声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

09 後輩

「ほ……本当ですか!?」
「嘘をついてどうなる?」
「た……たしかにそう……ですけど……」

 にわかには信じられない。だって私に仕事が……

「そうか、ならこの話はなかったって事で――」
「やりますぅぅぅ! 断らないでぇぇぇ!」
「わかったから、こっちくんな!」

 酷い。このマネージャーは私が半径二メートル以内に近づくことを許してくれない。確かに私は不細工だけどさ……ちょっとひどいよね。たいていの事はメールで済ますし……まあそれでも不満はない。だって仕事はちゃんとしてくれる人だからだ。

 こんな私にもちゃんと仕事を取ってきてくれる。こんな態度なのに……だ。きっとツンデレなんだろうと勝手に解釈してる。手を目一杯伸ばして渡そうとしてくるのは台本だ。私はそれを受け取る。

「これって……」

 それは数週間前に受けたオーディションの物だ。あの時は静川秋華の次だったから、自分的にかなり諦めてたというか……まあそのおかげでいつも以上にリラックス出来てやれたとは思った。けど音沙汰ないからやっぱり駄目だったんだと思ってたんだけど……私は台本を胸に抱きしめる。

「そこまで重要な役でもないが、役は役だ。しっかりやりなさい」
「はい! ありがとうございます!」

 私はそういって頭を下げてその場を後にした。思わずステップ踏んでしまいそうな気分だ。だが、そんな事は出来ない。なぜなら私がブサイクだからだ。ブサイクがステップ踏んでても誰も得しない。恥ずかしいだけだ。とりあえず自分の内でだけ喜びをかみしめる。そんな中、エレベーターで嫌な奴と鉢合わせた。

「あれ~、匙川先輩じゃないですかぁ? お久しぶりですぅ」

 それは今、我らがウイングイメージ期待の新人『浅野 芽衣』だ。フワフワきゃぴきゃぴを売りにしてる声優だ。ビジュアルもそれなりにいいから、顔出しバンバンしてる。だが、声優の中ではそれなりだ。声優だから可愛い言われるレベル。本物の美女の『静川秋華』とは根本が違う。なのにこいつは……かなり勘違いしてしまってる。まあ無理もないけど……だっていままで言われて来たことないくらいに可愛いと言われれば、女は鼻高々になってしまうものだ。

 それを自制出来ればいいんだが、彼女はまだ十代。天狗になるのも無理はない。勢いがあるから、仕事も次々にくるし……

「えっと浅野さん……久しぶり」
「へえー先輩まだ声優やってたんですね。全然収録場所で会わないから~、私結構アニメ出てるんですけどね~」

 こいつ……明らかに煽ってる。まあナチュラルに見下してるんだろうけど……昔はもっと素直で可愛い子だった。愛嬌があった。こんな黒くはなかった。きっと業界に染まってしまったんだろう。「私は人気者、あんたは不人気」ってのをビシビシと感じる。まあ間違ってないが。

「あれ? でもそれってアニメの台本ですよね? よかったです~。先輩の事尊敬してますから~。例えモブだとしても~私嬉しいですぅ」
「あは……はは、ありがとう」

 私は何とか笑顔を絞り出す。まあ笑えてるかは疑わしいが。ねえそこ、たとえモブだとしてもーっている? いらないよね? まるでモブが確定してるかのようじゃん。まあサブキャラなんだけど。でも最初から最後まで出てくるキャラではある。モブではない。決して。メインとも違うんだけど……けどいきなりメインなんて来るわけないと思ってる。だからこれはこれでいい。ここからステップを踏んでいくんだ。

「あれ~、それってあの先生の……」

 題名を見てどうやら浅野芽衣は気になる事に気づいたようだ。タイトルが有名だからね。まあこの先生の作品はどれも有名なんだが……だから自分がその作品に出られるってのはにわかには信じられない。

