命改変プログラム

ファーストなサイコロ

二人の時間

 ガタン––と暗い家の中でそんな物騒な音が響き渡る。ログアウトしてリアルへと戻ってきた僕は、飲み物を取りに行って冷蔵庫を開けてるとそんな音を聞いた。


「今の音は……」


 音のした方へ歩いて行くと襖がある。そしてそこには可愛らしい札が下がってて『摂理の部屋』と書いてある。部屋の中は真っ暗だ。だけどガサゴソとした気配みたいなのは感じる。寝てるのならそんな訳ないから、摂理もまだ起きてるんだろう。
 てか一緒にログアウトしたんだから当然だけどね。一応摂理の部屋は不便がない様にしてある。足が不自由だから動きまわるのは辛いから部屋の中で完結出来るようにと小さな冷蔵庫とかも用意されてるから、僕の様にわざわざ降りてくるなんて事もしなくていい。
 頑張れば地力でもトイレとかも行ける筈。手すりとか新たに付けたからね。それに元々トイレはすぐそこだ。だから大丈夫……とは思う。それに下手に気を使うのもな……って感じだよね。どこまで手を貸すのかって線引が結構難しい。
 目の前で辛そうにされるとついつい手を貸したく成っちゃう訳だけど、天道さんや日鞠の奴はそこら辺もっと厳しいんだよね。なるべく自分自身でさせるって感じ。まあそれが良いんだとは思う。
 あれだよね……本人にもだけど、僕達周囲にも根気って奴が必要なんだよね。


(と、取り敢えずちょっと覗いてみて大丈夫そうならそっと退散するかな)


 結局心配だからそのまま確かめもせずってのは無理なのだった。でも襖に手を掛けてちょっと迷う。これって女子の部屋を覗き見ようとしてる変質者の図じゃなかろうか? 襖だから鍵とか無いんだよね。
 これだけは問題だよね。けど色々と洋室よりも和室の方が良さげだったからね。畳だから歩くって行為を部屋の中だけでもしなくてすむ。ちょっとでも歩いた方がいいのかもしれないけど、自室でくらい快適に過ごすべきだよね。


(まあその内鍵は考えるとして、これは善意……そう善意なんだ。もしも何か大変な事に成ってたら困るだろうからな)


 そう自分に言い聞かせながら襖を開ける。すると暗闇で何かもぞもぞとする物が……っておい。僕はその惨状にちょっと驚愕。だって……襖の向こうは凄く……なんかこう……ごちゃごちゃとしてた。
 まあぶっちゃけると散らかってた。この家に来てからまだそんなに経ってないのに、既に惨状は出来上がってたのである。服があちこちに散乱してて、それだけならまだしも、お菓子の袋とか空のペットボトルとかも沢山である。
 後はゲーム機とソフトとかね。比較的この家でも狭い和室に50インチ程のバカでかいテレビを持ち込んで摂理は良くゲームに興じてた。
 まあLRO……というかリーフィアがあるからと行ってTVゲーム自体がなくなった訳じゃない。そもそもリーフィアはほぼブラックボックスみたいな物でその技術は謎のまま。多分リーフィア自体は色んな所で分解されて研究されてるんだろうけど、LROに次ぐフルダイブゲームは出てきてない。
 それはまあつまり、解明できてないって事だろう。分解画像とかはネットを探せば幾らでもあるし、取り敢えず新製品の分解が趣味なサイトとかは中身を暴いて原価とか探ることをやってた筈。
 そこには勿論よくわからない部品もあったらしいけど、かなりの部分は既存品でもあった。と、なると、国と言う一大組織が動いてる以上、稀有な部品の製造者とか工場とかも既に暴かれてるはずだよね。
 その内もしかしたら改良されたリーフィアとかが出てくるのかもしれない。そしてLRO意外のフルダイブゲームも出てきて、市場が活性化なんかしたら……それはそれで楽しそうだなと思う。LROみたいな世界もいいけど、ゲームなんだから多種多様であっていい筈だ。世界中の開発者達がフルダイブゲームに参戦できる様になれば、その広がりは爆発的に速度を増すだろう。
 でもそうなると、問題はどうやって国が秘密を保持するかになるのかも? 今の様に、国がその技術を抱え込もうとしたら、外への開放って事は難しいのかもしれない。


(後何年かしたらああいうゲームは無くなる未来が来るのか……来ないのかの瀬戸際だったりして?)


