命改変プログラム

ファーストなサイコロ

初めての試練

『もしもし、珍しい人から電話だね〜。何かな?』
『雨乃森先輩……夜分申し訳ありません。その……お話いいですか?』


 電話の向こうに雨乃森先輩の存在を感じる。いつも……って訳じゃないけど、雨乃森先輩は生徒会でも良く話す方なのに、ちょっとシチュエーションが変わるだけで妙に緊張してしまう。まあそれはこっちだけで、雨乃森先輩自体は至っていつもどおりの声。
 それはそうだろうね。着信が家族で埋まる自分とはこの人はきっと違う。電話でなんて話慣れてるはずだろう。最近こそ、確かにスマホをスマホらしく使いだしてるけど、最初買ってもらった時はどこでもネットが出来る端末……としか見てなかったから。
 電話がおまけみたいな。でもそうじゃないんだよね。スマホだって電話なんだ。これが正しい使い方。
 そんな事を感慨深く考えてると、電話向こうの雨乃森先輩の困ったような声が聞こえてた。


『う〜ん、これからパーティーなんだよね〜』
『パーチィーですか?』
『うん、なんで可愛く言ったのかは知らないけどね』


 あれ、なんか引かれてる? いや、ただ単に噛んだだけなんだけど……恥ずかしい。ただ単に––ってだけな所が特に。でもパーティーって……やっぱり縦ロールは伊達じゃないって事か。雨乃森先輩はふわっとした垢抜けたセミロングで、左右の耳から肩に落ちてる部分が縦ロールなんだ。
 やっぱりああいう髪型の人はパーティーとかをする人種の様だ。自分なんて誕生日会が精々だよ。いや待てよ。雨乃森先輩もパーティーとか言ってるけど、実は誰かのお誕生日会なのでは? 流石にこの歳でお誕生日会とは言わないだろうし。とりあえずそれとなく聞いてみた。


『誰かの誕生日なんですか?』
『よくわかったね。知り合いの社長さんの誕生会にお父様がお呼ばれしてて、そこに私も是非って……はぁ、興味ないのに』


 だいたいあってた。けど自分が想像してたお誕生日会とはどうやらかなり毛色が違うようだ。お父様って……社長って……日常生活でそれを口にすることないですよ。一体どれだけの規模なのやら。


『急用なんだよね? 綴君が電話してくるくらいだし』
『それは……まあ。でもそれは自分にとってで、先輩にとっては全然そんな事ないことですし……』


 これは自分自身の都合でしかない。雨乃森先輩の予定を狂わせるのは違う様な気がする。明日でも別に良いことではある。どうせ明日学校で会うし。


『綴君はちょっと私と似てるよね』
『ええ!? 一体どこがですか? 先輩は会長の次に頼りにされてるし、人気だってあるのに……自分なんかとは全然違い……ます』
『人気がある……頼りにされてる……か、それでも日鞠ちゃんの足元にも及ばないけどね』
『そ…それは……』


 確かに会長は圧倒的だ。圧倒的人気。あれはもう比べたりするのはお門違いというものだ。テレビとかでやってるカリスマ〇〇とかいうパチモノじゃない。ああいうのは流し見出来る。ふ〜ん、で終わる存在だ。
 確かにその業界では凄いのかもしれないけど、興味ない人にとってはその程度。けど会長は違う。本物のカリスマは誰の目も惹きつける。それが本物って奴だろう。てかそうだと知った。彼女こそ、本物だ。
 もしかしたら将来、何か凄い事を成し遂げるのかもしれない。


『本当なら雨乃森先輩が次期会長だったんですよね』
『それを今言うなんて、綴君は意地悪だね』
『ああいえ、そんなつもりじゃ……』


 確かにちょっと嫌味ぽかったかもしれない。でも実際、会長が会長をやってなければ、雨乃森先輩が生徒会長だったのは間違いない。


『別にいいよ。前も言ったとけど、遺恨とかないしね。日鞠ちゃんが居なかったら、こんな楽しい生徒会じゃなかったもの。わかってるよ。日鞠ちゃんは別格。彼女と比べれば私の人気なんて、ミジンコかな?』
『じゃあ、自分は誰からも人気無いからミジンコどころか塵芥ですね』


 存在してすいません。世界中に謝った方がいいかもしれない。いや、自分の様な塵芥は存在感を消すくらいしか出来ないか。


『塵芥って……卑屈過ぎだよ。そもそも人気欲しいなんて思ってないでしょ。それに似てるって言ったのはそういう所じゃないんだよね。私達っていつも誰かの顔色を伺ってる。そしてビクビクしながら生きてるの。そういう所』
『それは……そうなんですか? 先輩が?』


