命改変プログラム

ファーストなサイコロ

求めるべきは力?

 一体……どうしてこんな……こんな事になってしまったのか。僕が気を失ってる間にいったい何が? ちょっと前まではまだ、この街は普通に街の体を保ってたはずだ。けど今はどうだ? 街の明りは消え去り、喧騒も感じれず、不気味な程に静かだ。
 いや実際不気味なんだけどね。本当に余りにも不気味な光景だよ。息遣いを感じれなくなった街に蠢く、黒い奴等。ゴキブリか何かを見てるような……なんか体の内からゾワゾワとした何かが湧き上がる。


「どういう事なんだ? なんでこんな……」
「さあね。私達も気付いたらこの有り様よ。見て」


 そう言ってセラの奴が指差す先には淡い紫色の光がぼんやりと見えた。そしてそれはどうやら一箇所じゃない。他にも何箇所か同じような光が見える。


「あの光、あからさまに怪しいわ。何が起こったのかは分からないけど、あそこに行けば何か分かりそうじゃない?」
「そうだけど……オウラさん達の所へも戻らなくちゃだろ。てか向こうは無事なのか?」


 街がこの惨状なんだ。ハッキリ言って良い想像は出来ない。もしかしたら向こうも……


「通信は繋がらないんです。だからオウラさん達の状況はわかりません。どうやらあの光が出てきた辺りから通信が妨害されてるみたいで……子供達が心配です」


 心優しいシルクちゃんはそう言って悲しそうな顔をする。こんな顔をさせてしまってもし訳ないな。シルクちゃんが悲しい顔をするとこっちの胸まで苦しくなる。


「あの光は気になるけど、取り敢えずはオウラさん達の所へ戻るのが先決だろ。何か手はあるのか?」
「この状況を見て何か手があるように見えるの? 出し尽くしてるわよ、既にね。今まで寝てたアンタはどうなのよ?」


 セラの奴は諦めにも似た様な事を言ったけど、けどその顔は言葉と同じじゃない。寧ろなんだか笑ってるようにも見える。なんかちょっと悪寒が……この状況を楽しんでるのかこいつ? 流石セラ、どっか狂ってるよな。全然笑える状況なんかじゃないぞ。
 まあ笑わないとやってられないってんなら、分からなくもないかもしれないけどね。


「てか……なんであいつら襲ってこないんだ? 気付いてるだろ?」
「それも分からないわね。でもこうやって包囲されてちゃ下手に動けもしないわ。でもお陰でアンタは回復できたんだけど」


 眼下に広がる黒ずくめの視線は言い知れない圧力となって僕達に向けられてる。これで気づかれてない……なんて楽観視は出来ない。てか何人かとは目あってるし。黒尽くめでフードまで被った奴等の瞳は鈍色に光って見える。その目は確実にこっちを見据えてる。


「なんだかまるで舌なめずりされてるような気分だな」


 奴等はまるで僕達が動くのを待ってるような……そんな気がしなくもない。獲物を前にして、爪を研いでじっと待ってるような……戦力差は圧倒的だ。その気に成ればいつだって襲いかかる事も出来るだろう。少し前に見た奴等と同じ戦闘能力を有してるのなら、黒尽くめにとってこの程度の建物に上がって来るなんて訳ない筈。きっと壁を直角に登ってくるぐらい出来るだろう。
 なのにそれをしない……それが不気味で不気味で堪らない。何を狙ってるんだ? 


