声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

22 道すがら

「どうですか? 一緒にスタジオまで行きませんか?」
「えぇ?」

 私は何言ってんだこいつ……と正直思った。だって何のために? じゃん。なんでこいつと一緒に行かないといかないの? 子供なの? とか思う。一人で行けるじゃん。行けるでしょ? 行けるわよね? 子供じゃないんだし……それなのに一緒に行くという発想が分からない。そもそも何のために? って感じた。

「声優仲間じゃないですか」
「仲間……ですか」

 私は声優という枠組みの端っこで落ちるか落ちないかのような存在。かたや静川秋華は声優のピラミッドで大御所とかを除けば頂点にいると言っていい存在。そんな私達は仲間なのだろうか? 確かに大きな枠組みでは声優という仲間なのかもしれない。

 けど少なくとも私からは仲間なんて言えない。それくらい私達には差がある。てか、こいつも仲間なんて思ってるの? と私は邪推する。言葉はどこか丁寧に聞こえる感じなんだけど、結構傍若無人と聞いた事がある。しかもそのソースは篠塚宮ちゃんだ。あの子が言うならそうなんだろうなって思える。

 つまり、今の静川秋華は猫を被って……まてよ、篠塚宮ちゃんは確かこういってたな。

『うーん静川秋華さんですか? そうですね~色々と自由な人ですね』

 それを私は傍若無人と捉えたが、傍若無人という言葉よりは篠塚宮ちゃんの言葉は軽かったと思う。そんな嫌そうなトーンでもなかったしね。私が勝手にネガティブな印象を上書きしてた可能性は無きにしも非ずかもしれない。

 いきなりそんな面識もない私の所に現れて、一緒に行こうという――これは大分自由といえるのではないだろうか? これでもし、私か拒否したことで、態度が悪くなったり機嫌を悪くしたりしたら、まさに傍若無人といえるが、今の程度ではそうとは言えない。

(本性を見極めてやる)

 そう思って私は断る方向にもっていこうとする。

「それは……光栄ですけど……そういえば私お腹痛くて~。どれくらいトイレに籠るか分かりませんので~」

 嘘は言ってない。実際さっきまでお腹痛かったし……精神面の痛みだったから、会話してたら忘れてたが……けどこれで人気者の自分をないがしろにしてる奴になったんでは? いや、一応最大限、目を付けられない様に下手に出てる筈だけどね。
 これはしょうがないことでしょう。別に普通なら悪印象にはならない筈。それこそ自己中心的奴以外は。私はドキドキしながら静川秋華の反応を見る。

「私、よく効く胃薬持ってますよ。使いますか?」
「え? どうも」

 眩しい笑顔で言われると断る事ができない。だって頭が働かなくなるんだ。これが美女の特殊効果か。なんで受け取ってそのまま飲んでるんだよ私。まだ効かないというか? けどそしたら更に出してきそうだな。実際水もなしに飲むのはのどに引っかかる感じがしてちょっと……これから仕事だしね。

 それに……

「飲みますか?」

 傍若無人ではない。ちゃんと私の事を気遣って水を差しだしてくれてる。なんかペットボトルの飲み口に唇をつける時、ちょっとドキッとした。間接キスなんだなって……いや、私にその気はない。けど……目の前のこいつが美少女過ぎるから……普段は意識してない事まで意識してしまう。

 だって静川秋華の唇……めっちゃプルプルである。それに完全に黄金比してる。厚すぎず、薄すぎず、更に形も完璧。絶対整形してるでしょ? だって自然とそうなるわけないじゃんと言いたい。

「ありがとうございます」

 とりあえず平常心で水を返す。この後に彼女があの水を飲んだから、なんか汚したみたいな気がしちゃうな。私みたいなのが飲んだ水は汚水みたいな? はは……静川秋華の飲んだ水なら売れそうだよね。いや、実際に売れるだろう。彼女のファンならそれこそ大金出しそうな気がする。

 結局私達は並んで道路を歩いてた。スタジオまでの少しの距離。精々歩いて五・六分という距離だ。穏やかな天気は私と静川秋華を優しく照らして、過ぎ去った夏を少しだけ思い出させる様な、そんな陽射しを感じる。

 帽子とサングラスをしてる静川秋華はさながら芸能人。いやそうだけど……顔は隠してる筈なのに、何故か周囲の視線を引いてる。かたや私はそんな静川秋華のオーラの前に、存在感を消されてる。いや、元々いるかいないかわかんないくらいの存在感だけどね。

「ちょっとセリフの練習しませんか?」
「ええ? ここで?」

 ただ世間話をするなんてハードル高いし、台本に書かれてるセリフを喋るのはいいかもしれない。丁度、彼女の役と私の役が喋るセリフがある。今回のアニメは宇宙開拓物だ。地球に住めなくなった人類が超大型宇宙船で何世紀も旅してついに地球に似た星を見つける。

 その星を第二の地球として、開拓してくのだ。そんな人類の一部隊に焦点を当てた物になってる。そして静川秋華はそんな部隊の隊員の一人の役だ。そしてまあ、ヒロインである。私はというと……その部隊のサポートロボット的な菱形の物体である。本体との通信とか、周囲のマッピングとか色々な便利機能が盛りだくさんのお助けロボット的な感じの奴。

 まあそういうとドラ〇もん的な感じかと思うかもだが、あれほどに感情表現豊かでもない。けど今回も出ずっぱりな役だし、前の役よりも実はセリフも多い。楽しみな役だった。しかも最初のシーンから私と静川秋華が出る。

 つまり冒頭のシーンを務めるのである。こんな事は初めてだから、相当に気合が入ってる。まあ元々は静川秋華と同じ役を受けたんだが、何故か決まったのはこれだった。

「それじゃあ始めましょうか」

 そういった次の瞬間、静川秋華の空気が変わった気がした。そして聞こえる声。それは確かに静川秋華の声だ。別段、そんな変わってない。静川秋華はそういう声優だからだ。聞けばこれは静川秋華だなと分かる声。けど目を閉じて聞けば、情景が見える。

 これが静川秋華……私も負けてられない。私は気合を入れてセリフを紡ぐ。私達は互いにセリフを言い合ってそして現場までついた。

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