声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

116 掃き溜めにも光る物はある?

「えっと……」

 ちょっと言葉が出てこない。私の借りてる部屋も六畳くらいしかないが、こんな狭くは感じたことはない。けど私の部屋とは密度が違う。中央に二つの長方形のテーブルをくっつけてて、その中央にマイク一つ。伸びたケーブルは隣の部屋へと伸びてるみたい。後はスピーカーも小さいのがテーブルの隅にある。二つあるから一応ステレオだね。

「せんぱーい、先輩もいってくださいよ。ぶっちゃけこれってあり得ないって」

 浅野芽衣のその言葉に思わず同意しそうになる。てか、ここは同意しても良いような気がする。だって……だって六畳のスタジオ……いや、小さなスタジオなら……ね。うん……あるかな? きっとあるんじゃない? てかここにある。

 現実を受け止めよう。私たちがこれからラジオを収録する場所は個々なのだ。この民家の居間っぽい場所なんだ。

「本気なんですよね?」
「何がだい? 大丈夫、大丈夫、機材はちゃんとあるから収録はちゃんと出来る。それにここは普通の家のようで落ち着くいて収録できるって評判なんだぞ」

 そんな事をいけしゃあしゃあというプロデューサー。まあわからなくない気もする。スタジオとかってやっぱりちゃんとしてるところが普通だからね。見たこともない機器とかもあって、初めて行くとちょっと気後れするっていうかね。そういう所は確かにある。

 けどここなら……確かに……そういう気後れって事はなさそうだとは思う。なにせ全てが雑多というか……一応この部屋は綺麗にしてあるが、テーブルを見ると、色々と描いてあったり、なんかいろいろな紙切れが貼ってあったりしてる。なにあれ? カンペかななにか? わからない。

「だ、そうよ浅野……さん」
「ええー、それって本当の事ですか? 私、こんなスタジオ初めて見ましたよ?」

 浅野芽衣はこんな奴でも、家の事務所ではなかなかに売れっ子の方だ。アニメにも毎クール途切れずに役を勝ち取ってるし、アニメに出ればそのイベントや企画に参加することになる。だからラジオだっていくつか経験してるんだろう。

 こんなスタジオは初めて……私は最初からこんな所。

(ま、崖っぷち声優にはお似合いかもね)

 こんなスタジオかも事実わからない感じの場所での収録なんてのは初めてだ。けど私たちがうだうだ言ったところで、どうしようもないし、今日収録しないと、スケジュール的に間に合わないんだろう。そんな事を考えてると、一人の大きな黒縁めがねの天然パーマが激しい線が細い男性がやってきた。

「ごめんねこんな場所で。まあ、でも心配はないから。とっとと始めよう。機材のセッティングは終わってるんだ」

 その人は静かだけど、よく通る声をしてた。声優しててもおかしくないな……とか思うのは職業病だろうか? 福もしわしわで無精ひげは不衛生、眼鏡には手垢ついてて、正直酷い有様だ。けど……なんだか私にはその人からあふれる自信の様な物を感じてた。

 なにせ見た目に反して、背筋は伸びてその長身が際立ってる。よく通る声も、その自信が現れてるからだと思う。声は心を表すと思ってる。私が普段ぼそぼそとしかしゃべれないのは、自分に自信が無いから。マイクの前ではキャラになるから私は色んな声を操れる。

 そんな私の経験がいってる。この人はこのスタジオに自信があるんだと。

「でも~、こんな所じゃ私テンションが上がらないっていうかぁ。別に贅沢を言う気は無いですよ? でもこんな場所でまともに収録できるなんて思えないじゃないですか?」
「まあ、そう言うのなら止めないけど」

 その人は別に怒ったりもせずにそういう。来る物は拒まずで去る者も追わないのかもしれない。でもその態度がやっぱり私には自信の表れに思える。

「プロデューサー、もっとましな所にしましょ――って何ですか先輩?」

 私はプロデューサーに媚びた声でねだってた浅野芽衣の腕を掴んでた。このプロデューサーに媚びうるなんて無駄だから止めとけ……といってもいいが、今はそうじゃない。

「やる……よ」
「はあ? 何ですかいきなり? 先輩面ですか? 私はイヤですよこんな――」
「いいから……座って」

 私は前髪の隙間から浅野芽衣を見る。するとちょっと「うげっ」とか言われた。傷つくが、なんか観念したのか浅野芽衣は渋々ここでやることを受け入れた。けど私にも多大なダメージが入ったよ。

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