「けどいつまでもこうやってる訳にもいかないわ。足手まといも自分の面倒見れるようなったんだし、そろそろ動かないと」


 足手まといというのは僕の事か? 確かにこの敵の数を相手に気絶してる奴を抱えて進むなんて事は出来ないだろう。その場合は確実に足手まとい。それで全滅かなにかになってたら、こっちもちょっと……とは思うから、こうなってくれたのはある意味でありがたいのかもしれない。
 まだ自分でやり通せるって意味では……僕は鞘から剣を取り出す。セラ・シルフィングじゃない、そこらにある剣だ。てかまだ二刀でもない。あれってやっぱりちゃんと対になってるのでないでなんとなくしっくり来ないんだよね。
 左右で別々の長さとかの剣使ったりもあるけど、なんだかね……多分慣れなんだろうけど、取り敢えずは鍛冶屋に依頼してるのがくるまではてきとうなので我慢だ。


「どういう風に行くか……この数だから互いにフォローし合える様にしないとだよな」
「互いにね……そんなの個々人でどうにか出来るんじゃない? それだけの数はこなして来たはずでしょ。私達が何よりも守らないといけないのはシルク様よ」
「えっと、その、助かります」


 セラの奴の言葉にシルクちゃんがペコリとお辞儀する。けど確かに……僕達ならそこまで意識しなくても互いの背中位は守りあえるか。一番大事なのは、セラが言うとおりシルクちゃんだ。シルクちゃんは僕達の要。回復と防御の要であるシルクちゃんを失うと、そんまま総崩れは避けられない。
 だから僕達が常に気をはらってないと行けないのは横の誰かよりも後ろのシルクちゃんって事になる。勿論敵も回復の要を狙いたいだろう。それが戦略の常識。まずは兵糧を付きさせれば相手は次第に弱って物だ。つまりはシルクちゃんは僕達にとって兵糧みたいなもの。なくては成らない存在なんだ。なくしちゃいけない存在なんだ。


「テッケンさんはシルクちゃんの護衛についてください。僕達が対処できなかった敵からシルクちゃんを守れるように。道は僕とセラとアイリで作ります。それでいいよな?」
「そうね。異論はないわ。アイリ様はどうですか?」
「勿論いいです。アギトの仇は私が取ります!」


 仇ってアギトの奴死んでたっけ? まだそこら辺分かってないよね。生きてると思うのもどうかと思うけど、僕達を襲ってきた奴等はどうやら生け捕り狙ってたみたいだし、それなら可能性は十分にある。てか、プレイヤーの場合はある意味で殺されるよりも生け捕られる方が厄介だよな。
 殺されればゲートまで戻ってまた戦いに参戦できる。けど、生け捕られたらそうじゃない。助けられるまで戦闘に戻る事は不可能。実質ずっと戦力が減ることになる。でも今の状況じゃ、どっちかを確認する事は不可能。通信は繋がらず、合流も期待薄。今の僕達にアギトの無事を確かめる術はないんだ。
 そんな事を思ってると、暖かな光が僕達を包む。シルクちゃんがありったけの補助魔法を掛けてくれた様だ。どこかフワフワとした感覚。体が僅かに軽くなった気がする。身体能力も多分上がってる。そして僕達は互いにそれぞれ視線を交わして頷き合う。
 アイリがその腰から細身の剣をシャランと綺羅びやかに抜き去った。そして僕とセラの横に立ち、端っこに靴を掛け前のめりに体を倒す。


「私が足場を作ります。後に続いてください!!」
「あっ、おい!」


 声を掛ける間なく、アイリは倒した体を更に傾けて落ちていった。彼女の剣には桜色の光が宿ってる。そして瞬きする間に消えたと思ったら、煌めく剣の軌跡が無数に見えた瞬間に、真下の敵共が吹き飛んだ。


「なっ」


 思わず絶句しちゃったよ。そういや、アイリって強いんだよね。僕にはカーテナで優雅に戦ってるイメージしか無かったから、普通の武器でどこまでやれるのか、あんまり分かってなかったけど、どうやらああいう特別な物に選ばれるって事は元から普通じゃ収まりきれなかったって事なのかもしれない。
 しかも今日のアイリはかなりマジっぽいしな。いつもはシルクちゃんと一緒にほんわかした雰囲気を作り出してるんだけど、今はそんな気配はない。やっぱりアギトの事で相当頭にキテる様だ。アイリとアギトの関係は僕からしたらアギトの側面からしか殆ど見れないわけで、だからアギトがべた惚れしてるんだと思ってたんだけど、どうやらそうでも無いらしい。


