命改変プログラム

ファーストなサイコロ

彼の国の潜入者

「オーケー、分かってまあーす。予定は狂いましたけど、チャンスはまだまだありまーす。大丈夫大丈夫オフコースですよ」


 ふう、一息付いて耳の後ろのデバイスを触って通話を切る。色々と装備を取られたけど、流石にここまでは手が回らなかったようだね。ふっふっふ、それならここも––


「んがっ––あがっ––」


 手を口に突っ込んで歯の被り物を取り出す。そしてそれを見つめてニヤリと口の端が釣り上がる。


「これで取り敢えず全員をスリープさせて、その隙に奴を……くきゃきゃっきゃ」


 抑えきれない笑いが出る。ただの一般人なんて私にとっては雑魚なのデス。取り敢えずそこの料理にでも混ぜ込んでおけば完璧。あんまり高笑いしてて気づかれて戻って来られても面倒だから、声を押さえて立ち上がる。
 そして料理の方に足を進めようとした時、私は自分に向けられた視線に気付いたのデス。


(何奴!?)


 ちょっと日本被れ的な言葉を頭で叫んで周囲を見渡す。けど部屋の中には自分一人の筈でその他は全部出てった筈。足音だってなかった。接近されてるとは思えない。けど確かに感じる。無数の視線を。
 この感覚は本物だと、私は知ってるデス。


(まさかスナイプ!?)


 そう思ってソファーの背後に体を隠す。けど絡みつく様な視線は消えない。


(スナイプではない? と、したら後はこの部屋にカメラがあるとしか……まさか別の国の機関が!? それは不味いデス。報告をしといた方がいいかも)


 そう思って耳後ろのデバイスに手を伸ばすけど、咄嗟にそれは止めた。


(駄目デス。通信は傍受されてるかも知れない。通信はせめてこの家を出てからでないとデス。幸い今は誰も居ないし、逃げることは簡単。けど……連絡をせずに任務を放棄するのは重大な罰則対象。
 これ以外の手段はあのデカシスターに取られてしまったし……私はどうすれば」


 頭を抱えます。そして身悶えします。けどそれで状況が好転する訳もないので、一度冷静になります。


(分かってます。我々は任務優先。自らの身を危険に晒そうと、任務を成功させる事が重要デス。成功は必然、けど失敗は破滅デス)


 気合を入れなおして、ソファーから頭を出して辺りをよく見る。視線は複数……それなら辺りに幾つものカメラが仕込まれてるのかも。見つけ出して全部を壊すのは今はリスクが高い。男の一人暮らしの家にしては小物が多い気がします。
 多分どれかに小型のカメラでも仕込まれてる。資料に寄ると、ガールフレンドが毎朝通い妻してるらしいと言う情報があったからその影響? 
 これならカメラを仕込むのは意外と難しくはないデス。けどカメラで遠隔から観察してるだけなら、今は気にせずにこの薬を盛って拉致れればそれでいい。
 問題は薬が効いて誰もが意識を失った後、この観察者共も動く可能性があるって事デスね。


(仲間が早く来るか、敵の方が速いかで状況は変わって来るデス)


 まあどんなに遅くても五分だろうから、それまで彼を死守する事は難しくはない。物量では負けない自信があるし、仲間が付けば皆殺しに出来るデス。うん、成功率は高い。大丈夫、行けます!


 そう推理して行動に移ろうとしたその時、頭の中で何かが警鐘を鳴らすデス。何ですかこの不安は?


「待つデス。本当に敵は外側なのか……今日は人が多いとか言ってました。って事はもしかしたらあの中の誰かがスパイという可能性も……そうなるとカメラで見られてる以上、この作戦は失敗に終わる可能性が非常に大きくなってしまいますデス」


 サササッと再びソファーの裏に舞い戻り、考えこむ。一体誰が……一番の候補はやっぱりあの筋肉シスターしかないデス。だってアレはどう見ても日本人ではなかったし、あの身体つきから見て只者じゃないとすぐに分かるデス。
 それに同じ匂いがした気もします。まさに一番の候補成り得るに十分な怪しさだった。けどだからこそ……だからこそ怪しすぎる気もする。スパイを送り込む側からしたら、あんな目立ちまくる様な奴人選しないのが常識デス。
 スパイとは周囲に溶け込み、同化させ、そして馴染みこまないと行けない物ですから。どう考えてもあのシスターはそれから真逆を行ってまーす。まあ私も目立つけど、それは羨望という名の眼差しなので問題無いのデス。煌きは人を盲目にするからオーケーオーケー。


(そういえば変な大人もいましたね)


 高校生の家に集まるにしてはアレは不自然ではないデスかね? 大の大人がゾロゾロと来るものでしょうか? 答えはノー! 大人なら荒んだ社会に揉まれてすり減ってふと闇に足を突っ込む事もあるデス。甘い言葉に乗りやすい。
 子供もそれはあるですけど、親交深そうな仲なら、安易な接触は避けるでしょうからね。対象に警戒されては元も子もないし。その点、あのおじさん達は知り合い程度の印象を受けましたデス。知ってるけど、その対象に興味がある程でもないし、深くもない……ベストなスパイ要員デス。
 けど確証はない。結局は私だけじゃ判断しようがないデス。どうにかして尻尾を出させるべきデスかね? それかもう強硬手段に出るべきか……


(いくら任務優先だといっても成功の可能性が低い事に命は賭けられないデス……)


 こっちは賭け事をやってるわけじゃないからね。笑って済ませられる事じゃない。今この時の私の判断が国の命運を左右する事にもなりかね無いデス。二度目があるのならそっちに賭けた方が……


(! 誰デス!?)


