命改変プログラム

ファーストなサイコロ

新たな挑戦

 ガサ––茂みの向こうからそんな音が聞こえた。それと同時に黒い影が飛び出してくる。その姿は木々の隙間から漏れ出る月明かりによって照らされて凶悪な姿を晒す。大きさは大型犬程度。だけどその姿はまさにモンスター。
 胴体は一つ。だけど頭は二つある。しかも左右にじゃないよ。上下にだ。後ろの奴の牙は届きそうに無いけど、あのデザインでいいのだろうか? まあそんなの気にしてる場合でも無いけど。集中して確認するステータスでは奴の色は黄色からちょっと赤を帯びてる程度。それはつまり、厳しい相手って事だ。
 赤なら今の僕では勝てる見込みは殆どゼロに近いって事。まあ厳密にはゼロパーセントはあり得ないから、色々と頑張れば行けるかもしれないんだけど、一人じゃ相当厳しい。色は赤から青の方へと進むほどに危険度が低くなってる様になってる。
 安全なら青、一人でも余裕で倒せる。緑ならまあ普通。黄色はやや厳しい。赤は逃げなさい。それがまあ目安だね。でもハッキリと色が分かれてるって訳でもないんだよね。今の敵の様に、黄色赤寄りになってる場合もある。それはややよりもより厳しいってこと。
 でも皆から遅れてる僕がその分を取り戻すにはこれくらいやらないと。それに別に死んだって、リアルに死ぬ訳じゃない。ペナルティはあるからあんまり死んでもられないけど。


 ニューリードからそれなりに離れた森の中。僕以外にもプレイヤーは居るだろうけど、周りにその気配はない。秋徒の奴から教わった穴場だからか? まあ他のプレイヤーに獲物を奪われないってのは大きい。効率的にね。
 LROにはチェインボーナスって制度がある。モンスターを一定時内毎に立て続けに倒すことで得られるスキルポイントが増すって奴だ。一人じゃかなり効率よくやらないと厳しいけど……この森に篭って既に四日目。この場所はどうやらモンスターはポップしないようだし、迷い込んでくるモンスターも居ない。
 システムだけで動くモンスター共の行動は把握できた。そしてどこに再びポップするのかもわかってる。ここから効率を高めてどんどん行く。取り敢えず今の装備のスキルを全て得とくする。前の時は少数のスキルで行くしかなかったけど、LROの醍醐味は無数のスキルを会得しての組み合わせ。
 それを昇華してく事での自分のスタイルを確立していくことだ。このゲームにレベルはない。設定された天辺はなく、そしてスキルは無数に存在してる。更にその無数のから派生する組み合わせはまさに無限大。僕がどこまで行けるかはわからないけど、取り敢えず今度は正攻法で強くなるしか無いんだ。
 今の僕にシステムの恩恵はない……からね。


「ガウワアアアアアアアア!!」


 襲い来る二頭のモンスターへと剣を突き立てる。だけどそれを牙で防いで、背中についてるもう一方の頭が目を光らせてその口に炎を溜める。解き放たれる炎が僕の顔を目掛けて飛んでくる。けどそれを冷静に交わして、もう一方に握ってる剣の持ち方を変えて、口を空けたままのその頭に突き刺す。こいつは前と後ろの頭でそれぞれ役割を分担して攻めて来るから、先に後方支援型の後ろの頭を倒すのは定石だ。断末魔の叫びを上げて、光を失う後方の頭はグデっと倒れこんだ。すると通常の位置にある奴の目の色が赤い涙を流して勢い良くぶつかってきた。


