命改変プログラム

ファーストなサイコロ

強さの違い。

 空の色はさらに不機嫌さを増して雷光をどよめかせるようになってきた。時より走る空の怒りは地上に閃光をもたらしてくれるけど、それじゃあ視界の足しにはならない。普通なら。でも僕の目なら十分。けど実際は豪雨のせいで目を開けとくのも困難ではあるけど……そう思ってると三方向から光が煌めいた。


「これはっ!?」


 避けようと思ってたのにどうやら敵はそれをさえないように考えてたようだ。僕がスピード特化型とは周知の事実だしな。敵の魔法は周囲の雨を巻き込んで一つの大きな水の塊にして僕はその中心にあてがわれてる。きっ先よりも広い水の結界。生半可な攻撃じゃこれは崩せない。
 すると中の水の一部分が螺旋にうごめく。そして僕に向かって迫ってきた。服を削ぎ肉をえぐるその攻撃は容赦なく僕のHPを削っていく。さらに追い討ちをかけるように水の中に電流が駆け巡る。


(このままじゃ……まずい)


 必殺の一撃ってわけじゃないけど、じわじわと効いてくるタイプの攻撃だ。それにいくら地味でも何もできないとやられる。とか思ってると何か水が熱くなっているような気がしてきた。
 いや熱いだけじゃないぞ。水自体が赤くなってる。そしてボコボコと滾ってきてるしこれは爆発でもするんじゃないか? それなりに削って残りを削り切れると思ってやる技だとしたらまずい。これが発動したら助からないと思った方がいいだろう。


(どうする……どうする?)


 そんなふうに考えてる間にも結界の中では沸騰が始まってる。すでにかなり熱いし赤い。水が赤くなるってよくわからないがこれも魔法の効果なんだろう。前あった一度の絶対回避スキルがあれば……でもないものはしょうがない。ないものをねだるほど時間の無駄も思考の無駄もない。
 今の自分の力で出来ること……それを考えないと。


(こうなったら爆発したその瞬間を狙うしかない……か?)


 とりあえず自分で出来る保護スキルを掛けて後はその瞬間を待つしかない。全身の力を抜いて水にただ浮く。それが敵には諦めたように見えたのか何か言ってる。峡谷の上の方にいた二人もここまで来てわざわざ煽ってるよ。そういう風に見えるってだけだけどね。何言ってるのかは水の沸騰音で聞こえない。
 もう周囲は真っ赤だ。そろそろ来るはず……熱さで殺す気はないのか熱いけどこれでHPは減らないようだ。そして次の瞬間視界を遮る光ともに肌に何かが刺さってくる感覚が襲う。でもまだ衝撃ってほどじゃない。けどそれも数瞬の内に終わりが来るだろう。その刹那をすべての感覚で感じ取るんだ。


 刺さる粒がだんだん大きくなっていく感覚。目を開けると小宇宙の爆発のような光景が見えた。そしてそれはスローモーションになってて僕はその瞬間に動き出す。水の中にいる時のような動作の緩慢さはすでにない。弾ける水とともに慌てる風を掴み僕は疾る。相手は爆発した場を見て悦に入ってる。
 周囲は爆発した水蒸気と雨で視界不良。気付かれてはいない。最初に三連撃を回り込んだ手近な奴に叩き込む。何が起きたかわかってないうちに少し離れた場所に飛ばしてさらに蓮撃を放ってHPを削りきる。スキルは使わない。余計な光を出すと気づかれるからね。そしてもう一人。何が起きてるかわかってないうちに残り二人を倒しきる。
 多分まだ一人いなくなったのに気づいていないはず。アホな高笑いあげてるからね。でも流石にもう一人消えたらわかるだろう。そうなると警戒される。だからここは!!


