命改変プログラム

ファーストなサイコロ

 一週間という日々がこんな短かったんだと知ったのは、生徒会に入った当初以来だ。最近は馴れもあってそこまで大変って感覚も薄れてきてたんだけど……その感覚が今再び戻ってきた感じ。目まぐるしく回る日々。朝は早く起きて普通の生徒達よりも早く学校に行き、生徒会という建前上、出来うる限る授業も真面目に受けなければならない。
 眠るなんて事は出来ないんだ。けど最近は一限目からきついよ。LROという別世界での活動内容が激しいから……けど本番は今週から、なんだよね。思わずため息が出てしまう。今週からはエリアバトルをやってくはず。自分達のエリアはまだ狭い。慎重に相手を選んで勝てそうな奴等にバトルを挑んでいく必要がある。
 必要がある……筈なんだけど……会長がそれをやるかは不明だ。やってくれ無さそうな気がしないでもない。しかも会長の一週間前の宣言でにわかにエリアバトルは活性化し始めてるようで、そんな情報がチラホラと最初に倒した奴等から入ってきてる。
 彼等は自分達よりも長い時間LROにいれるからね。情報収集の任についてもらってるんだ。そんな彼等は今もLROに居るだろう。リアルでなにしてるかとか知らないけど、彼等は大抵向こうに居る。どういう事なんだろう……


「ふぁあ」


 思わず漏れる欠伸。向こうで冒険してると言っても時間制限付きで、精々二時間程度の物なのに、ここまで眠くなるのもおかしいって思う。教師の抑揚のない声が余計に眠気を誘う。英語ってのもあるかも……英語って見てるだけで眠くなるし……ヤバイなぁ~マジで。
 日本語と違って頭を使わないと理解できないから、BGM的な物に今なってるよ。


(生徒会なのに……生徒会な……の……に)


 限界は案外早く訪れる。瞼は重みに耐えかねて落ちていき、暗くなると共に夢の世界へと誘われてく。


「綴君……つ~づ~り~君」
「あれ? 先輩? ––って何ですかその格好!?」


 淡いピンクの霧で包まれた中から現れた雨乃森先輩の格好はなんとも欲情的な物だった。黒と白を基調としたフリフリいっぱいの衣装。勿論スカートはこれでもかって位に短くて、足や手には肉球の付いた手袋やらソックス履いてるし、頭には耳が生えてる。どうなってるか分からない尻尾はウニャウニャとよく動いてる。


「これ? 生徒会の女子の格好はコレに成ったんだよ。可愛い衣装で仕事したほうがやる気出るじゃない」
「そう……いうものなんですか?」


 確かに可愛いけど……先輩ってスタイルいいよな。いつもの制服とは違って腰回りは締まって胸やおしり部分は強調されてる衣装だから似合ってる。どうして胸元の一部が空いてるのか謎だ。
 谷間見えてますよ。防御力薄くなっちゃいそうなんですけど。


「男子だって女子が可愛い格好してたほうがやる気出るでしょ?」
「それは……そうですけど」


 確かに可愛い格好してくれてたほうが目の保養にはなるよね。でもこんな刺激的な格好は……どこ見れば良いのか困るよね。顔を直視は出来ないし、かと言って視線を下げれば谷間スポットへと吸い込まれる。二の腕も露わに成っちゃってるし、脚を見続けるってのもね……


「けど、集中は出来そうにないって言うか……」
「ドキドキしちゃうかな? ん?」


 そう言って前かがみに成って近づいてくる雨乃森先輩。そしてそのまま腕を取られて胸を押し付けられる。


「あうえあえあえあ!? 先輩! そのあたってます」
「当ててるんだよ」


 なんに言ってるのこの人!? 故意に当ててるってそんな……それってどういう……


「綴君にならいいかなって……ね?」
「ね? ––って」
「分かるでしょ? 私の気持ち……」


 そう言って今度は顔が……顔が近づいてくる。赤く蒸気してる雨乃森先輩。近いから先輩の香りが頭に蔓延してくる。そして触感は全ての感覚を駆使して先輩との接触部分に集中してる。その感触、体温、漏らさずに自分に伝わってくるよ。