「ぐっ!」


 背中から落ちてクルッと回転して態勢を元に戻す。今の一撃で、片方の武器を置いてきてしまった。これから……なんだけど……血涙を流すモンスターは三つにその姿を分けて迫ってくる。あのモンスターは片方の頭を潰すと、能力が飛躍的に上がって真の力を発揮する。スピードも攻撃力も今までの比じゃない。
 それに厄介なのがあの分身。分身といっても、僅かだけど質量保持してる。目眩ましや撹乱だけじゃなく、当たれば衝撃もあるし、噛み付かれれば痛い。でも分身に攻撃した所で、消えてなくなるだけでダメージは与えれないのが厄介な所だ。
 こっちには僅かでもダメージを残せて、態勢だって崩せるだけの質量を保持してるのに、その分身にかまけてると本体から大ダメージを食らってしまう。だからあくまで狙いは本体。僕は意識を集中する。
 その瞬間、素早く動く三つに別れたモンスターの動きが遅く見える。重なり合うようにズレて見えるその体。そしてそれは僅かな足の向き、筋肉の動き、そして視線を持って未来予測の様に、奴等三体のこれからの動きさえ見える。
 流石にどれだ分身で本体なのかまではまだ測れない。今の僕の目に更にスキルで何か特殊な力を与えれれば、もっと幅広く活用できそうなんだけど……それは今の段階では高望みだ。だから出来る限りの範囲で、出来うる全ての事を! 


(分身か本体か分からなくても、大体当たりを付けることは出来る)


 自分は残った右手の剣を握る手に力を込める。右側から迫る一体がその口から涎を垂らしつつ、地面を蹴って向かってきた。でも慌てる必要はない、奴等がどういう順序で攻めてくるか、僕の目は前もって教えてくれてる。だからこそ、どこを狙うか……もう決めてられる。


「ふっ」


 僕は剣の柄の底辺部分で大口開けたそのモンスターの顎を下から打ち付ける。そのダメージで僅かに体自身がブレる。やっぱり––と思いつつ、更に左から迫るもう一体に向かって、剣をクルッと回して、紙一重で口から一本差しにする。その瞬間左から来たモンスターは消え去った。


(分かってたよ。獣の思考は単純だからな。分身はあくまで囮。なら、先に襲ってくるのは分身だ。そして最後に来るのが––)




 青い光に身を包んだ最後の一体が凄い勢いで迫ってる。しかも既にほぼ目の前。良いタイミングだ。だからこそ、ここで僕はまだ消えてない、一体の分身の耳を掴んで盾にする。それを構わず噛み砕く本体。そして次はお前だとばかりに目をかがやかせる。
 だけど目は合っても既に僕の態勢は変わってる。地面を蹴って、華麗に宙返りの最中だ。そして腕を伸ばして背中の死んだ頭に刺さってる剣を取る。それと同時にそれぞれの剣にスキルの光が宿った。
 体を捻って、空中で攻撃態勢に入る。背中の頭が居なくなったことでそこは完全な無防備。回転を加えてまずは一撃。その瞬間爆発が起こる。そして続いて更にもう一方の剣での一撃は大きな衝撃が響いた。だけどまだ倒せてない。僕は最後の一撃の為に体をエビ反りにして勢いを溜めて、二つの剣を同時に脳天に振り下ろす。


「うおおおおおおおおおおおおおお!!」


 刃が食い込んだモンスターの体は、三枚に下ろされて消えていく。着地も決めて、僕はグッと拳を握る。


「よし! 許容範囲内のダメージですんだな。次だ次!」


 息つく暇なく僕はテリトリーから出て獲物を探す。チェインボーナスの為には次々とモンスターを引っ張ってきて倒さないと行けないからね。取り敢えず今度はちょっと余裕のある奴を探す。するとデカイトンボみたいなのが飛んでたからそれに石を投げつけて誘いだした。見える色は緑が濃い。まずはアイツで一休みして、もう一度あの犬を誘いに行くか。




「はぁはぁ……十一体位行ったか?」


 あれから続けざまに戦闘を続けて息も切れ切れ、足もガクガクになってきた。腕もそろそろ握力が……それなりに稼げたけど、流石に先行者に追い付くとなると、正攻法だけでは厳しいかも知れない。
 時間の差を埋めるのは難しいしね。普通にやってたら平行線だ。こっちが進んでれば、向こうだって進んでる筈だしね。かと言ってスキル習得に近道はない。こればっかりは地道に時間を掛けて重ねあわせていくしか……


