カッコ付け奮闘記

ファーストなサイコロ

第三話 『戦いと終わり』

~翌日~


 物々しい軍隊の行進曲が町中に鳴り響く。昨日までのお祭り騒ぎが嘘の様に静まって町中にも武器が配されてる。民衆は島の奥に避難して、地上に出てるのは軍隊と許された者だけ。いつもなら燦々と輝く太陽も今日ばかりはその姿を覗かせる事が出来ない。
 何故なら空には黒い穴が大きく広がってるからだ。そしてそこから青い放電が走り現れるドラゴンを称するだけの化け物。今年の姿は大きなグリフィンみたいな姿をしてる。だけどドラゴンを称するって事はその力は増幅されてると言う事だ。ひとつ羽を動かすだけで起きる風が建物をあっとういうまに吹き飛ばす程に。


『さあ~ついに姿を現しました。あのドラゴンに軍隊とそして選ばれた英雄候補達が挑みます。この世界の運命は彼等に掛かってる! 目を離さずに見ていてください。今日という日が歴史に刻まれる日になるのです!!』


 実況のテンション高い声の後に、次々と空に向かってリンバーが出て行く。勝負は空中戦。その為の飛空ユニットだ。そしてその後ろで待機してるのが巨大な飛空挺。地上からの砲撃も始まり、一斉にドラゴンへと沢山の部隊が仕掛けてく。
 だけど攻撃の殆どが通らない。ドラゴンの周りには風の障壁が出来てた。


「遠距離からの攻撃は通らない。近接部隊気張っていくぞおおおお!!」


 軍の部隊が一斉に突っ込んで行く。だけどその思いとは裏腹に自慢の武器が光を放つ事は無い。強烈な風に次々と軍人はなす術無く落とされて行く。


「な……なにやっとるんじゃあ?」


 おかしな言葉のモヒカン野郎が唖然とした声でそう呟く。そして近くの青年も自分の武器を見つめた。


「何かおかしい。僕が真っ先に突っ込んでみるから皆は待機しててくれ」
「なあに言っとんじゃ我! 自分だけ手柄独り占めする気かいな。あんさんには一回辛酸舐めさせられとるからのお。大人しく言う事なんか聞けんわ!!」


 そう言ったモヒカンが青年の言葉を無視して突っ込んで行く。そしてそれに何人も続いて行く。


「闇雲に行っちゃダメだ!」
「うるさいわ! 英雄は--英雄はおれじゃああああああああああ!!」


 パキッ--そんな音を立ててモヒカンの武器が折れた。そしてその光景を信じれないままに大量の英雄候補だったメンバーが落とされて行く。


「くっそ!」
「止めておけ」


 動き出そうとした青年の背後からそんな声を掛けたのは騎士総長だ。


「貴方は……どうしてですか? このままでは街が! 国が! 民衆が襲われる」
「本当にか? お前は全てを知ってる筈だろう」


 その言葉に大きく反応する青年。


「な……何を?」
「もう良いではないか。茶番を繰り返すのは、国民を騙し続けるのはもう十分だろう。この世界は思惑通りにこの国が牛耳ってる。世界の敵など、必要ない。無駄に民衆に不安をまき散らす事など不要だ」
「何を勝手な事を! 目の前に脅威はある! それを打ち倒さないといけない! 僕は、英雄に成らないといけないんだ!!」
「そんな物……英雄とは呼べんよ。それにお前でもアレには勝てん。気付いてるだろ?」
「武器に何か細工を……」
「武器の学習はリセットさせて貰った。LV1でボスに挑む様な物だ」
「それでも……それでも僕は挑まない訳にはいかない。それが自分の--」
「存在意義か? 虚しいな。一つの命として正しく創造された訳ではないが、今貴様はここに居るというのに、自分の意志さえ持ってはいない」
「何が分かる。全てを持ってる貴方に何が!! 僕は信じてる、英雄になれば自分が手に入ると!!」


