命改変プログラム
最大の集い
旋風が敵の意識を僅かに乱し、その瞬間にセラが仕込んでた糸で皆を解放する。シルクちゃん達の体が力なくよろける。けど流石は三人共経験値豊富なだけじゃない。倒れる後一歩の所で自ら踏みとどまってくれた。シルクちゃんもか弱そうに見えて案外強いんだよね。僕なんかよりもずっと……
だけどこのままぶつかれば逃げることさえもままならないのは実証済み。この場を、いや、この街を埋め尽くす程にひしめき合う敵の数。今の僕達にこの街を覆う闇を照らす程の力はない。だけどまだ、消える訳には行かないんだ。
自由は再び手に入れた。けどこいつらの目をくらませて逃げないと状況は変わらない。変わらない……けど、どこもかしこも敵が居る。本当に街は埋め尽くされてるんだ。生半な方法じゃ目なんか眩ませられない。風はある程度操れるけど、前みたいに攻撃に使える程じゃない。まあそれは自然に集めた風だけならって事だが。
僕は懐のポッケを微かに見る。使うか? でも連発出来る物でもないし、この密度じゃここら一帯を吹き飛ばすとか難しい。ある程度一掃できないと、結局は今まで通りになる。どうするか……それで悩んでると、セラと目が合った。てか多分自然とセラに視線が行ったんだろう。
今のシルクちゃんやテッケンさん、それにアイリはダメージを受けてフラフラ状態。ここで頼るのは酷というもの。だから自然とセラへ……なんだかんだ言って、セラは頼りにはなるやつだ。嫌な奴ではあるわけだけど、同じ場所で怒れたりと、共通する部分もあったりはする。そういう時、どこか同じだと思って、安心できたりする。それにセラの瞳は……死んでない。
諦めなんて見えない。そもそもこいつが真っ先に諦めた姿なんか見たこと無い。だから瞬間、セラを見た。向こうがどう思ってるか、心なんて読めないから分からない。特にセラはわけわからない。どうして目が合ったのか……向こうは何を見てこっちを見たのか。
残念だけど、拘束を解いた後の手は僕にはない。するとセラの奴は片手の指の間に挟んだ三つの小さな球をちらっと見せてきた。
(何か手があるって事か?)
それが何かはよく分からない。けど僕は頷くよ。すると次の瞬間激しい閃光が視界を覆い尽くす。目の前が真っ白になって何も分からなくなった。ちょっ、一言言えよ––というのは酷か。流石にこれから閃光弾使うからって口には出せないしな。
てかこれって奴等に聞いてるんだろうか? あんまり目らしい目が見えなかった様な……けど視界が無いわけがないか。効いてると信じよう。けど僕達まで視界が奪われちゃ逃走が計れない。だって前も後ろもわかんないよ。目を開かずとも歩けるほどにこの街を知り尽くしてなんかいない。
いや知り尽くしてても多分無理だけどね。
「こっちよ」
いきなり手を掴まれてドキッ––視界が効かなくなってしまったから仕方なくも見捨てられずにこれしか方法がないから仕方ない……なんてロマンチック、セラには期待しようもない様だ。実際触れたのは手とかじゃない。寧ろ痛いくらいに手首に食い込む糸。拘束を解いた程に強靭な糸だからな……その気に成れば多分腕くらい簡単に落とせる代物だろう。
見えない中ゾッとする。でもよく考えれば、多分シルクちゃん達も視界を奪われてるだろうから、わざわざ手で引く––なんて事は出来ないのかもしれない。誰しもの腕は二本しかない。それ以上有りはしない。もしかしたら増やすスキルとかがあるかもしれないけど、そんなスキルは今は持ち合わせてないだろう。
セラの手だけじゃ全員を引っ張る事は物理的に不可能。だからこそこうやって糸で誘導してくれてるんだ。
どこをどう行ってるのか分からない中、次第に見えるようになってきた。僕の前にはぼんやりと皆の姿があるのがわかる。どうやら僕が最後尾の様だ。けど良く逃げれてるな……最初の閃光だけでここまで逃げれるだろうか?
「ん?」
よく見ると、僕達の体から煙っぽいのが僅かだけど糸を引いてる様な? 後ろを振り返ると、もくもくと路地に充満する煙が見えた。どうやら今度は煙幕を使ったようだ。けど煙たいとか一瞬も無かったけどな。だからこそ気付かなかった。
でもそういえば事前に見せられた玉は三つあったんだ。つまりセラはここまでそれを駆使して逃げてたきたと言うことか。僕達を引いて……その背中がいつになく頼もしく、そしてちょっといとおしい様な気がしないでもない。
そう思ってると、両端の建物から直下降してくる影が見える。しかもそれは一体二体じゃない。次から次へと––だ。この街を覆い尽くす程に居るんだ。それは別段驚くことではない。けど……どうしたらいいのか……それに頭を悩ませる。ここで戦闘に入ったら、さっきの二の舞い。
きっとセラはそれをなんとか回避してここまで来たんだろう。そんなに速く引かれてるって訳でもないのに、どうやってここまで凌いできたのか。流石にあの三つの玉だけで、この次から次へと湧き出る黒尽くめをやり過ごせるとも思えないんだが?
