命改変プログラム
視界の違い
館の中は案外静かだった。シルクちゃんの魔法のおかげなのか、足を下ろす度に鳴る筈の足音も抑えられてる様だ。地面につく度に広がる薄い波紋が音を殺してるみたいな? 等間隔に並ぶ小さな光。薄暗く、そして僕達は見えにくく成ってる。
多分気づかれる事は無いだろう……とは思う。けど、流石に鼓動は早くなる。前の方に皆集中してるから、僕だけは後ろを注視するよ。セツリのお陰で展開してる魔法はわかってる。それに対応してシルクちゃんが魔法を掛けてくれてるから、そうそう危険は起きなさそうなんだけどね。むしろ……
「ふきゃ!」
「あぶな!?」
「めにょ!」
「うおっ!?」
敵は内に居るというか……ドジっ子が内に居ると言うべきか。さっきからセツリの奴が何も無いところでつまずいたり、廊下に立ってる甲冑とかにつまずいたりして、手を繋いでる僕達を巻き込もうとしてくる。
「セツリ、お前な……もうちょっと気を付けろ」
「わ、わかってるけど、足を動かすのって大変なんだよ」
「リアルの方ではまだセツリちゃん車椅子なんだよね? しょうがないよ。気をつけて行こう」
シルクちゃんの言うようにある程度仕方ないのはわかる。セツリはずっと眠ってたから、いまだにリアルでは地力で歩けない。ちゃんとリハビリはやってるようだけど……歩けるようになるにはまだまだ掛かりそう。
だからか、こっちでも歩くのに慣れない感じ。けど……リアルに戻る前はここまで危なっかしくなかったような? こんなに転んだり躓いたりしてなかったもん。
「実はワザとか? あざといぞ」
「違うよ。スオウ失礼。前は歩けないって感覚がなかったもん。ずっと眠ってたから忘れてたってのが正しいけど……その御蔭で普通に歩くことが出来てたの。けどリアルには辛いリアルがあった。私は……自分が不自由だって思い出した。
だからなんだが感覚がおかしくなってるのかも」
そう言ってつま先を床に叩く。
「毎回なんだよね。LROとリアルを行き来してると、馴れがリセットされるのかも」
「それは……厄介だな。気をつけるしか無いか」
「頑張るっす。自分達もフォローするっすから!」
「あ……ありがとう」
ぎこちなくそう返すセツリ。しょうがないこと……確かにこればっかりはね。周りがフォローするしかない。
「アンタ達うるさいわよ」
「セラ様どうでしたっすか?」
「そうね。ここらへんには人は居ないわね」
「って事は上っすか」
僕達は揃って上を見る。けどその時セツリは「う〜ん」と一人うねって床を見てた。そんなセツリを目敏く僕は見つけて声を掛ける。
「どうした? 脚が気になるのか?」
「そういう訳じゃないけど……」
「グズグズなんてしてられないわ。私は上から下に降りるから、シルク様達は下から上へ捜索してください」
「そうですね。手を繋いでる私達は別れる事は出来ないし、効率を考えたらそれしか無いかもです」
「では、お気をつけて。そこの奴は弱いくせに無茶しいなんで」
そこの奴って僕の事か? 視線が暗にそう言ってる気がする。確かに僕はちょっと考えが浅い時があるのは認めよう。そんなに頭がいい方じゃないしね。けど前の時に無茶をやりまくったのは色々と懸かってた物があったから。
今はそうだね……そこまで無茶をやる気はあんまりないよ。確かに死なないはずだし、やろうと思えばきっと幾らでも無茶できる。でも今の僕は逆になんか逆に無茶できないからね。それに今の自分の弱さは、僕自身が一番わかってる。
今の僕に貴重なスキルは無く、特化した物も何もない。まあ実際は、全てがなくなってしまった訳じゃない。セツリが能力の片鱗を残してる様に、僕自身にも前の残りカスみたいな物は正直いうとある。
けど、それを使うことは今の僕には出来ない。気持ちの問題じゃなく、物理的に? だから、無茶はしないさ。
「大丈夫ですよ。ちゃんと私が皆守ります」
「お願いします」
セラの奴はそう言って静かに消える。ホント隠密なんだな〜と思った。だって前の時は殆ど隠密らしい事しなかったからな。まあ隠密というか、国の代表の側に武装をゴテゴテして控えてる訳にもいかないから、メイド隊が密かに武装してるって意味が強かったような気もする。でも前からセラ達は情報収集の役目をおってたらしいから、やっぱり隠密は本業だね。
「それじゃあ行くっすよ。セラ様を驚かせる程に、パッパッとやるっす!」
一人やる気満々に拳を握るノウイ。どうやらセラに褒められたいみたいだな。でも流石にセラよりも多くを調べるのは厳しいと思う。向こうは自由気ままな一人、こっちは手を繋いだ四人だ。身軽さが違うよね。
まあだけど、僕達はそんな事は言わずにノウイへ続く。やるんだ……領主の陰謀を暴く……いや、暴かなくても片鱗くらいは見つける。その使命がある。
