声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

231 デリカシーを置いてきた女

「何あれ?」

 カナンは静川秋華の姿を見て驚いている。え? まさか知らなかったの? かなり話題になってたでしょう。まあけど、カナンの場合はあり得るか……何せこいつ世間に疎いし。そもそもカナンは機械に弱い。
 このご時世、スマホを使えてない声優なんてのはカナンと年食ってる大御所と呼ばれるような人だけだろう。

 ちゃんとスマホ自体は持ってるんだこけど、それも私物ではない。事務所から支給された物だ。なんとこのご時世に信じられないだろうが、カナンはスマホを持ってなかった。
 私的には信じられない。だってこれがないと始まらないじゃん。人生って奴が。私はもう生まれたときから持ってたんじゃないかと思うくらいに肌身離さずに持ってる。
 それが普通だ。持ってない方が異常扱いされるから。

 そんな機械音痴なカナンは殆どスマホを使ってない。私や里奈は頻繁にラインでやりとりしてるけど、カナンはほぼはいってこないからね。
 何か打つことがあっても、大体「了解」しか返さないし……本当に若者か? と思う。

 だからそんなカナンだからこそ、静川秋華のこの状況を知らなくても、不思議はない。というか、なんか実際に見たら痛々しい。両腕ギプスで吊ってるし……これで噂にならないわけない。

 本当なら休ませたいんだろうけど、静川秋華ならきっと仕事でスケジュールが埋まってることだろう。静川秋華の穴が大きすぎて休ませることが出来ないみたいな?

「芽依知ってたの?」

 私の反応で何やら察したのか、カナンがそう言ってきた。

「まあね。てか知らなかったのアンタくらいでしょ」

 このテクノロジー音痴め。

「理由は知ってる?」
「さあ、もっぱらの話題は今そこよ」

 一体静川秋華に何があったのか……きっとマスコミとかも狙ってるんじゃないのかな? スクープだしね。
 噂は様々ある。けど確証があるのはない。

「情報に疎いアンタに教えてやろっか?」

 ちょっと優越感感じながら私はカナンそういった。まったくしょうがない奴だ――とか思いながらね。
 けど、カナンは静川秋華の方を見ながら、こう言うよ。

「いい、本人に聞いたら分かるし」
「はい?」

 えっと、カナンの奴なんて言った? そう思ってる間にもカナンはズカズカと進んでいく。私は慌ててカナンを追いかけた。

「ちょっ! 応える訳ないでしょ!」

 私は小さな声で強い口調を使った。声優ですからそこそこ器用な事出来る。流石にこの場で大声なんて出せないからね。とにかくカナンが静川秋華に接触する前に止めないと――

「なんで?」
「いや、それは分かるでしょ?」
「あはは、分からないから聞くんじゃない。ああなった原因なんて本人しか分からないもの。勿論聞いて教えてくれないかも知れない。けど聞くだけならタダだし」

 タダって……確かにそこはタダだけど……あの超大手事務所に目をつけられるじゃん! それに私が分かるって言ったのはそこじゃない。空気を読めと言うことだ。いや、カナンにはそれを期待しても無理だって知ってるけどさ。そうこうしてる内に、二人の距離は近付いて、ついにはカナンから静川秋華に声を掛ける。

「久し振りですね秋華ちゃん」
「えっと……神名さん。久し振りですね」

 今静川秋華、後ろのお付きの人に耳打ちされてたよ。絶対にカナンの事なんて憶えてないでしょこいつ。こうなったらもうどうしようもないし、私はとりあえずカナンとは他人の振りって事で……飛び散る火の粉には当たり無くない。けどこうなったら二人の会話は気になる。だから私は他人のフリしつつ二人の話に耳を傾ける。きっと周囲の声優達も同じ事してるだろう。

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