「前みたいに、自分に合ったスキルが一つでもあれば……」


 そうなればそれは切り札とかに成ってくれるだろう。格上の相手にも、対抗できる何か……それが今の僕には無いのが不安だ。それを思うと、イクシードは反則級の切り札だったと思う。あれはまだ幾らか上が見えてたしね。風帝武装とか……その先というか、色々とバリエーションも考えてたんだけど……それはもう意味を成さない。


「いくつかは会得出来たな。装備を変えるか。でも金がな……」


 スキルを上げるのは取り敢えず戦闘をすればいいから良いけど、お金はそうも行かない。ココら辺の敵を倒した所で得られるアイテムじゃ……雀の涙ほどの価値しか無い。お金を稼ぐにもっとレアな素材を狙わないと。
 それかクエストをやりまくる? でもそれはあまり効率的じゃない。後はそうだな……職人に成ってみたりってのも選択肢の一つかもしれない。ファンがついてる人とかそれなりに儲けられると聞くしね。
 でも今の自分の状況的に、それは出来ない。僕はここを満喫してる訳じゃない。てか場合じゃない。僕の目的は僕の偽物を見つけて……捕まえるか倒すか……どちらにしても‘強さ’が必要だ。
 なんせその僕の偽物は超強いらしいからな。余計な部分に時間を使ってる暇はない。だったら後はそうだな……エリアバトルか? 上手くやれば、倒した相手の財産とか手に入れられそうじゃないか? エリアじゃなく、相手の金品を要求すれば良い。まあ後々を考えればエリアの方がいいのかもしれないけど、今から上に食い込めるか? 
 それにそこまでの気概はないな僕には。だから自分の出来る範囲で、やるなら、金とか装備とか貰える方がありがたい気がする。


「でも一度もやったこと無いしな〜」


 僕は回復薬を飲みながら思案するよ。てかエリアバトルは一人でやるものじゃないしな。それに一人でやるにしても、ある程度のエリアの広さは必要らしいし、今の初期に毛が生えた程度じゃ多分無理。エリアバトルするにも結局は誰かに頼らないといけない。
 それにそれじゃあ結局エリアを奪い合う戦いに成るだけのような……チームとなると、自分一人の意見を通すわけには行かないしね。即席なら、それでもいいかもしれないけど、それで勝てる程甘くないよな。
 まあ、街の方では即席でチーム作ってエリアバトルってるのも居るけど、あれは何目的なんだろうかわからない。


「自分の要求する物だけを得られるそんな都合の良い感じでエリアバトルにでも参加できれば……」


 まだ結構盛んにエリアバトルは行われてて盛り上がってるし、賭けも頻繁に行われてる。僕自身が入って勝つ気なら、入った方に賭ければ一石二鳥出来る。手っ取り早い! そんな美味しい立場に僕は成りたい……


「チームとか面倒そうだし……」


 パーティーならね。まだ場限りだからいいけど、チームを組んで、上を目指すとなると……てか僕、上は目指してないしな。だからこそそういうのを作るのも加わるのも失礼かなと思うわけだ。


「差し当たってのも問題は金……う〜ん」


 何やるにしてもお金が必要なんて、リアルと同じじゃないか。しょうがない、ここはツテを使うか。鍛冶屋の奴なら、頼めばなんとかしてくれそうな気がする。それか相談には乗ってくれるだろう。
 材料とか集めれば作ってもくれるだろうし、持つべきものは職人の友達だね。


「早速連絡〜ん?」


 ピピピ––と通信を知らせる音が頭に響く。連絡しようとしたら連絡が入るとか以心伝心かよ。僕はウインドウを開いて表示されてるコンタクトの表示を押す。するともう一段階ウインドウが現れた。