––結論。何も見つかりませんでした。それなりに隈なく探した訳だけど、どこにもそれらしいのはなかった。てか、人が使用人しか居なかった。
「何も見つからなかったけど、怪しいのは怪しいわ。領主の部屋には書類とか散乱してたし、この街の運営事態やってないんじゃないアイツ?」
「運営とか何するのか良くわからないけど、妙に領主の部屋は汚かったよな。なんか請求書とかハンコ待ちの書類とかいっぱいだったし、この街をほっといてるのは見て取れたのはわかる」
今僕達は無数にある部屋の一つに忍び込んでる。ここは古い甲冑やら、錆びた武器が並べられてる。不要な物が集められてる部屋。こういう部屋なら誰かが来る……なんて事も早々無いだろう。
「だけど街を放っておいてまで何をやってるか……それがわからないと……」
「そうっすね。わざわざ忍び込んだのに、それがわからないと意味ないっす」
「そもそも領主の奴はどこよ。こんな夜中に屋敷に居ないなんておかしいわ」
「確かに……」
セラの疑問に答えられる奴は居ない。それなりに夜もふけってる時間帯だ。大抵は自宅で、明日に備えたり、一日の疲れをとったり……そんな時間に当てるはず。けど領主はどこに居なかった。風呂とかにも居なかった。
セラの事だから最終的に情報が見つからなかったら、それなりに強行な手段も考えてたんだろうけど、そのターゲットが居ないんじゃ、それも出来ない。どうするのか……行き詰まってた。
「これからどうしましょうか?」
シルクちゃんのそんな言葉に僕達は考える。これから……これから……一番怪しそうな領主の部屋は念入りに調べた。けど結局怪しい物自体はなかった。怪しい状況ではあっただけ。
「ここに居ないって事は……まさか、メカブ達の方へって事かも……入れ違い?」
「それは……不味いな」
「連絡してみますっす!」
そう言ってノウイが連絡を試みる。早る鼓動を抑えつつ、応答するのを待つ。だけどもしも、本当に入れ違いで襲撃されてるのだとしたら……そんな余裕はないかもしれない。最悪の考えが脳裏に浮かんでる中、寝ぼけ眼の間抜けな顔がウインドウに映った。
『むにゃ……なによもう……』
「だ、大丈夫なんすか? そっちに異常はないっすか?」
『別にふああああ、なんにも無いけど?』
「本当かよ? お前寝てただろ?」
僕は横から割って入ってそう言うよ。てか幾ら留守番組だと言っても緊張感なさ過ぎだろ。お前の頼みなんだから、一番気を張っとくべきじゃないのかな? いや、ある意味図太い神経をしてるのか?
『別に大丈夫でしょ。ここの警護はオウラが完璧にやってるわ。野良犬一匹見逃す筈ないでしょ……むにゃむにゃ』
「そりゃあそうだけど……実はオウラさんだけ戦ってるとかないよな?」
『そんな事あるわけないじゃない。それなら流石に寝てないっての』
「まあ……確かに」
そう言ったけど、メカブだからな……という思いが拭えない。だってメカブだよ。どんな予想外な事をしててもおかしくない。これは褒めてるんじゃない、下の評価なのだ。けど流石にメカブでも戦闘してて気づかないってのはないよね……と自分自身に言い聞かせるよ。
『なんだか行き詰まってる感じ?』
「そうっすね。有力な情報は得られてないっす。領主もいないっすし。何か心当たりないっすか?」
『そうね〜う〜ん、別に何にも。取り敢えず頑張って〜じゃね〜』
そう言ってプツンと映像は切れた。あの野郎……絶対にまた寝る気だろ。緊張感なさ過ぎだ。こっちは危険犯して敵の本拠地に忍び込んでるというのに、退屈だからって寝るか普通? いや、すっげーメカブらしいけども……けども、やっぱりムカつく。
「全く、なんなのアイツ? 誰のためにやってると思ってるのよ」
「まあメカブはああいう奴だ。諦めろ。それにメカブの為じゃないだろ」
「まあそうね。襲われてないだけよしとしましょう。って事は街の方? ノウイ」
「ハイっす。アギト君に連絡とってみますっす」
そう言って素早くノウイはアギトに連絡を取る。こっちは流石に寝てるとかサボってるとかないようで、ちゃんとしたやりとりが手早くすんでいく。
「領主の行方を探ってくれるそうっす。でも少し時間が掛かるのは必然っすね」
「それまでここに居るのはどうでしょうか? 危険かもしれないですね」
「色々と侵入者対策してるしね……」
最後のセラの言葉……それが引っかかる。やっぱりおかしいじゃないか? って。これだけ色々と施して何もない? そんな事あるか? そんな事を考えてると窓から入る月明かりに照らされたセツリが目に入った。
月光を浴びて煌めく彼女の長くフワッと広がる亜麻色の髪。そして長い睫毛が憂鬱そうな瞳に掛かってる。
(セツリ?)
