命改変プログラム

ファーストなサイコロ

一人では出来ない

 人はどれだけ生きれば、強く成れる? 強くあろうと成れるのだろう。自分は今まで強くあろうとしたことなんか無かった。だってリアルでのあの国ではそんなの必要なかったからだ。けどはそれはきっと、守られてたから……なんだよね。
 社会に大人に……そして周囲から、出来うる限りの保護を受けてたから、何も考えずに自分自身の悩みだけに「あーだこーだ」と言えたんだ。
 自分に伸し掛かる物が大きければ大きいほど、どれだけぬるま湯に使ってたか分かる。誰にも支えられない一歩が、どんなに危険なのか……今までの自分の道はこれまでの人々によって舗装された道、舗装された世界をあるいてたって事だ。


 それは人々の歴史……鼻で笑って教科書の偉人達の写真に落書きとか良くしちゃう。けど……彼等の辿った道の延長線上に自分達は居る。今なら実感するよ。彼等は戦ったんだと。自分の為に……そしてその先の未来の為にだ。
 沢山の失敗と犠牲、それが繰り返されて出来た世界が今。中々に住み心地は良い。息苦しいと感じる事もあるけど、それはきっと自分の心の問題なんだろう。守られて舗装されて、そして示させれる幾つもの将来への選択肢。それは退屈だけど、ありがたい事なんだと思う。
 親の手を離れたとしても、先人達が築いた社会という枠組みの中で、ある程度は守られても行くんだろうしね。こうやって考えると、愛されてるのは会長だけじゃないのかもしれない。自分が今まで居た場所がどれだけ強固な物だったのか……今の自分の足場の脆さと比肩すると比べ物にもならないよ。


 この再び新しく始まった世界に特定の誰かの保護なんかない。切り開く為には自分の意思と力が必要。そして、頼れる仲間達。まあ失敗したからって未来が閉ざされる訳じゃない。幾らだって続くだろう。失う物もそれはあるだろうけど、それでも終わりはしない。結局の所、これはゲームだからね。
 けどさ、今のプレッシャーはリアルでは感じ得なかった事。実際「怖い怖い逃げ出したい」って何度も何度も顔には出してないけど思ってる。でもそんな中にも少しだけ、今ワクワクしてる自分も居る。本当の意味で自分自身の足で歩いて行くこと……筋書きも保証もない全力の向こう側。この不確かな曖昧な世界にはそれがある。


 困難を小さくするためにきっと今までリアルでは沢山の人達が頑張ってきたんだと思う。それはあんまり実感しないけど、ありがたい事。けど、立ち向かって行ったことだって学んできたんだよ。
 人には困難に屈しない心がある。一人では無理でもさ……今は……


(出来る。やれる。上手くいく。それだけを信じて––)


 手の中の紙を見つめてると、全ての明りが消えた。窓には暗幕が掛かったかのように光を遮り、照明も静かに明りを落として、闇を作る。少し先で聞こえるざわめく声。そんな中、自分達には周りがよく見えてる。両目の中では魔法陣が展開されてる。


「本当にタイミングを合わせたかのように……」
「言ったでしょう? なんせ会長ですからね。行きましょう!!」


 自分の言葉と共に皆一斉に走り出す。けど音は極力立てないようにね。自分達は会長とは連絡取れなかった。けど、会長は連絡なんか取れなくても、サポートをしてくれると思ってた。だからこそ、予め視界を明瞭にする魔法を掛けて貰ってたんだ。
 まあ別に暗くするかどうかは分からなかったから、あくまで視界を確保する為の魔法だ。自分達が奇襲を仕掛ける上で大切な事は隙だ。それを起すためにはこの城の機能を握ってる会長は適任。
 自分達の動きを見てたら、会長なら何かをしてくれるとは簡単に想像できるからね。周囲の光を奪うってのはまあ簡単な部類だよね。人質がいるから派手な事は出来ないだろうし、動揺を誘うくらいならこれでも十分。
 けどやっぱり……こういうので動揺するのは自分達とそう変わらない経験の奴等だけ。ざわめいてる敵の中、数人はぴくりとも動いてない。そして静かに視線はこちらを捕らえてる。


(流石は傭兵、戦い馴れしてるよ)


 彼等だけは一斉にこちらに向かってくる。随分楽しそうな笑みを顔面に貼り付けて。自分達が必死に起こした行動をプチッと潰すのがそんな楽しみか? 彼等にとって自分達は蟻みたいな存在だからね。
 向こうも真っ向から来るとは思ってない。けどその変化手までも踏み潰すのがお好きなようで。だけど毎回毎回、好き勝手に出来ると思うなよって話しだ。


