声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

127 役者の片鱗

「ちょっと! ジュエル!」
 
 バーの椅子で嬉しそうにしてたジュエル・ライハルトがビクッと肩をふるわせた。優雅に歩いてくるのは金髪美女。派手な真っ赤なドレスに身を包んだとても綺麗なお姉さんだ。ヒールの音を響かせてその人はジュエル・ライハルトの前まできた。

「ミーシャ、見てくれよ。先生からサインを貰っ――」

 パシン――と乾いた音が響いた。まあ響いたといってもそれなりに賑やかなカジノの中だ。自分や、バーのマスターやら近くに居た人しか聞こえなかっただろう。けど自分はぎょっとした。だって人目がある前で、いきなりぶつ? 

「そうじゃないでしょう、貴方は何をしに来たのジュエル?」

 と思ったら、今度は蠱惑的に自分でぶった頬に指を這わせるミーシャと呼ばれた女。美男と美女の絡まりになんか周囲の気付いてる人たちの心が弄ばれてるきがする。ぶった瞬間まで、何事だって感じだったのに、今やあの美女が何をするのかっ感じで目が離せない感じだ。

「ほら、思い出しなさい。ねえ……」
「うん……」

 うんって、なんか子供みたいだぞ。大丈夫なのか? なんか様子おかしいような……憂いを帯びたような表情をしてるが、その視線は定まってないようにみえる。

「大丈夫、これを言ったのは貴方でしょうジュエル。自分が言ったことは?」
「ちゃんとやる……やるよ。でもこれも本当に嬉しかったんだ」
「そうね。ならこれは大切にしまっときましょう。じゃあほら、先生に私を紹介して」
「うん」

 本当にジュエル・ライハルトが心配になってきた。なってきたが、でもミーシャと呼ばれてた女も別に悪意とかはなさそうな……寧ろ保護者の様な……二人の関係がわからない。

「えっと、先生彼女は『ミーシャ・デッドエンド』僕たちのマネージャーなんだ」

 なんという不吉な名前だろうと思った。デッドエンドっていいのそれ? 終わってない? 人生、終わってない? まあけど、そこに反応するのは失礼だろう。なにせそんなの生まれた時から言われてそうだしな。それよりももう一つ気になる事をジュエル・ライハルトは言っていた。

「僕たち? って事はジュエル・ライハルトさんとミーシャ・デッ――ミーシャさんは雇用関係にあるみたい関係なんですか?」

 なんか名字をいうと地雷を踏みそうだったからやめた。すると自分の言葉を受けて、ミーシャさんがドレスをちっと持ち上げて礼をしてくれた。

「私は彼らの劇団のマネージャーと運営を任されてるのです。今は近くの劇場で公演をやらせていただいています」

 なるほど……ジュエル・ライハルトは背が高いと思ったが、舞台俳優だったのか。ラスベガスはカジノのイメージが強いが、劇場とかパフォーマンスとかそういうののメッカでもある。まあ人が集まれば、集まった人たちを楽しませる人たちだって集まってくる。
 こうなるのは自然の摂理なのかもしれない。でもだからこそ激戦。そんなラスベガスの劇場で公演できる程の劇団って事か。

「ジュエル!」

 ミーシャがそういうと、いきなりジュエル・ライハルトが大きく見え出す。存在感か何がぶわっと吹き出したような……

「先生、どうか一度私たちの公演を見に来てくださいませんか? 勿論、代金などいりません。これを」

 そういったジュエル・ライハルトは優雅で大胆な動作をして、チケットを差し出してくる。大型犬……だったのに、今のジュエル・ライハルトは再び王子様になってた。これが本物の役者? 自分はちょっとゾクッとした。

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