 実際LROとリーフィアが発売された時はこれでTVゲームの時代は終わった––と散々言われた。ゲームは真の次世代へと繰り出したんだと思われた。グラフィックが向上して、フレームレートが安定しても、テレビの前から動けなかったゲーム。
 コントローラーを手に持ってピコピコやるのは数十年変わってなかったんだ。ようやくヘッドマウントディスプレイとかが実用的になってきて、ゲームの中に入る疑似体験みたいなのは出来るようになってきてたけど、リーフィアはそれを一足飛びに越えていった。
 プレイヤーにコントローラーを捨てさせて、自分自身の意思で、自由自在に動く体を与えた。そして画面の向こうじゃない、中には入いればそこでは光を感じ、風を感じ、水を感じそして大地を感じる事が出来る世界へ行ける様になったんだ。
 それはもう革新としか言い様がない事だよ。けど……それを成した人の妹がいまだにTVゲームをやってるのも変な感じ。基本的にLROの方が段違いの体験が出来るのは確かだけど、TVの前でゲームってのも、何も苦痛って訳でも無いしね。
 そもそもそんなんなら、ゲームはとっくに衰退してただろう。LROは体全部使う事と変わりないから、気軽なるのはTVゲームの方だろう。座ってピコピコやってればいいんだからね。そこには辛さや苦しみはない。それはメリットであってデメリットみたいな? 
 僕的にはもう戻れないな〜って感じなんだけど、摂理の奴は病院暮らしが長かったせいか、ゲーム好きらしい。外に出て遊び回れないのなら、自然とそうなるんだろう。人によってはそれが読書とか、ネットとかだったりするだろう。それが摂理の場合はゲームだった。だから、今でも摂理は普通の従来型のTVゲームを好いてる。しかもダウンロードよりもパッケージにこだわる派のせいで、狭い部屋がより狭く成っちゃってる始末だ。
 僕ならダウンロードとパッケージなら間違い無くダウンロードを選ぶんだけどね。物には執着しない質なんで。けど摂理の奴は色んな物に執着する質らしい。形がある物を残しておきたいのはやっぱり摂理のこれまでの人生の反動なのかもしれないなって勝手に思ったり……


「うう……痛い……」


 床で何か蓑虫の様な物が這い出てきた。よく見るとそれは布団から顔だけ出した摂理だった。寒いのはわかるけど、何やってるんだよ。


「ああ! ちゃんと整理してたのに! そんなあぁぁぁ……」


 蓑虫状態から手だけ出して床を這いまわるその姿はさながら何かのクリーチャーみたいな感じだな。ハッキリ言ってちょっと怖いぞ。てか今整理してたって……これで? いや、さっきの音の後と前ではもしかしたら汚さは違ったのかもしれない。
 もしかしたら……だけどね。そんなに広くもない部屋だし、無事だったのなら何も見なかった事にしてあげるのも優しさかもしれない。摂理の奴は普段は部屋に僕を入れたがらないからな。まあその理由が今わかったわけだけど……取り敢えずそっと節間を閉めて退散––


「あっ」
「んっ」


 止まった様に感じた数秒間。それから摂理の奴が顔を赤らめてアワアワしだした。


「ななななななにやってるのスオウ!?」
「いや……変な音がしたから大丈夫かな〜と」
「あああああああ違うから! これは違うから!」


 目をぐるぐる回しながら必至にそう訴える摂理。一体何が違うのか。まあきっとこの部屋の惨状の事なんだろうけどね。取り敢えず凄くテンパってるようだし、ここは気を効かせて上げないとだな。
 今は一緒に住んでるんだし、変に気まずくなったら逃げ場がない。同居人とは良い関係でないと自宅が寧ろストレス貯める場になりかねない。そういう自宅はちょっとね。