 その瞬間青年は動き出す。我が身一つでドラゴンへと向かう。


「無駄な事を」


 そう言って騎士総長はその剣を横に振って光の筋を導き出す。そして自分を囲むその光を確認すると言葉を紡ぎ出す。


『聞け、この国の民よ。そしてそれ以外の者達もだ』


 騎士総長を囲む光の筋は彼の声に呼応する様にその形を歪に変える。そして騎士総長の声は大きく拡張される。


『この世界に脅威など無く、そして英雄も居ない。ドラゴンは政府の技術によって作れた脅威でしかなく、ここ数十年の英雄は仕組まれたものだ。何も怯える必要など……どこにも無い。手のひらの上で踊らされてるに過ぎないんだ。
 軍も選ばれた奴等もあれには勝てない。だが心配する事もない。あのドラゴンもどきは、この世界を滅ぼしは決してしないのだから。我が言葉を信じれないのも無理も無い。だが、これは真実だ。真実を自身の目で確かめたい者達は外に出て来ると良い。
 誰も止めはしない。主要シェルターの護衛は我が直属だ』


 すると町中にチラホラと人影が見え始める。そんな多くは無い……だが十分だと騎士総長は思った。するとその時、街に出て来た一人が空を指差す。その瞬間響き渡る獣の断末魔の叫び……騎士総長は「まさか!?」と振り返る。


「はぁはぁはぁはぁ……僕は英雄だ」
「まさか……LV1のままボスを倒すとはな」


 叫びと共に消えて行くドラゴン。だが空の暗さは晴れない。


「LV1じゃない。僕は生まれた時からLV100はあるさ。武器なんて付加価値にしか過ぎない。貴方は確かに武器の成長を奪ったかもしれないが、今日まで僕自身が得た成長を奪ってはいない。それが貴方の敗因だ!!」


 二人の武器が激しい火花を散らす。青年が騎士総長に切り掛かった。


「貴方を倒します! 反逆という罪は万死に値する!!」
「ふん、幾らこれまでの全てが貴様を完成させる為の布石だったとしても、舐めるなよ! 我が経験の全てが昨夜奪えたとなどと思われてはかなわん!!」


 激しい衝撃波と共に青年が飛ばされる。そして騎士総長の剣が赤く輝く。直属の部下が加勢しにこようとするけど彼はそれを止めさせた。


「邪魔はするな。面白いではないか。作られた英雄が本物に成れるか。我が最後に立ちはだかってやろう!!」


 一振りで周囲の空気が燃える。だけどそれをかわして青年は間合いに入って来る。そして連続して斬る斬る斬る!! だけど騎士総長もただではやられない。二人の切り合いは激しさをどんどん増して行く。
 たぎる炎。それを切り裂く青年の剣。


「貴方は諦めた人だ。別にそれを悪いなんて言わない。だけど……間違った事でも夢を与える事の何が悪い!! 確かに国の為の国策かも知れない。けど大部分の人は英雄に……夢を求めるんだ!! それを無理矢理一方的に間違ってるなんていわせない!!
 僕は……英雄に成る事を諦めたりしない!!」


 その瞬間青年の姿が昔の騎士総長の姿と重なる。そして一瞬鈍った騎士総長の体に青年の剣が叩き込まれる。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 鎧に広がる破壊の傷。だけど先に砕けたのは青年の剣の方だった。初期化された武器の耐久値は限界だった様だ。だけどそれでも彼は振り抜いた。その勢いに騎士総長はリンバーから弾き落とされる。


「「「総長!!」」」


 少し遠くに居た白聖剣団の面々がそんな言葉を上げた。だけど青年は分かってる。止めはさせてない。あの程度のダメージならきっと直ぐに起き上がる。それなのに自分の武器は無くなった。折れた剣を見つめる。


(なんで?)