 ちょっとそんな印象ないんですけど……そんなお嬢さん居たかな? 生徒会として居るあの場では、微塵もそんな事はないと……すると電波に乗って、温かい笑い声が聞こえた。


『ふふ、実はそうなんだよね私って。彼処は楽しいから……本当に楽しいからそう見えないだけ』
『先輩……あの、すみません。やっぱり明日で––』


 なんだか深刻な話しを聞くのが自分では申し訳ない気がする。そんな重要な役回りは他に回したいのが自分。てか今までそんな事無かったから、誰かの相談に乗る術なんて知らない。けど強引に切ろうとした自分を先輩は引き止める。


『待ってよ綴君。要件だけでも聞くよ。今、電話してきたって事は、君は今、伝えたいんじゃないのかな?』
『先輩…………こんな話聞いといて本当、身勝手なんですけど……』


 先輩に背中を押されて、自分は言いたかった事を言い切った。人通りは無く、街灯の灯りだけが等間隔に続く道。自分の足元を照らす街灯の灯りの中、静かにそれを伝えた。


『ふ〜んそっかぁ、確かに私にはあんまり関係ない話だね』


 本当にその通りだよ。先輩には一切関係なんてないんだ。それに自分にだってその居なくなった彼女に対して、どこまで思いがあるのか……正直分からない。でも沸き立つこの気持ちは本当で……さっきの彼の(名前聞くの忘れた)あの言葉で自分はもう少し変われるかもしれないと思った。
 先輩には関係ないけど、言ってしまった以上引くことは出来ない。自分はもう一度声を大にしてお願いする。


『先輩、お願いします! 譲ってください!!』


 こういう事を言える女の先輩は雨乃森先輩だけだ。まあ先輩とか同級とか関係なく、こんなに突っ込めるのは自分にとってはこの人だけ。生徒会でも下の方だから。まあ最下層には奴が居るんだけど、ある意味で会長の保護が一番強いし……やっぱり自分が通常では下っ端なんだよね。
 男女比は半々だけど、会長と雨乃森先輩の影響で女子のほうが比較的強い。それに男子で一番の権力者の副会長がアレだからね……でも男子には強気なんだよねあの人。ああいうタイプは苦手だ。悪い人ではないけど、思い込みが激しいと言うか、熱血漢じゃないけど他人への要求がシビアというか高いと言うか……


『そんなに好きなのその娘の事?』
『好き……っていうか……気になるだけです』
『う〜んでも、私は日鞠ちゃん好きだしな〜。本気……って奴を見せてくれないと、私のオアシスは上げられないな』


 うう、こうなることは予想してたけど、言ってみてって言ったのは先輩なんだからちょっとは期待してたのに……


『本気って……どうやれば見せれるんですか?』
『そうだね〜』


 実際これを聞くのもどうかと思うんだけど……でも本気の見せ方なんか知らないし、分からない。そもそも本気って奴に成ったことが自分はないような気がする。部活なんてやってないし、必死になるとかも今までなかった。
 そんな自分には本気なんて分からない。自分で考えてなんて言われたらもうお手上げかも。


『私今からパーティーって言ったよね?』
『ああ、そうですね。ごめんなさい。長々と…』


 確かに最初そんな事を言ってた。いつまでも話してる訳にはいかない。でも雨乃森先輩は予想外の事を言ってきた。


『ううん、丁度本気を確かめる術を思いついたわ』
『え? それってどうやって? それが出来れば、自分の本気を認めてくれるって事ですね』
『そうだね。認めてもいいよ』
『お願いします! 教えてください! 何をすればいいんですか!』


 本気を確かめる術……一体どんな要求が来るのか全然想像できないけど、逃げることは出来ない。ちょっと頑張って見ようと––


『私を誘拐して』


 ––無理です。あっぶねぇ! 反射的にそう言いかけた。ここで断ったら自分がLROに行くことは出来なくなる。……でも、誘拐って……ちょっと意味が分からない。どういうことなんだろうか?


『えっと……それはどういう?』
『ちょっと大袈裟に言い過ぎたね。ようは私を逃してくれればいいんだよ。私反抗期なの。だから興味ない人のパーティーになんか行きたくないの』
『はあ……』


 ようはパーティーに参加したくないから脱走する手助けをすればいい……ということだろうか。それならまあ……なんとかなるのかな?