そういえばさっきから全然存在感を感じなかったな。ずっとああやってたのか? 眠いのかな? 結構いい時間になってきたしな。明日の事も考えると、あんまり遅くまでやってる訳にもいかない。
けどかと言ってなんの収穫もないままってのは……時間を無駄にした感じがしてやだよね。セツリは目は伏せてるけど、完全に閉じてるわけじゃない。ジッと一点を見つめてる。そこはまあ床なんだけど……けど、セツリの目はもっと別の物を見てるような……なんだか遠くを見つめてる気がする。
「セツリ……どうした? 大丈夫か?」
「ん……うん。えへへ」
セツリは意識を引き戻したかのように目をパチパチとして笑顔を見せた。するとようやく声を出したことでセラ達も今まで何も言ってないセツリに気付いたようだ。
「あれ? ……アンタ居た?」
「ちょっ、セラさんそれ酷い!」
「あまりにも静かだったから。寝てたんじゃないでしょうね?」
「確かにちょっと忘れてましたっす」
「ノウイ君まで酷い! シルクちゃんはそんな事ないよね」
「……あはは、も、勿論ですよ!」
「うわ〜ん、シルクちゃんだけは信じてたのに〜」
皆から存在を忘れられて涙を飛ばすセツリ。まあでもホント存在感なかったからな……せめて話に入ってこれなくてもそれっぽく相槌を打ってるだけでも良かったんだよ。それなのに、完全にポケーとしてるからこんな事に……
「うう……うう……皆酷い……」
「寝てるからでしょ?」
「寝ていないよ!」
「じゃあちゃんと話に入ってきなさいよ。物怖じしてたら外されて当然でしょ。ここでは歩けるんでしょ。なら必至に付いてきなさい。私はスオウ達みたいにやさしくないから」
「し、知ってるよ〜だ。それに別に寝てた訳じゃないもん。なんだかこう……下が気になるっていうか……不思議な流れを感じる気がするの」
「なによそれ? もっと具体的に言いなさい」
「しょ、しょうが無いじゃん。自分でもよくわかんないんだもん!」
はぁ〜と大きく息を吐くセラ。もう呆れて物も言えないって感じのため息。もうちょっと優しい目で見守っても良いと思うんだけど……するとシルクちゃんが力を込めてるセツリの拳を優しく包んで言うよ。
「セツリちゃん、それってどういう事なのかな? もっと教えてほしいな?」
「シルクちゃん……く、口で言うのは難しいんだよね。本当に感覚的な事だから……強いて言うなら力の流れみたいな……スオウは存在してる物を見る目はきっと私よりもずっと凄いんだろうけど、私はなんとなく普通は見えない物が見える感じ……かな?」
「そんなアンタの曖昧な感覚のどこに信憑性があるのよ?」
「それは……」
セラの厳しい言葉に再びキュッと拳を握る。けど今度はシルクちゃんがちゃんとフォローしてくれる。
「信憑性は少しはあるかもしれないですよセラちゃん。セツリちゃんには普通とは違う力がまだ残ってます。それに生まれ変わったと言っても中身の全てを入れ替えた訳じゃない。ここは紛れも無く彼女のお兄さんの造ったLROです。
セツリちゃんはきっとこの世界との親和性は誰よりも強い筈……どうですか?」
「シルク様の言いたい事もわかります。しかし––」
セラはまだまだ納得行ってない様子。だから僕もセラの言葉に割り込むよ。
「セラ、このまま何の収穫もなしに帰っていいのかよ? 確かに別に根拠とか何もないけど、調べてみるの良いと思う。上には行ったんだ。下にだって行っていいじゃん。それにこれだけ張り巡らせてある罠……これで何も無いなんておかしいだろ? お前もそう思ってるはずだ」
「ふん、スオウの癖に偉そうに……わかったわよ。けど、ある程度の部屋は調べたわよ。数人居るNPCの部屋とかに地下へ続く仕掛けがあるとも思えないし、どうやって下を調べるのよ?」
セラの意見は最もだな。めぼしい所は既に調べ終わってる。調べてない所はNPCが居た部屋位。けど普通にNPCが出入り出来る所にそんな秘密の出入口を作るとは考えにくい。何か特殊な仕掛けがあるとか?