けどそれを悠長に聞いてる暇なんて無いか。目も見える様になった今、全てをセラ一人に任せっきりになんか出来ない。僕が拳に力を込めると、突如糸がプチッと切れた。思わず「ええ!?」と自分の中だけで驚いた。だって、なんと呆気無く……脆く、脆弱に切れてしまったんだ。そりゃあ驚くよ。
思わず誰かの宝物を悪気はないけど壊してしまった時の様な罪悪感に苛まれる。けどセラの奴はこっちを振り向かずにこういった。
「見えてるのなら、もう一度風を起こしなさい!!」
「お、おう!」
かと言って今の僕にはそう簡単には出来ないんだけど……けどやるしか無い。自分が動くことによって起きる大気の乱れ。その流れも小さな風だ。自身の周囲の風が一番掴みやすい物。それはきっとわずかにでも、自分の意志が伝わってるからだろう。
前に進みたいと言う意思を汲み取って、大気は流れてくれるんだ。元々遮ってる訳でもないけど、流れは意志が生み出す物。だからそこら中に意思は漂ってる。その中で自分の意思を汲み取ってくれた風を掴み、それを起点に他の大気と意思を巻き込む。
僕の手の中に一迅の色づいた風が起きる。それを大気に流し、更に大きな風を路地に吹かす。狭い路地だからか、背中を押される様な感覚が一気に襲ってくる。その瞬間、セラの前方に銀色の布みたいなのが現れる。それは僕の起こした風を受けて一気に前方に膨らんで、あたかもパラシュートの様に膨らんで皆を引っ張ってく。
そしてそれは僕も例外じゃない。置いてかれると一瞬焦ったけど、どうやら僕を繋げた糸は一本ではなかった様だ。腰の辺りから一気に引っ張られてエビ反り状態だ。突如吹き荒れた突風のせいで風を直下降してた敵はバランスを崩してた。その間に一気に僕達は路地を抜けて、対面に鎮座してた建物へと盛大にダイブ。
多分路地を出た所でも黒尽くめが待ち構えてただろうけど、突風とそれに乗って加速してた僕達を捉える事は出来なかった様だ。そのおかげで僕達は建物へと突っ込めた。
けど……この後どうするんだ? 奴等は建物さえもすり抜けるぞ。そう思ってたら、セラは直ぐに立ち上がり、カウンターにあった名簿に名前を記入する。誰も居ないけど、それだけで良かった。
「部屋に行くわよ!!」
セラに急かさられて僕達はフラフラになりながら立ち上がる。そして一番手前の部屋へと駆け込んだ。
「はぁはぁ……そっかここは……」
「宿屋––考えたねセラ。ここはシステム上の不可侵領域。多分奴等でもこの一部屋だけには入れない」
シルクちゃんとアイリが一安心したかの様にそういった。確かにここなら、大丈夫かもしれない。この街を多い尽くす黒尽くめの集団。それから逃げるなんて事は実質上不可能。だからこそシステムを役立てる。宿屋はプライベートを確保できる仕様になってる。プレイヤーが使う部屋は不可侵。
ある意味隔絶された様な……そんな感じなんだ。どんなに暴れたって部屋の外には何も聞こえたりしないしね。窓には外が見える。外が見える……けどそこから入ったりは出来ないんだよね。プレイヤーが入ってない部屋なら宿屋でも侵入したりは出来るんだけど、部屋に誰かが居ると弾かれたりする。
LROの宿屋は部屋の数だけしか泊まれない。当たり前だと思われるかもしれないけど、普通ゲームなら、部屋数なんて意識した事なんか無いはずだ。
だって泊まれない事が無いから。あるとしてもそれは手持ちの資金が足りなかったりする場合だ。宿屋側からこれ以上は空きが無いんで––なんて普通言われない。何故なら、それはデータだからと言ってしまえばそれまでだよね。物理的に埋まることはあり得ない。けどLROは埋まるのである。
実際は埋まらないようにも出来たはずだ。僕達は確かにここに生きて存在してるのを実感出来るわけだけど、それでもやっぱりデータであることに変わりはない。肉体が実在してるわけじゃない。それに部屋を無限増殖とかも出来そうだしね。扉がその部屋に繋がってる––なんてのはリアルの常識なんであって、ゲームであるLROでは扉の向こうを増やす事も出来るはずだ。
見た目はそのままに、見た目以上のキャパシティを得る。それが出来るけど、LROでは敢えてやってないみたい。一つの宿屋には部屋の限界があって、受け入れられる人数も限られてる。でもだからこそ、色々な宿屋が有ったりするんだよね。昔のゲームみたいに、一つの街に一つの宿とか、良く考えたらあり得ないよね。