 青年は視線を騎士総長に戻してそう思う。何故か彼はそのままずっと落ちて行ってる。戦意が……見えない。


「勝ったのか?」


 落ちて行く騎士総長を見つめながらそう呟く。だけどその顔は彼の知ってる敗者の顔じゃない。英雄に成る為に英才教育を受けて来た青年はこれまで何度も敗者を生んで来た。だから敗者の顔を知ってる。でもあれは……違う。そう思える。


(ふっ、不可思議そうな顔をしてるな青年よ。確かに我はまだ動ける。だが……思い出してしまった。重ねてしまった。あの頃の自分を。何を守りたかったのか……改めて思い知った。貴様の瞳は、かつての私と同じだ。自分を信じ、明日が希望に満ちる事を疑わない……そんな瞳。
 私にはもう出来ない瞳の輝き。だがそれを今の子達から失わせたく無いから真実を伝えようとした。けどそれが結果的に今の子供等の夢を壊す……しかしそれでも嘘や汚い大人の都合で作られた英雄に向けられるだけなのは不憫だと思い、そして必ず違う夢は見つけれると信じての行動だったが……私が自分でアレに希望を見るとはな)
「青年よ……」


 騎士総長は落ちながら青年に問いかける。


「君は本当の英雄に成れるのか? それを信じ続ける事が出来るのか?」
「…………」


 その言葉に一瞬躊躇う青年。だけど目を閉じて息を吐いてそして力強く叫ぶ。


「当然だ!! 何度も言わせないでくれ。僕は英雄に成ります!! それは誰かに望まれてるからじゃない。僕が僕自身でそれを選んでるんだ!!」


 青年はリンバーの推力を上げて騎士総長を目指そうとする。だけどその時、青年は気付く。騎士総長が落ちてる下方に誰か居る。一台のリンバーが見える。そしてその誰かが騎士総長を受け止めた。


「全く、飛んだ大馬鹿野郎だなお前は。俺と違って立派になった癖にホント、大馬鹿だ」
「……うるさい、それよりもどうして君が居る? てか……既に私よりもボロボロに見えるのだが?」
「ふん、この方がかっこいいだろ?」
「--っふ、馬鹿は君だよホント」


 ビシッと自分を指差して決め顔のおじさんに騎士総長は呆れた様にそう言うよ。


「お……おじさん!」


 そう叫んで青年が近くまで下りて来る。


「どうしてここに? もう帰ったと……」
「ふざけるなよ若造。英雄になるのはこの俺だ。俺はこの騎士総長様と違って、夢を譲る程お人好しじゃねーからな」
「夢を譲る……」


 おじさんの言葉に青年は騎士総長へ視線を向ける。だけど彼は何も返さない。言葉を紡ぐのは嫌らしい。


「だが……本当に何しに来た? もう全ては終わったぞ。俺このまま新しい英雄に殺されるべきだった。そうでないと、英雄には成れない」
「はっ、何言ってるんだよ? 折角昔みたいな目に成ったのに、お利口過ぎるんだよ。もっと欲張れよ。俺達は確かにおじさんになったがな、時が夢を置き去りにするんじゃない。それはただ、俺達が夢を置いて来ただけだ。取り替えそうぜ、今日それを」
「私の分までか?」
「当然だ」


 おじさんは力強い目をしてる。でも青年がこう言うよ。


「だけどどうやって?」
「お前達は全部が終わった……そう思ってる様だけど、それは全然違う。違和感が無いのかよ? ドラゴンは倒した筈だろ? どうしてこんなに世界が暗い?」
「「--!!」」


 おじさんの言葉に二人が初めて気付いた様に空を見る。それは確かにおかしな事。これまではドラゴンを倒した時点で空の曇りは晴れてた。それはこれまでの記録が証明してる。だけど……まだ空は暗天に包まれてしまってる。
 そして黒い穴が再びその姿を現した。