実際罠だけでは説明できない仕掛けが何個かあったような……まあシルクちゃんが理解できた物に対策を講じてるだけだからな。
「セツリちゃんセツリちゃん」
「はい?」
シルクちゃんはウインドウを開いて宙にこの建物の映像を投影してた。一体どうやって?
「隈なく調べれてたので、ほぼ完璧に再現できてる筈です。このデータに、セツリちゃんが引き出せるデータを重ねてみるのはどうでしょう。応用ですけど、出来ますか?」
なるほど、僕達にはセツリが引き出すデータを理解する事は難しい。だからこのほぼオリジナルと一致してるデータにそれを流し込んで分かってない部分を解明しようということか。上手く行けば……有益な何かが得られるかもしれない。でもそれはつまり……全てはセツリ次第と言うこと。
セツリがただ引き出すというか、覗く? ことしか出来ないのなら、無理かもしれない。でも文字のままじゃ単語から推察することしかできない。でも、このレプリカに投影できるのなら、もっと色々と分かる……かもしれない。
僕達の視線がセツリに集まる。そんな視線にちょっと怯むセツリ。けど頭を振って不安をふるい落としてこう言うよ。
「やります! やってやります! 見てなさいよセラ! ……さん」
折角勢いで呼び捨てようとしたけど、結局無理だったみたいだ。でもセラは、そんなセツリの尻を叩くように、発破を掛ける。
「やってみなさいよ」
そんな挑発的な言葉を受けてセツリはシルクちゃんの出してる建物の映像に手を向ける。そして目を閉じた。その瞬間、建物の映像にノイズが交じる様にブレたり一部が消えたりしだす。何が起きてるのか、傍目にはわからない。
けどセツリの額には徐々に汗が滲んでるように見える。頑張ってるんだろう。僕は静かにそれを見つめる。それしか出来ない。これはセツリにしか出来ないことだ。そしてどれくらいたったか、体感的には二・三分くらいかな?
すると突如ノイズは無くなり、鮮明に映る映像には幾つもの印や、魔法陣が現れる。けどそれだけじゃない。シルクちゃんが作ったのは探索したこの建物部分だけの筈なのに、建物の下にも淡い光が伸びて幾つかの印が灯る。そしてそれは建物をはみ出して来た。
「うお!?」
「あたるっす! って当たりはしないっすね」
僕とノウイは思わず避けてしまったけどそんな必要はなかった。映像ですから。恥ずかしい。けどこれは……明らかに建物外に広がってる。そして端っこの幾つかの部分に大きな印が付いて、それら全てを内包するように光の輪が包んでる。
輪は端っこの大きな印の部分を起点に出てるように見える。
「これは……どういう事だ?」
「この外側の大きな印の一つって孤児院のある場所じゃないっすか?」
「印があるって事は、重要って事だよな? だから領主は孤児院を狙ってる」
「これが孤児院だとすると、これはこの街一つの縮尺図って事になりますね。この建物を中心に
外側で繋がれた輪……弱い印も幾つかある……何かを作ってる?」
「セツリ、ここまで出来たんだからな何か分からないの?」
「わ、わかんないよ。こうやって落とし込んでるだけで頭が破裂しそうなんだからぁ〜」
「そう……後ちょっと我慢してなさい」
「そんなぁ〜」
涙目のセツリ。けどセラの言うとおり、もうちょっと見ておきたい。てか地下への道を探らないと。この街に広がる印部分を調べるにも、地下へ下りれないと始まらない。
「内部とか見れないんですかこれ?」
「勿論見れますよ。階層ごとに分けましょう」
そう言ってシルクちゃんは建物映像を分ける。こうやって上から階層毎に見ると、魔法の効果範囲やら、何がどう配置されてるか丸わかりだな。これって結構なチートなのでは? でも魔法の事に関して疎い僕にはちょっと分かりそうにない。
「ありました。中庭です。他の魔法に干渉されない……いいえ、種類の違う魔法が有ります。多分これが地下への入り口です」
「流石シルクちゃん。セツリ、もう大丈夫だ」
「はふ〜、私役に立ったかな?」
「大手柄だ。なあセラ?」
僕のそんな言葉にセラの奴は、軽く笑顔を見せてこういった。
「そうね。上出来よセツリ。よくやったわ」
「え……えへへ〜」
セラに褒められたのがそんなに嬉しかったのか、セツリの奴の顔がだらしなく緩む。セラの奴、僕には鞭しかくれないくせに、他の奴には飴と鞭を使い分けるよな。まあこれでちょっとは関係が改善してくれれば良いんだけど。
「ニヤニヤしてないで行くわよ」
「よーし、もっと頑張るぞ〜!」
僕達は早速中庭へと向かう。これで領主の狙いがわかることを願おう。