「このオーディション、私も行きたかったんですよねぇ。けど仕事でぇ~、ほんと最近仕事が忙しくてぇ~。ああ~私が行ってればなぁ。そしたらぁ~」

 なにその「そしたらぁ~」まるで自分が出てたら自分が選ばれてたと言いたそうな……いや、実際そういってるんだと思う。

「先輩先輩、ちょっとそれ見せてください」
「あっ、ちょっと」

 そういって私から台本を盗みとる浅野芽衣。そんな事はご法度なんだが……どうやらこいつは気にしてないようだ。

「ふむふむ、へえーやっぱりメインはなかなか豪華ですね~。でもこれなら私も行けたかも……先輩、このオーディションって静川秋華居ましたぁ?」
「えっと……いたけど」

 いたというか、その次だったけどね。あんな絶望感はそうそうない。

「やっぱり、嫌われてるんですかねぇ?」
「どういう事?」
「だってぇ~先輩が受かって、あの人が落ちるってなくないですかぁ~?」

 おい……殴って良い? この後輩。いや、ほんと。自分がどれだけ失礼な事言ってるかマジで理解してないのかこいつ? けど、実際ナチュラルに見下してるから、自分の失礼な発言に無頓着なのかもしれない。きっとこいつ普通に口悪い。こっちがきっと本性なんだろう。昔の素直な時期が猫被りだったんだ。

「まあ……オーディションってそういう物だし……」

 確かに実際、私もあの人が落ちたのはビックリだった。台本に描かれてるメインのキャストを見て驚いた物だ。それぞれブースに入ってのオーディションだったから、誰がどんな演技をしたのかはわからない。けど、出てく彼女とすれ違ったときいい匂いが……じゃなく、とてもいつも通りに見えたけど? 普通、失敗したら落ち込むものだ。そういうのは自分でわかるし、私なら露骨に落ち込む。けど、そんな様子は見られなかった。なのに……だ。

 ああいうのは使われやすいと思うんだけど……たしかに静川秋華の代わりに選ばれたメインの声優さん達も可愛いし、実力もある人たちだ。けど、今一番人気があるのは静川秋華だろう。容姿だって飛びぬけてる。あいつの噂の一つに、オーディションを飛び越えて直接彼女には役の打診が行くとか聞いたことあったけど、実際にはオーディションにちゃんと来てたしそういうのはなさそう。

「あんまりアニメの現場にいないぃ先輩は知らないのもぉ無理ないですよねぇ~。実はぁ原作者の先生がぁ静川秋華を嫌いなんじゃないかって噂があるんですよ~」
「ふーん」
「ほら~だってぇあの人、あの先生のアニメには全然出てないんですよぉ~」

 確かに言われてみればそうだと思う。今回の事から察するに、きっとオーディションは受けてる筈だよね? それなのに毎回落としてるって事? あんな大人気声優を? それってにわかには信じられないよね? それにあの容姿だよ? 収録現場とかに居たら、それだけで花が咲くような見た目。男なら入れときたいと思わないだろうか? 自分のキャラを美少女に演じて貰いたいと思うのは普通だと思う。けど確かに思い出せるだけでもこの先生の作品に彼女は出てない。

「でも、原作者だからって全部を決めれる訳は……ないと思うけど」
「それはそうですけど~でも普通の原作者じゃないじゃないですかぁ」

 浅野芽衣の言い分も確かにある。普通の原作者にはそこまでの権限はないが、この人は大人気ってつけることが出来る作家だ。メディアミックスの数も半端ない。それなら役だって決めれるような権限があるかもしれない。

「あーあ、静川秋華が落ちて先輩が受かるのなら、私なら絶対にメイン級の役貰えたのになぁ」

 おい、ソレはどういう意味だ。ちなみに流石にこいつじゃ無理だと思う。メインはそうそうたる顔ぶれだ。一人だけ、あんまり聞いたことない声優の名前があるが……そういう子はなにか光る物があったからだろうし、代わりに誰かがなるなんて事はないだろう。

「ほらほらぁそれならあの静川秋華に勝ったって言えるじゃないですかぁ。結構目障りなんですよねぇ」

 この女は普通に目障りとか……いつまでもこんな奴に付き合ってられない。私は彼女がここに居る理由に検討をつけてこういうよ。

「浅野さん、用があってここに居るんじゃないの?」
「ああ! そうなんですよ~。雑誌のインタビューとかあってぇ。それじゃあ頑張ってくださいねせーんぱい」

 わざとらしく驚いて、最後にニヤニヤしながらの先輩呼び。ほんと不快にさせてくれる奴だ。けど、私をからかって満足して浅野芽衣は去っていった。私も台本を熟読する為に家へと急ぐ。
        

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