「どうして? ドラゴンは確かに……」
「まさか……あのドラゴンだけじゃ、集まったエネルギーを使い切れてない?」


 黒い穴はどんどん大きくなって行く。それはかつて無い規模にまで広がってく。そして激しく禍々しい光が中心部分で弾け出すと、何かか……そう何かが見え出す。黒光りする漆黒の鱗。年季の入った様な爪にはひび割れや汚れ、そして何やら赤い染み。
 あれは手だろう。片腕が無造作に穴を貫いて拡張すると、遂にその顔が姿を現す。無数の傷と折れた牙。片目はないが、残りの目は凶悪に輝いてる。開いた口からはマグマみたいな何かが出てて、大きく広げた四本の翼の二本は穴が空いたりボロボロしてる。
 だけど……その存在感、絶望感はこれまでのドラゴンの比じゃない。まさに圧倒的。その出現で世界が……揺れている。


「ドラゴン……あれが本物の?」
「ああ、まさしくそうだろうな。俺達が昔初めて見たドラゴンと同じ位に恐ろしいからな。そうだろ騎士総長様よ」
「ふん、そうだな。確かにあの頃の感覚を思い出す。それだけの力を感じる。あれは間違いなく、本物だろう」


 平静を装ってそう言った騎士総長。だけど、その額からは冷や汗が見て取れる。おじさん達も溜まる唾を飲み込まずにはいられない。そして完全に現れたドラゴンは大地を振動させる程の野太い声を出して大きく翼を羽ばたかせる。それだけで波は奮い立ち、街の建物が吹き飛ばされる。勿論空中に展開してる飛空挺も飛ばされた。
 おじさん達も飛ばされたが、なんとか態勢を整え直して墜落は免れた。


「羽ばたいただけでこんな……」


 目の前の圧倒的過ぎる敵に青年は震える声を出す。すると今度はドラゴンが大きく口を開き始める。ボトボトと落ちるマグマが海に落ちて巨大な水の柱を巻き上げる。だけどそれ以上にその口にはボコボコとした塊が出来つつあった。


「まさか! あれを打ち込む気じゃ!」
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお、やらせるかあああああああああああああああ!!」」


 おじさん達二人がリンバーをかっ飛ばしてドラゴンに突っ込む。それぞれ片側から武器を構えて、放たれた溶岩の塊に切り掛かった。すると次の瞬間、放たれたマグマが弾け飛んだ。だけどその爆発に二人とも巻き込まれてしまう。リンバーは大破して、二人は吹き飛ばされて街に落ちる。


「おじさん!!」


 青年は急いで落ちた彼等の元へ駆けつける。運良く柔な屋根を突き破って何かの養殖場の様な水槽に落ちてた二人を救出する。火傷が酷いけど……大丈夫息はある。


(運が良かった。水に落ちてなかったら潰れてた筈だ。だけどこれじゃあもう……)


 そう思ってると支えてる側の青年の肩におじさんの腕が置かれた。そしてそれは力を込めて自分で立とうとしてる。


「はは……なんだあれ? 超……つえーじゃねぇか」
「おじさん無理はダメだ。早く医療班を呼んだ方が良い」
「何言ってる? そんな事……出来る訳ない。俺は……俺にはこの世界に守らなきゃいけない物がある!」


 そう言っておじさんは自身で立つ。そしてそれに呼応するように騎士総長も立ち上がった。


「そうだな……そして俺には責任もある。それにこの状況なら、本当にいつか置いて来た夢を取り戻せるかもしれん」
「あ……貴方まで……くっ、それなら僕だって譲れない。今度は三人で--」


 するとその瞬間、青年の頭に手を置いたおじさんが髪の毛をクシャッと撫でた。それは青年にとって初めての経験で、どうしてか分からないが、暖かい気がした。


「無理するな若造。武器も無くしたお前にはアレの相手は勤まらない。ここは年食った俺達に譲れ。これからきっと幾らでもチャンスはあるさ。だが俺達はこれが最後かも知れんしな。最初で最後……だから、お前の事も守らせろ……俺達年上に」
「まも……られる? この僕が?」