「傭兵がくるぞ! 手はず通りに頼みます!」
「「「了解!!」」」
「それじゃあここは任せたぞ!」


 皆の声の後にウルさんがそう言って自分達から離れてく。彼等は階段を上がって二階へそして謁見の間へと続く方へ行くのが目的だ。自分達はここで捉えられてる数十人を解放するのが役目。そのための最大の障害はやはり傭兵だ。
 向かってくるのは三人。どいつもこいつもまだ手ぶら。武器は背中やら腰やらに収めたままだ。武器も持たずに向かってくるなんて……よっぽど自分達の力に自信があるようで。まあだけどそれは認めるしか無い。
 けどその奢りは後悔させてやるよ。勝負はこの数十秒で決まる。流石に何分も傭兵に時間を取られてたら、鯨とミジンコのメンバーも冷静さを取り戻すだろう。そうなったらアウト。自分達はこの数十秒で、傭兵を無力化し、人質を助けないといけない。だから無駄な時間は刹那さえもない。


(信じろ……運はある。都合良く傭兵は三人。これなら自分の持ってる三枚でなんとかなる筈だ)


 四人以上居たら不味かった。その時はこの紙が複数人にも効果があるようになる事に賭けるしかなかった。けど、個人への効果は証明されてる。それも上昇方面だけど……でもそもそも何で紙を体内に溶かしただけでパワーアップするのか……だ。


「ソーサラー隊、魔法発射!!」


 小粒の魔法を半分程度居たソーサラーで一斉放火。一気に暗かった周囲に激しい光が広がる。けどその程度で止まるはずもないのが傭兵連中。この目にはハッキリと見えてる。奴等がそのHPを微細に減らすだけにとどめながら魔法の雨を抜けようとしてるのを。


(きっと血が必要なのはプレイヤーの情報を紙に伝えてるんだと思う。会長は『何も書かれてない紙は情報を写す』とか言ってたし、紙にプレイヤーの情報を写して伝えてる。じゃあ誰に? って事になるけど、普通に考えれば会長。
 でもこの場合はそうとは限らないと思う)
「ソーサラー隊はそのまま血反吐吐くまで頼みます! ヒーラーの方は?」
「大丈夫、奴等の通る道には既に張ってある!」


 じゃあ後は自分達の板か。前衛ポジションのプレイヤーは今は少ない。それなりに居たとしても傭兵には余り意味もないけど、それでも数は心の支えには成るよね。まあ贅沢言ってられないけどね。自分達は後方組を残して更に前へ。 
 けどそんな中、一人のヒーラーはひぃはぁひぁはぁ言いながら人質達の方へ向かってる。彼女が最後の要。


「おい! 来るぞ!!」


 誰かの叫びが聞こえた。来るなんてわかってる。もうすぐ傭兵が魔法の一斉放火を抜けて来るんだろう。けどその先には……いや、違う。来てるのは、一斉放火をかき消す、一本の矢。爆炎さえも円状に退けて、その中で一人の傭兵が弓を構え矢を放ってたんだ。
 そしてそれは当然、配置してたヒーラーの魔法さえも壊して飛んでくる。


「避けろ!!」


 矢は自分達と後衛の間ぐらいに着弾した。その瞬間、衝撃波が伝わり自分達は態勢を崩す。けどそれだけじゃなかった。態勢を崩すと同時に、体が後方に引かれる感覚に襲われる? 後ろでは矢の着弾地点に黒い球体が出現して自分達を吸い込もうとしてるように見えた。間違いない。これは勘違いなんかじゃな––


「うおっおお……うがががが!!」


 必死に床にへばりつくようにして耐える。けどその時、前方で「ぐああああああ!!」と言う断末魔の叫びが聞こえた。視線を向けると色褪せてピクリとも動かなくなる仲間の姿が見える。一人やられた。この時点で既に計画はガタガタ。視界の端っこの方では一番遠くに居るこの作戦の要の彼女が杖をこちらに向けようとしてる。


(それは駄目だ……一人ランクの違う魔法を使える奴が知られるのは不味い。多分傭兵だって彼女の事には気付いてるかもしれない。けど問題視してないのは、自分達が彼等にとってはどんぐりの背比べだからだ。
 でもそうじゃないと知られると、奴等の興味が彼女に向くかもしれない。そうなったら、自分達に今はまだ、止めるすべはない。だからそれは行けないんだ!)


