声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

245 声優だけど、道は広い

 オーディション会場に着くと、既に数百人の声優が……既にオーディションは始まってるようで、グループでそれぞれ呼ばれて行ってる。珍しい方式だ。大体一人一人やってる物だけど……先に言っておくと、私は別に遅刻をしたわけではない。多分時間帯で呼ぶ声優の人数を決めてるのではないだろうか? そして時間帯でグループを作らせてそのグループごとにオーディションに挑んで貰ってる……みたいな? 

「あのこれなんですが……」
「……ああ、なるほど。わかりました。ですが、貴方の結果までは保証できますので、そこはご了承ください」

 スタッフらしき人に、私は大室社長から送られてきたPDFをみせるとそう言われた。まあちゃんと話し入ってるようだ。ここまできて、そんな話は聞いてません――とかだったからどうしようかとちょっと思ってたんだよね。でも流石にそれはないみたいだ。よかった。

「わかってます。ちゃんと実力で……勝ち取ってみせます」
「頑張ってください」

 私の消え入りそうな声を聞いても、このスタッフの人は鼻で笑ったりはしなかった。実際、酷いところは私の容姿を見て笑う人はいる。でもそれはしょうが無いのだ。なにせ今の時代、声優にも容姿のボーダーラインがある。てかもしかしたらこの作品にもそれは元々あったかも知れない。ただ、私は正規の方法ではないから、それを無視してしまってるのかも。そうなるとまあ一気に合格できる確率は減る。

 大室社長が仕事は斡旋しても、結果を残させない様な手段を取ってたら……でも声優の友達も片手で数える位しかいない私には、ここにいる人達に聞く……なんて事は出来なくて、それが露見しないだろう事も、大室社長は計算してるのかも。

(いやいや、思惑はこの際どうでも良いんだよ。なにせ仕事は貰ってるんだ。どんなに低い確率に落とされてたとしても、オーディションに受けれない声優だって一杯いる。単純なチャンスには確実になってるんだから、後は……この声で審査員を虜にしてみせる!!)

 そう言う事だ。もしかしたら大室社長は色々と裏でなにかやって私に不利な事をしてるかもしれない。でも、それでも……そう言う事も、自分の不利な部分も……全部全部、この声で塗り替える。そのくらいの事が出来ないと、今の時代に、声だけで声優をやっていくなんて事はきっと無理なんだ。

 『声優』なんて職業なのに不思議だけど……それが現実。どうしようもない時代の流れ。そればっかりは巡り合わせが悪かったとしか思うしかない。でも絶対に需要はある。容姿でも、キャラでもなく、声に唯一無二の価値があれば、きっとそれが本物の声優だから、声優でいられる筈だ。

 私は差し出されたタブレットで一回押す。するとタブレットの画面に花火がパンパン咲いて、そしてアルファベットと番号を表示した。

「ふむふむなるほど。匙川さんはC-4ですね。あちらのグループへどうぞ」

 そう言われて視線を向けると、丁度スタッフさんの声が聞こえたんだろう。そのグループの人達も私の方をみた。バチッと合う視線。私は速攻で視線を外した――けど、変わるって決めたんだったと思い出す。とりあえず視線を戻して、頭を下げてみる。下手に出ておけば、変な絡まれ方はしないはずだからね。
 

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