「ガッは!?」


 手前のやつを吹き飛ばしてもう一人にぶつける。そしてそこで左右の剣にそれぞれ違う色を宿して二人同時に切りつける。ここからは反撃なんてさせない! 赤と黄色の軌跡が紡がれて豪雨の中その光が一際輝く。流れるような線となり認識させないうちに二人の体力を削り切った。


「ハアハア……なんとかなったな」


 武器を鞘に収め倒れるモブリに目を向ける。これで誰かが蘇生までこのままだ。とりあえず今はこのままにするしかない。本当なら敵に見つからないようにとかしたほうがいいんだろうけどね。復活されたら厄介だし。それに相手はモブリの集団だ。蘇生出来る奴は多そうだしね。
 でも死体は半透明になって触れることは普通はできない。だからここにも特別なスキルが必要なんだと思う。てな訳で僕にはどうしようもない。こいつらは復活がそんなに苦労しないからこのルールにしたんだろう。復活のルールにも色々とあるからね。仲間からの復活を待つしかないような今回の場合もあるし、すぐに戦場に復帰できるようにだってできる。
 けどその場合は何か代償が必要になるか、回数制限があったりする。でも今回は復活に制限はない。つまりはこいつらを復活させられる前に残りを倒せばいいってことだ。


「よし!!」


 僕は気合を入れ直してさっき爆発してた方へ走る。しばらく進むと遠くに光が見えた。撃ち合ってるようだ。ここはちょうど敵の裏側のよだし奇襲するにはもってこいの位置取りだ。でも前方にいるので全部とは思えない。数足りないしな。どこかで全体を俯瞰してる奴もいるかもしれない。
 てかいるはずだろう。魔法は基本遠距離から放つものだ。それは強い魔法にはそれなりの詠唱が必要だからで、だから普通は前衛は僕のような剣士が務めたりする。でも向こうには前衛と呼べる奴はいなかったはず。全員がモブリで全員が魔法特化とかバランス悪いけど、それを選んでるんだったらそれをわかった戦いをしてるはず。
 だから必ずどこかででかいのを狙ってる奴がいる筈なんだ。けどそんな簡単に見つかるところにいるわけないしこの雨じゃ僕のこの目もあまり活かせないのが痛い。だから結局は目の前の敵に集中するしかないか。気配とかでわかればいいんだけど……さすがにそこまでの域には達してない。そういうのを手軽に補うのがスキルなんだろうけど、そこらへんのサポート的なスキルはまだまだ少ないんだよね。まあでも全員一回リセットされたんだしこいういうのは言い訳でしかないけど。


 今回はそれなりに初期組に近いしね僕も。むしろ今戦ってるモブリたちの方が遅くに始めたはず。そう考えると自分の弱さがよくわかる。LROは工夫次第で時間を飛ばせる……掛けた時間=強さ−−な訳じゃない。訳じゃない……けど、大体はそうだ。やっぱりいろんなスキルを取得するには時間かかるしね。
 僕はどこかで自分は特別とでも思ってたのかもしれない。自分の力なんてたかがしれてるなんてわかってるはずだったのに摂理を助けて、どこか思い上がってた。だからフラフラと目的もなくここ最近雑魚狩りばっかり。目標があればそれはやることがないないんてならないんだ。
 でも今は後悔の時間じゃない。一歩一歩を踏みしめる。その時間だ。僕は物陰から出て一気にモブリに詰め寄る。足を踏み込むたびに力強さを増して、同時に速さも増す。手前のやつを上空にあげてさらに物陰に隠れてるやつをロックオンする。そしてもう一段スピードを上げて−−


「ちっ」


 −−何かのトラップか、足元に魔法陣が現れる。でも発動する前に置いていけばいいだけだ。何ためのスピードだよ。他よりも少し早い。それだけだ。でもそれが僕の唯一の武器。速く……速く……もっと、速く!!
 踏みしめるたびに現れる魔法陣が爆発を繰り返す。けどそんな爆風さえも利用して僕は加速する。もう一人も斬り上げて今度も二人同時に倒す!


