命改変プログラム

ファーストなサイコロ

涙記念日

 どうしてわざわざこんな機会を……このままやればもう勝てるのに……彼女も、末広さんも色々と気にしてたって事だろうか? それなら、追いかけて来た意味はあったのかもしれない。静かだ……頭上に光が神々しいほどに光って自分達のエリアを狙ってるというのに、誰も声を上げはしない。
 プレイヤーはもうテア・レス・テレスのメンバーと敵は二人だけ。他のプレイヤー達はその存在を弾丸へと変えられた。だからこの光は勝利を願った敵プレイヤー達の命の光でもある。振り返ると甲冑に囲まれた隙間の向こうに、会長達の姿が見える。
 敵プレイヤーが居なくなったんだ。動き出そうと思えば動けない訳でもないだろうにそうしないのは、何故か? 自分を信じてくれてるんだろうか? 会長ならそれもあり得そうだけど、でもどうだろう。会長は優しいけど甘くはないから……まあさっきの人質の件とかは甘々だったけど、あれはあれで会長なりの信念があるんだよね。
 自分の為だけにあんなに甘くなってたんじゃないだろう。それには意味があった筈。そして今は、自分に期待って奴は掛けてくれてるかもしれないけど、それに全てを掛けるほどに楽観的でもない筈。
 自分の実力だって会長はしっかり把握してるだろうしね。自分はどんな顔をして会長を見てたのだろうか……会長は優しく微笑んでくれる。そして何か背中を指さす様な動作。自分は背中側に腕を回してみる。


(これは……)


 カサッと手に当たる感触。バレないように手の中に包み込んで前へ持ってくる。


(間違いない。これは紙。あの一瞬でこんな物を仕込めるのは会長位だろうし、これを使えって事かな)


 でもある意味ドーピングみたいであんまりノリ気には……いやいや、今や自分達の勝利は風前の灯火だ。下手なプライドを優先してる訳には……


(あれ? これもう一枚……)


 手のひらの中の紙は重なり合ってるようだ。もう一枚は白紙ではない様に見える。何か指示が書いてあるのかも……とも思ったけど、どうやら末広さんはそこまで待ってはくれないよう。


「いつまで余所見してる気? あの女だってもう打つ手なんかないでしょう。縋るのは止めさないよ。ここで……ゲームの中で位、一人で立とうとしなさいよ!!」


 細長い剣が素早く抜かれて自分を狙って突き立てられる。自分は咄嗟に投げられてた剣を拾ってその攻撃を受け止める。ギチガチと刀身同士がこすれ合う。


「あの……一つ聞いておきたいんだけど、もしも君を倒したらアレは止まるのか? そのチャンスはあるのかな?」
「チャンスがあったら全力で来るって事? そうね……そうって言ってあげたいけど、正直に話してあげる。それはない。アレは私は関与してないもの。もうすぐ私も取り込まれる。それでエネルギー充電完了したら、お終い。
 だから万が一、私に勝とうが負けようが、そっちの敗北は揺るぎないわ」


 なるほど……止まることはないと、そういう事か。けどそれで敗北かどうかは決まるかな?


「どうしてエリアを吹き飛ばせば勝利になると? グレートマスターキーは会長が直接持ってる可能性だってある」
「相互間エリアバトルのマニュアル読んだ? グレートマスターキーはね、こっちのエリアに持ってきてたらわかるのよ」


 っつ!? そうだったああああああああああ!! そういえばそんな風に記されてたよ。どんな形をしてて、誰が持ってるか……それが分からなくても、敵エリアに持ち込んだ時点で、それは宣戦布告みたいな合図で敵側に知らされるみたいな仕様だった。
 って事は、どうやって知らされるのかは知らないけど、それがないって事は自分達の方のエリアにグレートマスターキーはあるはずで……だからこそ、一気に吹き飛ばしてしまおうと。
 確かに確実に向こうにあることがわかってるのなら、吹き飛ばしてしまえば簡単だ。けど前提としてその方法があれば––とかになるし、普通はエリア全てを吹き飛ばすような攻撃なんてそうそうあるものじゃないだろう。
 けど、彼等にはそれがあった。城と言う象徴に労力を集中させたからこそ、そんな出鱈目な機能を付けれたのだろうか? 自分達のエリアは精々罠をはったり、迷路っぽくする程度しか……自分達よりもきっと早く始めてただろうけど、ここまでエリアの機能に差が付くとは……やっぱり開発してる所は色々と違うらしい。
 自分達のエリアは広いだけ……だもんね。末広さんは一旦離れて、スキルを発動させる。体が赤く光り、力強く一歩を踏み出した。実際それは印象じゃなく、確実にパワーが上がった一歩だった。
 自己強化のスキルをつかってるんだろう。細い剣なのに、受け止めた瞬間にふっとばされた。


