命改変プログラム

ファーストなサイコロ

心の置き方

「朝だよ! 朝だよ! 朝だよ! 朝だよ!」
「う……ん……」


 聞き慣れた声が繰り返し響いてる。朝日が差し込む自室で、もぞもぞとベッドの中で芋虫になりながら顔を覗かせる。


(目覚ましなんてセットした記憶ないんだけど……)


 そう思いつつ眠たい瞼を擦りつつ、ウザったい声の原因を探る。それはどうやらベッド脇の棚においてあるまん丸い球体から声が聞こえてるようだった。


「朝だよ! 朝だよ! 朝だよ! 朝だよ! ふう、朝だよ! 朝だよ!」


 ん? 今一瞬一息付かなかったか? そもそもこれ目覚ましだろうか? 明らかにBluetoothスピーカーに見える。タイマーセットするような機能があるのか? けど最近はスマホでどうにでもなるか。デバイスはシンプルに。機能はアプリで操作するってのが定番だしな。けどこれは……


「けほこほっ……あ、朝だよ! 朝だよ!」
「もういいっての!」


 扉を開けると、エプロン姿の日鞠が居た。いつもは三つ編みの髪を肩辺りで大きな団子状にしてまとめてる。服装はもこもことした白い服に下は短パンに寒さ対策にレギンスのようだ。まあ自分的にはレギンスとストッキングの区別はついてないんだけど……てか白い服で料理とか汚れそうだな〜とかちょっと思う。それ防止ためのエプロンだろうけどさ、手元はどうしようもないし。


「おはようスオウ。良い気分で目覚めれたかな?」
「呪いの呪詛で目覚めた気分だよ」
「ええ〜なにそれ。せっかく睡眠時の波形も測ってベストなタイミングで声だしたんだよ? スッキリ爽やかな筈だよ!」
「いや、肉声をわざと機械っぽくする意味分かんないし。普通の声出してろよ。てかそもそも睡眠時の波形って何だよ?」
「それはほら、アレだよ」


 そう言ってとことこと自分のベッドに近づいて枕をめくるとそこには何やら平べったい機械が。おいおい、あんなのいつ仕込んだんだよこいつ。


「これはね睡眠時の寝返りとか、呼吸とかで睡眠の眠りの深さを測ってそれが浅くなったタイミングで起こしてくれる優れ物なんだよ」
「それならその機械に任せろよ」


 目覚まし機能あるじゃないか! わざわざ日鞠が出向く必要ないよね!? すると日鞠は少し考えた後にキッと強い目線を向けてこういった。


「何でも機械に頼るのは行けないと思います!」
「ただ起こしに来たかっただけだろ!」


 全く、別に僕は誰かに起こされないほどに目覚めが悪いワケじゃないっての。そんなの日鞠だって知ってるだろうに……いや寧ろ、日鞠が毎回起こしに来るせいで僕自身の体が甘えだしてるまであると思う。
 寝坊とか、朝弱いとかほんと言い訳だからねあんなの。自分の体を甘やかしてる奴がやるものだと思ってる。まあそれが本人だけのせいじゃないってのはわかりだしてるけどね。実際誰でも意識さえすれば朝弱いとか寝坊したとかなくなると思うわけだ。
 けど誰だって自分には甘いもので……そしてそれを許される環境が、寝坊とか朝の弱さを助長してる。
 つまりは……こういう過保護や奴のせいで甘ったれた奴が増えてるということだ。日鞠が毎回毎回起こしに来るから、僕は一人でも起きれるのに、いつの間にか意識が日鞠が起こしてくれるになり、つまり日鞠が起こしてくれるまでは寝てていいに変わるんだ。
 そうなるとほら、お寝坊さんの完成だよ。誰かに依存しないと起きれもしないダメ人間の完成です。––って待てよ。