「待てよ……なあ、もしかしてこの街には僕達以外の生き残りが居るんじゃないのか?」
宿屋の特性をつらつら思い出してたらその可能性に気付いた。だって幾らプレイヤー達がエリアバトルをメインに据えてるとしても世界に出てやるべきことはやっぱりあるわけで、LROという世界自体と付き合わない訳には行かないんだ。
それぞれの国の首都には劣るけど、それなりにデカイ街なわけだし、僕達だけが居た訳じゃない。けどこれまで全然僕達以外に戦ってる奴等が居なかったから、もうこの街には僕達以外居ないのかと思えてたけど、宿屋になら、他のプレイヤーがまだ居るかもしれない。
でも、居てもこの世界に残ってるとは限らないけど……だってこの惨状というか現状だ。さっさと諦めて落ちてても不思議じゃない。通信も出来ないし、そうなると一端落ちるしか手はない。
「確かに私達の他にも誰か居るかもしれない。でも宿屋だからこそ、どうしようもないですよ」
アイリは直ぐ様そういった。確かに逆に宿屋だからこそ、こちらからの接触方法はない。一応外の音は聞こえるし、ノックとかも有効ではある。でもだからってこの状況下でノックされたドアを開ける奴は多分いない。確実に安全だとわからないとね。
プレイヤーが居る部屋は不可侵ではあるけど、それは完全に空間が閉じてる場合だ。ドアを開けた瞬間に入り込まれるって事はある。だからこそ容易には開けないだろう。声を伝えれば……とも思うけど、それだけ安心してくれるプレイヤーが居るだろうか?
この世界にはスキルがあるし、得体のしれない敵はいっぱいいる。今の現状ではその最たる例があの黒尽くめだろう。奴等はその存在さえ分からない。何をやってくるか未知数。しかも人型だし、誘き出す手段として声を使えてもおかしくはない。そうそう、こうやってまるで宿の主人かの様に––
『すみませんお客様––』
「「「!!」」」
––僕達は思わずドアから飛び退いて反対側に集まった。それぞれ視線を交わし思わずビクついた鼓動を落ち着かせる。でもまさか思ってた事がいきなり起こるなんて……てか流石にこれはバレバレだろ。だってカウンターには誰も居なかったんだぞ。
それなのにいきなり主人が現れるとか怪しさ満点。もう怪しまれずには居られないよ。
『少し宜しいでしょうか?』
少し……とは一体何を少し宜しいのか……具体性が何もない。まさにあの扉を一ミリでも開けさせたい口上とかしか思えない。奴等は僕達がここにいることはバレバレなんだ。どうにかしておびき出したい筈。怪しさ満点だけど、そういう手をとるしか無いのは、その程度の知能しか持ち合わせてないのだろうか?
取り敢えず開けなければ安全。無視しとけばその内諦めるだろう。けど、奴等には色々とやりようがあったりするかも知れない。アギトとかそれかオウラさん達もどうなってるのかはわからないんだ。もしも捕らえられてるのなら、彼らを利用されるかも。
それに僕達の関係ないプレイヤーとは違って、早々にログアウトする……なんて事はできないんだ。いつまでもここに隠れてるわけにはいかない。
絶対にここは攻め込まれない……それが少し余裕をもたらす。僕は意を決して一歩前に出る。すると同じタイミングで前に出た奴と顔を見合わせる事になった。セラである。こいつは大事な局面で行動が被る時がある気がする。
実は似てたり? いやいや、僕はセラ程性格悪くないし。更生したし。
「二人共……」
「アイリ様達は体を休めててください。ここは安全です。だからこそ、今ここで奴等の情報を引き出します」
安心させる様にセラの奴が優しい声色でアイリの不安を拭おうとする。やっぱり考えることは同じだったよう。僕もどうせ会話できるのなら、ここで奴等の情報を得たいと考えてた。言葉が通じるのなら、話も出来るだろう。黒尽くめの集団は物言わぬ殺人鬼みたいな雰囲気だったから、そんな余裕なかったけど、ここでならどうにかなる。
向こうも宿屋の主人を装ってるせいで、優しい声出してるしな。
「何か用かしら?」
『いえ、少し名簿に不備がありまして』
「そんなのないわね」
一蹴したセラ。自分に間違いなどないと、その自信は天をも突き抜ける見事っぷりだ。まあだけど名簿に不備とかなんとでも言えるよね。誘い出すための常套句だろう。
『そういえば料金が足りてなくてですね』
「後で倍にして払ってやるわ」
