声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

184 輪の中に入る大変さを諦めてはいけない

(どうしよう……)

 そう思いつつ、私は周囲を見回す。とりあえず誰かに話しかけないと始まらない。けど、皆さん知り合いなのか、それともコミュ力が高いのか……皆さん誰かと誰かで話してる。いやいやいや、この業界ってそんなにコミュ力高い人達が集まってるっておかしくない? だって声優業界なんてそんないけいけな連中の集まりなんて思えない。

(一人くらい居ないわけ? 隅っこで一人居るような人は)

 視線を巡らせて私は探す。声を賭け安そうな人を。でもどうやらいないようだ。世界は私の都合なんてどうでもいいんだ。そんなことは知ってる。知ってるはずなのに、悲しくなってしまうよ。

「でも……」

 私はまた都合を求めてた。逃げてた。大吉なのに……逃げてどうする? これまでと違う自分にはきっとなれない。そんな年齢じゃない。けど、ちょっとは変われるはずだ。大吉が、私の背中を少しは押してくれる……筈。

「よし!!」

 私はポーチに入ってる財布を思い出しながらなでる。そうやって勇気を貰う。貰える気がする。それはきっとただの思い込みだ。そんなことが本当にあるなんて思える年齢はとっくに過ぎてしまってる。それでも……それでも……私はやってしまう。それが私という人間だ。気のせいでもやらないよりはマシなのだ。弱い私は何かにすがらないと動けない。だから心で「大吉大吉」と唱えるよ。

 都合がいい人がいないのなら、歩みよるしかないのである。そうしないと、何も得られないのだから。まあ前は人間関係なんていらないと思ってた。最低限、理解がある人が居ればいいって。でもそれだけでは広がらない。どんな関係が次の仕事に繋がるかはわからないのだから。

 私は崖っぷちの声優だ。なら、どんな繋がりだって薄くたって繋いでないと……小さくても……だ。いままでは私が隅で小さくなってた。でもそれを止めないときっと私はここまでだ。実力だけで上がっていけるほどに、この業界は甘くはない。、
 なにせ皆、特化してる物以外にも持ってるものだ。静川秋華は飛び抜けた容姿の他に周りを調律する器用さとか浅野芽衣は自分を作る事に賭けては一級品で,更にそこそこの声してる。宮ちゃんは現役女子高生という泊とその養子……まあ女子高生って部分はただの付加物みたいな物だけど、その肩書きの時期にデビュー出来てるって言うのが、彼女の持ってる部分だろう。

 私はとりあえず女の人達で固まってる集団に声を掛けることにした。集団と言っても、二・三人だ。そんな数じゃない。あんまりやかましくなく、それなりに話しかけやすそうな……そんな人達を選んでる。

「ふーふー」

 私は服の裾を握りしめてる。そしてその手には汗がびっしりだ。知らない人に話しかける。それも会話をしてる人達に――だ。昔の記憶がよみがえる。

『なにあんた?』
『なんなのよー?』
『なんかいってよー?』
『もう、なにも無いんなら話しかけるんじゃないわよ』

 そんな事が起きて……そしてこれから起きる事だろう。でも逃げてはダメだ。怖い……ちょっとは改善したと思ってたけど、そんなことない。私はまだ、知らない人が……拒絶されるのが怖いんだ。

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