「お前……僕を依存させて離れられないようにするつもりか? それが目的だろ。甲斐甲斐しく世話して依存させて自分の位置を強引に作る……そうだろ?」
「ふっ」


 ニヤリと悪者っぽい顔をする日鞠。やっぱりこいつ……


「けど朝はともかく、他の事で依存を許したのはスオウだけどね」
「知ってた」


 確かに、朝はともかく、毎日のご飯やらなにやら既に日鞠にはめっちゃ依存してるからな。今更である。ちょっとは自立しようとし始めても居るわけだけど、やっぱり面倒な物は面倒だよね。洗濯や掃除は無造作にやっても誰にも文句言われないけど、食事は自分が文句言い出すもんな。いつの間にか日鞠の料理に体が慣れきってしまってる事に気づいたよ。
 最初は僕自身の方が料理できたけど……今や比べる事も出来ない。日鞠は僕の為に毎日家に来て料理をつくるようになって、それに伴って僕は台所からは遠ざかったから。でも朝くらいは自分で用意したほうがいいとは思ってる。毎日……ってか休みの日までわざわざ用意してくれる必要ないわけだけど、流石に大変だろうからな。
 いらないって意見は聞いてくれないから、自分で用意するのが一番。朝食なんてハッキリ言えばパンだけでもいいわけだよ。トーストにもしないのなら、更に楽。てか前日に買ってればそれで済む。
 今の時代面倒なんてそんなない。味噌汁だって簡易なのあるしね。日鞠は毎日作ってるようだけど……けど幾ら簡単になったからって、それを実現出来てないんだよね。何故ならだよ……何故なら、既に日鞠に甘えた体になってるからである。
 朝起きれない。目は覚めるんだけどね……この時期は布団から出るのも一人では辛いじゃないか。そう思って潜ってると、玄関を開く音が聞こえて、包丁の小気味いい音が再び眠りを誘う。昼間とか夜とかは周りの音もあって聞こえないけど、朝は空気も澄んでるし、余計な音もない。だから慣れ親しんだ音の波紋は優しく伝わってきて、逆らうことなんか出来ない。
 そして気付いたら日鞠に起こされるのがいつもの朝。ほんといつからこんなダメ人間になったのやら。いや、もうずっとそうだったんだ。ずっとダメ人間だった。それを自分でも許容してたんだ。楽だったから。


「日鞠、僕は宣言するよ。来年から本気出すってな。取り敢えず起すのはやめろ。そのくらい自分で出来るから」
「ほんと? 遅刻とかだめだよ?」
「別に一回や二回どうって事ないだろ。留年に成るわけでもあるまいし」
「そうだけど……私は結局心配だからな〜気が気じゃないよ」


 全く日鞠の奴は僕のことを子供扱いしすぎだろ。もう子供じゃないぞ。大人でもないけど、脳天気なガキじゃない。それに遅刻って今は冬休みだ。まだ一週間の猶予はある。


「明日からは一年でもっともだらけれる日だしね。それにスオウは毎年正月感覚を登校日まで引きずってるもん」
「うう……」


 流石幼馴染み。僕のことを僕よりも知ってるじゃないか。確かに明日からの三日間は鬼門だな。三ヶ日は公式に怠けていい日だもんね。寧ろ怠けないのが悪みたいな? そんな風潮さえあるといっていいね。
 普段は社会に反発したいお年ごろの人達も、その期間だけは社会に沿う珍しい期間なのだ。


「まあ別に自立を阻害したいわけでもないしいいけどね。結局遅刻しそうになったら起こしに来るんだし。スオウの事はいつでも見てるからね」
「なんだよソレ。新しいカメラでも仕込んだんじゃないだろうな?」


 日鞠には前科がありまくるからな。けどさっきの機械といい、仕込む機会はいっぱいあったわけだしね。取り付けてない訳無いか。


「ふふ〜それは秘密だよ」


 やけに輝く笑顔。どう見ても仕込んでるなこれ。後で部屋の中を見回らないと……


「スオウ、ハッキリ言って無駄だと思うな。ラオウさんに色々とコツを教わったからね」
「あの人が教えれるのは戦場での知識だけだろ」
「そうだけど、潜入とかのポテンシャルも高いんだよ。色々と仕込むのも得意なの」


 あの人は……なんて事を日鞠に吹き込んでるんだよ。こいつの場合、そういうノウハウを貯めこんで昇華するからな。ラオウさんの経験と、日鞠の発想で、カメラの発見は困難になってそう。まあでもカメラの場合は絶対的な条件があるからな。
 それはフレームに入ってないといけないということだ。カメラのレンズは必ず部屋を見渡せる場所にあらないと行けない。つまりはそこから逆算すれば、カメラの位置なんてのは大体わかるもの。
 でも日鞠とラオウさんだからな……それを分かってない訳はないだろう。つまりは何かしてる筈。それが一体何なのかちょっとワクワク……っておい僕。それじゃ駄目だろう。いつもの事だから盗撮にも慣れちゃってる自分がいるな。


「いっぱいお喋りして目も覚めたでしょ? 朝ごはんにしよ」
「…………はいはい」


 いつもの笑顔でそう言った日鞠に、仕方ない感じで返事を返す。前に進み出てきた日鞠は、自分の手を取って、引っ張りだす。


「ようし、今日は忙しくなるよスオウ」
「そうだな」
「その為にもまずはご飯だよ。ご飯!」
「へいへい」


 二人して階段を降りてリビングへ。そしてキッチンの方を見ると、テーブルには白いご飯に焼き魚、そして味噌汁が置いてあった。うん、日本人ならやっぱこれだよねってメニューだ。とりあえずお腹も減ったし椅子に座って朝食を取る。
「いただきます」を二人で重ねて言い合った。