 忍び足で忍び寄る影。誰もが外に行った中、誰がここに戻ってくると言うのか。ソファーに張り付いて存在を消す。どうやら気づかれる事はなかったようデス。ソファーの端から頭を覗かせて誰が来たのか確認します。
 だってここで戻ってくるなんて、自分と同じ可能性があるデスからね。一体誰なのか、見ておく必要がありまーす。


(女……ですか?)


 意外。しかも結構若い……というか、私とそんな変わらない感じデス。黒髪は日本人の特徴……少しカールを掛けてるのかフワッとしてます。まつ毛も長い。ちょっと地味目だけど、顔は整ってて可愛い感じ(私には劣りますけどね)。
 てかあんな子いましたっけ? 忍び込んできた? いや、確か向こうの家には妹も居たような……スパイは身内? あり得ない話ではないデス。そういう事、良く有りますしね。


(何か取り出した。薬ですか?)


 でもカメラで見てたのなら、私の存在に気付いてない筈は……つまりあの子はカメラの子じゃない。別の組織!? 一体どれだけの組織が来てるのか……それだけの物をあの人が持ってると……そうはあんまり思えなかったデスけどね。あんまり任務の内容自体は知らないデスからね。でもそれが普通。それでも私達は裏から国を支えてきた自負が有ります。彼の国に遅れを取るわけには行かないデス。
 ソファーにあったリモコンを取って扉の方に投げつけて音を立てる。その音にビクッと反応した隙を付いて音もなく駆け寄って腕を取って背中に回す。


「音を立てるなデス」
「いたったた……」
「どこの組織デスか? 正直に答えないと……」


 テーブルに置いてあるナイフが目に入った。あれは武器になる。脅すには十分。けどリビングのテーブルだけあって低いの問題。このままじゃ届かない。取り敢えず足を折っときますか。細いし、折りやすそうデス。


「ご、ごめんなさい。ちょっとした出来心なんです……」
「何を言ってるデスか? 狙いはやっぱりスオウですか?」
「ええ? スオウ? ないない、私アイツ嫌いだもん」
「嫌い?」


 好き嫌いの問題では無いはずデスけど……私の言ってること理解してますかね?


「どういう状況ですかソレは?」
(っつ!! しまったデス。気を取られて戻ってきたのに気付かなかった)


 戻ってきたのはどうやらデカイシスター一人のようです。私の事気にかけてましたからね……気になったのか、それともやっぱりカメラで監視してたのはこいつなのか。警戒を強めるデス。けど相対すると同時に指先が微妙に震える。


(なん……ですかコレ? 私が恐怖を感じてる……デスか?)


 そんな感情とっくに忘れた筈なのに。人が内に持つ物を呼び起こさせられてるとでもいうのかな? こいつはヤバイ。本能がそう言ってます。私とシスターの間で、火花が散ってるデス。そしてゴキっと手から音を出すとシスターは言います。


「やはり看過できませんね。神の代行者として貴女の正体を暴きましょう。既に血生臭いハイエナの匂いがしますがね」
「それはそっちじゃないデスか? 体中から私以上の凶悪な匂いがします。神の代行者なんて笑い物デス。悪魔そのものなんじゃないデスか?」


 張り詰めた空気。開いた窓から吹きすさぶ冷たい風。遠赤外線のヒーターとか稼働してますけど、全然温まる気配はないデス。底冷えします。お腹の真ん中辺りから全身に駆けて……とどまること無く体温が下がってるような感覚。
 この感覚を私は知ってます。それは弱者の感覚デス。弱いから捕食者に何も出来ない獲物の感覚。小さい時から沢山……この体を好きなようにされて、されるがままだったあの頃の……


(目の前に居るのは、絶対的な強者って奴ですか? 確かに腕力では敵いそうもないデスね)


 自分の腕数本分はあろうかという腕は更に服の上からでもわかるほどに膨らんでる。あんな腕で殴られたら骨ごと粉砕されそうデス。せめてもう少し装備があれば……こんな怪物にだって遅れは取らないのに。
 って待てデスよ。こっちには人質が居ます。これを使えば逃げるくらいは……


「変な動きをしたら、殺す」


 突き刺さる視線。それだけで体が硬直したかのように縛られたデス。そんなバカな……今まで辛い訓練一杯受けてきたのに……こんな事あり得ないです。幾つも修羅場も潜って来て、いまさらこんな……こんなたった一人の視線で体が動かなくなるなんて……


(私の体はまだ、弱いままなんデスか!?)