 考えられない事だった。青年は守る為に最先端の教育と訓練を受けて、英雄に成る事を決められた存在だったんだ。その彼が……誰かに守られる……


「何言ってる? 当然だろ……子供を守るのは大人の役目だ。英雄に成る事が俺は夢だがな……それは世界を守れるからで、それで家族を守れるからなんだ。子供は未来だ。俺達の残した道を歩んでくれる存在だ。
 居なくなってもらっちゃ困る。それにお前は次の世代を引っ張れる筈の奴だ。だから守ってみせる。今日の英雄が、明日の英雄を守るんだよ。カッコ付けさせろ」
「おじっ……さん!」


 青年の目には涙が溢れてた。大きな手から伝わる温もりや、その言葉が彼の中にまで染みて、視界をぼやけさせてる。するとその時、外から大きな音が聞こえた。爆発音だ。そして砲撃音が続く中、悲鳴や慌ただしい足音が響いて来る。
 頭の上から離される大きな手の感覚。そして「じゃあな」と呟く声が聞こえた。おじさんは背中を向けて歩き出してる。だけど……青年にはその歩みを阻む事は出来ない。すると「ミュミュ」っと言う変な声が聞こえた。
 視線を横に移すと騎士総長がフェレットみたいな生物を持ってた。


「それは……」
「君のだろう? 返しておこうと思ってな。君は生きろ」


 飛んで青年の方に渡るフェレット。懐かしい匂いに鼻をクンクンしてる。


「死ぬ気……なんですか?」
「私はその覚悟もしてる。軍人だからな。だが……彼はそうじゃないだろう。本気で全てを守る気だ。本当に自分を信じきれる奴だからな。結果は殆ど伴わないが……」
「ダメじゃないですか……」


 呆れながら言ったが、それは結構シャレにならない事だ。でも騎士総長様は何故かおじさんを見て悟った様な顔してる。そしてこう言った。


「だが……いつだって何かをやってくれそうな気はする。そして実際、ここにアイツの言動に心を打たれた奴がいる。彼は決して才能がある訳でもないし、人並みはずれて強くも無い。だが、その姿や言葉は何故か胸を打ち鳴らす。
 それは彼が決して揺るがない芯を持ってるからだ。一本の巨木はそこにあるだけで心をとらえる。そういう物なんだ」
「そう……かも知れませんね」


 青年は涙を拭いて笑顔でそう同意した。そして二人してその背を見つめる。


「君を戦場には行かせれないが、やれる事があるとするとどうする?」
「愚問ですね。僕は出来る事があるのならなんでもやります!」
「では、少し頼まれて貰おうか。そのフェレットを返したのも実はその為だ」


 そう言って騎士総長は青年にその役割を離す。そして内容を伝え終わると、騎士総長もドラゴンの居る方へ向かって歩き出す。青年は逆にこの街の中心部を目指す。




 世界最大で最強の軍事力が物の見事に蹂躙されて行く様は圧巻。そして絶望を生み出してた。そしてそんな絶望がまた、ドラゴンの力になってる様な……なんとか街への直接攻撃は飛空挺艦隊が防いでは居るけど、余波は避けられない。
 外に出て来てた一般人達にそれは容赦なく襲いかかってる。そして小さな男の子が地面につまづいて、母親の手を離して転ぶ。そこに吹き飛ばされた看板が襲いかかる。


「だめえええええええええ!!」


 母親の叫び。だけどその時、横から伸びて来た斧がその看板を叩き飛ばす。震えてる少年が恐る恐る目を開けるとそこには見覚えのある顔がある。


「あっ……」
「うん? お前は確か駅で会った……気をつけろ。早くシェルターへ行くんだ。だが、転んだのに泣かなかったのは偉いな。強いじゃないか。なあに安心しろ、俺がこれからあのドラゴンを倒してやるからな」
「お……おじ……おじ」
「ありがとうございました!」