なんて太っ腹。自信しか感じ得ないその口調に次はどうしようかという迷いが透けて見えるようだ。扉越しで見えないんだけど、見える。するとその間を逃さずセラは口を開いた。
「何が目的? 何をしようとしてる?」
『私はただ、きちんとその……』
「そっちじゃない、私は本心の方に聞いてるのよ」
降りる沈黙。黙ってると、突如ドアが激しく叩かれた。思わず僕はビクッと反応してしまう。けどセラの奴は微動打にせずに厳しい目で扉を見つめてる。その間にもドアは二度、三度激しく揺れる。大丈夫か? とちょっと心配になるけど、やっぱり破られる事はなかった。
木製のドアなのに超頑丈。流石にシステムは最強であった。
『本心? それを聞いてどうする?』
セラの視線がこちらに向けられる。僕はその視線に頷いて返す。変わった……声が。主人の声じゃなくなり、けどだからといって黒尽くめっぽくはない。イメージだけどね。なんだかそれなりに太いけど、心地よく抜けるようなそんな声。
実際心地よくはないけど、それなりにいい声してる。黒尽くめの向こう側にいる奴が透けてるように感じるな。多分セラも同じ考えだろう。だからセラはこう言うよ。
「叩き潰す」
う〜ん、僕は流石にそれだけ直球に言う気は無かったけどね。
『くはっ、出来るかな貴様達に。外を見るがいい』
「外?」
するとその会話を聞いてたアイリ達が窓から外を覗く。窓からは店の前の通りが見える。黒尽くめに埋め尽くされた通り。その中から一人が前へ出る。するとその外見がモヤの様にゆらぎ、中身……と言える物が出てきた。それは……
「アギ……ト……」
光を失った目をしたアギトがそこには居た。でもこれで……確信できた。やっぱりこの黒尽くめはNPCを……いや、NPCだけじゃなくプレイヤーさえも取り込んで増殖したんだ。アイリが必至に声を上げるけど、アギトが反応することはない。
ああいう状態の場合、中の秋徒はどうなってるんだろうか? 意識はあるのか? すると一人の黒尽くめが近づいてきて、頭の側面にクナイをぶっこむ。それはハッキリ言ってかなりグロい。前に出させた片手を切り落としたり、固めを繰り抜いてみたり……それは直視出来る光景じゃない。
現実の秋徒は無事だろう無事だろうけど……これは……
「私……行きます」
アイリは静かにそういった。けど、その心は決して静かじゃないだろう。燃え盛る怒りが見えるようだ。
『ほらほら、早くしないと仲間が解体されるぞ。今度は何を引っ張りだす? 肝臓にでもしとくか?』
完全に煽るために言ってるとわかる。けど、アイリはそれを分かってても飛び出すだろう。アイリの手が窓に触れる。
「アイリ様駄目です!」
「大丈夫、全部倒せばいいんだよ」
「今の貴女には無理です」
「それなら、一緒の所に行くだけだよ。今の私には立場なんてないもん。好きな所で無茶できる。そうでしょセラ?」
そう言われると何も言えない。前は色々と大変な立場だったから自制してきた事も、今ならアイリは自由の身だ。けどここで窓を開けると不可侵は崩れ去る。そうなれば……
「ごめんなさい皆」
そう震えながら呟くアイリを止められる僕達じゃない。二人がどれだけ想い合ってるかしってる。たとえ永遠の別れなんてなくても、この光景は酷すぎる。僕達は結局、戦場に戻るしか出来ないんだと諦める。アギトの奴だから仕方ないとはアイリには言えないもん。
そう覚悟してそれぞれが武器を取った––その時だ。通りの向こうが何か騒がしい。そして扉向こうの奴が何か慌ただしくなった。
『何? これは……クソ! 迎え撃て!!』
そんな声と共に、通りに居た黒尽くめが一斉に向きを変えた。そして臨戦態勢に入ったが、沢山の怒号と様々な光に、通りに集ってた黒尽くめ達は程なく一掃された。通りには黒尽くめに変わり、様々なプレイヤーが集ってる。
そしてその人々が跪いて道を開けて一人の少女を宿屋の前に導く。それはメガネはしてないけど、長い三つ編みはリアルと変わらない、良く知ってる奴だった。
「やっほー、大丈夫スオウ?」
軽くそう云うのは日鞠だ。って事はこの跪いてるプレイヤー達は今や最大勢力を誇る日鞠のチーム『テア・レス・テレス』の面々か。三つ編みを揺らすこいつは、本当にどこだって、どこでだって大したやつでいれる奴だな––とその壮観な光景を見て改めて思った。
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