『どうすればいいんですか? 家に行って連れ出すとかですか?』
『綴くんも中々に大胆だね。でもそれだけやる気があるなら簡単だ』
『え?』


 どういう事だろうか? 別に自分はそんな大胆な事を言った覚えはないんだけど……家に行って普通に呼び出して、それで『友達が来た』とかでなんとかならないか……と思っただけだ。でも考えればその程度で本気が見えるわけないよね。
 じゃあ一体……てかパーティーなんかに誘われる程にお嬢様な先輩なんだし……ボディガードとかが居て、そいつらを足止めする役とかを頼まれるとか? ヤバイ、今日は自分の命日になるかもしれない。けど本気を見るにはそれくらいが必要なのかも……一体何をやらされるのか、今更ながらドキドキしてきたぞ。


『家には来なくていいよ。もう出るし。だから綴くんにはルートを教えるから、車をなんとか止めて私をそこから颯爽と助けだして欲しいんだよね』
『無理です』


 今度は理性も働いて直ぐにそう言った。いやだって動いてる車止めるとか無理だよね!? どうするの? 体で!? それこそ死ぬよ! 死ななくてもどこか折れるよね絶対!! 無理無理無理、絶対に無理!! 轢かれたらと思うと……もう……まだ死にたくはないよ。


『う〜ん、流石に車をなんとか止めるってのは無理か……じゃあそこは私がなんとかするわ。綴君は私をどうやって誘拐するか考えてて』
『なっ、なんとかって……』
『そうだね。取り敢えず人混みに紛れやすそうな場所に車は止めさせるから。う〜ん、駅とかならまだ人居るよね?』
『そうですね』
『じゃあ決行はそこで、家の車は多分見たら直ぐにわかると思う––ってヤバっ。じゃあよろしくね』


 そう言って切れてしまった通話。最後らへんには先輩を呼ぶ声が聞こえてたし、多分もう出発する所なんだろう。ということは……既に時間はない! 車って言ってたし、そんなに時間かからずにここ辺りに来るんじゃないだろうか?


「やばいやばいやばい、どうしたらいいんだ!?」


 連れ出すってどうすれば? 先輩だけならまだどうにか出来るだろうけど……どうなんだろう。そもそも駅に来ても、そっちが車を降りてくれないとどうにも出来ないような。身を震わせる北風が吹く。いや、でもこの身の震えは寒いからじゃないかもしれない。
 これからどうすれば良いのか……何も分からない。そしてなんだか胃も痛くなってきたかも。ホント……自分なんでここまでやってるんだろ? 好きかどうかすらもわからないのに……喋った事だって……けど今は彼女の事もだけど雨乃森先輩の事もなんだか気になる。
 あの人が自分と同じだなんて言ったんだ。それの真意は話してくれなかったけど、もしかしたらちょっと追い込まれてたり……雨乃森先輩にはお世話に成ってるし、助けてあげたい気もする。これも誰かじゃなく……今できるのは自分なんだよね。


「くっそ……」


 神様は試練を乗り越える事が出来る奴にしかそんな試練は与えないとかいうけど……ちょっと気構えを変えただけでこの攻めは無理がある。もう逃げ帰りたいんですけど……でもでも、先輩の事も彼女の事もこのままでいいのかと言われればそんなわけもない。
 僕は駅の方に歩いたり、だけど回れ右してみたりとその道を何往復かしてた。するといきなり背後から声をかけられた。


「何やってんだお前? えっと風砂ふさだっけ? スオウと同じ生徒会の」
「ぬあああああああ!?」
「うおっ!? なんだよそのリアクション。ビックリさせるなよ」


 ビックリしたのはこっちだよ。なんでこいつがこんな所に。それに奴と同じ生徒会とか言われるのは不本意だ。アイツは正式な生徒会と言うよりも、下請けみたいなものだからな。でもまあこいつからしたら別に一緒か。奴の友達らしいしな。
 頭ツンツンで……っていや、今はなんだかそのつんつん頭をオールバックにして決めてる。ワックスのせいかテカテカだ。それによく見るとスーツだし……なんて格好だよ。高校生には見えないな。身長も高いし……でも一体、こんな格好をする理由は何なんだろう?
 高校生がスーツを着る場面なんて想像つかないぞ。親戚の冠婚葬祭? でも普通学生は制服で行くよな? わざわざスーツなんて……まさか––


「その格好、年齢を誤魔化してその……合コンとかに?」
「ちげーよ。これからちょっとパーチィーに誘われててさ」


 そう言いつつスーツの襟元をビシッと正す動作をする彼。へぇ〜パーチィーね。自分がそんな世界とは無縁なだけで案外どこでもやってるものなんだな。意外だ。


「それよりも生徒会が夜遊びなんかしてていいのかよ?」
「べ、別に夜遊びなんかしてない。塾帰りなだけで……」
「へぇ〜でもそれならおかしくないか? さっきからここら行ったり来たりしてさ」


