命改変プログラム

ファーストなサイコロ

知らぬ者達

「はぁはぁはぁ––」


 荒く繰り返される呼吸。冷たい空気を吸い込んで、体を熱くたぎらせる。まあ実際の体じゃないんだけど、フルダイブしてる今、自分という精神はこの体に宿ってるんだ。リアルよりも全力で長く走れるし、トリッキーな動きだってし易い。
 スキルの恩恵って奴があるからね。それが無くても、爽快感やダイナミック感を感じるように、そこら辺はある程度システムが補助してくれたりしてる。滅茶苦茶ド派手にこんなの人間の動きじゃねーよ! ––的な事は流石にある程度のスキル有り気だけど少しばかりの肉体の限界は突破できる。
 そもそもゲーム内の全てがリアルと同じようになってちゃ、本気の戦闘なんて五分もしてたら息も切れ切れだよね。そこら辺は嘘を付いてもいいところだと思う。リアルで出来ない事をやれるからゲームと呼べるんだ。そして今のLROは僕にとってちゃんとゲームしてる。
 死んでも大丈夫だしね。リスクはあるけど、前みたいに本当に傷ついたりしない。それだけでなんかゲームっぽい。それが普通なんだけどね。だからついついなのか、どこかに油断ってのがあるのかもしれない。


「っつ!?」


 弾いたクナイの後ろに隠れるようにして繰り出されるもう一本目が良くかする。しかも同じように何度もだ。意識はしてる筈なんだけどな。目に頼りすぎてるのかな? 一本目は普通のクナイで、二本目を黒く塗ってるのか知らないけど、見えにくい様にしてあるのも憎らしい。
 けど隣のセラの奴が一本もかすりもしてないのを見ると、僕の問題なのかな……と思う訳だ。突出した能力が出来てしまうとそれに頼って他が疎かになるとかいう感じになってるのかもしれない。
 でも見えちゃう物を無視するってのは案外難しいんだよね。だって見えてしまうんだもん。見えてしまうから、意識がそっちに引っ張られる。


「アンタ、なんだか顔色悪いわよ」
「ん?」


 顔色が悪いって、良くこの暗さでわかるな。いや、僕も見えるんだけどね。でもそれは僕の眼だからだと思ってたけど、買いかぶり過ぎだったのかな? いや、セラの奴も結構普通じゃない気がするしな。聖典八機も操ってたしね。
 もう聖典は無いようだから特別な何かがあるわけじゃないと思うけど、でもあの聖典を操ってた時の能力とかがなくなった訳じゃないだろう。あれはシステムの補助とかがあった訳じゃないようだからな。大抵の人は二機くらいで頭がパンクするとか聞いたし、それを八機を同時に操るなんて脳の構造がおかしいとしか思えない。


(あれ? 待てよ。もしかしてセラって……)


 今までそんな事考えた事無かったけど、良く考えたら十分にあるんじゃないのか? 普通では考えられない事を平然とやってのけてた訳だし……それは多分誰もが到達出来るって域じゃない。ステージが違うと言うか……つまりはセラの奴ももしかしたら可能性––


「づっ!?」


 目の前が一気に歪む。思わずバランス崩してセラの方に倒れ込んだ。


「ちょっ、いきなり何よ!? ただ走る事も出来ないわけ?」
「いや……なんか世界が回ってて……」
「あんたそれって、毒なんじゃない?」


 確かにそうかもしれない。僕は自分のステータスバーを確認する。すると確かに毒マークが追加されてた。クナイにかすり過ぎたせいかな?


「蓄積型か……油断した」
「自業自得ね。だからちゃんと回避しろって言ったのよ」
「返す言葉もないな……」


 このままじゃまともに走る事も出来ない。毒とは陰険な事を……って忍者っぽい奴等だし、それが普通か。何回か食らってもなんともなかったから危機感が生まれなかったよ。ダメージだって微々たるものだったしな。でもだからこそ、こういうのを疑わないと行けなかったんだ。
 本当に死ぬ訳じゃないからって、マジで楽観的になってるようだ。僕はもしかしたらそれほど真剣に戦闘してないのかもしれない。