『それでは次のニュースです。今日は大晦日、年末でもまだ間に合う新年を迎える為の特集ですよ〜』


 画面の中のアナウンサーが流石にそろそろ言い飽きただろう特集の話しをしてる。その上にテロップがピコンと現れて何やら速報を流してる。なになに……『米国の大使が来日。政府への情報公開への打診か』とある。
 なんの情報公開だ? そもそも米国様に隠しておける根性のある政治家なんていたっけ? 居なかったような……てかこの時期まで仕事してるものだったかな? 向こうだって議会とかお休み中なんでは? よくわからないけど。
 それだけ緊急の要件って事だろうか? でもテロップで済まされてる辺り、別にソレほどの事でもないのでは? と思えるよね。


「ほらほらスオウ。今日は忙しいんだよ。来客の準備しなくちゃいけないんだからね」
「まだ誰も来ないだろ。掃除だって飾り付けだってもう終わってるんだし、なにやることあるんだよ?」
「料理の下ごしらえとか、明日はおせちも必要になるしね。それにただ集まるだけじゃ味気ないんだから正月道具とか用意しないと。とりあえず臼と杵は必要だよね」
「流石に一人じゃ無理あるだろアレ」


 何キロあると思ってるんだよ。杵はまあいけるけど、臼は流石に一人じゃ無理だ。


「お前の親父さんと運べば良いのか?」
「パパはママの手伝いしてるからな〜暇そうな労働力ならもう一人居るじゃない」
「ああ」




 ––で。


「全く、お前ら俺を便利扱いしすぎだぞ」


 早速来てくれた労働力一号の秋徒がぶつくさ文句を言ってる。彼には頼られる事をもっと誇りに持ってもらいたいね。


「まあまあ、どうせ暇してたんだろ? ちょうどいいじゃん」
「いや、まあ暇っていうか、家でゴロゴロしてると母ちゃんが五月蠅いから、ある意味良かったけど」
「なんだよ渡りに船だったわけじゃん。文句言わず働け」
「なんでお前が偉そうなんだよ」


 向かってくる腕を防御する。ギリギリと拮抗する力。そんなじゃれ合いしてると玄関から日鞠が顔を出す。


「速いね秋徒。じゃあ早速働いて貰おうかな」
「お前らの俺に対する扱いが一緒で泣けるわ」


 何か一人で勝手に落ち込んでる秋徒。けどちゃんと言われたとおりに働いてくれる秋徒は奴隷根性が染み付いてるね。日鞠は自分の家に戻り家族と料理の準備へ。こっちは力仕事を担当して、庭の方にもテーブルを用意したり、鉄板もって来たりとした。
 流石に餅とか事前に作ったやつとかだけだと庭でやる意味ないしね。寒いけど、こういう時こそ、火を炊いて勢いで焼いたりする料理が盛り上げてくれるものだろう。餅つきだけでこの寒さを乗り越えるのは厳しい。


「全く、ほんと人使い荒いな」
「お前も参加するんだからつべこべ言うなよ。こっちなんて家を乗っ取られるんだぞ」
「仕方ないだろ。お前の家は一人で住むには大きすぎていつも持て余してるじゃん。こういう時こそ、有効活用させろ」
「まあ……な」


 確かに一人で住むには広いけど、流石に今日来る人達全員となるとパンパンだな。友達が少ない僕には考えられなかった事だ。ちょっとどうなるか想像できない。


「そういえば、愛さんは? 迎えに行くのか?」
「それは……」


 どこか歯切れの悪い感じ。秋徒の奴は口ごもってる。するといつから聞いてたのか、日鞠が向かいの庭から顔を出して来た。


「駄目だよスオウ。秋徒は自分のちっぽけさに打ちひしがれてるんだから」
「今更だけど何があったんだよ? 僕でいいなら相談しろよ。親友だろ?」
「親友はそんな目を輝かせて嬉しそうにしないだろ!」


 あれ? 顔に出てたかな? いやほら、だって嫉妬するじゃん。別にそこらの女子と付き合う程度なら微笑ましく見守ってやるのもやぶさかじゃないけど、相手はあの愛さんだからな……お姉さんでお嬢様で愛され系……てんこ盛りなんだよあの人。
 別に破局して欲しいとは思わないし、出来ることなら幸せな方向に向かって欲しいけど、順調に行くのはなんかムカつく。親友だからこそ複雑なんだよ。


「実はクリスマ……クリスマスに向こうのパーティーに呼ばれたんだよ」
「クリスマス? おい、それはどこの世界のイベントだよ?」
「現実見ろ。恋人たちがイチャコラするイベントだよ」