「づあああ!!」
「実際君と話したい事はそんな事じゃない。ずっと不思議だった事がある。私を助けたいって言ってたよね? 私を止めたいとも言ってた。それは何で?」
「何で……って?」


 何で……それは……いや、うん……それは……こう、色々な感情がですね。何で……と言われると困っちゃうな。彼女は剣事態にもスキルの光を纏わせてる。次は何かの技をかます気だろう。まともに受け止めると、吹っ飛ぶだけじゃ済まないかもしれない。


「私だって、なるべく周りに迷惑掛けないようにしてたつもり。実際倒れるまでは心配とかあんまりなかったし。けど君は倒れるよりも早く動いたじゃない。それも別の学校で、塾でしか顔を合わせない……しかも会話だって交わしたことないのに、誰よりも早く、あのヒロよりも早く。
 おかしいなって思うでしょ? ねえ、どうしてかな? 教えてよ」


 その時不敵に微笑んだ彼女を見て、自分は彼女が大体察してるんじゃないかって思った。いや、きっとそうだろう。そこまで言って、アレに結びつかない女子がいようか? いやいないだろう。だって女子ってそう言う話し大好きじゃん。
 けどここでそれを言うって事はだよ……仲間達に……生徒会のメンバーに……そしてなによりも会長に、知られるということじゃん。いや、会長は気づいてそうだけど、他のメンバーにもって……どんな羞恥プレイだよ。罰ゲームか何か?
 あっ、小学生の時のトラウマが蘇ってきそうだ。


「うっ……」


 目眩がして体が大きく揺れる。精神攻撃では今のクリティカルヒットだよ。


「そ、それは……ほら、ある意味塾っていう限定的な空間でしか合わないから、異常性に気づけたというか……」
「へ〜塾を少し休んだら、異常なんだ? 塾なんてそれこそ入れ替わりあるものじゃない?」


 確かに。実際、塾で誰かが休んだって気にする人はそんないないだろう。学校のクラスメイトだって、一週間くらい来なくて初めて「どうしたんだろう?」となりえるのに、塾なら「ああ、辞めたのかな?」で普通は終わる。


「私はね、君が何を望んでるか知りたいよ。君はどうしてここに居るの? あの人のためとか、生徒会だからとかじゃなく、もっと個人的な理由でしょ? 大義名分に包まれた言葉なんて響かないよ。
 君は助けたいと言った。でも私はそれを拒否した。それでも君は追ってきた。立ちはだかる。私の願いを阻むだけの理由が君にはあるんでしょう? 本当の本音。私の願いを潰していいほどの貴方の願いを教えてよ」


 喉元に突き立てられる剣。見上げれば、冷たい瞳が自分を見下してるよ。それは塾の時に見てた目じゃない。けど……そうだね。あの頃は視線は交わりもしなかったし、向くこともそうそうなかった。自分が女子から見られるときは、昔は大体こんな感じだった様な気がする。
 だから別に普通だね。きっとあの頃も、自分に視線が向いたらこんなんだったかもしれない。


(自分の願い……か)
(手助けしてあげよっか? ピンチみたいだしね)