多分気づかれる事は無いだろう……とは思う。けど、流石に鼓動は早くなる。前の方に皆集中してるから、僕だけは後ろを注視するよ。セツリのお陰で展開してる魔法はわかってる。それに対応してシルクちゃんが魔法を掛けてくれてるから、そうそう危険は起きなさそうなんだけどね。むしろ……
「ふきゃ!」
「あぶな!?」
「めにょ!」
「うおっ!?」
敵は内に居るというか……ドジっ子が内に居ると言うべきか。さっきからセツリの奴が何も無いところでつまずいたり、廊下に立ってる甲冑とかにつまずいたりして、手を繋いでる僕達を巻き込もうとしてくる。
「セツリ、お前な……もうちょっと気を付けろ」
「わ、わかってるけど、足を動かすのって大変なんだよ」
「リアルの方ではまだセツリちゃん車椅子なんだよね? しょうがないよ。気をつけて行こう」
シルクちゃんの言うようにある程度仕方ないのはわかる。セツリはずっと眠ってたから、いまだにリアルでは地力で歩けない。ちゃんとリハビリはやってるようだけど……歩けるようになるにはまだまだ掛かりそう。
だからか、こっちでも歩くのに慣れない感じ。けど……リアルに戻る前はここまで危なっかしくなかったような? こんなに転んだり躓いたりしてなかったもん。
「実はワザとか? あざといぞ」
「違うよ。スオウ失礼。前は歩けないって感覚がなかったもん。ずっと眠ってたから忘れてたってのが正しいけど……その御蔭で普通に歩くことが出来てたの。けどリアルには辛いリアルがあった。私は……自分が不自由だって思い出した。
だからなんだが感覚がおかしくなってるのかも」
そう言ってつま先を床に叩く。
「毎回なんだよね。LROとリアルを行き来してると、馴れがリセットされるのかも」
「それは……厄介だな。気をつけるしか無いか」
「頑張るっす。自分達もフォローするっすから!」
「あ……ありがとう」
ぎこちなくそう返すセツリ。しょうがないこと……確かにこればっかりはね。周りがフォローするしかない。
「アンタ達うるさいわよ」
「セラ様どうでしたっすか?」
「そうね。ここらへんには人は居ないわね」
「って事は上っすか」
僕達は揃って上を見る。けどその時セツリは「う〜ん」と一人うねって床を見てた。そんなセツリを目敏く僕は見つけて声を掛ける。
「どうした? 脚が気になるのか?」
「そういう訳じゃないけど……」
「グズグズなんてしてられないわ。私は上から下に降りるから、シルク様達は下から上へ捜索してください」
「そうですね。手を繋いでる私達は別れる事は出来ないし、効率を考えたらそれしか無いかもです」
「では、お気をつけて。そこの奴は弱いくせに無茶しいなんで」
そこの奴って僕の事か? 視線が暗にそう言ってる気がする。確かに僕はちょっと考えが浅い時があるのは認めよう。そんなに頭がいい方じゃないしね。けど前の時に無茶をやりまくったのは色々と懸かってた物があったから。
今はそうだね……そこまで無茶をやる気はあんまりないよ。確かに死なないはずだし、やろうと思えばきっと幾らでも無茶できる。でも今の僕は逆になんか逆に無茶できないからね。それに今の自分の弱さは、僕自身が一番わかってる。
今の僕に貴重なスキルは無く、特化した物も何もない。まあ実際は、全てがなくなってしまった訳じゃない。セツリが能力の片鱗を残してる様に、僕自身にも前の残りカスみたいな物は正直いうとある。
けど、それを使うことは今の僕には出来ない。気持ちの問題じゃなく、物理的に? だから、無茶はしないさ。
「大丈夫ですよ。ちゃんと私が皆守ります」
「お願いします」
セラの奴はそう言って静かに消える。ホント隠密なんだな〜と思った。だって前の時は殆ど隠密らしい事しなかったからな。まあ隠密というか、国の代表の側に武装をゴテゴテして控えてる訳にもいかないから、メイド隊が密かに武装してるって意味が強かったような気もする。でも前からセラ達は情報収集の役目をおってたらしいから、やっぱり隠密は本業だね。
「それじゃあ行くっすよ。セラ様を驚かせる程に、パッパッとやるっす!」
一人やる気満々に拳を握るノウイ。どうやらセラに褒められたいみたいだな。でも流石にセラよりも多くを調べるのは厳しいと思う。向こうは自由気ままな一人、こっちは手を繋いだ四人だ。身軽さが違うよね。
まあだけど、僕達はそんな事は言わずにノウイへ続く。やるんだ……領主の陰謀を暴く……いや、暴かなくても片鱗くらいは見つける。その使命がある。
––結論。何も見つかりませんでした。それなりに隈なく探した訳だけど、どこにもそれらしいのはなかった。てか、人が使用人しか居なかった。