 そう思うと悔しい。頑張って自由を手に入れた筈なのに……自分がずっと弱者だったかと思うと……


(このままな訳には行かないデス。正体を知られる訳には……けど体は動かない。でもまだ口はなんとか動きます。ここまでデスかね。絶対に情報を漏らす訳にはいかないデス!!)


 震える口を一旦開いて、覚悟を決めます。私達に捕虜に成ることは許されてないデスからね。逃げられないのなら、残る選択肢は一つデス。反対側の歯には致死量の毒が仕込んである。そのカプセルを歯圧で割れば、自然と死ねます。
 まあめっちゃ苦しいでしょうけどね。どうせなら綺麗な顔のまま死にたかったデスけど……どうせ死んだ後の顔なんて見れないから良しとするデス。それに誰かが弔ってくれる訳でもないデスからね。


(任務……失敗。ゴメン……デス!)
「あ、あの! ごめんなさい!! こんなに怒られるって思わなくて!! その……私……うう、うああああああああん」


 いきなり人質に成ってた彼女が膝を崩して泣きだした。置いてけぼりで何が起きてるか分かってないと思ってたけど、どうやら自分が怒られてると勘違いしちゃったみたい。床にへたり込んで泣いてる、その様子を見て目の前のシスターはあたふたしてる。これは逃げれる!!
 そう思ったけど、何故か泣きじゃくる彼女は私の足に擦り寄ってる。そしてごめんなさいを連呼してる。ちょっと離してよ!! 


「どうかしたんですかラオウさん? ってあれれ〜どういう状況?」
「なんの泣き声だよ?」
「何があったんですか?」


 ゾロゾロと戻ってくる人達。ある者はドアから、そしてある者は庭の方にも回ってる。囲まれた……これじゃあ逃げれない。やっぱり死ぬしか……


「日鞠ちゃん……いえ、妹さんをアレが人質に……」
「違うの〜私がつまみ食いしようとしたらそれを止めようとしただけなんだよ〜。私が悪いの〜! ごめんなさい〜!」
「そう……だったんですか?」
「……うん、二人共凄い剣幕で怒るから、本当に反省してます!! ちょっと位いいよねって思ってごめんなさい!!」
「もう、別にそんな事しなくてもちゃんと皆で食べれるのに。よしよし、お姉ちゃんの胸で泣きなさい」
「触らないでよ! 愛さん!!」


 自分の姉を拒絶して別の姉に飛び込んだ彼女。本物の姉が涙目に成ってるデス。これが日本のツンデレですか? 


「と、取り敢えずありがとうございます。妹を教育してくださって。あんな子でも可愛い妹ですからね。そうだ、一緒にパーティを楽しみませんか? 妹の教育のお礼です」
「いえ……そんな……」


 薬も入れれて無いのに、パーティに参加する意味なんて無いデス。てか自分助かったんですかね? 疑われてないデス。そうおもったけど、厳しい視線が一つあります。それはやはりシスターです。


「日鞠ちゃん彼女はき––」
「わあ、綺麗な子……彼女は?」


 車椅子に乗って現れたのは眩しい位に綺麗な子だった。私の方が……と言いたい所だけど、悔しいデス。長いふわふわの髪は日本人のソレとは違って色が落ちてる感じ。でも染めてる感じじゃないデス。自然で融け合って、彼女の白い肌によく映える。
 目も鼻も口も全ての部分が造形されたのかの様な完璧さ。声も少女を代表できるかのような可愛らしさ。何これ? ちょっと殺意が湧くレベルデス。


「彼女はよくわかないんだよ。家の前でちょっと色々とあって……別に知り合いって訳でもない。帰ってもらっていいとも思うんだけど……」


 ターゲットがまさかの助け舟を出してくれた。このまま帰してくださいお願いします。また改めて襲いますから!! そう心で思ってると、後ろからこんな声が聞こえてきた。


「駄目だよスオウ! こんな寒空の下に女の子を放り出すなんてどんな感覚してるのよ! そんなんだから秋徒さんと違ってモテないのよ!」
「モテない関係ないだろ!?」


 妹さんが何故か私を養護するデス。やめてほしいデス。けどそんな言葉にターゲットは折れてる。


「まあだけどこれは摂理の為のパーティな訳だし判断は摂理に任せるよ」
「私……それなら居てもらってもいいかなって。誰ともまだ友達じゃないのなら、私が一番に友達になります!」


 そう言って近づいて来て手を取られた。ほんとにとっても綺麗な子。なんだかドキドキするデス。なんだかちょっと震えてます。もしかしたら無理してるのかも知れない。愛らしすぎるデスよ。こんなのは反則。
 思わず私はこう言ってました。


「えっと……薬……じゃなくてククククククリス……どうぞよろしくデス」
「クリス! クリスクリスクリス! 私は摂理、桜矢摂理です! 私初めて自分の力で友達を作れました!!」


 キャピキャピとはしゃぐその子は腕を一杯振り回します。何やってるんだろう私……そう思わずには居られないデス。



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