 そう思ってたけど二人のモブリが空間に食われるように消えていった。やっぱり、見てたやつがいる。水を吸った地面に降り、上空を見上げる。けどこの雨じゃやっぱり隠れた敵を見つけることはできない。でも全体を把握するには上空が一番のはず。そして見えなくてもそこにいるということは,雨事態は当たってるはずだ。
 ならどこかに不自然な場所があるはず……でもそれを目で探すのは不可能。それならさっきの爆風で残った残り風を使おう。雨に溶けるように風を流す。どんなに微かでも僕は自分が掌握した風は感じれる。これで−−


「そこだ!!」


 赤い光を宿した剣を振り抜いて斬撃を飛ばす。その光は空中で何かにぶつかったかのように爆発した。まあ、この雨もあってそんな大きな爆発じゃない。けど……十分だ。爆煙は雨に流れて、そこに隠れてたやつを暴き出した。薄い球体の膜に包まれてたるモブリが一人。どんな偉そうな奴が高みの見物してるのかと思ったら、なんだかとてもビクビクしてる奴がそこにはいた。なんか暴いた僕に頭下げてるし。それはどういう意図なんだ?
 いや,そんなことよりも……


「届くか?」


 風は使ってしまった。この雨では自身の風程度じゃ無理がある。てか今の段階じゃ晴れてても厳しいんだけどね。やっぱり前は何もかもがかみ合ってたのかもしれない。セラ・シルフィングは特別だった。もう少ししたら鍛冶屋が新しい武器を持ってきてくれると思うけど,どうなるか……それに今はないしね。
 昔をはせても仕方ないことだ。いつだってその時が万全だなんて限らない。いや、普通はエリアバトルは準備万端で臨むものが普通なんだけどしょうがない。


「とりあえずやってみる」


 ダメでもともと……なんてのはヤダけどやってみないとわからないことだってある。足裏に風を小さく圧縮してそれを弾けさせて勢いを稼ぐ。空中でもこれをやればあの位置まで行けるだろう。そう思ってると横方向から魔法が飛んできた。急いで回避行動に移るけど、別方向からも飛んできて回避が間に合わない。
 そう思ってると足になりやら巻きつてくる。そして強引に移動というか振り回された。


「ぬおうううううううううううう!?」


 魔法からは避けられたけど勢いよく地面に叩きつけられた。


「おい、大丈夫か?」
「大丈夫じゃねーよ!!」


 起き上がりと同時に声を荒げる。全く、回避させるならさせるでもっとやり方あっただろう。具体的にはもっと優しくだな……そんなことを言ってると、後ろから逆光が照らしてきた。豪雨なのに逆光とはいかに……とか思ったけど、それだけの魔法を敵は用意してるようだ。
 青白い大きな球体から小さな光が分離して放たれる。体勢を崩してる僕にはそれを全部弾く余裕はない。


「くっそ……」


 すると周りから飛び出してきた奴らがその光に向かっていく。でも向かっていくだけで何かができるわけじゃないようで、魔法をまともに受けて後方に吹っ飛んでいく。おいおい猪突猛進すぎじゃね? まあ僕か言えることじゃないが。


「「「うおおおおおおおおおお!!」」」


 何回も何回も突撃していく奴ら。みんな攻撃手段が限られてるからって行動が一辺倒すぎだよ。


「おいやめろ。そんなんじゃ……」
「みんなお前だけに戦わせたくないんだよ」


 一心の奴がそんなことを言ってくる。そしてさらに続けるよ。


「お前は俺達にあんまり期待してないようだけど、俺たちだって勝利は欲しい。みんなそう思ってる」


 豪雨の中、魔法の光を見つめて一心がそう言った。雨の音と戦闘音がうるさいのにその声はやけにはっきり聞こえた。何,前々から思ってたけどLROには重要な話の時はそれを聞きやすくする機能とかあるのかな? 心で話せるスキルとかはあるらしいけど……まあでも、それなら一言言いたいことがある。
 僕は一心を見つめて大きく息を吸い込む。


「ならもっと勝つ努力をしろよアホ共!!」
「おっしゃる通りだな。あははは」


 かっるい返事が返ってきた。全く、本当にこいつらは……でも一生懸命というか夢中でやってるのはわかる。今もみんな吹っ飛ばされてるのに楽しそうだ。そう楽しそう。


「まあでも、楽しく勝てたらそれが一番かもな」
「おう!」


 元気いい一心の返事。簡単なことだけど、いつの間にか忘れること。何かを追っかけてたら楽しむってことが抜け落ちたりしてしまう。前は色々と切羽詰まってたし……かといって今のLROを自分が楽しんでるのかといったら難しい。僕ももっと楽しんでいいのかもしれない。これからのためにスキル上げばっかりしてたけど、楽しんでできるのであればそれが一番。