「つづり––君」


 先輩の唇が自分の名前を吐いてくる。それはもうなんか……なんというか、ゾクゾクとするものがあった。体の内側から沸き上がる変な感覚。先輩が目を閉じてる。先輩の唇……とってもプルプルでツヤツヤで美味しそう––と思わず思う。
 抵抗の意味が分からなくなるよ。食べたいって思ってしまう。自分は先輩の顔に近づいて……そして––




「先輩……う~~」
「ふふ、そんな唇尖らせちゃて、キスしたいのかな?」
「––え?」


 意識の向こうでチャイムの音が聞こえてた。ガタガタと椅子が引かれる音が響いてて、生徒達の足早な音も聞こえてる。どうやら授業が終わったらしい……ってのは分かった。けど……なんで雨乃森先輩が目の前に?


「ちょっと話しがあったんだけど、欲求不満みたいだからやめとこうか? 休み時間に解消しなくちゃだよね。トイレ行く?」
「い……行きませんよ!!」


 赤面して思わず声を荒らげてしまった。だって寝ぼけてたとはいえ、先輩に向かって唇を伸ばしてたんだ……死にたい。


「ほら、あの二人……」
「やっぱりそうなのかな?」
「そうだだよ~だって風砂君今キスしようとしてたよ」
「ええ~大胆!」


 何やら聞こえてくる周囲の声が居た堪れない。どうせなら聞こえない様に言ってくれればいいのに、完全に聞こえてるよ。しかも教室の外からの視線も多い。不味い……一週間程度じゃ、あの噂は消えていないんだ。
 しかも再び燃料を投下してしまった。これでちょっとは下火になってた噂に再び火が灯る可能性大。なんと事をしてしまったんだ自分。


「そんなに怒らなくてもわかってるよ。相手は私じゃないもんね」
「えっと……それは……」


 ちょっとだけ寂しいそうな顔を先輩がしたように見えた。だから口ごもる。けど……そんな事はないよね。先輩が男に困るなんて事ないだろうし……自分なんかは釣り合わない。そんな事わかってるのに……なんであんな夢を見るのか。
 最近一番近いのが先輩だからだなきっと。それ以上の意味なんてあるわけない。一番先輩が妄想しやすいってだけ。


「ちょっと疲れてるみたいだね。ジュースでも奢ってあげる。行きましょう」
「は、はあ……」


 ヒソヒソ話なんてなんのそのな雨乃森先輩。その姿が素直に格好いいと思える。背筋伸ばして颯爽と歩く先輩に、自分は背を丸めてひょこひょことついていくしか出来ない。






 踊り場の方にある自販機からホットコーヒーを受け取る。どうして缶コーヒーってこんな殺人的に熱いんだろう。もうちょっと考えろよと思う。とりあえずプルトップを開けてちょっと冷ます。


「それで話って何ですか?」
「欲求不満はいいの?」
「あれは忘れてください。不覚だったんです」


 早く記憶から抹消したい。リーフィアに都合の悪い記憶を消す機能とかがあればいいのに。でもそれはそれで怖い気もするな。そんな事が出来たら記憶の改竄とかできちゃいそうだし。雨乃森先輩はペットボトルの紅茶をすすりながら言うよ。


「まあいいけど、それよりもどうなの? 収穫はあったのかな?」
「この一週間は向こうに馴れるので必死でそれどころじゃなかったですよ。普通のモンスターと対峙するだけで震えますよアレ」


 ちょっと試しに一口啜る。だけどやっぱりまだ熱かった。


「そっか、リアル側の情報ならそれなりに手に入れたけどいる?」


 そう言って先輩はスマホを振ってる。その中にデータが……まあ個人情報なら、幼馴染みと知り合ったし、別段必要って訳でもない。けどもしかしたら幼馴染みも知らない事があるかも知れないし、やっぱりもらっとこうかな。


「すみません先輩。リーフィア譲って貰ってこんなことまで」
「別にいいよ。パーティーに行くよりも楽しかったしね。それに個人的に興味もある」
「彼女にですか?」
「う〜ん、って言うか再稼働したLROにかな?」


