声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

117 かき集めたパズルのピース

「あーあー」
「どうですか? 可愛く録れてますか?」

 私と浅野芽衣はマイクに向かって声を出す。こういうラジオの収録とかの時って普通二つのマイクがそれぞれのキャストに向かってる物ではないのだろうか? なのにここではマイクは一つである。マイク台に一つのマイクがセットされてて、それは丁度私と浅野芽衣の中央に鎮座してる。どっちかに傾いてるとかなくて、直立してる。その頭は結構大きい。多分マイクガードが被さってるんだろう。見た目やぼったいし。

 私はぼそぼそと、浅野芽衣は普段の作った声を出してる。それぞれ結構ボリュームとか違うけど、ちゃんととれてるのだろうか? 

「オーケーです。ですが匙川さんはちょっとキャラの声も出してもらえますか。どういう風なのか確認しておきたいので」
「わ、わかりました」

 どうやら録れてたみたい。けどまあ私自身の声……というか、私である声なんて誰も求めてないから当然か。私はコホンと一回声をだして喉の調子を確かめる。まあそんなことしなくても声優にとって声は命なんだからいつだって万全であるようにはしてるけどね。
 とりあえずここは一番メインのキャラを選択して声をだす。第一回目だし、そのキャラも今日出る予定だから丁度いいだろう。

「みなさーん、こんにちばんわー。絶賛作画崩壊中のアニメのラジオが始まりますよ~。安心してください。ラジオなんで、崩壊なんてないですよ~」

 まあこんな物か……なんか空気が白けるというか……若干引いてる気がする。あの浅野芽衣さえもひいてる。けど彼女はこのくらいは言うキャラだよ。

「あはははは! いいねそれ。掴みはそれで行こうじゃないか!」

 なんか一番顔面蒼白にならなきゃいけない人が大笑いしてる。勿論このアニメとラジオの企画のプロデューサーである。あんた良いのそれで? と思うが、本気でこの人に立場を振りかざされると私のような売れてない声優なんてひとたまりも無いからね。

 このままじゃ困るが、もうちょっとはしっかりしてほしい。

「どうでしたか?」
「おもしろい」

 え? それってよかったの? 判断できない。黒縁眼鏡のその人は何やら今の私の台詞をヘッドホンして聞き入ってる。気になる事があるなら言ってほしいが……

「先輩って、本気でやるとああなんですね」
「ん?」

 なんか浅野芽衣がこっちをにらんでた。いや、にらんでる訳じゃないのかもしれない。すぐに彼女はその顔に笑顔貼り付けたしね。

「流石私が尊敬してる先輩ですね。後輩として誇り高いです。問題ないのなら早く始めましょうよ。台本はあるんですよね?」
「ああ、ここに」

 そう言って愛西さんが台本をくれる。台本はコピー用紙に印刷されたただの紙だった。どうやら手書きした奴をコピーした奴みたいだ。かなりギリギリだったのがうかがえる。台本の中にはラジオの流れに、簡単な会話の流れ、やりとり、時間の配分なんか事細かに描いてある。

 けどキャラのやりとりなんかはここに書いてあるだけじゃ足りないだろう。だからそこはアドリブとも書いてあるんだよね。キャラ達がヒートアップしたりすると時間とかおいていきそう……そこを浅野芽衣が上手く調整してくれればいいんだけど……実際私は浅野芽衣と一緒に仕事をするのは初めてだ。

 私はキャラを全力で演じる。ラジオの進行とかは必然的に浅野芽衣に頼ることになる。というか、その為に彼女を入れたんだ。私はチラリと彼女を見る。すると既に浅野芽衣は台本を置いていた。まさか……今の時間じゃ流し読みしかできないでしょ。
 こいつ……もしかして天才タイプ? 私はそう思った。

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