 少年は何か言いたそうだったけど、母親が急いで連れてった。だけどあの子の視線はおじさんにもう一度釘付けだった。


「さて……そっちのはどうなんだ?」
「どうにか動くな。流石にリンバー一台ではきついからな。助かった」
「それは良かった。所で騎士総長様、この国にはもの凄い兵器がおある筈ですよね?」


 何かに縋ろうとしてるぞこのおじさん。さっきまで格好良く決めてたのに青年達には見せられない姿だ。騎士総長はため息一つでこう言うよ。


「確かにあるが、ここまで街に近いと使えん。影響範囲が広いからな。軍も武器を初期化したせいで殆ど使い物に成っても無い様子だな。ビビったか?」
「ビビってるさ。本物のドラゴンだぞ。いつか見た正真正銘だ。だが……やらない訳にはいかねぇよ。ここで逃げたら娘や息子に家追い出されるからな」
「大変だな。父親ってのは」
「お前はどうなんだよ? 結婚してなかったっけ?」
「立場を固める為の結婚などに愛などないさ。得たのものは地位だけだ」
「子供でも作れば変わるかもだぞ。あれは……そう良い物だ」
「そうだな……今日で世界が終わるかも知れないと思うと、冷えきったままだった夫婦関係も惜しく感じる。だが、遅過ぎやしないか?」
「だから遅いなんて事ねーよ。お前も生きて奥さんも生きて明日が来るんなら、何度だってやり直せる。俺の夢もお前の昔の夢も今ここで取り戻せる……そうだろ!?」
「ああ……そうだったな!!」


 リンバーが一気に加速して道路を進む。そして端っこに来た辺りで一気に上昇してドラゴンを目指す。放たれる溶岩の塊から飛空挺を救って、更に加速。二人は恐怖に押されてる軍を置き去りにドラゴンの頭に一撃を入れる。 
 だけどその巨大さの前には小蠅の一撃の様な物。効いてるなんて到底思えない。大きく羽ばたくだけの風が暴風と成って襲い来る。おじさん達は散開してそれぞれ別方向から攻撃を加える。けどそれをドラゴンは気にした風も無く、デカい方を向いてる。


「くっ! 舐めるなああああああああああ!!」


 騎士総長の剣が輝きその一撃が初めて傷をつける。そして一度傷つけた部分に剣をブッ刺してそこから別の技をまた発動させる。それには流石にドラゴンも反応した。長い尻尾がうるさい小蠅を落としにかかる。それと同時に掛かる咆哮。
 音を防ぐ手段はない。おじさん達は僅かに体を拘束される。その時に横に一回転しておじさん達は薙ぎ払われた。


「「ぐああああああ!!!」」
「「「総長様!!」」」


 そう言って受け止めてくれたのは騎士総長直属部隊の白聖騎士団だ。


「すまんな……色々と迷惑をかけて……」
「何を言いますか。我等は貴方に付いて行きます」


 白聖騎士団の武器は初期化されてない。これである程度の戦力に……そう思えたが、何度打ち合っても血を噴き出させたり動きを鈍らせたりする事が出来ない。艦隊の一斉砲撃もドラゴンの固い鱗の前には通らず、また一隻……そして一隻と落とされていく。
 次第に絶望の影が迫って来る。もうダメなんじゃないかと……そんな空気が広がってしまう。


「まだだ!!」
「そうだ! 諦めるな! 我等の後ろには何百……何千……いや、この国だけじゃない。世界が掛かってる。諦める訳にはいかん!! してはならんのだ!!」




 二人は何度も何度も向かって行っては吹き飛ばされる。リンバーも大破こそしてないけど、既にボロボロ……そして体も二人は相当量のダメージを負ってる。だけど二人の姿に刺激されて再び目に光を取り戻してく軍の兵士達。
 再び全員で一斉にドラゴンに向かった。だけどその時、大きく天に向かって吠えたドラゴン。すると無数の火の玉--というか隕石が落ちて来る。