 確かにアレだけの事件を起こしておいてまた動き出す……しかも政府が絡んで……となるとどんな裏があるのか気になるよね。しかも会長の話だと、いくつかの学校にもリーフィアは配られてるらしいし、どういうことなんだろうか?
 古参のプレイヤーに戻すのはまだ分かる。でも学校にバラ撒く意図は見えない。しかも会長は何やら運営側と繋がりがありそうな感じだし……疑ってるわけじゃないけど、会長は自分達よりも何かを知ってるはずだ。


「都内だけでも十数校に配られてるみたいだし、それは高校だけじゃなく大学とかもあるみたい」
「それって東京だけなんですか?」
「そうでもないかな。全国的に学校には配ってるわね。やっぱりエリアバトルの特性上全国を網羅したいのかも」
「まああの噂が本当なら、そうしないとエリア制覇は出来ないですからね」


 エリアバトルのエリア……それには一つの噂があった。プレイヤーが割り当てられるエリアは日本列島かも知れないという噂。出身地を基準とするのか初アクセスの地を基準とするのかは分かってないけど、開けてくエリアの形が見覚えのあるものになるとかどうとか……
 まあ流石に今の段階で日本列島の外周とかが見える訳じゃないだろうけど、自分の地元の地図とかは何回も見てるから気づきやすいと思う。それに最初のエリアバトルで勝利した自分達には疑問があったからね。
 確かにエリアは拡張された。でもそれはあの五人分のエリアがまるまるくっついた訳じゃなかった。くっついたのは彼等が元のエリア以外に得たエリアだけ。最初から与えられるエリアは、かなり遠くにポツンと隔離された様になったんだ。
 まあ自分達の得たエリアにはドアを使って簡単に移動出来るから距離なんて気にするべくもないけど、どうしてそうなるか……ってのは気になるところだよね。だから彼等を問いただすとそんな噂があって彼等のアクセス地はそれぞれ全くのバラバラ……自分達のエリアを日本地図と重ねて、彼等の言った地を指し示してみると、県単位では該当する。と、いうことはそういうことなのかもしれない––と思える。
 今のLROをおっぱじめた誰かさんは日本列島と言う舞台を用意して、そこで勢力争いでもさせようとしてるのかもしれない。


「でもどうして別の場所で……LROという広大な世界は既にあるのに」
「LROは制御できないからじゃない。クエストもミッションもかなり変更されてるんでしょ?」
「前のを自分は知らないから……でもそのようですね」


 どうやらLROという世界事態は冒険の本舞台という訳じゃなくなってる。単発のクエストやミッションがメインだし、世界の謎に迫る……みたいなのはどうやら無いようだ。深く踏み込むとあの世界が再びどうなるか分からない……ってことなのかもしれない。
 だから別の場所を用意してそこをメインにすることで危険を回避してる? エリアバトルはプレイヤーをエリアに関心保たせるための物かも。


「日鞠ちゃんが依頼されたのもそれかもね。明らかにエリアバトルの熱を誘発してるようだし」
「確かにそうですね」


 会長が運営とつながってるのはまず間違いない。前回の騒動の時、それを解決したのはあの野郎だ。それなら会長が関わってないわけがない。政府やLRO関係者とのパイプを会長は持ってるよ。
 会長の宣言とともにエリアバトルは実際に活性化してるし、人口も日々増えてる印象だ。まあそうなってくると隠すのが困難になってくるんだろうけど……どうする気なんだろうね。けどそこは一学生が考えるべきことじゃないのかもしれない。


「そういえばエリアを制覇した者には報酬とかあるんですかね? そうしないとリアルの学生が学校をサボってまでやる理由はない筈です」


 そこら辺会長から聞いてないんだよね。こっちは健全にやってるし……報酬はまあ特に興味はないけど、リーフィアを配られた学校の生徒が登校しなくなってても問題にならないのは余程大きなメリットがあるからと考えるのが普通だ。


「エリア制覇なんて途方も無い条件だと思うけど。エリアバトルは重要な条件に入ってそうだけど、制覇とかじゃないんじゃないかしら? 実は入ってる時間分単位がもらえてるとか?」
「それ、単位は得られてもテストの成績は得られないじゃないですか」