「このままじゃ足手まといと共に共倒れね」
「置いてっていいぞ。一応足止め位してやる」


 こうなったらそうするのが一番。どっちも倒れるよりもどっちかが逃げ切る方が大事だろう。そうなると必然的に僕が残る方がいい。逃げ切れる確率は圧倒的にセラの方が高いしね。それに一応こいつも女だし。なんとなく女子に敵を任せて逃げるって男として無いよね。
 そもそもこれは僕の失態だし……


「ほら、さっさと行けよ。後の事は頼む……」
「何勝手に結論付けてるのよ」


 そう言って頬を軽く叩かれた。え? 何? まさか私が残る––とか言い出すの? そんなのセラじゃない。実は偽物何じゃないかと高確率で疑うぞ。だってセラは冷酷無比で僕の事人となんか思ってないクソ偉そうなメイドなのに……


「なんか失礼な事を考えてるわよね?」
「いや……お前が余りにもらしくない事をいうからだろ。だってセラは「ありがたく私の為に死になさい」っていうキャラじゃん!?」
「確かにそうね。否定はしないわ」


 否定しないんだ。いや、自分で言っといてなんだけどさ、ちょっとショック。でも僕とセラでそこら辺の齟齬はないようだ。だからこそ、さっさと僕を置き去りにしないことが––でぇっ!?


「いっつ……」


 いきなり腹に蹴り入れられてふっとばされた。どうやら労る気は微塵もないようだ。僕の事を思ってとか、そんな事は一切無いのがハッキリわかった。いや、視界の向こうではセラの奴がクナイを叩き落としてるから、かばったと言えばかばわれたんだろうけどさ……一言なんか言えよ。
 別に『ごめん』じゃなくてもいいよ。このさい『蹴る』でも『邪魔』でももういいよ。それがあるだけで一応はこっちを思ってるのわかるじゃん。無言で蹴るってゴミとしかおもってなくね!? って事だよ。


「お前な……」
「何よ、盾にしなかっただけありがたいと思いなさい」
「……」


 それを言われると「ありがとう」を言ってもいいのかな? と思える不思議。確かにセラなら僕の事を盾にするくらい平気でやってもおかしくない。そんな事を思ってると、クナイをかわしながらこっちに来て僕の胸ぐら掴んで引きずったまま走りだす。
 外は危ないと判断したのか、近くのドアを蹴り開けて建物の中へと逃げこむ。何かの飲食店だったのか、カランコロンと来店を告げる鐘が響き、同時に店員の娘が「いらっしゃいませ」と出てくる。けどそれを無視してセラは奥へ。


「あっえっお、お客様……」


 とオロオロする店員さん。けどそんな店員を無視したままズカズカ進むセラ。引っ張られ続ける僕は膝が削れ続けてるよ。まばらに居る客は僕達を不可解そうな目で見てる。


「おい、これからどうするんだ?」
「そうね、取り敢えずはアンタのその毒取り除かないと面倒だわ」


 そう言って厨房にズカズカと入り込むセラ。そして店主らしき人に詰め寄ってこう言うよ。


「ここの材料少し見せてもらうわよ」


 厨房を見渡し、冷蔵庫を勝手に開け、色々と吟味するセラ。その姿は普通に食材を吟味して献立でも考えてるかのように見えなくもない。なんてたって服装はメイド服だからね。でもここは知らないお宅であれは知らない冷蔵庫。
 実際はただの盗人である。でも毒を抜くのはそれなりに賛成ではある。このままじゃホント役立たずだしね。さっきから世界がグールグル回ってる。でも不思議な事にHPは減ってない。これは毒––なのか? もしかしてセラが僕を見捨てないのはここら辺にあるのかもしれない。
 普通毒と言えばHPを徐々に奪ってく類の物だ。それはいずれその物の命を食べつくす––はずだけど、今僕の体に起こってることではそうは成らない。毒と言う表現が間違ってたかな? でも麻痺とかの状態異常も、大枠でくくれば毒だからね。今僕がグルグルとなってるのが敵の攻撃の賜物なんだらやっぱり毒ではあると思う。
 セラも僕のHPが減ってないのはわかってるだろうけど、だからこそどんな薬を調合するつもりなんだろうか? 単純な毒消しが効くか分からないよな。それかもっと上位の薬……ともなると材料的にこういう所にあるのか可能性的に低い。


