声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

257 声が百点の声優じゃない

「なるほど……大室社長が押し込んで来ただけはありますね」
「確かに上手い……突出して上手いですね」
「ですが、なかなか使いづらい声優ではありますね」

 ブースにいるのは監督にプロデューサーに音響監督に、出資者側の方が数人だ。彼等がビビッときた声優達に○△×をつけながら、候補の声優を選んでる。私はただのスタッフだ。一応私も聞いてるが、お偉い方々のお茶のお世話とかをしてる。他にもちゃんとした機材を管理するスタッフとかもいるが、審査するのはその方々だ。私は腕の時計を見る。既に今回のグループが張って五分が立とうとしてる。
 でもそのグループはこれまでのグルーと違ってしまってる。なにせ今まで何十回と聞いてきた台詞と全く違う事を喋ってるからだ。

(こんなのいいの?)

 とスタッフの私は思う。同じ台詞を喋るからこそ、互いの違いがわかる様になってるのでは? 全く違う台詞を喋ってしまったら、評価の基準がね。今は監督達は好意的だが……それは今まで同じで事をずっと聞いてきたからではないだろうか? だから彼等が新鮮に映ってる。
 まあでもそれをぶち込んでくるのも作戦と言えば作戦なのかも知れない。声優の方達も大変だろうし、ただ真面目にオーデションを受けたって、選ばれるとは限らない。だから何か変化が欲しかったのはわかる。でもあの人……かなり無茶したな……

 地味目な格好の、お世辞にも可愛いなんて言えない声優さんだ。そもそもが言葉を発するまで、存在感なんて無かった。でも今は誰よりもその存在感を放ってる。なぜなら、彼女から道が外れるからだ。台本というレールから、彼女は容赦なく車輪を外してくる。しかも、彼女が誰を演じてるのか、今までオーデションを見守っていた私にもわからない。

 これは一体どうなるんだろうか?

「そろそろ、次のグループですが?」

 私は確認した時間を元に、そういった。けど、皆さん何かを話して、もう少しだけこのグループを見定める気のようだ。私はとりあえずお茶を継ぎ足すついでに、それぞれのチェックシートを確認する。

(確かあの声優さんは匙川ととのって……)

 確認すると、全員×をつけていた。めっちゃ声の評価は高い。なんだけど……どうやら彼女は周囲を引き立てすぎた様だ。彼女と同じグループの声優三人は二重丸くらいつけられてる。×なのはその匙川さんともう一人の声優さんだけだ。

 私でも突出して上手い思う。自然に入って来て、強烈に残ったり、優しく耳をなでたり、その強弱は凄い。でも、どうやらそこまで……を求めてないらしい。今の声優界が求める人材は、声が百点の声優じゃない。容姿と声がバランス良い声優だってつくづく思う。

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