 頭に響く声は聞き覚えのある声だ。あの時……キースさんと共に傭兵に追われてた時に聞いた声。ああそっか、そういえば傭兵連中もあの光の養分に成ったんだっけ。そしたらあの二刀の剣士の手は空いてるって事になる。手を貸してもらえるなら、これほど心強い相手もいないな。けどアレは……あの姿を思い起こすとなんだか心が抵抗する。
 あれがあの野郎だと思うと……けど、今ここであの砲撃を止める事が出来るのは奴だけだろう。アイツの力なら、放たれた砲撃でさえ切り裂きそうな……そんな夢さえ見れる気がする。でも、それは勝利……なのだろうか?
 結果的にはそうなるかもしれない。けど、自分達の力では勝ってないだろう。会長は言ってた。自分達で掴んでこその勝利だと。でもウルさんたちの勝たなきゃ意味が無いってのもわかる。それに普段ならともかく、今は色々と背負ってるものがある。欲しいものは勝利という結果だろ––と悪魔は囁いてる気がする。
 いや、実際悪魔か天使かどっちかなんて分かんない。自分の本当の願いって……何だったんだっけ? いつの間にか、最初の気持ち、曖昧に成ってる気がする。負けられない––そんな思い、最初はなかったはずで……確かに自分は大層な大義名分を抱えてここに来た訳じゃないんだ。そう、理由はシンプルで、気恥ずかしい事。自分にはおこがましくて、自分から諦めてた事。けど諦めきれなくて、いつの間にか感情を制御できなくて、暴走して、そして掴んだ切符でここまで来た。


(見据える彼女はリアルとは違う。リアルでは女の子らしい仕草や表情が多彩だった。けど、ここの彼女も別段嫌いな訳じゃない。強い表情も、頑張る姿も、綺麗だって思う……リアルで酷い言葉浴びせられた時だって、幻滅なんてしてない。
 自分は助けたいを拒絶されて立ち止まらなかった。追いかけて知りたいと思った。だから大層な事はやっぱり自分の本音じゃない。
 追いかけて、きっと伝えたい事があった。それだけの為に、自分はきっとここに居る。そして今ここで追いついたのなら……言葉にするべきなんだ。彼女だってその資格をきっと自分に認めてくれたから待っててくれてるんだから)


 深く息を吐いて、そして吸い込む。鼓動がやけに早く成ってるのを感じる。このままじゃ破裂するんじゃないかって思わなくもない。握りしめる拳。それは決意の証し。けどその時、体に溶ける何かを感じた。
 そして頭に流れ込んでくる情報。これは……自分は会長を一瞥して口の端を吊り上げる。何を考えてるのか、自分にはやっぱりあの人の事はわからない。けど、世界の何よりも信じれるから……不安はない。
 だから、この戦いでやる事はあとたった一つなんだろう。後は自分の事だけ。それだけで良い。


(要らないよ。助けは要らない)
(そう、ならまあ頑張って)
(言われなくても、頑張るよ。最後だし。あとやることは、ケジメを付けるだけ)


 助力は拒否する。自分の反応を見てた末広さんは、突き立ててた剣を更に近づけてこういってくる。


「言えない? それなら私は何も聞かない。私達は何かを伝え合う様な仲じゃないもの。忘れましょう。お互いに」


 そう言って一度引こうとした剣を自分は素手で握りしめる。助走でもつけようとしたのかもしれないけど、そうは行かないさ。伝えるよ。聴いてもらうさ。自分が行動を起こした思い。止められなかった思いだ。更に強く握り、剣諸共末広さんを引き寄せる。そしてぶつかりそうな程に顔が寄った時に、自分は言った。


「好きだから……好きになったからここまで君を追ってきたんだ!! 一度も話しをしてなくったって、一度も目さえ合わせて無くても、自分は君が好きだった! だから––」


 優しく触れる指が自分の言葉を遮った。末広さんの顔はちょっと紅潮してる様にも見えるし、少しだけ優しく暖かな笑みが向けられた気がした。それはいつも塾で遠くから見てたそれと重なる。
 けど、そんなのは一瞬だった。彼女は直ぐに顔を引き締めて、答えをくれる。


「私は何も思ってない。嫌いでもないけど、好きでもない。だって知らないもの。私は貴方にどんな特別な感情もない。けど、好きに成ってくれた事はありがとう。でもごめんなさい。私は貴方に何も与えられない」
「知ってた。分かってたことだよ。あわよくば……なんて助けを求めてない時点で分かってたしね。自分がやったのは、ただ視界に入ろうとしただけなんだから」
「それじゃあ、もう邪魔はやめてくれる? 視界には入ったんだから十分でしょ?」


 そう言って末広さんは握った剣に力を込め始める。そして狙うは自分の首元。えげつない攻撃ですね。けど、自分は抵抗するよ。


「どうして?」
「まあ……その、何も印象に残らないのは嫌だし、何より約束もあるんで」
「私の事好きとか言っておいて他の女の子ともよろしくやってるじゃない。あのお嬢様でしょ? 君に気があるみたいだったわよね」
「バカな事……先輩にどうやったら自分が吊り合うって言うんだ。あり得ない!」


