声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

30 波

「殿ちゃーん、今度の休日っていつだっけ?」
「それってアレですか? 例の奴の……」
「そうそう! 新作が出来たんだよねー!」

 バイトやってるとハコさんが私に怪しげな事を言ってくる。怪しげとか言ってるが、彼女が何を望んてるのか私にはわかってる。ハコさんは同人で活動してる作家なのだ。なので時折なんかサンプルボイスってのを頼まれる。けどそれが……うん、同人とはかくあるべきって感じの奴なのだ。

 最初はハコさんも自重してたよ。けど最近はなんか酷い。こう……こう……もう言っちゃうけど、ぶっちゃけエロなのだ。そもそもがハコさんが書いてる本がエロだから彼女のキャラに声をあてるとなると、自然とエロい声になるのは当然だ。

 だってそういうシーンチョイスして振ってきてるもんね。寧ろそういうシーンしかないまである。彼女はもう行為以外を描かない作家なのだ。

「導入? 理由? そんなもん誰も求めてないでしょ?」

 というのがハコさんの持論である。いや、同人でそういうのもあるとは知ってたが、彼女の活動がそっち系だと知ったのは半年くらい前? 折角声優の知り合いがいるんだからって頼まれたのがきっかけだった。
 その頃は……初出演のアニメやってたが、それも一本だけ。いつだって生活は苦しい私からすると、ちゃんとお金も提示してくれたハコさんの依頼は正直魅力的だったのだ。

 まあ勿論その後受けた事後悔したけどね。だって私は……その……処女だ。したことないのに、それの声を録音して渡すって、正直めっちゃ恥ずかしかった。まあ大体一発オーケーだったけどね。あの頃はダメ出しによるダメ出しに『私って声優としての技術もないのかな?』って思う程に落ち込んでた。

 だからハコさんに褒められるのがちょっとした私が声優でいていいという承認になってた節かある。けど年二回行われる世界最大同人誌即売会のサンプル本とかもらった時にはのたうちまわったけどね。

 これが買われて……そして読みながらその男性たちはシコシコしてるんだよ? つまり私の声で……やっちゃってる訳だ。はっず……だから出来ればこれは、断りたい案件である。

「ええーとですねハコさん、ちょっと私いま忙しくて……」
「アニメ一本だけでしょ? 前と変わらないから全然いけるっしょ!」

 めっちゃいい笑顔で肩掴まれてる。ヤバイ逃がす気がない。確かにアニメ一本とバイトくらいなら出来るんだけど……つい最近も不穏な事聞いたからな……

「今度は慮辱系で――」

 とか言ってたもん! 処女に凌辱系はきついよ!! 

「殿ちゃん。二次元なら、殿ちゃんの声でイケメンでやりたい放題だよ!」
「そんな決め台詞聞くために声優やってる訳じゃないですから!」

 確かにそれも声優の醍醐味かもしれないけどね。私なんて不細工、リアルでは相手になんかされない。その証拠に年齢=彼氏いない歴なんだ。けどアニメや、作品のなかなら私はそのキャラになれる。命を吹き込める。それはもう一人の私みたいなものだ。

 けどだからこそ……だよ! 声を与えて自分とするから、エロ関連はまだ慣れないです! どうしたらハコさんのこの魔の手から逃れられるだろうか? そんな事を思ってると、スマホが震えた。仕事中は極力見ないが、一応緊急の案件があるかもだし、ポケットには入れてる。

 しかしやっぱり全然鳴った事のなかったスマホがこのタイミングでなった。私はこれ幸いとこれを理由に会話を打ち切った。まあ電話じゃなくメールだから逃れられるのは数秒だが、流れはきれる。とか思ってたんだけど……そのメールを見て、私は固まった。
 だって……だって、そこには次の仕事の……アニメの仕事が決まったという報告があったからだ。

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