声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

160 大きな子供の、大きな夢 17

 僕は舞台に立っていた。スポットライトを浴びて、舞台の上で演技をしてる。とても懐かしく、そして帰ってきたと言う感覚。練習の時からそれは強く感じてた。けど、やっぱり本番は違う。一番顕著なのはやはり観客の存在だ。見られてるというだけで、緊張感が増す。でも……だからこそやりがいがあると言う物だ。

 自分は震えながら手に持った血まみれのナイフを取り落とす。カンカランとナイフは舞台に落ちた。そんな音を聞きつけて、他の役者達が姿を現す。

「お前が犯人だったのか……」

 そういうのは、この劇の主役、そしてこの劇団の花形の人だ。そう僕は……この人から主役の座を奪う事はできなかった。


 久々の公演は大成功で幕を閉じた。僕的には不満は色々とあるが、僕はこの公演で彼のすごさを感じていた。今まで、舞台でなら誰にも負けないと思っていた。それこそ学生時代から大人顔負けとか言われてたし、実際僕はどこでも花形だった。

(悔しい)

 その思いが止めどなく溢れてくる。こんなのははじめだ。舞台で……こんな気持ちになるなんて。借金した時もくやしかったけど、その時のとは悔しいの質が違う。あれは他社に対する悔しいだったが、今は自分だ。自分自身のふがいなさに悔しい。そして役者として自分のほうが劣ってると認めてる事こそ悔しい。

(もっとここでやりたい)

 そんな思いがあるが……けどそれは自分では決められない。僕は確かに舞台に立ったが……

「使ってくれたようで何よりです」

 そういうのは楽屋まできたミーシャさんだ。彼女も舞台を見てくれたのだろうか?

「どうですか彼?」
「ふん、まだまだ青いな」

 どうやら僕はまだまだのようだ。確かにここの人達は経験が違う感じだ。場数といってもいい。ニューヨークの方でも老舗の劇団には所属してたが、ここは更にそのレベルの上をいってる。やっぱり客も目が肥えた人達が多いから、自然と劇団のレベルもあがるのだろうか? 

「でも使ってくれましたね。契約書はここに」
「どうせ、ここに置いてく気は無いんだろう?」
「もちろん、私の目標はここではないですからね」
「まあ、見てみたくはあるがな」

 なにやら、謎の話を二人はしてる。てかミーシャさんはあの団長と普通に話してるのが凄い。僕なんか怖いんだが……

「お前もとんでもない嬢ちゃんに掴まったな」
「ええと……はい?」
「何も聞かせられてないのか? まあ、あの嬢ちゃんだしな。せいぜい馬車馬の様に働くんだな」
「んん?」
 
 よくわからないことを団長さんに言われた。とりあえず今日の舞台は終わったから皆さん解散してく。のみにいったりするらしい。まあやるよね。僕も誘われてるが、持ち合わせなんてない。というかこの国の通貨もってない……所かドルもないな。マジの一文無しだった。

 それに自分はただミーシャさんに連れてこられただけ……とか思ってると彼女から「良いんじゃないですか? これからしばらくはここにいるんですから」と言われた。本当にどういう事だ?  とりあえず聞きたかった事をまずは聞くために、ちょっとだけミーシャさんと席を外す。

「どういう事なんですか? 僕はここにいていいんですか?」
「ええ、テストクリアしましたし、舞台も良かったですよ。是非、この劇団のトップをとってください」
「どうして……君は僕を助けてくれたんだ?」

 色々と聞きたい事はある……けどまずはこれだろう。ここにくるまでも聞いてたけど答えを言ってはくれなかった。でも今なら、言ってくれるきがした。

「簡単な事ですよ」
「簡単な事?」
「ええ」

 そういって彼女が僕の肩を掴んでつま先を伸ばしてきた。そして耳元でこうささやく。

「私がアナタのファンだからです」
「え? ええ!?」
「だからあんな所で腐らせたくなかったんですよ。今夜は新たな仲間と共に信仰を深めてください。お代ははこちらがだしましょう。そう伝えておいてください」

 そういって彼女はヒールを鳴らして去って行った。それから僕はこの劇団に所属することになった。でもそれだけじゃない。ヨーロッパの各地の劇団に顔出しては舞台に立つようになった。

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