「よっスオウ。今大丈夫か?」
「なんだアギトじゃねーか。はぁ」
「おい、何で落胆されてるんだよ俺!?」
「別に……」


 別にアギトは悪くないよ。勝手に期待したこっちが悪いんだし、気にしないで欲しい。ホント、そっちは別に全然全く悪くないよ。


「なんか納得いかないな……」
「いいから、何のようだよ? そっちは色々と忙しいんじゃないのか?」


 アギトはアイリと共にチームを作ってエリアバトルで忙しい筈。だから僕の事をほったらかしにしてる癖に今更なに用だよ? ちなみに二人が作ったチームとラオウさんとメカブが作ったチームは別物だ。
 まあ色々と協力しあってるから、チームが別と言う感覚はあんまりないみたいだけど、目的はそれぞれで違うようだ。アギトはアイリを持ち上げてもう一度上に行きたいみたいだけど、ラオウさん達は別段そういう感じはない。
 メカブの奴は上を目指してるのかとおもいきや、案外自由きままにやってるだけのようだ。まあだからエリアをガンガン増強してるのはアギト達だけで、ラオウさん達は別の事をやってる––らしい。それが何かは聞いてないんだけど……
 ちなみに言うとアルテミナスとかそれぞれの国でプレイヤーがトップになるとか、そう言うのは今回は起こってないそうだ。多分エリアバトルを実装する過程で、それなりにLROの根幹部分と距離をとったためだろう。
 ある程度制御を可能にするために、エリアバトルという制度を横付けした感じだからね。LROの世界は冒険の舞台であることに変わりはない訳だけど、深く関わる事は出来なくなってるというか……まあどこか窮屈な所を感じはする。
 それらの目を誤魔化すためのエリアバトル制度。最初は新しい制度に戸惑ってたらしいプレイヤー達も今では、それをメインに楽しんでるようだし、運営の思惑は当たったんだろう。まあそれに火を付けたのが『テア・レス・テレス』というチームで、そのトップが日鞠と言うことを知って、色々と察したけどね。
 佐々木さん達が泣きついたのかね? でも日鞠自身にもなにか目的があるような……てか色々と思惑は交錯してるだろう。それがどんな物なのか……今の時点で僕は興味はない。目の前の事でいっぱいいっぱいだしね。


「忙しいけど、お前も前と違って色々と入り用だと思ってさ」


 そう言って親指と人差指を合わせて円を作る。こいつ……分かってやがるな。


「確かに、そろそろ装備も変えたいけど……一気に金が入るあてでもあるのかよ?」
「おう! 今度それなりにデカイバトルをするんだ。それに参加しないか? 助っ人としてな」
「助っ人って……僕の今のスキルじゃその粋に達してないぞ」


 まだまだ全然スキルも少ないし……決め手も無い。人様の助けを出来る粋に僕は達してないよ。


「それはわかってるさ。だけどこれは身内内でやりたい事なんだよ。だからお前にも参加して欲しいと思ってさ」
「そういう事なら……でも何やるんだ?」
「それは合流してから説明するさ。まあ損には成らないと思うぞ。金も上手く行けばそれなりに入る……筈だ」


 なんかアギトの奴、しどろもどろの様な……てか確信が無いように見える。でも自信が無いって訳でもなさそう。身内内でって……後誰だ? エリアバトルじゃない? まあ行ってみればわかることか。


「ニューリードでいいのか?」
「ああ、『オズワリー亭』に集合な」
「わかったよ」


 そう言って通信は切れる。どんな事情なのかわからないけど、今の僕でも役に立てるならそれは嬉しくもある。それにお金も入るなら一石二鳥。僕はアイテム覧から、小さな水晶を取り出してそれを掲げる。


「転送ニューリード!」


 するとその言葉に反応して水晶は姿を崩していき、輝きながら僕を包む。そして数秒の後、光が収まると共に、喧騒が耳に届いてきた。目の前には大きな水晶。ゲートクリスタルだ。そしてその周りには沢山のプレイヤーが居る。街の方に目を向けると、爛々と輝く照明が夜の街を照らしてる。
 活気にあふれたこの街こそ、今のプレイヤーの拠点となってるニューリードの街だ。



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