 自分はなんとか押しのけて距離を取った。次に何が来るか警戒したけど、末広さんは剣を収めようとしてる。


「別にそう思ってるのなら、そっちはどうでもいい。私の目的聞きたがってたようだから教えてあげる。家はね、そんな裕福じゃないの。学校に通わせるだけで一杯一杯。塾は成績良いからちょっと裏ワザ使って通ってただけ。
 このままじゃ大学もいけないし、だからこれなの。大学受験の免除に学費生活費諸々負担してくれるって条件だったから、乗らない手はないじゃない。それにそれを獲得できたら塾にまで通う必要もないし」
「だから塾にはこなく……でも学校までサボるのはやり過ぎじゃ……」
「それは反省してるよ。けど、逃す訳にはいかない。皆受験は人事じゃないもん。それに一流大学への入学パスよ。人生勝ち組に成れるチャンスじゃない。生徒会なんて基本損な役割してた私達に降って湧いたチャンス。ちょっとの我儘くらいいいでしょ」


 まあ確かにこんなチャンスを逃す手はないのは賛成だね。自分達はそんなチャンスの話し一切聞いてないけど。いや、別にいいんですけど。いや、いいかな? とにかく今はソレじゃない。


「条件は? 明確な条件がなかったら、あやふやにされそうな気もするけど?」
「条件は三百万都市の形成。上位ランク五位以内に入ることよ」
「三百万……」


 それって可能なのだろうか? そもそもそんなにプレイヤー今はいないよ。


「ある程度の広さに成れば、NPCを招待できるのよ。そして彼等はエリアの発展や拡大に貢献する存在になる。決して不可能じゃない。だから……私達は諦めない」
「そっか……ちなみにその提示された夢には人数制限とかあるのかな?」
「さあ、けど流石にメンバー全員とは行かないでしょうね。せめて初期メンバー位……と思ってる。だから負けれない」


 常識的に考えたらそうだよね。だってその条件を満たすチームとなると大所帯は必至。そのメンバー全員にそんな夢を叶えるってのは無理がある。だから皆自分達の初期チームでの後略を目指してるんだ。
 けど……本当にそうだろうか? ちゃんと言われてないのなら、それは思い込みでは? 会長が自分達にそんな条件を一つも言ってないのも気になる。つまりはさ……それって……自分は意地悪い会長を思ってちょっと笑うよ。そして感謝もする。


「何、何がおかしいのよ?」
「おかしい訳じゃないよ。ただ、よかったって思っただけ」
「何よそれ? 良かったって何が?」
「ここで自分達が勝利しても良い未来が見えたから良かったと思ったんだ」


 その言葉にカチンと来たのか、彼女は鞘を腰から抜いて収めかけてた剣と共にこちらへ向ける。


「どういうことかわからないわね? いい、これを収めた時、私は吸収されあの砲は発射されるわ。それで私達の勝ちなのよ」
「うんそうかもね。けど、勝負は終わるまでわからないものだよ」
「そう……なら、後悔なさい!」


 後悔も何も最初から、撃つ気満々だっただろうにね。けどちょっとは躊躇ったってことなのかもしれない。でももう収められた。空に浮かんでる装置は輝きを更に増して、極太の光線を放つ。


「どうして? まさかデザイア!!」


 末広さんは消えてない。ということは誰かが代わりに吸収されたって事で、その誰かは一人しかいない。どうしてそうしたのかはわからない。けど砲は放たれた。止めるすべはない。真っ直ぐに自分達のエリアの方へと飛んで行く。けどその時だった。自分達のエリアとこのエリアを繋ぐ穴に入る前に、光線は直角に曲がって空へ上り、更に曲がって城へと戻ってくる。


「そんな……こんなこと!?」
「会長はただ城を明け渡したんじゃない。仕込んでたんだ。この城に自分のスキルを。核となる紙と、自由に出来る紙を幾つもね。だから発射の時にでもそれを使って命令を書き換えたんだ。あれは城のエネルギーを利用できてた。だからきっと出来る。目標を自分達のエリアじゃなく、この城に」
「いえ、それじゃあ相打ちじゃない!? 勝利はない!! それでいいって言うの?」
「いいや、相打ちには成らないよ。自分にはもう一枚託されてるから」