「「「「うああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」」」


 響き渡る阿鼻叫喚の声。一隻残らず、一機残らず落とされた。黒い煙が無数に空に向かって伸びてる。数えきれない程の人が一斉に落ちて行ってる……ダメだったのか? そう思いつつおじさんの目には煙が染みて視界がぼやける。
 すると聞こえて来る。懐かしい声。


【良いじゃないですか。誰に止められてたって馬鹿にされたって、私は今でも信じてるんです。アナタが英雄になって、この子達の憧れに……ううん、ただ父親として胸を張れる事を。だから……諦めないで】


 村の小さな病院で二人の子供を抱える愛した女性の声。世界で一番好きで、世界で一番幸せにしてあげたかったけど、出来なかった人の声。震え出さずには居られない!!


「がっ……んがあああああああああああああああああああ!!!」


 小さな斧を腰から抜いてそれをドラゴンの口目掛けておじさんは投げる。そしてそれは奇跡的にドラゴンの牙の間に挟まった。繋いでたワイヤーが伸びきっておじさんの体を支える。だけどそれは一時的に助かっただけ……もうおじさん以外誰も動ける者はいない。
 無数の人が落ちてく中……おじさんだけが踏みとどまってた。だけどそれにドラゴンも気付いてる。ドラゴンはその大きな手をおじさんに向ける。


「格好付け……させろよドラゴン。俺は父親なんだ。馬鹿な夢を追いかけて娘や息子に迷惑かけてるバカな父親。だけどそれでも、あいつらがやめろなんて言った事、一度も無い。母さんの思いを受け継いで、俺の事を応援してくれてる。
 ……だからここで貴様になんて負けてやれねぇ! いい加減カッコ付けなきゃいけないんだ! 俺は父親だから、あいつ等が頼れて憧れる存在であらなきゃならねぇ! 他のどんな事がダメでもこれだけは! 夢を追いかけるって事だけは! 自分が納得できる所までとことんやらないと行けないって所を俺がみせないとダメなんだ!!
 俺は親だからせめてあいつ等が自立するまではこの背中に誇れる物が必要なんだよ!! 子供が独り立ちして俺を追い越して行くその時まで! 親は格好付けてないとダメなんだあああああああああああああ!!」


 振りかぶった両手の大斧が、ドラゴンの手のひらを裂いて黒い血を噴き出させる。その事実に、ドラゴンは驚いたのか大きく頭を振るう。そのせいでおじさんは振り回される羽目に成る。だけどその時気付いた。落ちていた筈の周りの兵士達がシャボン玉みたいなのにくるまれて空中を漂ってる。するとその時、街の方から声が聞こえた。


【魔法部隊を動かしました。負傷者の救助と回復は任せてください。それと、おじさんの戦いは余す事無く世界に配信されてますので、不甲斐なきよう。存分とカッコ付けちゃってください!!】
「はは……アイツ、誰が俺の力をばらしたのやらな」


 そう言いつつおじさんは全て分かってるって感じだった。そして青年の声にこう答えるよ。


「始めからそうする気だ!!」


 おじさんの体を淡い光が覆い出す。彼は感じてる。力が増して行く事を。今度は自分でワイヤーを振ってドラゴンの首をかっ切る。吹き出る血は効果的だと示してる。そして傷口を踏み台にして背中部分へ回る。
 背中は固い鱗で覆われてる訳だけど……構えた斧は一回り、二回り大きくなって輝きを増す。そしてそれを勢い良く振り下ろす。鱗の破片が飛び散って、斧は深く食い込んだ。


「まだまだああああああああああああああああああ!!」


 おじさんは両刀の斧を振り回してドラゴンの体に次々と傷をつけて行く。大きな声を上げ出すドラゴンは体をうねらせておじさんを振り落とそうとする。だけどそれでもおじさんはしつこく斧を振り回し続け、そして遂には羽の一つを切り落とした。
 その瞬間閉じかけてた希望が再び人々の心に開き出す。世界中から輝く光。空は暗いのに、地上は光り輝いてる。そしてその光はおじさんへと収束する。