「でも、負け続けるつもりはない」


 自分のためにも。自分を犠牲にするのは良くないしね。あんまり知らない仲間、あんまり関係性もない仲間たちだけど、僕自身は歩み寄るってことをあんまりしない。別にそれで困ったこともなかったし、人間関係なんて基本面倒くさいだけってのが持論なんで改善する気もなかったけど自分だけでできることの限界を僕はもう知っている。
 でも……歩み寄るってどういうことなのか、よくわからないことでもある。気を使う? 合わせる? 空気を読む? それはうわべだけの関係性だろう。まあ普通はそこから入っていくものなのかもしれないけど、一度出来上がった関係性ってなかなか壊せないものでもあるよね。
 うわべだけで始まったらそれが続く。別にここは自身の姿さえ偽ってる場所だし、それが許されるから別にいいような気もするけど……関わらないなら関わらないし、関わるのなら中途半端なんてしないのが僕の信条だ。押し付ける気は無いけど,僕自身はどうあっても偽れないから自分であるしか無い。
 要はその自分をどれだけ見せていくか。でも、考えてる暇なんて無いよな。


「お前ら、少しは協調性ってもんを持て!! 連携とるぞ! 相手は魔法使い集団だ。詠唱をさせるな!!」
「何いきなりやる気出してんだ? 大丈夫か?」


 仲間の一人がそんなことを言ってきたから僕は言ってやるよ。本心をな。


「別にやる気はあったさ。で無いと無駄に繰り出される羽目になりそうだし……でもそれは前向きじゃなかったってだけで。けど今からは前向きにやっていく。そう決めた。それが多分必要だから」
「よくわからないな。俺たちはお前に使われる気はないけどな」
「別に使う気はない。思いっきりやれよ。楽しくやろう。そんな中で必要だと思うなら僕の言葉を聞け」


 必要ならでいい。イヤイヤさせる気なんてないからな。誰もが思いっきり動く中で、勝利の道筋を見つけていけば……それは別に僕自身じゃなくたっていいんだ。


「目の前の奴らは今行ってる奴らでいい。僕たちは隠れてる奴らを叩くぞ!」
「おう!! けどこの雨じゃ敵が見えないぞ? どうする?」
「大丈夫。僕は目がいいからな」


 そう言って崖を登る。幸い攻撃は前に集中してるし上まで行けるだろう。そう思ってるとこっちを狙って攻撃がきた。風の刃が連続して襲ってくる。でもおかげで隠れてるやつの位置がわかった。


「一心、左側の大岩の側だ! 擬態してるぞ!!」
「任せろ!!」


 一心は直ぐに動いてスキルを言った場所へと叩き込む。けど既に敵はそこから離れてたようだ。さすが魔法を使える奴らはなんでもできていいな。実際はなんでもできるわけじゃないだろうけど、対峙してる側からするとそう思えるよね。


(連携か……)


 向こうは相当エリアバトル馴れしてる。連携も何度も研究して作り上げていったんだろうってな感じがする。それにひきかえこっちときたら……


「うおおおおおおおおお!!」
「こなくそおおおおおおおおおお!!」


 前方で直接敵と相対してる奴等が悲鳴をあげていた。そういえばこれっておかしいことじゃないか?  ふとそう思う。だって普通正面から対峙したら魔法よりも物理の方が勝るはずだろう。手数だって素早さだって物理攻撃の方が勝っておかしくない。それなのにさっきから一方的にやられてるように見える。
 前線で相対してる奴らはそんな強力な魔法を詠唱する暇なんてないはず……それなのにこれって流石に何かおかしい。もしかしたらめちゃ凄腕の術者とかなら戦闘中でも詠唱を怠ることなく行動できたりするのかもしれないけど……流石にな。可能性はあるけど、それだとこのチームもっと上にランキングがあっていいはずだよな。
 それとも今回から凄腕が入ったとか? それもどうだろうか? それだと連携とか取れなさそうだし矛盾するか。


