声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

141 この場に天使が舞い降りた

 ジュエル・ライハルトがどんどんとちいさくなっていく。大きな体なのに、その体を縮こませて端によってる。ジュエル・ライハルトのメンタルは既にボロボロである。体質なのかなんなのか……それとも何か精神的な事なのか……ジュエル・ライハルトはカメラを向けられるとそれだけで体が硬くなる。

 ここは劇場前だし、試しに舞台に上がらせてそこで演技してもらってそれでカメラを回した。するとなんと確かに前にみたジュエル・ライハルトだった。大きな存在感、大きな演技。思わず目を奪われるそれはやっぱり凄い。本当に劇場ではカメラを向けられてても大丈夫なようだった。

 でも途端、舞台から降りると全然ダメなんだ。 いや、全然ダメって事は無い。素人よりはそれはもちろん、ちゃんと演技してる。でも……それなら、ジュエル・ライハルトである意味ってなんだって事なんだよね。自分も、そしてバッシュ・バレルも彼である事に意味があると思ったはずだ。
 
 あの舞台を見て、可能性をみたんだ。だからジュエル・ライハルトという存在価値がほしいわけで、それを表せないのなら、そこらの普通の役者で良いし、別の劇団員でもぶっちゃけいいって事になる。まあそもそも、カメラ越しにあのジュエル・ライハルトの存在感とかが伝わるのか疑問ではある。生で見るから凄いんであって……映像になるとどうなんだろうか? 

「どうしましょうか?」
「時間もねーぞ。この場合、俺のせいじゃねえーからな」

 責任の所在をはっきりさせるバッシュ・バレル。まあ確かにこれはバッシュ・バレルのせいではない。そもそもがクライアント側がジュエル・ライハルトの事を知ってたのに伝えてなかったのが原因だし……彼の演技が期待できないのなら、最悪代役を立てて……って事になるのか、それとも中止か。

「やはり代役が妥当でしょうか? 勿論、こちらとしてはジュエルを使って貰うのが理想なんですが」
「代役でなんて撮る気はねえよ。俺はあいつだから、カメラを回してたいと思ったんだ」

 やっぱりバッシュ・バレルはそういうよね。そういう奴なんだ。自分の作品に妥協なんてしない。普段はふざけてる奴だが、こと作品に関しては妥協なんてしない奴だ。

「やはり今回もダメですか……」

 ミーシャ・デッドエンドさんが残念そうにそういうよ。きっと何回も売り出すためにやってるんだろう。オーディオとかにもジュエル・ライハルトを引っ張っていってそう。けど、やっぱりカメラを向けられるとダメ……というか舞台の上じゃないとダメってのは制約的にきつすぎる。

 舞台俳優としては天下一品の才能があるんだから、人によってはそれ以上求めるなんて贅沢なんて言うかもしれない。でもミーシャ・デッドエンドさんは、ジュエル・ライハルトの才能をもっと広げていきたいんだろう。でもこればかりは……ね。僕たちにはどうしようも出来ない。

「困ってる?」
「うお!?」
「プラム……貴女ね……」

 いつの間にか二人の側にプラム・コデッチさんがいた。今はカツラを取ってるけど、衣装自体は着たままだ。うん、とても可愛い。やっぱり彼女はキラキラとした金髪が眩しいし、その輝きがよく似合ってる。てか困ってるって……誰もがわかってる事に今更気付いたんだろうか? 
 相当な天然だな。すると今度はとことこと彼女は隅で小さくなってるジュエル・ライハルトの所へといく。そしてその細い足でジュエル・ライハルトを足蹴にする。

「プラム……」
「団長……皆困ってる」
「ごめん……」

 そんなことジュエル・ライハルトだってわかってるのに傷をえぐってくプラム・コデッチさん。天然とは怖い物だ。そしてずいっと顔を寄せてがっしりと掴んだ。そしてまっすぐに見つめ合ってプラム・コデッチさんはこういうよ。

「私だけを見て……引っ張り上げてあげる」

 それはまさに天使の様な微笑みで、向けられた訳じゃないのに自分たちまでくらっとした。

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