「分かってる分かってる。まあそのなんだ……何も見てないから気にするな」


 そう言って襖を閉じようとしたら、ダン、ダン、ダン、ダンと物騒な音が。すると背中を向けてた服の裾を引っ張られた。どうやら今の音は摂理が力いっぱい進んできた音の様だ。脚動かないのにこいつすげー早く動いたな。
 後ろを振り向くとたったこれだけの距離で息切らしてる摂理の姿があった。摂理のフワフワしてる髪が乱れて顔を覆ってるのがなんか怖い。一体どうしたんだろうか? 恐る恐るな感じで聞いてみる。


「どうした?」
「うっ––と……あの……ごくっ……喉乾いたな」






 よくわからない内に僕は冷蔵庫から牛乳を取って猫をモチーフにしたカップにそれを注ぐ。そして電子レンジへ。砂糖も適度にいれて、ホットミルクにしてリビングのソファーで待ってる摂理の元へ。


「ほら」
「暖房は〜? つけないの〜?」
「どうせ直ぐに部屋に戻るだろ? 電気代がもったいない」
「そんなの大した事ないと思うけど……」
「お前は金銭感覚がおかしいだけだ」
「そうかな〜あつつ」


 摂理の奴は布団にくるまったままそこに居る。まあ確かに部屋は凄く冷たい。実際、さっさと部屋に戻りたいのは僕の方。長居する気ないから、暖房付けないんだ。だってここで暖房つけたら、居座っちゃいそうじゃん。
 寒いままなら、互いに部屋に戻ろうとする。明日は学校もあるし、それが良いだろうと思うんだ。


「それ飲んだら寝ろよ」
「分かってる分かってる」


 摂理の奴はホットミルクを息で少し冷ましながらコクコクと飲んでる。僕は水を飲んだからさっさと戻りたい気分。まあだけど摂理の奴がちゃんと戻って寝るまでは見守ってないと不安だよね。


「なんだかそんなジッと見られてると飲みづらいな……飲みたいの?」
「ちげーよ」
「そっか、間接キスしたいのかと思ったのに……」


 なんでそこで残念がるんだよ。別に全然したくないとかじゃないけど、そんな事言われて「じゃあ欲しいです」とか言えないだろ。それは恥ずかしい。


「これ飲み終わったら寝るんだよね?」
「そうだな」
「そっか……」


 そう聞くと摂理は徐ろにコップをテーブルに置く。おい、どういう事だ? なんで置くんだよ。


「小休憩だよ。熱いの一気に飲むと危ないからね」


 僕の視線で何か察したのか、そんな言い訳をする摂理。いや、まあいいけどね。そして少しの間、冷え込む部屋の中で冷蔵庫の駆動音が主張しだす。普段はそんなの全然耳に入らない訳だけど、深夜の静寂にはそんな音も聞こえてくる。


「ねえスオウ……私の事……迷惑……かな?」


 静寂を切り裂いたそんな言葉。布団にくるまれた摂理はギュッと縮こまってる様に見える。そして時折こっちをチラチラ見てくる。


「てか、今更それを確認するのか? 普通住む前に確認しろよ。そもそもが押し込んできたような物だろ。それで迷惑じゃないか? って言われても」


 ハッキリ言ってしまえばまあ迷惑だよね。僕の日常崩れた訳だし。


「うう……」


 唸るような声。迷惑か? とは聞いたけど、迷惑だと言われるのは嫌だったらしい。まあまだ口にしては居ないはずだけど、今の言葉でなんとなく察したんだろう。僕的にはハッキリ言っても良かったんだけど……でもこれからどうなるかはまだわかんないよね。
 それを踏まえてこう答えることにする。