「よし––僕達も行くぞセラ––ってあれ?」


 気合を入れ直して敵の大軍へ向かおうと、隣の奴に声を掛けるといつの間にか居なかった。そして下からアイリへと襲いかかる黒尽くめを自身の暗器で串刺しにしてるセラの姿が……どうやらアイリの派手な技の後に生じる隙を埋める為に、セラの奴は直ぐ様飛び出してたらしい。
 流石は側近……というか右腕。そこら辺の連携は完璧の様だった。だからこそアイリも迷いなく飛び出せたのかも。信頼できる片腕が居るから、なんの不安も無かったんだろう。


「私達も行きましょう」


 両拳を握るシルクちゃんがそう言う。僕は「はい!」と頷くよ。実際、ちょっと手汗が酷いけど……こんなの今までのピンチに比べればまだまだ全然だろ。死ぬ訳じゃなし。だからって油断はなし。僕は一度瞳を閉じ大きく息を吸う。嫌な匂いだ。乾きと血を求めるような香り。街の匂いは……なくなってる。


「スオウくん!」


 シルクちゃんの焦った声。瞳を開けると三体の黒ずくめが眼前に迫ってた。やっぱり単純に上がってこれるじゃないか。そんな事を冷静に思いながら見開いた目で三体の攻撃を予測する。そして足場を蹴って飛び出した。迫る鉤爪の三つの腕。その真ん中の奴の鉤爪に剣を通してそしてクルッとひねらせて中央の奴の腕を折り、左側の奴と体を接触させる。それで僕の体には二対の攻撃の届かない。後一体の右側の奴には取り敢えず横腹に蹴りをぶち込んでやった。
 そして重なった二対を同時に剣で吹き飛ばす。視界クリアだ。


「行こう!」


 僕の言葉と同時にシルクちゃんとテッケンさんも屋上から飛び降りる。地面は既に混戦。地面に付くまでにもクナイが何本も飛んでくる。けどさっきの様な失態はしない。全てを叩き落として真下の敵に回転斬りをお見舞いして踏み潰す。
 けど着地できたからって油断はできない。そこかしこから黒い腕は伸びてくる。まるで闇に引きずり込もうとしてるかの様に。それらをかわして凪いで叩き伏せて、してる内に背中が誰かとぶつかった。


「お前かよ」
「ちょっとセクハラなんだけど」
「背中があたっただけでか!?」


 背中側に居るのはセラだ。まったくこの状況でそんな事を言える余裕があるとは大した物だよ。倒しても倒しても減らないというか……湧きだしてるようにも感じる敵の数で苛ついてると思いきや、案外機嫌良さそう。あれかストレスをこいつらにぶつけてるのかな?
 湧き続ける敵は幾ら切っても怒られないもんね。まあどうせなら、スカッと一発で消えてくれればいいんだろうけど、流石に僕達は無双出来る程に強くはないんだよね。
 てかまださっきの建物から数メートルしか進んでないのに、既に詰みの状況に陥って無いだろうか? まだ誰も倒されてはない様だけど、流石に数が数だけに進むって事が厳しい。波状攻撃が容赦なく続く。津波の様な壁となって向かってくる感じだよ。押し戻されてる感さえある。