「何も見つからなかったけど、怪しいのは怪しいわ。領主の部屋には書類とか散乱してたし、この街の運営事態やってないんじゃないアイツ?」
「運営とか何するのか良くわからないけど、妙に領主の部屋は汚かったよな。なんか請求書とかハンコ待ちの書類とかいっぱいだったし、この街をほっといてるのは見て取れたのはわかる」
今僕達は無数にある部屋の一つに忍び込んでる。ここは古い甲冑やら、錆びた武器が並べられてる。不要な物が集められてる部屋。こういう部屋なら誰かが来る……なんて事も早々無いだろう。
「だけど街を放っておいてまで何をやってるか……それがわからないと……」
「そうっすね。わざわざ忍び込んだのに、それがわからないと意味ないっす」
「そもそも領主の奴はどこよ。こんな夜中に屋敷に居ないなんておかしいわ」
「確かに……」
セラの疑問に答えられる奴は居ない。それなりに夜もふけってる時間帯だ。大抵は自宅で、明日に備えたり、一日の疲れをとったり……そんな時間に当てるはず。けど領主はどこに居なかった。風呂とかにも居なかった。
セラの事だから最終的に情報が見つからなかったら、それなりに強行な手段も考えてたんだろうけど、そのターゲットが居ないんじゃ、それも出来ない。どうするのか……行き詰まってた。
「これからどうしましょうか?」
シルクちゃんのそんな言葉に僕達は考える。これから……これから……一番怪しそうな領主の部屋は念入りに調べた。けど結局怪しい物自体はなかった。怪しい状況ではあっただけ。
「ここに居ないって事は……まさか、メカブ達の方へって事かも……入れ違い?」
「それは……不味いな」
「連絡してみますっす!」
そう言ってノウイが連絡を試みる。早る鼓動を抑えつつ、応答するのを待つ。だけどもしも、本当に入れ違いで襲撃されてるのだとしたら……そんな余裕はないかもしれない。最悪の考えが脳裏に浮かんでる中、寝ぼけ眼の間抜けな顔がウインドウに映った。
『むにゃ……なによもう……』
「だ、大丈夫なんすか? そっちに異常はないっすか?」
『別にふああああ、なんにも無いけど?』
「本当かよ? お前寝てただろ?」
僕は横から割って入ってそう言うよ。てか幾ら留守番組だと言っても緊張感なさ過ぎだろ。お前の頼みなんだから、一番気を張っとくべきじゃないのかな? いや、ある意味図太い神経をしてるのか?
『別に大丈夫でしょ。ここの警護はオウラが完璧にやってるわ。野良犬一匹見逃す筈ないでしょ……むにゃむにゃ』
「そりゃあそうだけど……実はオウラさんだけ戦ってるとかないよな?」
『そんな事あるわけないじゃない。それなら流石に寝てないっての』
「まあ……確かに」
そう言ったけど、メカブだからな……という思いが拭えない。だってメカブだよ。どんな予想外な事をしててもおかしくない。これは褒めてるんじゃない、下の評価なのだ。けど流石にメカブでも戦闘してて気づかないってのはないよね……と自分自身に言い聞かせるよ。
『なんだか行き詰まってる感じ?』
「そうっすね。有力な情報は得られてないっす。領主もいないっすし。何か心当たりないっすか?」
『そうね〜う〜ん、別に何にも。取り敢えず頑張って〜じゃね〜』
そう言ってプツンと映像は切れた。あの野郎……絶対にまた寝る気だろ。緊張感なさ過ぎだ。こっちは危険犯して敵の本拠地に忍び込んでるというのに、退屈だからって寝るか普通? いや、すっげーメカブらしいけども……けども、やっぱりムカつく。
「全く、なんなのアイツ? 誰のためにやってると思ってるのよ」
「まあメカブはああいう奴だ。諦めろ。それにメカブの為じゃないだろ」
「まあそうね。襲われてないだけよしとしましょう。って事は街の方? ノウイ」
「ハイっす。アギト君に連絡とってみますっす」
そう言って素早くノウイはアギトに連絡を取る。こっちは流石に寝てるとかサボってるとかないようで、ちゃんとしたやりとりが手早くすんでいく。
「領主の行方を探ってくれるそうっす。でも少し時間が掛かるのは必然っすね」
「それまでここに居るのはどうでしょうか? 危険かもしれないですね」
「色々と侵入者対策してるしね……」
最後のセラの言葉……それが引っかかる。やっぱりおかしいじゃないか? って。これだけ色々と施して何もない? そんな事あるか? そんな事を考えてると窓から入る月明かりに照らされたセツリが目に入った。
月光を浴びて煌めく彼女の長くフワッと広がる亜麻色の髪。そして長い睫毛が憂鬱そうな瞳に掛かってる。
(セツリ?)
