声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

40 才能と人格は比例しないって知ってるよ。

 自分は疲れて家路に着くはずだった。だが、ちょっと気になったから、久々に映画でも見ようと寄り道をしてる。なにがやってるかなんて知らなかったから、映画館の通路に飾られてるポスターを見てよさそうな奴を検討する。

「うーん誰のでもいいが、アニメか実写か……やっは今回はアニメかな」

 さっきの事もあるし、気分的にはやっぱアニメだろう。さっきの事……つまりは酒井武夫の事とかな。あのプレゼンの後、酒井武夫とその付き人の様な顔色悪い人が自分を待ち構えていた。逃げたかったが、既に視線がばっちりぶつかってたから、それも社会人的に失礼かと思ってそのまま進んだ。

 もしかしたら視線がぶつかったのはたまたまで普通に素通りできるかも――とおもった。けどそんな儚い予想は簡単に裏切られた。なにせずんずん自分の方にきたからな。そして大の大人が外で全力で頭を下げてた。

「すみ……すみ……すまねえ! すまねえ!!」

 なんとか酒井武夫は『すみません』と言おうとしてたが、彼はそれさえ口に出せないみたいだ。まあ「すみません」と「すまねえ」はそこまで違いはないと思うけどね。言葉的には一緒だ。方言が入ってるかどうかだろう。まあけど丁寧語ではない。

 自分はひけらかす気はないが、酒井武夫と自分とでは自分が目上だ。まあ歳なら向こうだろうが、立場的にはこっちが上だ。だから人によっては『すまねえ』の時点でもう芽がなくなってもおがしくない。まあ自分は器がデカい……というよりも小心者だからこんなヤバそうな人に目をつけられたくない。

 だからまあ、こういった。

「今回はその残念でしたね。けどきっと今回だけではないので」
「それじゃあダメなんだ! この仕事を取れないと俺達は……会社が潰れてしまうんだ!!」

 うーん、そんな事を言われてもね。そもそもがあんな態度でまともに相手にしてもらえると思ったのだろうか? ないよね。この人が社長やってるなら、それは仕事なんて取れないだろう。想像に難くない。傾きかけた会社を救う起死回生の一発。

 それが自分の作品だったんだろう。彼にとっては。だがそんな情で仕事先を決めてる訳じゃない。それにそもそもが自分一人の決定でどうにかなる……かもしれないが、こういうのはな。はっきり言うと好きじゃない。ちゃんとした場所を用意してそのリングで競い合ってるからこそ、公平なんだ。こんな事で決まるとなったら、プレゼンの意味がないじゃないか。

 ここは心を鬼にするしかないか。自分はなるべく角を立てない様にしてるが時と場合はわかってる。彼、酒井武夫の傍若無人ぶりは目にあまる。こんな事で自分の要求が通るなんて思われたら迷惑だ。

「すみません。それは自分とは何も関係ない事です。それにこんな事で作品を任せるなんて事は自分はしません」

 それをはっきりと伝える。もごもごなんてしない。そこまで人と話すのは得意じゃないが、いう事は言わないといけないのが社会人だ。そうしないと自分の作品は守れない。誰にだって譲れない一線って奴がある筈だ。下げられてる頭は上がらない。はっきりと言った筈だし、聞こえてないなんて事はないだろう。

 奇異の視線が痛い……はやく諦めてくれないかな? とか思ってると、隣の顔色悪い人が、透明なケースに入ったメディアディスクを出してきた。

「これは……白箱ですか?」

 白箱とは出来上がり確認する為の最終状態の作品が入ったディスクだ。けどなんで? アニメ監督だし、そうじゃないかと思ったが何があるんだ?

「一度これを見てください! 酒井監督の作品には力があるんです。それと先生の作品が組み合わさったら絶対凄いものになります! この人はこんなですが、凄いものを作る才能があるんです!!」

 それは今日初めてみた彼の生気のある目だった。その目を見て、この人が無理矢理付き合わされてる訳じゃいなとわかった。すると自分は自然と白箱を受け取ってた。

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