 自分は引っ張られる感覚の中、自分の唯一の武器である剣を、力いっぱい、仲間の死体の側に居る奴に投げつける。この引力に引かれないように、力の限り。だから––


「くっそ……」


 自分の体が起き上がり後方に引っ張られる。投げるのに力を向けすぎた。そしてその全てを向けた剣もあっさりと弾かれた。まあそれはいい。分かってた事。弾かれた剣は杖を向けてた彼女の方に飛んで詠唱を中止させてくれる。
 ビックリした彼女は何かを察したようにこっちに視線を向けてくれた。だから僕は首を振るうよ。「こっちに構うな」その意思を込めて。彼女は一瞬何かをぐっと堪える様な表情をして背を向けて走りだす。それでいい。こっちだってこれで終わる気はないよ。あの黒いのに接触したらどうなるか……考えただけでも嫌になるけど、とりあえず持てるだけの回復薬を出してた方がいいかも知れない。
 もしもの時の為に誰かにこの紙を託したい所だけど、皆必死にこの引力に耐えてる。誰かに渡すって事は難しい。それなら……生きるしか無いだろう。ちゃんとこれに耐えれた時の為に頭を動かしておかないと。
 回復薬と共に胸に抱く三枚紙。それに力を込める。


(会長がこの紙を通して力をくれてる……って事は考えにくいんだ。精神的な力は勿論くれてるんだけど、物理的なパワーアップとなるとあり得ない。だって会長だって自分達とそう変わらない。
 会長の思考や諸々を無しとして一プレイヤーとしてみた場合は会長の力を授かった所で、飛躍的な力の向上なんてのは考えられないと思う。じゃあどこからあの力を引き出してるのか。その答えは多分‘ここ’。この城だ。この城には力がある。それは証明されてる。防衛の力。その仕組を得た会長は中央周りに設置したあの星が描かれた紙で何やら付け加えたんだろう。
 だからその力が自分達に流れてきてる……と考えれ––くっ」


 接触の瞬間、自分は体を強ばらせる。けどあれ? 触れてる……かな? いや、ギリギリ触れてない? でも誰かが引っ張ってくれてるってわけでもないような。


「はは、それはただの足止め用の矢だよ。ビックリしちゃったかな〜はははは!!」


 うわ、何アイツ超ムカツク。さんざん身構えた結果がこれか。


「だってほら、君達弱いし、一気に倒すのは面白味に欠けるだろ? さっきの彼も一撃だったし、上手くクリティカルを外すのも難しいだよ」


 やっぱり……だけど遊んでる。さっき仲間を倒した奴なんてもう一人と「ちっ、やっちまったか。三手ぐらいなら行けると思ったんだけどな」「よっしゃあああ、これで取り分アップだな」「ちげぇだろうが。最初に決めた二十手に如何に近づくようにこいつ等を倒せるかの勝負だ。勘違いすんな」––とか言ってる。
 なるほど、自分達を指定した手数で倒す勝負をしてるようだ。いや違うか……ホントはもっと少ない手で倒せるっぽいから、如何に絶妙な手加減具合で倒せるかを競ってる。質悪いな。ホント、舐め腐ってくれてるよ。


「ふざけるな。その考え……改めさせてやる」
「面白い。是非そうしてもらいたいな!!」


 自分の所とそれぞれ残りの前衛の所に向かう傭兵。黒い玉は小さくなってる。多分そろそろ消えるんだろう。けど、消えてから動き出したんじゃ遅い。数発の猶予があることはわかったけど、だからって無駄に攻撃を食らうわけにも行かない。
 当初の予定は大幅に狂ってる。てか、これまでも予定通りに行ったことなんかない。だから焦らず冷静に––


「詠唱を頼みます。ヒーラーは拘束系をもう一度、ソーサラーの人達は視界を奪うようなのを球体が消えたと同時にお願いします」
「それはいいが、巻き込まれるぞ」
「分かってます。けど、それでいいんです!!」


 奴等は油断してる、侮ってる。それはよくわかった。自分達のどんな攻撃も意に返さないだろう。だからこそ、奴等は気づかないでいてくれる。彼等にとって自分達の攻撃なんか幾らか食らった所で意に返す必要もないから。
 向かってくる奴が矢を構え放つ。引力が消えた瞬間に自分は腕をクロスしてその矢が胸に突き刺さるのを食い止める。けど、クロスした腕には軽々と突き刺さった。瓶が割れ、流れ落ちる回復薬。その光景を見たソーサラーの人達がためらった感じが伝わったから、自分は強く言う。