「確かめてみるか」


 隠れてた奴はどこかに下がったようだし、いけるはず。この雨のせいで視界が悪いから近づかないとどういうカラクリか確かめようがない。相対してる奴は相も変わらず腰が低い感じなんだけど、それでも応戦はしてるんだよな。しかも無茶苦茶だけど一応勢いだけはあるこっちの攻撃を全部流してるし、実を言うと向こうのチームでいちばんの実力者は彼なんではないか? 
 全然そうは見えないけど,その可能性は否定できない。でも強かったらそれだけ自信つきそうな気もするけど……それは彼の性格なんだろう。


 あんまりヘコヘコしてる奴は攻撃しづらいんだけど、そんなこと言ってる場合じゃない。それなりに派手な魔法で仲間が吹き飛ばされる。みんなには悪いけどそれを利用して背後を取った。気付かれてない。いける!!
 その小さな体に向かって剣を振るう。けどその切っ先は小さな体には届かない。流石に防御魔法を張ってるようだ。スキルを使っておけばよかったかもしれない。けどそれじゃあ不意打ちができない。この雨でもスキルを使うと光が主張するからな。だけどこの防御はそこまで厚くはないはず。なら……


「ゴリ押す!!」


 魔法を使わせるためにもそれが必要だ。僕は怒涛のラッシュを低姿勢なモブリにかける。目に入る雨も気にしない。目を閉じる瞬間なんてあっちゃダメだからだ。どうやってあのラッシュの中魔法を使ってたのか、それのためにも……


(これは!?)


 最初の数発が手ごたえがない。残像? いや目の前のこれは本体なのは間違いない。多分この数発の猶予が反撃できる秘密のひとつなんだろう。でもこれだけじゃないよな。その時、何かが光った気がした。普通に考えれば、それは魔法の光のはず。でもどうなんだ? そんな考えをしてる間に実際魔法は発動してた。
 落ちてきてた無数の雨が意志を持ち僕に向かってくる。ただの雨と思うなかれ……これだけの豪雨の水量だと圧力もすごくて一気に吹っ飛ばされた。


「くっそ……」


 詠唱なんかしてなかったはずだけど一気にこれだけの魔法を使ってくるなんて……豪雨のせいで聞こえなかっただけか? でもそれよりも気になるのは一瞬光ったあれだな。角度のせいで見えなかったけど、多分秘密はあれだと思う。とりあえず一度地上に降りるしかない。すると一気に二・三度光ったのが見えた。
 その瞬間足がついた地面が陥没した。峡谷だから雨のせいで地面が柔くなってた? いや、んなわけない。これは奴の放った魔法だろう。でもこれだけじゃなかった。光ったのは二回それならもう一つあるはずだ。


(何が来る……何が?)


 奴が陣取ってる上からが一番確率が高い。それか虚をついて左右? 後ろ? いや……陥没した地面の隙間が光ってる。下か!! 陥没した地面から抜けようとするけど泥ついた地面はそうやすやすと抜け出せない。


「まずっ」
「捕まれ!!」


 こちらに向かってくる鞭っぽいもの。てか鞭か。なんかトゲトゲしいけど,そんなこと言ってる場合じゃない。僕はそれを掴んで仲間に引っ張ってもらう。味方はなかなかのパワーなのか、一気に地面から引き出される。そしてその直後、魔法が炸裂して地面から光の柱が生えた。


「あっぶなかった〜。すまない助かった」
「べ−−別に、お前なんかのためじゃないからな!!」


 ツンデレかよ。なんなのこのテンプレ? ネタだよね? とりあえず「あ〜うん」と感情のない声で応えた。よく見たら全員集まってるじゃん。


「今度はどうする? 何か掴んだんじゃないのか?」


 仲間の一人がそんなことを言う。お、すこしは協調性ってやつが身についたか? でも残念なことにあんまり掴んでない。それよりもそっちもあの低姿勢のやつとずっと対峙してたんだし何か気づいたことでもあるんじゃないのか。


