
「いやいや、いいよ。楽しそうだね。なになに、なんの話し~?」

 そんな事を言いつつ、彼女達を自動販売機の元からちょっと離してくれる。するとこっちを向いてウインクしてきた。たしかあの人四十代くらいの筈だけど、今でも現役感が凄い。勿論仕事じゃないよ。あっちの方面でだ。まあけどあんまり不誠実な噂は見た目ほどにきかないけど。

 とりあえず私は頭を下げて買い物を済ませる。数秒もかからない買い物だ。私は直ぐにブースに戻ろうとパタパタとちょっと駆け足する。けどなんと後ろから声をかけられた。

「ちょっといいかな?」
「えっと……私ですか?」
「他に誰がいるよ?」

 確かに私しか居ないけど、若くて可愛い子達とお喋るしてたんじゃないのかな? わざわざ年喰っててブサイクな私と話す事があるんだろうか? 

「えっと……なんでしょう?」

 この人は既に数十年は声優業界にいる人だ。私なんかよりも全然芸歴は長い。何か着二触る事でもやったかな? 顔が気に入らない……とかならどうしようもないんだけど……とか考えてると彼はさっきの自販機で買ったのか、はちみつレモンをぐいっと飲む。

(あっ、一緒だ)

 やっぱりはちみつレモンは喉にいいよね。いや、この人の見た目ではちみつレモンは似合わないけどね。どう考えてもブラックコーヒーをあおってるイメージだ。でもそういうのに左右されないのも、この人らしいが。

「いや一回ちゃんと話して見たくてな。それにアンタが居ると、場が引き締まる」
「えっと……」

 なんて返すのが良いのかよくわからない言葉だ。もしかしてナンパ……なんて事は頭から速攻で振り払う。私をナンパする異性なんていないのだ。知ってる。なら場が引き締まるって部分がメインなんだろうけど……よくわからない。
 ギスギスって意味かな? つまりは居るだけで邪魔だと……

「す、すみばせん……」

 ちょっと泣きそうになって鼻をすすったから変な声になった。

「ちょっ!? なんで泣く!? 感謝してるんだよ。それに、アンタの声はこっちの刺激になる。楽しみにしてたんだぜ」

 そういうその人は、何やら頭を掻き出して「あーくそ」っとかなんかやってる。そしてはちみつレモンを煽ってからにすると、私に向かって近付いてきたこういった。

「良い声してるぜ。だからまあ、応援してるって事だ」
「あ、ありがとう……ございます」

 よくわからないけど、そういって先に彼がブースに入っていく。私はしばらく扉を見つめていた。なんだったの一体? 

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