そういえばさっきから全然存在感を感じなかったな。ずっとああやってたのか? 眠いのかな? 結構いい時間になってきたしな。明日の事も考えると、あんまり遅くまでやってる訳にもいかない。
けどかと言ってなんの収穫もないままってのは……時間を無駄にした感じがしてやだよね。セツリは目は伏せてるけど、完全に閉じてるわけじゃない。ジッと一点を見つめてる。そこはまあ床なんだけど……けど、セツリの目はもっと別の物を見てるような……なんだか遠くを見つめてる気がする。
「セツリ……どうした? 大丈夫か?」
「ん……うん。えへへ」
セツリは意識を引き戻したかのように目をパチパチとして笑顔を見せた。するとようやく声を出したことでセラ達も今まで何も言ってないセツリに気付いたようだ。
「あれ? ……アンタ居た?」
「ちょっ、セラさんそれ酷い!」
「あまりにも静かだったから。寝てたんじゃないでしょうね?」
「確かにちょっと忘れてましたっす」
「ノウイ君まで酷い! シルクちゃんはそんな事ないよね」
「……あはは、も、勿論ですよ!」
「うわ〜ん、シルクちゃんだけは信じてたのに〜」
皆から存在を忘れられて涙を飛ばすセツリ。まあでもホント存在感なかったからな……せめて話に入ってこれなくてもそれっぽく相槌を打ってるだけでも良かったんだよ。それなのに、完全にポケーとしてるからこんな事に……
「うう……うう……皆酷い……」
「寝てるからでしょ?」
「寝ていないよ!」
「じゃあちゃんと話に入ってきなさいよ。物怖じしてたら外されて当然でしょ。ここでは歩けるんでしょ。なら必至に付いてきなさい。私はスオウ達みたいにやさしくないから」
「し、知ってるよ〜だ。それに別に寝てた訳じゃないもん。なんだかこう……下が気になるっていうか……不思議な流れを感じる気がするの」
「なによそれ? もっと具体的に言いなさい」
「しょ、しょうが無いじゃん。自分でもよくわかんないんだもん!」
はぁ〜と大きく息を吐くセラ。もう呆れて物も言えないって感じのため息。もうちょっと優しい目で見守っても良いと思うんだけど……するとシルクちゃんが力を込めてるセツリの拳を優しく包んで言うよ。
「セツリちゃん、それってどういう事なのかな? もっと教えてほしいな?」
「シルクちゃん……く、口で言うのは難しいんだよね。本当に感覚的な事だから……強いて言うなら力の流れみたいな……スオウは存在してる物を見る目はきっと私よりもずっと凄いんだろうけど、私はなんとなく普通は見えない物が見える感じ……かな?」
「そんなアンタの曖昧な感覚のどこに信憑性があるのよ?」
「それは……」
セラの厳しい言葉に再びキュッと拳を握る。けど今度はシルクちゃんがちゃんとフォローしてくれる。
「信憑性は少しはあるかもしれないですよセラちゃん。セツリちゃんには普通とは違う力がまだ残ってます。それに生まれ変わったと言っても中身の全てを入れ替えた訳じゃない。ここは紛れも無く彼女のお兄さんの造ったLROです。
セツリちゃんはきっとこの世界との親和性は誰よりも強い筈……どうですか?」
「シルク様の言いたい事もわかります。しかし––」
セラはまだまだ納得行ってない様子。だから僕もセラの言葉に割り込むよ。
「セラ、このまま何の収穫もなしに帰っていいのかよ? 確かに別に根拠とか何もないけど、調べてみるの良いと思う。上には行ったんだ。下にだって行っていいじゃん。それにこれだけ張り巡らせてある罠……これで何も無いなんておかしいだろ? お前もそう思ってるはずだ」
「ふん、スオウの癖に偉そうに……わかったわよ。けど、ある程度の部屋は調べたわよ。数人居るNPCの部屋とかに地下へ続く仕掛けがあるとも思えないし、どうやって下を調べるのよ?」
セラの意見は最もだな。めぼしい所は既に調べ終わってる。調べてない所はNPCが居た部屋位。けど普通にNPCが出入り出来る所にそんな秘密の出入口を作るとは考えにくい。何か特殊な仕掛けがあるとか?