 しかもずっと向こうに居たら授業には遅れるばかり。そのうち成績だって壊滅的になるのは目に見えてる。




「そうよね……あっ、じゃあ大学への推薦が貰えるとかじゃない? 一定条件満たしての特別報酬とかが用意されてるのよ」
「それはそれでリスキーな様な……普通の親は、ちゃんと学校にいけって言うでしょ」


 まあ入ってるだけで何かメリットがあるのは多分そうなんだろう。でないと四六時中はやってらないよ。学生ならなおさらさ、学校生活ってものがあるんだし……しかも居なくなった彼女は有意義に学校生活を送ってた部類の人だ。
 進んで行かなくなる理由はない。そんな人が学校を犠牲にしてまでやるメリットとなると……


「う〜ん」
「まあ日鞠ちゃんなら知ってるだろうけど、あの娘も忙しいからね。今日もまだ学校来てないようだし……チャンスがあれば聞いてみればいいんじゃない? それか本人からね」
「本人って……それが出来れば苦労はないですよ」
「けど、そう遠くない筈なんでしょ?」
「そう……かもしれないですけど……」


 そう遠くない内に向こうでぶつかるかも知れない……その可能性は実は高い様なんだ。エリアバトルで勝者に与えられるエリアは実は他人の持つエリア分だけじゃなくボーナスエリアもある。敗者の拡張分も自身のエリアの周囲につくし、それを広げて行くと、どうしても誰かのエリアとぶつかる。
 しかもそれはお互いのアクセス地が近い所に居る誰かとぶつかる事になる。つまりここで言うと東京都……しかもこの区のどこかの誰かなのは確実……となると学校と言う大きなコミュニティを持つエリアは避けては通れない。
 だからエリア拡張に乗り出したら近いうちに多分彼女の学校とぶつかる事になるのは間違いない。別にそこを無視して周りをぐるっと囲んだって良いんだけど……それは得策じゃない。隣接したエリアは実は行き来が可能になる。しかもエリア主の招待とかが要らずにだ。
 そうなると、敵側はエリアに忍び込んで、奇襲を掛けるとか罠を予め張っておくとか、エリア内を入念に下見したり出来るわけだ。それは危険。エリアバトルは基本攻めこむ物だけど、守る側は絶対有利な条件を持っておきたい。それが崩れ去ると容易に攻め込めなく成ってしまう。


「一番は侵略なんかじゃなく、同盟とか結べればいいんですけどね」
「それはどうかな? 彼女たちが必死に向こうに行く理由によるよね」
「そうですね……」


 戦わなくていいんならそれが一番。でもそれで彼女が戻るかどうかは分からない訳で、もっと言うと、エリアバトルをしたからといってリアルに戻るとも限らない。全ては彼女達が何を目指してるかによる。


「今日、向こうで会長に聞いてみます」
「そうだね。じゃあまた放課後で」


 自分は雨乃森先輩の背中を見送る。缶コーヒーはいい感じにぬるくなってたから一気に飲み干した。ブラックだったから目が冴える。そして教室に戻ろうとするとスマホの揺れを感じた。とりだすとそこには『能登』の文字が。
 例の彼女の幼馴染みだ。メールじゃなく電話とは珍しい。とりあえず出てみると、か細い声が聞こえてきた。




「もしもし。え〜ともしもし?」
「……アイツ、運ばれた病院に」
「え?」
「栄養失調で」


 そこまで!? そこまでなるまでやってたのか。異常だよそれは。流石に親、なんとかしろよと思った。なんだか心がそわそわする。ここは物語の主人公っぽく学校を飛び出したほうがいいだろうか。


「びょ、病院は!?」
「別に慌てる必要ないよ。放課後とかでさ。時間ある?」
「そ、それは……」


 今日もLROの予定が……しかもエリアバトル。でも自分が絶対にメンバーに入るとも限らないか。そもそも何人で挑むとか聞いてないし……放課後なら会長も生徒会室に居るだろうし、その時事情を話せばきっとわかってくるよね。


「わかった。放課後に行く。また連絡してください」
「うん」


 ツーツーと繰り返される音が響く。こんな物かな〜と思う。やっぱり自分は主人公にはなれないや。



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