「やれ!!」


 その言葉に押されて、床が爆散する。体が飛ばされる。けど、耐える。矢を無理矢理負って腕の自由を取り戻す。けどこっちが色々とダメージを被ってる中、無傷さながらに傭兵は爆煙の中から姿をあらわす。
 超至近距離なのに、わざわざ矢を構えてる。どんだけ弓にこだわりあるんだこの人は。でもそういうこだわり嫌いじゃない。


「この程度で俺たちが止まるとでも?」
「おもってないですよ!!」


 自分はここで引かずに前に出る。放たれた矢は自分の耳を抉って行くけど、気にせずに突っ込んだ。そしてそのままぶつかった。


「貴様……それは」
「アンタの矢だ。ホント、助かったよ」


 黒い球体が消えて見えたその矢を自分は取ってた。自分に刺さった矢じゃ、自分に溶ける恐れがある。けどこれなら……その心配はない。それは奴自身が使ってた矢。きっと自分の剣よりもいいものだろう。だから通ると思った。僅かな血だけど、これで十分。そのまま押し倒したそいつを乗り越えて直ぐ様走りだす。


「ふん、この程度で勝った気か? 甘すぎ––ん? 拘束魔法か。だがこんなもの! ふん!! ん! んん?」


 チラリと確認すると、奴は抜け出せないで居るようだった。上手く行った? 多分そうだ。仮説は証明と共に確証に変わった。自分は気持ちを足に乗せて速度を上げる。爆煙を抜けると、吹きすさぶ剣圧に押された。視界の向こうには今まさに、仲間がその剛剣で肩を裂かれてる場面だった。
 膝を折り、今にも消え入りそうなHP……だけど彼はその剣を抱いて言うよ。


「何をやってる貴様?」
「俺の役割だ。これで……良いんだよ! 死んでもこれははなさねえ!!」


 自分はその言葉を聞いて足元の瓦礫を一つ取って自分の進んだ方向の反対に投げた。カツンと聞こえた音に視線が向く。その反対を自分は突いた。けど次の瞬間視界が揺れる。視線は間違いなく音の方に反応してた。けど体は……奴の肘は自分の頬を捕らえてる。強烈な肘打ちに吹き飛ばされる自分。
 けど、当てられた肘に紙は溶かして置いた。矢の後ろの方は追って使い勝手よくしておいたのが功を奏したよ。そこにソーサラー達の援護が入り、ダメージを追った彼の回復も始まる。後一人。
 視界が揺れる中、自分は立ち上がり、後一人を探す。すると首元にヒンヤリとする感触が触れる。


「何をしてるのか知らないが、お前は一撃で倒してた方が良さそうだ。残りで調整をしておこう」


 刃が肉に食い込む感覚が……けどその時、光の柱がその傭兵に降り注いだ。


「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 叫びと共に焦げ臭い匂いが鼻を突いた。そして聞き覚えのある声が響く。


「い、今ですよ!!」


 あの娘は全く……けど助かった。自分は焦げてる傭兵に紙を押し付ける。矢を使う必要はない。十分にこいつはダメージを受けてる。


「まさかこれほどの魔法を使えるやつが居るなんて……」


 これで目的は達した。けど、今ので彼女の存在というか、魔法力が知られた。傭兵の脅威にはなくなったけど、鯨とミジンコのメンバーが動き出すには十分な時間だったかもしれない。だけどそれでもまだアタフタしてるのは分かる。何人かは詠唱とかもしてるようだけど、統率はとれてない。
 まだ行ける。


「ソーサラーの皆、今度はここをありったけの光で照らしてくれ!! 一気に中央に行く!!」


 自分達は皆一斉に走り出す。そして詠唱を終えたソーサラーの皆の閃光が重なりあって、暗くなってた空間をうめつくす。闇から真っ昼間を超えた閃光に再び向こうのメンバーは怯む。その隙に囲まれてた仲間達の元へ。
 光が収まると同時に、彼女は瞳を開き詠唱の最後の一文を紡ぎ杖を掲げる。


「我等を包め大地の王、我等を許せ虚無の主、結界『加護の許し』展開!!」


 その瞬間、幾重にも重なる結晶が自分達を包み込む。傭兵達が拘束を解いて、突っ込んでくるけど、結界は彼等さえも弾き返す。それをみて状況を理解してなかった中の皆が歓喜する。


「やった……やり遂げた」


 そう口に出して自分はほっと胸をなでおろした。けどその時、結界の上にドサッと何かが落ちてくる。

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