実際罠だけでは説明できない仕掛けが何個かあったような……まあシルクちゃんが理解できた物に対策を講じてるだけだからな。
「セツリちゃんセツリちゃん」
「はい?」
シルクちゃんはウインドウを開いて宙にこの建物の映像を投影してた。一体どうやって?
「隈なく調べれてたので、ほぼ完璧に再現できてる筈です。このデータに、セツリちゃんが引き出せるデータを重ねてみるのはどうでしょう。応用ですけど、出来ますか?」
なるほど、僕達にはセツリが引き出すデータを理解する事は難しい。だからこのほぼオリジナルと一致してるデータにそれを流し込んで分かってない部分を解明しようということか。上手く行けば……有益な何かが得られるかもしれない。でもそれはつまり……全てはセツリ次第と言うこと。
セツリがただ引き出すというか、覗く? ことしか出来ないのなら、無理かもしれない。でも文字のままじゃ単語から推察することしかできない。でも、このレプリカに投影できるのなら、もっと色々と分かる……かもしれない。
僕達の視線がセツリに集まる。そんな視線にちょっと怯むセツリ。けど頭を振って不安をふるい落としてこう言うよ。
「やります! やってやります! 見てなさいよセラ! ……さん」
折角勢いで呼び捨てようとしたけど、結局無理だったみたいだ。でもセラは、そんなセツリの尻を叩くように、発破を掛ける。
「やってみなさいよ」
そんな挑発的な言葉を受けてセツリはシルクちゃんの出してる建物の映像に手を向ける。そして目を閉じた。その瞬間、建物の映像にノイズが交じる様にブレたり一部が消えたりしだす。何が起きてるのか、傍目にはわからない。
けどセツリの額には徐々に汗が滲んでるように見える。頑張ってるんだろう。僕は静かにそれを見つめる。それしか出来ない。これはセツリにしか出来ないことだ。そしてどれくらいたったか、体感的には二・三分くらいかな?
すると突如ノイズは無くなり、鮮明に映る映像には幾つもの印や、魔法陣が現れる。けどそれだけじゃない。シルクちゃんが作ったのは探索したこの建物部分だけの筈なのに、建物の下にも淡い光が伸びて幾つかの印が灯る。そしてそれは建物をはみ出して来た。
「うお!?」
「あたるっす! って当たりはしないっすね」
僕とノウイは思わず避けてしまったけどそんな必要はなかった。映像ですから。恥ずかしい。けどこれは……明らかに建物外に広がってる。そして端っこの幾つかの部分に大きな印が付いて、それら全てを内包するように光の輪が包んでる。
輪は端っこの大きな印の部分を起点に出てるように見える。
「これは……どういう事だ?」
「この外側の大きな印の一つって孤児院のある場所じゃないっすか?」
「印があるって事は、重要って事だよな? だから領主は孤児院を狙ってる」
「これが孤児院だとすると、これはこの街一つの縮尺図って事になりますね。この建物を中心に
外側で繋がれた輪……弱い印も幾つかある……何かを作ってる?」
「セツリ、ここまで出来たんだからな何か分からないの?」
「わ、わかんないよ。こうやって落とし込んでるだけで頭が破裂しそうなんだからぁ〜」
「そう……後ちょっと我慢してなさい」
「そんなぁ〜」
涙目のセツリ。けどセラの言うとおり、もうちょっと見ておきたい。てか地下への道を探らないと。この街に広がる印部分を調べるにも、地下へ下りれないと始まらない。
「内部とか見れないんですかこれ?」
「勿論見れますよ。階層ごとに分けましょう」
そう言ってシルクちゃんは建物映像を分ける。こうやって上から階層毎に見ると、魔法の効果範囲やら、何がどう配置されてるか丸わかりだな。これって結構なチートなのでは? でも魔法の事に関して疎い僕にはちょっと分かりそうにない。
「ありました。中庭です。他の魔法に干渉されない……いいえ、種類の違う魔法が有ります。多分これが地下への入り口です」
「流石シルクちゃん。セツリ、もう大丈夫だ」
「はふ〜、私役に立ったかな?」
「大手柄だ。なあセラ?」
僕のそんな言葉にセラの奴は、軽く笑顔を見せてこういった。
「そうね。上出来よセツリ。よくやったわ」
「え……えへへ〜」
セラに褒められたのがそんなに嬉しかったのか、セツリの奴の顔がだらしなく緩む。セラの奴、僕には鞭しかくれないくせに、他の奴には飴と鞭を使い分けるよな。まあこれでちょっとは関係が改善してくれれば良いんだけど。
「ニヤニヤしてないで行くわよ」
「よーし、もっと頑張るぞ〜!」
僕達は早速中庭へと向かう。これで領主の狙いがわかることを願おう。
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