 僕のこの状態異常を治すもっとも確実な方法は……シルクちゃんではなかろうか? それか街中だし、そこらのプレイヤーに呼びかけるって手もある。皆さんエリアバトルに精を出してるけど、スキル上げとかアイテム掘りとかそういうのは前と変わらず必要だからね。
 それに今はドアの実装でそれなりに移動が楽になったからね。まあ流石にこんなそこそこ程度の街じゃ、ドアで一発で来るとか出来ないんだけど、それぞれの種族の首都にはドアで一気に飛べる。
 つまりは国境越えが容易になったわけだ。勿論最初から全部がつながってるわけじゃなく、自分のエリアと自分が選んだ種族の首都、そしてニューリードだけだ。何か条件を満たせば、どんどんと繋がる場所が増えていくと聞いてるけど、詳細はまだ知らない。始めたばかりだからね。
 またもや初心者からのスタートと言うわけだよ。取り敢えず今にも店主のおじさんが包丁を持ってセラを脅しそうな雰囲気だから、自分が考えた事を提案してみる。


「おい……シルクちゃんと連絡取った方が早くないか?」
「それはそうだけど、向こうもきっと襲われてると思うわよ。こっちに対応してる暇はない。寧ろ既に……」
「やられてるって言いたいのか? テッケンさんも居るんだぞ。それにシルクちゃんは僕達の中じゃ一番生存率高いだろ」


 セラの奴の不穏な顔に墨はそう言った。シルクちゃんは確かに戦闘能力ではセツリの奴にも劣るかもしれない。そもそもあの人、全然戦闘向きの性格してないからね。常に誰かを思いやってるような、そんな感じだもん。時には冷酷さが求められる攻撃面ではそう云うのは弱さでしか無い。
 それをわかってるからこそ、シルクちゃんは自分から進んで回復役をやってるんだろう。そしてだからこそ、あの二人は一番バランスとれてる。僕達三組がそれぞれ襲われたとして、一番生存率高いのはテッケンさんとシルクちゃんのコンビだ。
 攻撃と回復、それぞれを補えあえるんだからね。それはとっても羨ましい事。対応力がきっと違ってくる。今の僕がこの有り様なのを見れば一目瞭然だろう。僕のパートナーがセラじゃなくシルクちゃんだったらな……戦闘面だけじゃなく、もっとこうウキウキ出来たし、責任感って奴も出てたと思う。
 だってセラとシルクちゃんじゃ「守りたい!」って思えるモチベーションが違いすぎるよ。シルクちゃんの場合、戦闘では僕がしっかりしなくちゃ! と思えるけど、セラとならそこまでの緊張感がないんだよね。悔しいけど頼りにはしてるしね。
 だから今の僕に気合を入れるためにもやっぱりここはシルクちゃんとのコンビを主張するべきだった。まさか自分がこんなに腑抜けてるとは思わなかったんだ。チーム分けの時、もうコンビって感じはそれぞれで出来上がってて、それをわざわざ崩すのもな……って空気があった。だから空気を読んだわけだよね。空気を読んでセラと……


「また何か失礼な事を考えてるわね」
「別に……そんな事は……ない。見直してた所だ」


 実は失礼な事を考えてたけど、それを口に出すと見捨てられそうだったからやめた。悔しいことに今見捨てられたら詰むからね。


「言ったでしょ、別にアンタの為じゃない。敵の目的が分からないだけ。どうやら殺す訳じゃないようだし……狙いは人質かしら?」
「それならわざわざ僕達を狙うか? そもそもプレイヤーだし……孤児院には子供達が居るんだ。そっちを狙った方が人質としては効果的。違うか?」


 僕の的確な意見に言葉を詰まらせるセラ。いや、これは無視? ちょっとは反応しろよ。まともな事言ったら無視って、傷付くんですけど!? 


「ああ、なにか言った? ちょっとシルク様とアイリ様に通信してたから聞いてなかったわ」
「なんでこのタイミングだよ」


 話してたじゃん。せめて一言断りを入れてからだろ。常識ってしってるのかこいつ? 


