声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

266 世界は自分のためにある――とか思ってる奴は強い

「あのおばさんは関係ないですよ」

 おばさんって……大室社長をそんな風に言えるのはこいつくらいだろう。車の中で彼女は助手席に目を向けてこっちに体を寄せてくる。近い……良い匂いがする。さらさらの髪の毛がうっとおしい……全て男性なら貯まらないことなんだろう。目の前いっぱいに写る美女の顔。いや、静川秋華だけど……なんかテンション下がっちゃう。異性なら興奮を押さえ切れない状況だろう。でも同性なのに、この違い……

「私がただ、ととのと一緒に仕事をしたいだけ。楽……楽しいし!」

 今こいつ楽っていったよ。確かに静川秋華にとっては楽だろう。それに私がやってても、世間的には静川秋華の功績になってるわけだしね。笑いが止まらないとはこの事かってかんじだろう。

「仕事は……減らすの?」
「うーんどうなんのかな? そこら辺聞いてないけど……でも一人では今の仕事量は無理だよね。そうなるとボイコットだよ。私そもそもそんなに真剣に仕事してないし」

 殴りたい。これが持たざる者と持つ者の違いなんだろう。静川秋華は全てを持ってる。そして私は声しかない。静川秋華は意図せずに声優業界の頂点まで来てしまっただけで、別段その地位に執着なんてしてない。いつだって捨てて良いし、それさえも先生との結婚へのステータスに過ぎない程度なんだろう。ムカムカする。誰しもが望んでもたどり着けない場所に居ても、こいつはその価値に気付いてなんか無いんだから。

「まあこのままととのが私の影になってくれるなら別だけど……」

 だからそんな事を平気で言える。今、一番私が頭抱えてる問題が正にそれだよ! って言いたい。いや、言っていいのかな? 私も助手席に座ってるクアンテッドの人を一瞥する。多分だけど……あの人は大室社長の息が掛かった人物だろう。だからあの人には聞かれちゃ不味いと思う。どうしよう……もしも静川秋華を味方につけれれば、大室社長に対してなにかできるかも? 何かはわからないが……こっちはクアンテッドには及ばない事務所の人間だから、大室社長に対抗する術がないわけで……でもクアンテッド内部の、しかもそこで一番稼ぎ頭な静川秋華の言葉には大室社長も耳を貸すかも知れ無いっていう淡い期待がある。

「それは……」
「わかってるわかってる。そんなの無理だもんね。そもそもあのおばさんが私の事をこき使いすぎなのよ。ととのも文句あるなら言った方がいいよ?」
「う……ん」
「ははーん、その反応、何かあるんだね。あのおばさん強引だからね。わかるわかる」

 やっぱり反応的に、静川秋華は私の事情とか聞かされてないっぽい。それに友達認定もされてるみたいだし、静川秋華はころっとこっちに付いてくれるかも。でも流石にここでその話しをするのは不味い。とりあえずここでは当たり障り無い会話を続ける。いや、大体静川秋華の大室社長への文句だったけどね。監視役がいるのにそれを堂々と言う胆力……いや無神経さ? 流石だと思った。

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