「んー別に……」
「俺達、相手を殺すことしか考えてないから」


 この脳筋共が。何で同じような脳筋が集まっちゃったんだよ。そんな事を思ってると、周囲で水が集まりだす。それに空中にいたはずの低姿勢モブリの奴がいなくなってる。そして雨の一部を集めるんじゃなくここら一帯の雨が全部停止してるようで一気に静寂が訪れた。異様な間……さすがの脳筋共も雰囲気の異常さに気づいたみたいだ。
 激しい雨音や戦いの轟音−−それらが一気になくなったんだ。これで異常に気づかなかったらおかしい。みんなが一斉に息を飲む。張り付く服が気持ち悪い。髪の毛から滴る雨を振り払うと、その雨が下じゃなく上に昇ってく。見上げるとそこには絵の具のような青い色の水の塊がうごめいてた。


「なんだあれ?」


 というかなんだあのデカさは……避けるとかそういうことは無理そうだ。てかどうなるんだあれ? そう思ってると激しくベコボコしだした。そして一斉に青い球体が弾け飛んでくる。


「ウアアアアアア!!」
「ぎゃあああああああああ!!」


 響く断末魔の叫び。絨毯爆撃のような攻撃に仲間たちはなすすべがないようだ。それもそのはず……なんせ数が多すぎる。僕も自分の方に飛んでくるのを切り落とすだけで精一杯。でもこのままじゃ僕も……けどだからってこの手を止めるわけにはいかない。そんなことしたら終わるからだ。


「ぬぉがああああああああああああああああ!!」
「一心,お前−−何を!?」


 いきなり前に出てきて攻撃を体で受け止める一心。しかもこいつだけじゃなく他の奴らも集まってくる。何のつもりだよ一体……


「はっ、勘違いするなよ。俺たちは勝つためにやってんだ。俺たちは確かに脳筋であんまり難しいことはごちゃごちゃ考えないけどな、シンプルにこれだけは忘れない」


 そう言って他の奴らと視線を交わす一心。そして一斉にこう言った。


「「「どんなときでも諦めない!!」」」


 だからそれなら−−いや、いっか。みんなの背中は確かに諦めてない。無謀でも無茶でも、こいつらはこうやって向かってた。確かにそれは諦めてなかった表れなのかもしれない。そんなこいつらをどうやって勝たせるか−−が僕のここでの役目なのかも。


「まあ、やるだけはやってやる」


 そういうしかないよな。絶対に勝てるなんて断言はできないけど、できることは全部やってやる。みんなを盾に僕は攻撃をかいくぐり峡谷の上の方に出る。そして目力を集中させる。僕の目にスキルはない。けど……何かある。その何かはわからないけど、今はその力に怯えてる場合じゃない。
 丁度雨も止んでるし,全力でこの力を試そう。


「いっくぞ!」


 視界から色が消えていく。上も下も前も後ろも関係なく、見えてくる。世界は線でできていた。世界はゼロと一でできていた。でも……プレイヤーは違う。不安定な数字は常に変化してる。確定できない数字がそこにはある。これが可能性……かは知らないけど、場所は見える。僕は最短を目指して地面を蹴る。
 峡谷の壁を走り、奴らに近づく。トラップさえも見える今のこの目ならスピードを落とすことなく突っ込める。再び雨が落ちだしてきてる……急ごう、これで終わらせる。


(まずは一人!!)


 斜め頭上から一気に斬りつけてその勢いでモブリは地面に叩きつけられて大きくリバウンドする。


「「「なっ!!??」」」


 突然の強襲に度肝を抜かれるような声を出すモブリたち。でも罠まで一応貼ってた連中だ。すぐに魔法の詠唱に入ってる。やっばりこっちとは違って場慣れしてるよ。でも……この距離はこっちの間合いだ!! 発動しかけの魔法を叩き斬り次々と発動を妨害していく。ストック魔法じゃないのなら詠唱を妨害するだけで、次の魔法は止めれる。
 そんなことを考えてる間に他のモブリたちを次々に斬り結んでいく。でも一人にそんな時間はかけれないから削りきるまではいかない。でも魔法を発動させずに入れればそのうち倒れていくはず。


(アイテムも持ってるだろうけど、それも数に限りがある)


 要は時間の問題ってことだ!! すると目の前に水の矢が迫ってきてた。一体いつ詠唱を? 軌道をたどった先には……やっぱりあの低姿勢のモブリの姿。あいつにはまだ剣が届いてない。けどこの一歩でいく! 迫り来る水の矢を切り落として距離を詰める。そしていよいよ奴に一太刀を浴びせれる−−そう思った時目の前から奴が消えた。
 でも消えた先もこの目には見えてる。出る場所の数字が変動してるからだ。けど今のは……