「それで、二人には連絡……ついたのか?」


 うう、なんかセラと話してたら頭まで痛くなってきた。世界が回ってるのに頭にもダメージ加えるなんて鬼かこいつ。


「駄目ね。二人共応答してくれない。十中八九襲われてると見て間違いないわね」
「あの忍者みたいなの……NPCか? 用心棒的な?」
「さあ、だけどなんだか人って感じがあんまりしなかった気がする。不気味なそん––ざ––っつ!?」


 いきなりセラの奴が後方にバク転した。そして態勢悪い中こっちを見て言うよ。


「足元!」
「足元?」


 壁に寄りかかってた僕は足元を見る。グニャグニャした視界だからわかりにくいけど、感触は確かに伝わった。足首を掴まれた様な感触だ。そして床に黒いシミが見えたと思ったらそこから黒ずくめの奴が現れる。


「壁抜け?」


 いや、ていうか床なんですが……僕は剣に手を伸ばす。けどその時壁からも手が伸びて来て、僕の首を羽交い締めにする。


「がっ……くはっ」
「ううあああああああああああああ」


 視界の向こうではセラが黒ずくめと戦闘をしてる。そしていきなり店内で始まった戦闘に店主が悲鳴を上げて腰を抜かしてた。


「な、何かされましたか!? やっぱり直ぐに警備隊を––ってええええええ!?」


 店員の子が店主の悲鳴で厨房の方に顔を出して再び声を上げた。なんせ人が増えて戦闘してるからな。それはびっくりするだろう。けど店員の子はそれなりに度胸があったのか、行動できる子だった。


「私、直ぐに警備の人を––」


 そう言って店外へ急ごうとした店員。けどその振り返りざまに黒ずくめとすれ違う。いや、重なったかの様にも見えたけど、今の僕の状態じゃ定かじゃない。それに重要なのはそこじゃない。次の瞬間、脱力した様に見えた店員の子が……黒い何かに包まれるようにして奴等と同じに……


「なっ……」


 閉められる力がだんだん強くなる。このままじゃ不味い……けど、力が入らない。


(なんだろう……何か……聞こえる気がする)


 いつの間にか僕の周りには黒ずくめが囲ってる。そいつ等の声なのか分からないけど、何か……詠唱の様な、念仏の様な……そんな声が聴こえるような……意識がゆっくりと閉じていく。そんな中、僕が最後に見たのは壁の様になってた黒尽くめが吹き飛んだ瞬間。そこで僕の意識は途切れた。




 柔らかな風が頬を撫でる。そして鼻孔を擽る優しい、包み込んでくれるような香り。居心地の良さにずっとここに居たいと思えるような感じ。けどそれを阻む様に腹の所に圧力がかかる。


「う、うう〜ん……はえ?」
「お目覚めですかスオウくん」
「シルク……ちゃん」


 視界に入ったのはシルクちゃんの優しい笑顔。どうやら僕はシルクちゃんに膝枕してもらってた様だ。どうりで天使の揺り籠のようだと思った。そして腹に掛かる圧力はセラの足……どうりで悪魔の様な圧力だと思った。


「セラ……お前何やってんだよ」
「喝入れてやってんのよ」
「ふふ、セラちゃんはスオウくんを必至に守って私達と合流してくれたんだよ。感謝しないとね」
「セラが……」


 意外だな。てか信じられない。けど、こうやってシルクちゃんとテッケンさん、それにアイリと合流できてる所を見ると、セラが守ってくれたとしか考えられない。


「あれ? アギトは?」


 僕のそんな言葉で空気が凍る。いや、元々のほほんとしてた訳じゃないけど、一段下がった感じ。特にアイリの顔が暗い。


「アギトは……私を逃がすために……」
「アイツ、かっこつけやがって」
「アンタも同じ様な事しようとしたけどね」


 確かに。でもこうやって女に助けられて生きてますよ。ありがたいけど情けない。けど、情けなくても、やっぱりこうやって動ける様になったことは重要だ。動けるのなら巻き返せれるんだ。僕は起き上がりセラに頭を下げる。


「サンキューなセラ」
「まだ、そのセリフは早いわよ」


 そっぽを向いてそういったセラの視線を僕は追いかける。ここがどこなのかそういえば分かってない。どうやら、どこかの建物の屋上の様だけど……どうやら結界も張ってある。建物の下に目をやると随分と暗い……というか、街全体がやけに黒く、暗い。そしてうごめいてるような。
 そこで僕は気付くよ。蠢くその一つ一つそれは……全て黒ずくめの集団。


「これって……」
「分かったでしょ。まだ感謝なんてされる段階じゃないのよ」

コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品