声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

239 全てを糧によじ登る

 大室社長に呼び出されてたから、それから私の生活はとても忙しくなった。なにせ静川秋華の代わりをやらないといけない。それが一番だね。勿論アニメとかのアフレコを変わるとかは無理である。なにせスタジオに行って……ってなると、確実にバレるしね。大室社長は私が代わりをやってるという事を業界に漏らしたくないらしい。そしてクアンテッドは大手だ。この会社だけで、それなりに色々な物を持ってる。
 クアンテッドで持ってるスタジオで、クアンテッドの社員が牛耳ってる場所で収録をして、その音源だけを製作の方に渡す……そんなことが出来る。勿論全部は無理だが、クアンテッドは業界再大手だけ有って手広くやってるから、そういう荒技が出来る。それこそオーディオコメンタリーとか、ラジオとか、ゲームの音源とかソシャゲの台詞とか、可能な限り、自社でやれる物は私に代わりにやらせるスタンスだ。

 私はその前に、一日静川秋華についてみた。そこはこっちからお願いしてだ。なにせ私はそこそこ静川秋華を知ってるが、全てを知ってる訳じゃない。勿論全てを再現するなんてのは流石に不可能なんだけど、一応更に静川秋華を知るために一日静川秋華にくっついた。そのおかげか……今の所、私だとバレた様子はない。一番問題だったのは、クアンテッド自体がやってる声優ラジオである。そのMCが静川秋華な訳だけど、ラジオだから生である。でもバレてはない。

 収録して音源渡す奴なら、色々と修正できるから、案外同じ声質の人なら私じゃなくてもいけるかも知れない。とりあえず今まで出した奴は戻ってきてないから、バレてないんだと思う。実際、これって契約違反では? と思う。それとも流石に大室社長は色々な所に手を回してるのか……多分手を回してるよね。お偉いさんは分かってないとヤバいもんね。そう出ないと、私も犯罪に加担してる事に成る。そんなんで声優として終わりなんてのはイヤだ。

 一応色々と細かな対策は取って有るみたいだけどね。さっきのラジオだって普段はキャストの所にMC静川秋華って書いてあるが、HPみてもそんなの乗ってない。多分後から難癖つけられたときの対策だろう。いつ、静川秋華って書いてありました? と。大人って汚い。汚いが、私もそっち側だ。だからどうにかこうにか、バレないように全力を出すしかない。普段の私の仕事もやって、そして静川秋華の仕事も受け持つ。てか、自分の仕事が静川秋華の仕事に圧迫されそうである。

 これが大人気ナンバーワン声優の仕事量。いや、違うね。これでも全然本来の静川秋華の仕事量ではない。これでも減ってるし、静川秋華がイベントには直接でてるしアニメもそうだ。だから私はやっぱり静川秋華の一部しか背負ってない。それなのに……

「疲れたー!」

 私は家に帰って来て布団に倒れ込む。普段よりも声を特別な形で酷使ししてるからか、ちょっと違和感がある。やっぱり仕事量に比例して喉の消耗が大きくなっていく。まだ成れてないからってのもあるけど……

「いつまでこんな事をやるんだろう」

 そう思って私は声優スレを覗いてみる。静川秋華のスレだけで何個有るんだって感じだ。早く興味を他に移して欲しいが、なんか静川秋華がドアをぶち破った……みたいな話しが拡散してるんだよね。どういう状況だ――って様々な憶測が飛び交ってる。やっぱり男関係で痴情のもつれがあったんじゃないかとか……憶測が止まる様子はない。とにかくさっさと骨がくっついていつもの美貌に戻ってくれれば、案外皆頭が呆けて噂なんか忘れるかも……とか? 

「ないか」

 そんな事を想いながら、私はアニメの評判とか、最近来てる声優とかを追っていく。静川秋華の代役はクアンテッドから給料が払われるらしいから、今は二重に給料がもらえるらしい。だからバイトは今はお休み。声優業に専念だ。ずっと夢見てた。声だけで食べていくという事。

「でも、他人のわらじなんだよね」

 この状況は自分の力ではない。でも……この時間が無駄になるなんて思えない。寧ろ全部糧にして、私は更にこの声優業界を登る木だ。

「よし!」

 一通りネットを巡回し終わったし、ご飯食べて、お風呂入って喉のケアも今は念入りに……だ。そうしてまた、次の朝がやってくる。

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