声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

122 どこに居たって繋がってる

「おい、聞いてるのか?」
「ん? ああ、勿論」
「もう時間がないんだぞ。年末には向こうに帰るんだろう?」
「ああ、そうだね。僕の仕事はどこでも出来るけど、流石にそろそろ日本が恋しくなってきたよ」
「今度日本のイイ女紹介しろよ」
「善処するよ」

 自分の前にはドカッとソファーに体を預けて両腕を伸ばしてるバッシュ・バレルがふんぞり返ってる。結局監督はこの人になった。なかなかに危険な人だが、その作品は面白いの一言に尽きる。バッシュ・バレルには守りという考えがない。

 普通は受けた物があるなら、それを意識するようになるはずだ。それが自分の作品ならなおさら。バッシュ・バレルはネット上で注目されてる。それだけこの人の作品には人を引きつける要素がある。でもこの人は自分が撮りたいようにしか撮らない。

 前作とは全く違う感じで撮るなんて当たり前だ。その時の感性百パーセントで生きてる。そしてそれでもなんだかんだ人を引きつけるんだからそれはもう才能と呼ぶしかない。彼の動画……作品には賛否両論が激しいのは確かだ。

 なにせ全く違う感じの物を作るからね。前の感じがすきだった人たちからすれば、文句を言いたくなるのだろう。でもそれでも去って行く人たちよりも入ってくる人たちのほうが多いから、バッシュ・バレルのチャンネルは右肩上がりである。

 そんな新進気鋭の監督が初めて撮る映画が自分の作品となるわけだ。勿論不安はあった。あったがあれから数ヶ月、何回も彼や、勿論他の監督候補とかともあったが、一番面白くなりそうだと思ったのが彼だった。実際原作というか、そういうのがある物をバッシュ・バレルがやりたがるとは思ってなかった。

 だって彼の作品は自由だ。原作があると、どうしても監督の自由に……とはいかないだろう。日本は原作絶対主義だが、こっちではどうかと思ってたが、結構こっちも著作権とかは五月蠅い。いや、寧ろこっちの方が? と思うくらいだ。
 けどまあ今回はかなり自由ではある。勿論大元は変えないってのは絶対条件だが、彼の映像センスにはケチをつける気はないからね。ここ数ヶ月、バッシュ・バレルはよく会いに来る。会えないときはスマホに電話なんて毎日だ。そして何回も僕の脚本を読み返してるらしい。

 それで色々と変わったこともある。バッシュ・バレルは横柄な態度を取りはするが、作品には真摯に向き合うらしい。色々と女遊びとかが激しいから、そのうち刺されたりしないか心配だ。少なくとも、クランクインしてからそんな事になったら困る。

 映画の撮影は来年から始まる予定だ。実際それから自分か関わることはないだろう。だからその前にこれだけ詰めて話してる訳だが……バッシュ・バレルには自分の作品を任せられると信頼してる。だから最近は結構緩い。思わず欠伸してしまうくらいに。

「珍しいな。まさか! ススコとやってたんじゃないだろうな!?」
「バッシュは此花さんの事諦めたんじゃないのか?」
「あんなイイ女、諦められるわけないだろ! で、どうだった?」
「いや、そう言うんじゃないから」
「かぁーもったいねえ。向こうは待ってるぞ」

 こいつは自分で付き合いたいのかこっちが貰ってもいいのかどっちなんだ? ちなみにバッシュ・バレルとは通訳機をつかって喋ってる。今は実はLAではなくラスベガスにいたりして、ここは高級ホテルの一室で、ラスベガスの街が一望できる。

「それじゃあ何してた? やっぱり仕事か? これだから日本人は――」
「いや、これ見てた」
「なんだこの落書き」

 見せたタブレットにはあるアニメが映ってる。まあ確かにバッシュ・バレルが言うように、落書きに見えても仕方ない。仕方ないが、これが放映されたんだから映像配信サービスにもこれしかない。

「昔のアニメか?」
「いや、今やってるアニメ」
「おいおい嘘だろ……やっぱ日本ってクレイジーだな」

 その感想もわかる。本当になんでこうなったのか……流石にここまで酷いのは初めてだとバッシュ・バレルには伝えておく。日本のアニメ業界の名誉の為だ。

「こんの見てなんになる?」
「まあそう思うのは仕方ないけど。このアニメ、声は凄いんだぞ」
「声? ああ、声優か……だが俺には日本語わからん」

 まあそうだな。けど声色とか声質はわかる筈だ。だから自分はいくつかの場面をながしていってやった。

「これ、全部一人の声優がやってると言ったら信じるか?」

 ってね。

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