 そう言って自分は床を蹴った。デカイ光が背景を染めていく。間に合うか!? 微妙だけど考えるな。自分に託された二枚の紙。一枚は白紙に見えたけど、実際はそうじゃなかった。自分の体に溶けた時、会長からの指示が頭に入ってきた。
 それは仕込まれた紙の役割と目的。そして自分に託したもう一枚の使い道だ。このままじゃ末広さんが言うとおり相打ち。誰かが残らなきゃいけない。一人でも生き残ればそちらが勝ちだ。だからかわさないといけない、この砲撃を。その為のアイテム。


「ごめん末広さん、これで嫌いに成ってくれて構わない! だから自分は誇りを持って君のスカートを捲る!!」
「––んなっ!?」


 態勢を低くして紙を隠した腕でスカートの端を握ってめくり上げる。聞こえる悲鳴。彼女はきっと直ぐにスカートを押さえつけただろう。けどそこに既に自分はいない。この紙の発動に必要だったのは何かを開く動作。それを行うとそこにゲートが現れる。
 自分達のエリアへと続くゲートだ。このバトルの前に一度だけ、会長と共に使ったあの力。自分は今、なんの変哲もない、コンクリートロードに立ってる。面白味もない自分達のエリア。繋がったと言っても、まだ相互には影響はないエリア同士。
 自分には戦いの終わりとかは何も感じない。ただ自己嫌悪に陥るだけだ。


「うっわ〜〜自分最低だよ」


 最後がスカートめくりってどうよ。これ以上ない結末じゃないか? そんな事を思って額を抑えてると、ファンファーレが成って、ウインドウが開いた。


『おめでとうございます。相互間エリアバトルの勝者はテア・レス・テレスです!!』


 演出なのかなんなのか、空からは大量の紙吹雪が落ちてきた。皆で見ればテンションも上がるんだろうけど……今は一人。何か特別な感情がこみ上げる事はなかった。逆になんか虚しい。けど……勝った。


「勝ったんだ」


 そう呟くと何故かため息が出てきた。凄く疲れた気がする。




 目を開けると、見慣れた天井が見える。日はまだ高い。お昼は過ぎてるけど、夕方はまだまだって時間帯だ。起き上がると早速お腹が鳴った。体は使ってない筈だけど、栄養を求めてるようだ。
 ふと周りの静けさに辺りを見回す。勝ったんだから相当騒いでる……と思ったんだけど、誰も……いや、扉の所に雨乃森先輩が居るだけで他には誰も居ない。どういうこと? 自分が一番最後にログアウトしたのはわかるけど、誰も待ってないとかこれ以下に? 
 やっぱり最後にスカートめくりは不味かったか?


「あ、あの……皆は?」


 自分は恐る恐る雨乃森先輩にそう尋ねるよ。するとゆっくりと近づいてきてこういってくれる。


「えっと……打ち上げ会場を準備しておくとか……MVPはゆっくりしてていいって」
「MVP……ですか? 自分が?」
「頑張ったんでしょ? 誇りに思っていい。ありがとう」


 そう言って頭を撫でられた。こ、子供じゃないのに……けどなんだか受け入れちゃうんだよね。振りほどけないんだ。


「綴君……大丈夫?」
「何がですか? 勝ったんですよ。これ以上ない位に良い気持ちです。これが勝利の余韻って奴ですかね?」
「全部、決着つけたんだね」
「勿論です。何もやり残した事はありま……せん」


 あれ……何でだろう? なんだか先輩の顔が霞んで見える。てか先輩が泣いてるような……そう思ってると、ギュッと暖かな感触に包まれた。そして香るいい匂いが、自分の涙腺を刺激する。


「わかってた……わかってたんです。だから……辛くなんかない……です」
「辛いよ。気持ちが受け取って貰えないのは辛いよ。けど、伝わったんだと思う。綴君はちゃんと伝えたから。だから偉い。私は……まだ出来ないな」
「先輩……すみません……こんな……」
「ううん、後輩の涙を受け止めるのも良い先輩の役目だから。泣いていいよ。思いっきり」


 優しい言葉が、自分の心を決壊させる。自分はこの時初めて知ったんだ。こんなに涙が溢れる事を。



「命改変プログラム」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く