(ストック魔法? シルクちゃんの他にあれを使う奴がいたなんて……)


 にわかには信じられない。だってあれはピクがいたからできたことだ。ピクもなしになんて……多分その秘密はあの宝石みたいなアイテムにあるんだろう。あれに魔法をストックしてる? それなら今までの攻撃も説明できる。でもそれならこの瞬間に次の魔法を発動してもおかしくはない。僕は更にあの低姿勢モブリに視線を集中させる。
 アイテム欄に入れずに直に持ってるっぽい宝石は懐の中。そのアイテムは五つ。数字はただのゼロと一。でも一つの宝石が変動してる。これは……雨の音に紛れて聞こえる僅かな声。


「モブリだからってなめるなよぉぉ!!」


 玉砕覚悟の精神か、近づいてきたモブリが一人。こいつだけでアレに貯めるだけの時間を稼ぐつもりか? モブリだからって近接戦ができないわけじゃないのは知ってる。けど単純にそれは難しいことなんだ。なんせリーチが違いすぎる。それを補うにはリーチの長い武器を使うか、そうじゃないと後はもう技術しかない。
 でも……普段から魔法主体のこいつらにその技術があるとは思えない。実際一撃で叩き伏せれた。でもどうやらそれがこいつの狙いだったようだ。


「重っ!?」


 いきなり剣が重くなった。どういうことだ?


「はっそういうアイテムを使った。腕力を鍛えるのに人気みたいだぞ……早く倒さないとどんどん重くなるぞ」
「ちっ」


 厄介なものを持ち出してきやがったな。こっちは手数の多さが利点なのに斬りつける度にそんなアイテム使われたらかなわない。其の内振れなくなるのは自明の理じゃないか。けどだからって他の攻撃手段があるわけでもない。こうなったら−−こんな奴は無視してあの低姿勢モブリを狙うのが最善!
 とか思ってると他モブリ全員で突っ込んできた。けどこんな奴ら避けるなんて造作もない。こっちの方がスピードは上だ。すると奴ら一斉に何か投げ出した。それも僕に向かってじゃなく上にだ。雨の中弾けたそれは粘ついた雨となって降り注ぐ。


「こいつら!?」


 自分たちをも行動阻害する覚悟で……何やらブツブツと呟きながらゾンビのように迫ってくるモブリたち。スピードも殺された今剣で応戦するしかない。いくらもブリの直接攻撃だからって僕の軽装備じゃ馬鹿にはできない。でも……


「くっそ」


 剣が地面に落ちる。倒れて動かなくなったモブリたちは決して無駄じゃなかったな。そしてあの低姿勢のモブリが輝く宝石を掲げてる。この最後の攻防でわかったことがある。あれはストック魔法ではない。こいつらは詠唱をつなげてた。それぞれが一つの魔法の詠唱をしてたんだ。それを集約するのがあの宝石なんだろう。
 それぞれが役割を分担することで高ランクの魔法の詠唱を短縮してるんだ。そして今僕を狙ってるのは奴らが繋いだ最後の一撃。こっちにはもう何もない。武器もないしスピードも殺された。今の僕に何がある? 僕のこの目には僕自身はどう映るんだろう。もうゼロしかない気もする。でも自分自身を信じてみてみよう。
 目を向けなかった自分ってやつを。


「ごめんなさい。これで終わりです」


 光の閃光が迫ってくる。けど……まだだ。雨に濡れてたはずの髪が靡く。結局僕にはこれしかない。自分自身の中に残ってるものなんてさ。小さな小さな自身の風。でもそれを繋げれるのが僕の強みだ!!
 大きな攻撃はそれだけ大きく大気を乱す。それは風だ。それを掴んで力に変える! 拳を突き出し風のうねりを閃光へと打ち出す。


「うおおおおおおおおおおお!!」


 ぶつかり合う二つの力。僕の視界は一瞬で光に覆われた。そして決着の鐘が響き渡る。

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