「アホ言ってないでどうにかしろよ……不味いぞこれ」
「アホな事でも言ってないとやってられないって事よ!」


 僕達は互いに位置を入れ替えて敵を切り裂く。けど直ぐ後ろからまた湧いてきてそれをやり過ごし、更に切って取り敢えず壁際まで全員追い詰められた。取り敢えずが大ピンチ。いや考えてみればずっと大ピンチだったな。強行突破は今の僕達には中々無理があったということだ。
 まだ、前の時の感覚のままでいるのかな。僕の場合はイクシードがあれば……と思ってる。アイリは多分カーテナが有りさえすればと……セラの奴は聖典だろう。シルクちゃんはピクが居れば、もっと高速で魔法を使うことが出来る。テッケンさんは……テッケンさんの技はあんまり詳しくは知らないな。でも頼りになるし、実際頼りに出来たスキル持ちのはずだった。
 それら全てが今の僕達には無いんだ。ハッキリ言って、突破力が足りない。アギトが居れば……まだ少しは変わったかもしれない。槍は僕達の武器の中では突破力が高い武器だからね。アイリもそういうのも持ってるけど、基本的に重さが足りないんだろう。敵がこうも多いと手数で押しきれてない。しかも細身の剣ではね……


「もっと行けると思ったんですけど……すみません。力不足でした」
「アイリだけじゃないよ。皆それは実感してる」


 申し訳無さそうなアイリに僕はそういった。だってね……アイリだけのせいじゃない。てか、無茶を前提にしてるよなこれ。こんな序盤っぽい段階で発生するイベントか? 元々バランスとか言うのが曖昧だった気がするLROだけどさ、今は世界がリセットされて、殆どのプレイヤーがゼロからやり直してる状態なんだ。そこら辺ん察しろよ世界。


「うっ……これは……糸か?」
「私の専売特許ばかり真似しやがって……’


 いつの間にか僕達は細い糸で絡め取られてた。専売特許セラは言ってるけど、そんな事ないだろと……相手も暗器使いだ。武器がかぶるのはしょうがない。けどわざわざ糸で絡めとるって事はやっぱり生け捕りが目的? でもこの糸、強引に脱出しようとすると肉に食い込んでかなり痛い。セラの奴はこれと同じようなのでスパスパ鉄とか切ってたし、それを考えると体をバラバラにするのが目的とも考えられるかも。


「どうする? 抜け出せない手が無いわけでもないわよ」
「こっちもなんとか出来無いわけでもない……けど」


 正直、この糸を抜けだした後のビジョンが見えない。ハッキリ言ってこいつらは強い。ここで抜けだしても、きっとオウラさん達と合流する前に同じような状況に成るだろう。今の僕達じゃこいつらの壁を突破することは難しい。気合でなんとか出来る数じゃないのはハッキリっとわかった。


「こうなったらB案でいくか……」
「そんなの無いわよ」


 セラに冷たく言われた。確かになんとなく言っただけだからそんなの用意はしてない。まあでもここで方針を切り替えるとなると一つだろ。


「要は、アレだよ。こいつらに捕まって狙いを探る」
「確かにそれなら……」


 セラもB案に納得してくれそう。てか、今の僕達にはそれくらいしか手がない。悔しいけどこれが現実。いや、仮想なんだけど……ややこしいな。そんな事をボソボソと喋ってると、何か黒い奴が変な音を出しだした。モールスなのかなんなのか分からないけど、話してるようにも見えなくもない。そしてそんな音が止むと、この場に三つの苦しみの声が響いた。


「あっがっ……」
「ううっ……」
「っつ……ぐっああ」


 それはアイリとシルクちゃんとテッケンさんだ。三人を縛る糸だけが体に食い込み始めてる。どういう事だ? 生け捕りする気じゃ……いや、違う。僕とセラの糸は食い込んでない。つまりは……僕達が必要で、三人が不必要と判断されたってことだろう。
 その基準は分からない。けど……自分達だけ無事のまま仲間を犠牲にB案になんか……行けるか!!


「セラ!!」
「わかってるわよ!!」


 その言葉と同時にその場に旋風が吹き荒れる。風はまだ操れる。コツは体が……感覚が覚えてる。そしてセラの奴がいつの間にか仕込んでたのか、自身の糸で全員の糸を切り裂く。まだ終われない。終われるか!! 

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