 いや、その認識日本だけだから。自分は世界標準に従って家の中で祈ってたもん。別にキリスト教でもないけど……でもその日だけはいつもよりも神様信じてた気がする。まあどっちかと言うと神と言うか悪魔に祈ってたけどね。


「ちっ、んでそのイベントでイチャコラ出来なかったイチャコラセクハラ野郎の秋徒は何? 振られたか?」
「なんでセクハラやってもないのに振られてるんだよその俺!? てかそもそも振られてねーし。ちげーよ。そのなんだ……場違い感っての……疎外感かな……そういうのを感じて。だって今までのクリスマスイベントとは全然違うんだ。ほんと……全然」


 なるほど。愛さんに近づけば近づくほどに遠く感じる様になってるのかもしれないな。こっちからすると羨ましい気もするけど、秋徒にとっては凹むことなんだろう。けど、そんなのやっぱりいまさらだけどな。


「今はしょうが無いだろ。受け入れろ。追いつくんだろ? 凹んでたって愛さんはお前のところまで落ちて来れないぞ」
「お前、それ励ましてるのか?」
「勿論。落ちては来ないけど、愛さんなら待ってると思う」
「スオウ……そうだな。俺は愛の居る所まで登ってみせる!」


 復活した秋徒は今まで以上に働くようになった。調子に乗せやすい奴である。いや、本心だけどね。それよりも気になるんだけど……


「なんで親友の僕は知らなくて日鞠が秋徒の事情知ってたんだよ?」
「それは私が勉強教えてるからね。赤ペン先生やってるんだよ」
「へぇ〜案外頑張ってるんだな」
「秋徒は本気だよ。誰かのためになら人は変われる。そういうものだからね」


 何故かこっちを見てそう言う日鞠。いや、そんなの知らないけどね。影響はいっぱい受けるだろうけど、変わろうとするかはわからない。ふと視線を日鞠に戻すと、既に日鞠は秋徒の方を向いてた。


「秋徒、塾にも通おうかな〜って言ってたよ。手近な所紹介したから、今は体験入学でもしてるんじゃないかな?」
「秋徒が塾? それよりも日鞠がもっと教えたほうが良くないか?」


 そこらの塾講師よりも優秀だろうに。けどまあ日鞠は忙しいからな……それに下手に日鞠を拘束すると、信者どもが恐ろしいからな。


「確かにそれも良いんだけど、それじゃ焼き餅焼くでしょ?」
「誰が?」
「スオウが」


 沈黙が流れる。北風に体がブルっと震えてようやく反応できた。


「面白い冗談だな。そもそも彼女持ちじゃん」
「けど……ね? ほら秋徒って女子に人気あるし。塾でも女の子に手を出したって。だからスオウも心配かなって」
「それは僕へじゃなく、愛さんに言ったほうが良いのでは?」
「あれ? 確かに……」


 僕達二人の蔑みの視線が秋徒へ向かう。そんな視線に気付いたのか、秋徒がこっちを振り返る。


「な……なんだよ?」
「僕はお前がわからなくなったよ。愛さんの事、本気じゃなかったのか? 塾の女の子にも手を出すなんて……」
「そんな事してねぇよ。ただ単に気軽に話してるだけだ」
「この尻軽め!!」


 それが結構ハードル高いと何故にわからないかな? 秋徒の奴が本気じゃないってのはわかってるけど、こいつは男女の垣根が低いんだよ。


「でも思ったけど、学校外ならお前も普通に友達出来るんじゃないか? LROの関係を広めるのもいいけど、同年代も必要だろ? その点近くの塾って最適じゃね?」
「…………確かに。それはあるかも……ちなみにどこの塾なんだ?」
「駅前のとこだよ。可愛い子が多いんだ」
「へ〜ほ〜ん?」


 あれ、黒い車から降りてくるあの人は……


「秋徒……取り敢えず手を動かそうぜ」
「なんだよ。塾なら学校の関係性とか無くていいぞ。新しい広がりが出来るからな。別の学校の子と今度遊びにでもって事に––」
「それは素晴らしいですね。ちなみに女性ですか男性ですか?」
「そりゃあ勿論女子に決まってる。まあ男子もいるけど女子の比率が高いから……ん、愛?」


 震える秋徒の視界には愛さんの姿が写ってる。そして愛さんは笑顔だ。怖いくらいのね。


「日鞠ちゃん、お手伝い出来ることはありますか? 私、頑張ります!」
「え〜と、じゃあこっちに」
「愛違うんだ! ただの付き合い! 付き合いだからああああ!!」


 日鞠の家に消えていく愛さんを秋徒は悲痛の叫びで呼び掛けるしかなかった。



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