 み……見られてた。なんという事だ。恥ずかしい!! でも待てよ……自分は彼をじっくりと見る。


「な……なんだよ?」
(このガタイ……見た目……使えるかもしれない)


 どっかのヤクザみたいだし、彼に絡んで貰ってその隙に……これは行けるんじゃないか? でもどうやって協力をしてもらおうか……事情を彼に全て話すと言うのはなんだか嫌だ。でも説明せずに協力してくれる奴なんて……


「困ってるようじゃん。手伝える事があるならやるぜ」
(何こいつ!? イケメンか!!)


 いや、自分なんかよりもイケメンだなそういえば。女子にも気兼ねなく声かけて貰ってるし、やっぱりこういう所がいいのだろうか。


「ど、どうして……何も聞いてないのに手伝えるとか言えるんだ?」


 余りのイケメンぶりに警戒を現す自分。いや、当然だよね。あとからとんでもない要求されても困るし……


「別に、まあなんというか俺の為? 俺は今徳を詰んでる最中なんだよ」
「坊さんにでもなりたいの?」


 イメージ出来ないんだけど……意外だな。そんな将来設計してたなんて。もっとチャラチャラしてる未来に向かって進んでるんだと思ってた。将来なんて見据えてなくて、今さえ楽しければそれでいい……という考えだと思ってたよ。
 でもちゃんと考えてたんだ。


「別に坊さんになりたい訳じゃない。俺は……相応しい奴になりたいんだ」


 なんか顔を赤くしてそう言うそいつはやっぱり意外だった。でも相応しいか……要は、彼も何かに向かって頑張ってるって事なんだろう。だからこそ自分の事も察して協力を……思ってたよりも全然良い奴じゃないか。


「そっか、手助けしてくれると正直助かる。えっと……」


 名前何だったっけ? 向こうは覚えてくれてたというのに……生徒会の自分が覚えてないとかなんかちょっと恥ずい。でも幾ら思い出そうとしても下の名前しか出てこない。でもいきなり下の名前でなんて呼べないし……ううう。


「秋徒でいいよ。皆そう呼ぶし」
「えっと、じゃあ秋徒……君」
「おう、何やればいいんだ?」
「とりあえず駅にいかない––んっ」


 道の向こうから強い光が飛び込んでくる。目を細めると、車の方もこっちに気付いたのか、眩しくないように下方向にライトが切り替わる。自分達は道の端に避けてその車に道を譲る。細い道だ。車は一台しか通れない様な歩幅。
 そこを徐行しながら進んでくる車は中々の高級車っぽい。前のボンネットの部分に彫像が君臨してるもん。普通そこは自動車会社のエンブレムがある部分の筈だろうに……そんな場所に天使みたいな彫像があるなんてまさに高級だろ。
 僅かな街灯でも分かるくらいにツヤッツヤだし、なんとなく見えた運転してる人なんか、白い手袋をして、帽子に制服の様なスーツ……あれがまさか運転手さんと言うやつか? 一体どこのブルジョワがこんな狭い道に来てるのかと、後部座先を見て自分は「ひょあ!?」と変な声が出た。
 だってそこには自分と同じような顔してる雨乃森先輩の姿があったんだ。それにパーティー用らしく、先輩はドレスだった。車は先に進んでく。思わず呆けてた自分だけど、後部の窓に先輩の横顔が見えて、その口紅を塗った口が動いてるのが見える。


(あれは多分、早くいけ……かな?)


 そりゃそうだ。だって自分追い抜いちゃってるし!! でも後ろから追いぬくとかはなかなか目立つ様な。それにさ、実はあの車にはもう一人居た。助手席の方に強面の方が一人……あれはきっと先輩の護衛と見た方が良い。


「ぬああああああ! どうすれば!!」
「どうしたんだおい? あの車に乗ってたのって雨乃森先輩だよな? あの人関連か?」


 自分はとりあえず頷くだけ頷いた。するといきなり腕を引っ張られた。


「何やってる。とりあえず追いかけるぞ。今はゆっくりだけど駅前に出られたら、そこから道も広くなるし、足では追いかけられない。どうにかするなら、駅前に先回りするしかない。行くぞ!!」
「えっ!? えええ!?」


 なんでそんな協力的なの? しかも合理的に駅前を決戦場に選んでるし……何者だよ。ほんとに高校生か? そんな事を思いながら、自分を強い力で引っ張ってくれる彼がいれば、どうにかなるかもしれない……と思い始めてた。



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