「まだ結論をだすには早いだろ。ぶっちゃけ迷惑だけど、追い出したい程じゃないしね。てかちょっと新鮮かもしれない。日鞠も秋徒もよく来てたけど、住んでた訳じゃない。僕以外がこの家で待ってるってのは家が少し暖かく成った気がする」
「それは、居ていいって事?」
「出て行けって言って出て行くのか? まあ僕にしても摂理が見える範囲に居るのは安心だし……LROから連れ出した責任は果たすよ。それにまだまだ全然短いけど、思い出もできつつある。迷惑とかはその内変わるかもしれない。
 それに助けるってのは助けだしたままで終わっていいわけでもないしね。それで良い場合もあるだろうけど、摂理はそうじゃないだろ」
「そうだね。私はスオウに助けられたから、スオウに依存して生きてくよ」
「自立しろ。それまでは一緒に居てやるってだけだ」
「いいよそれでも––」


 そう言いつつ、摂理は再びホットミルクに手を伸ばす。そしてちょっと啜ってつぶやいた。


「––今はそれでも……ね。時間はいっぱいあるもん」
「いっぱいって言っても確実なのは高校までだけどな。その後はどうなるかわかんないだろ」
「それでもいっぱいだよ。私にとってはね」


 摂理は温くなってのか、それとも無理矢理か、ホットミルクを一気に飲み干す。そしてつづいてこういった。


「よし、ゲームしようよスオウ」
「寝ろよアホ」
「目が覚めた。それに寝たら直ぐに学校だよ。友達と会えるのは嬉しいけど、勉強は面倒だもん。プリントだけ配って全部宿題にすればいいのにね」
「それで勉強する奴は殆ど居ないだろ。しかもそれなら学校に集まる意味もないし」
「学校は同世代の子供が集まる場でいいと思う!」


 う〜んなんだろう? 摂理を見てると、自分がちょっと真面目なんじゃないか? と思えてきたぞ。これでも学校ではそれなりに問題児みたいな感じなんだけどな……


「そういえば編入ってどうやったんだ? 試験とか受けたのか?」


 今の摂理の感じだと編入試験とか通りそうにないんだけど。授業だっていつも一杯一杯っぽいしな。ずっと眠ってたから仕方ないと言えば仕方ないんだけどね。追いつくのはこれからだろう。それを皆わかってるから、まだ優しい目で見守ってくれてる。
 けど……この感じで追いつく日が来るのか? とちょっと不安。摂理って面倒くさがりで、飽き性っぽいからな。そもそも根性ないし、疑り深い。ついでに自分に自信もない。今は転校生でこの容姿だからすっげーチヤホヤされてて調子乗ってるようだけど、その内化けの皮剥がれそうな気がする。


「編入試験? そんなのは夜々さんがなんとかしてくれたよ」


 買収かな? 裏口入学と言うやつか。


「そんな事より遊ぼうよ。せっかく一緒に住んでるんだからもっと一緒……に……とにかくゲームだよ!」


 何故かいきなり顔を赤くしてそういう摂理。全くわがままな奴だ。


「ゲームって言ってもLROから戻ってきたばかりじゃん」
「TVゲームの方だよ。あれなら疲れないでしょ」
「TVゲームなんて最近やってないな。それに明日もLROに入るんだし、ちゃんと寝てた方がいいぞ」


 多分明日の方が大変に成るだろうしな。バトル成分多くなりそうな気がする。すると摂理の奴が何やらニヤニヤしてこう言うよ。


「へぇ〜あ〜そっかぁ〜、負けるのが怖いんでしょ〜。そうなんだ〜」
「おい、それで煽ってるつもりか? 別に勝つか負けるかなんてどうでもいい。所詮ゲームだしな」
「じゃあやろうよ〜優劣つけようよ〜。ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇやろうよ〜」


 ソファーの上でじたばたしだす摂理。まさに小さい子がやる駄々その物。それを高校生がやるとは……イラッと来るな。けどここはグッと堪えて息を吐き出す。全く、このままじゃずっとうるさく言い続けそうだし、しょうがないから一時間だけだぞって事でつきやってやることにした。


「ふふ〜ん、一時間後にはスオウが躍起に成ってる姿が浮かぶよ」
「言ってろ。僕はお前ほどに子供じゃないんだよ」


 てな訳で僕達は夜中のゲームに興じる事と相成った。自信満々の摂理。だけど僕は直ぐに摂理を泣き顔にしてやろうと思ってた。そしてさっさと寝るんだってね。そうこの時までは。



コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品