 震える体を押さえつける様にして、輝く光の彼方を見つめて青年は目を輝かせてる。


「凄い……これが……おじさんのルフの力」


 青年は騎士総長から話を聞いて、知ってはいたが、聞くのと見るのとは全然違うと感じてた。まさに百聞は一見に如かずだ。青年はこの為に動いてんだ。あの時騎士総長に託された願いは二つ。医療用の魔法兵の投入と、そして全世界にこの映像を届ける事。
 実際どっちも難しい事じゃなかった。なんせこのフェレットもどきには沢山の内部情報が入ってたので、上層部を動かすのは容易かったんだ。そして全世界放送も元々これは威厳を見せつける為の世界的イベントだった訳で中継は主要な国家でされてる。
 だから青年はそれを更に強制的に拡張させたに過ぎない。そんな技術がここにはあったんだ。見る者は多ければ多い方が良い。それが騎士総長の言葉だったから。


【医療用の部隊は分かりますけど、どうして放送を広げる必要が?】
【彼の力は心を打たれる者が多い方が効果的だ。だから絶対数を増やす必要がある。どれだけ必要かなんかわからん。だから出来うる限りに放送を届けるんだ】
【まさか心で強さが変わるとか……本気でそんな事を?】
【一人の心では何も変わらんさ。だが集まれば大きなウネリになるのは確かだ。彼の力はいわば『魅了』だ。自分の言動に心打たれた者達の気持ちを乗算して力にする事が出来る。彼が普段から無駄にカッコ付けてるのはその為だ。
 上限が既に決まってる私達の力とは違う。彼に魅了された者が多い程その力は跳ね上がる。つまりは上限など無い力。無限の可能性を秘めた、唯一ドラゴンを倒しうる力だ】


「そしてアレがその光。全世界を魅了した、英雄に成る者の姿……アナタは僕の憧れですよおじさん」




 巨大化した斧がドラゴンの四肢を切り落としてく。もう既に斬れぬものなど無い斧へと変貌を遂げてる。そして止めを刺す為に、おじさんは大きく空に向かってジャンプする。するとようやく離れた事を良い事に、ドラゴンが最大限の溶岩を口に貯め出す。
 だけどおじさんも掲げた手に巨大な斧を構える。そしてふとこう呟く。


「終わりにしよう。長かった夢の、ここが終着点だ!!」


 放たれた溶岩を切り裂いて片腕の斧が砕けた。だけどおじさんは二刀使い。もう一方の斧を天に聳えさせ、そして振り下ろす。斧はドラゴン共々海へと落ちる。激しい水柱があがり、そして……空からは光が零れ出す。
 終わったんだ。ドラゴンは倒され、世界は守られた。そして新たな英雄が今ここに……少し歳食ってるけど誕生した。おじさんの耳には世界中の喚起の声が来こえる様な気がしてた。




 ※※※
 世界は守られ、英雄は誕生したが、今回は色々ありすぎた。その問題はとても大きく、お祭り騒ぎの裏で大変な事が起こりまくってた。だからそんな諸々とチヤホヤされる日々を堪能し、解決してからの帰還は実に三ヶ月後になった。
 世界一の大都市とはえらい違いだが、ここは緑豊かな良い場所だ。それにこっちでもそれなりに迎えられてホクホクで我が家へと到達出来た。なんと言って迎えてくれるだろう? きっと満面の笑みで娘なんかは飛びついて来てくれるかも知れない。そんな期待に胸を膨らませて、取っ手に手をかける。
 --ガチャ……ガッガチャガチャ。


「あれ? あれれ~お~い、英雄になったお父さんが帰ったぞ~」


 中に呼びかけるとこんな声が返って来た。


「三ヶ月も音沙汰無しで甲斐性なしの父親なんていりません!」


 ガガ~~ンだった。その後しばらくドアの前で必死に娘の許しを請う英雄の姿があったそうだ。


                                         【完】



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