命改変プログラム

ファーストなサイコロ

最後の悪足掻き

「ふああ、え? 何?」


 あっけらかんとしたレシアの言葉にちょっと皆に絶望が……期待を掛けるべき奴じゃないよな。そもそもやる気があるのかどうかわからないし。でもこいつにとってもセツリは大切な筈。やる気はあると思いたい。


「まあ、流石の私も今寝たりしない。取り敢えず、安心して寝れるのは安心できる場所があるからだしね……そのくらい分かってる。眠いのは確かだけど……」


 そう言って再び大きく欠伸をするレシア。けど溜まる涙を拭きとって澄んだ目を見せる。それは今までとは違う。強い意志が感じれる目だ。


「このままじゃジリ貧なのは分かるよねシクラ。今の私達は誰かさんのせいで力がもうあんまりないし」
「なんだよその言い方。そもそもあんな奴に法の書なんか埋め込んでるからこんな事に成ってるんだろ?」


 僕のせいみたいに言うな。自分達が負けた事認めたくないのはわかるけど、一番の責任をこっちに転嫁するんじゃない。


「アレがあいつを作った目的なんだし仕方ないじゃない。だからこそ、厳重に縛ってたのよ。こんなことに成らないようにね。だけどサクヤ姉があんな……てか、スオウの介入が出来たのはアイツが自由に成ってた事もあるんだし、やっぱり一概にこっちの責任とは言えないと思うわ」
「おい、開き直るなよシクラ」


 確かに中枢でもないところからの介入が出来たのはそういうことなのかも知れないけど、アレは––


「どっちのせいなんてどうでも良い事でしょ。生きるか死ぬかの瀬戸際なんだし、このまま世界が崩壊したら私達だってどうなるかわかんないんでしょ。いいから対応策考えなさいよ。世界を滅茶苦茶にした責任くらい取りなさい」


 ビシッとセラの奴が厳しい言葉を掛けてきた。確かにそうだな。世界をおかしくし始めたのはこいつ等だ。そこは言い逃れできないだろう。


「ふんメイドの分際で……だけどレシアが行ったとおり、力がないのよ。それに私達は狙われてるみたいだしね。無闇に突っ込むのも考えものよ」
「この光は奴の付けた目印じゃないのか?」
「今のプレイヤーなんかゴミみたいなものでしょ。アイツがわざわざ目印なんか付けるとは思えない。どちらかと言うと私達に付けるはず」
「ゴミって……」


 シクラのそんな発言に皆厳しい視線を投げてるぞ。だけどシクラもしれっとしてる。これから協力するかもしれないのに、関係悪化させるような事を言うなよ。ただでさえ、皆お前達の事嫌ってるのに……僕達はセツリを助けたいし、協力せざる得ないけど、他はそうじゃないからな。


「それじゃあこれはシステム側がやってる事か?」
「暗くなったから、気を効かせたんじゃない?」


 まあ奴の目印じゃないのならそうかも知れないな。けどそのおかげで僕達は格好の標的だ。


「けど良い部分もある。奴に取り込まれてるセツリも見つけやすい」
「そうだけど……開放できる手段がないとな……手詰まりだぞ。それにいつまでセツリが保つかも問題だろ。そもそもお前達はバクバク食われてたのに、なんでセツリはあんなに消化が遅いんだ?」


 レシアの言葉に僕は返すよ。シクラたちなら取り込まなくても、食い散らかす事が出来るだろう。けどセツリの奴だけは中々食えてないようだ。


「それはきっとこの子のおかげだよ」


 そう言って来たのはシルクちゃん。彼女は白いフクロウを抱えてた。


「この子がきっとサクヤさんから受け取った物を渡したんだよ。だからセツリちゃんはまだ守られてる。消え去っても彼女に……」


 シルクちゃんは震えてる。クーが慰めるようにスリスリしてる。ホントシルクちゃんは動物に好かれるな。才能なのかもしれないな。まあ彼女は優しさが溢れてるからな。犬や猫じゃなくてもそれが分かる。
 それって結構凄いよな。けどリアルでは結構危ない気もする。こっちではテッケンさんが守ってるようだけど……リアルでは誰か居るんだろうか? けどそうなると、シルクちゃんには恋人らしき人が居るってことに……なんかヤダな。


「スオウくん!」
「え? はい!」
「セツリちゃん助けましょう。絶対に。そしてリアルに連れて帰るんです。それでいいですよね?」


 シルクちゃんの声にびっくりしてると、彼女はシクラ達まで落としにかかってた。選択肢的にもう無いような気もするけど……シクラ達はどう答えるか。


「それはセッちゃんが決めることよ。あの娘の願いが私達の願い」
「それならセツリちゃんを説得すればいいんだね」
「けどそれは……前にやったし……」


 そして失敗して現在に至る訳だ。そんな簡単に行くやつじゃない。どこまでも卑屈だしな。でもシルクちゃんはその聞き惚れる声でこう言うよ。


「今は違います。あの時とは……皆で行ければ届きます。届かせようよ––ね」


 外見も中身も声まで完璧。シルクちゃんに言われると出来そうな気がしてくるから不思議だな。まあ出来る出来ないじゃなく、やるしか無いんだけど……そうしないと僕達はリアルには戻れない。このまま世界が崩壊したら、それはもう考えうる最悪な結果として終わるだろう。
 そういえば今は、外にこの光景は伝わってるのだろうか? どうだろう……まあ考えても仕方ない気はするな。僕達にそれを知る手段はないんだ。今考える事はこの状況をどうやって打破するか。


「セツリは特別。あの娘がもし、やる気に成ってくれたら、あんな奴は簡単に倒せるかもしれない。強いって言ってもセツリの権限には勝てないし、だからこそアイツは必死にセツリにこだわってる」
「なるほど……確かにアイツはまだまだ特別だ。アイツが本当にこの世界から切り離されるには、アイツがそれを望むしか無い」


 そして命改変プログラムの発動が必要だろう。けどそれが一番難しい気もする。この状況でアイツに届く言葉があるのか? 耳と目を閉じてアイツはきっと引きこもってしまってるだろう。自分が守られてることをいいことに……ん? あれ? でもそうなのか? 
 セツリの奴はそもそも一人で孤独に死んでく勇気なんて無いだろ。アイツはやっぱりまだ、待ってるだけなんだ。僕は拳を強く握りしめる。


「やろう……」
「野郎?」
「ちげえよ、セツリの奴はまだ、ただ待ってるだけなんだ。だから僕達の言葉や思いをもう一度届けようって事だ。今の僕達じゃあの化け物を倒すことは難しい。助けることだって……それならアイツを喚起するしかない。そしてアイツ自身に選ばせるしか無いんだ」
「選ばせる……」
「勿論、生きるか、死ぬかだ」


 もうそれしか無い。今までは取り敢えず強引にでも生かそうとしてきたわけで、セツリの気持ちとか心構えとかは二の次だと思ってやってきた。けどそれじゃあもうダメだ。僕達の力じゃ助けきる事には及ばない。セツリに問わないと行けない。生きる意志が、あるのかどうか。


「取り敢えず今や私達が出来る事は少ない。世界を用意してあげる事は出来ないし、あの娘がもう良いと言うのなら––」
「レシア、それって本心じゃないでしょ?」
「そうだよレシア姉! このままあんな奴にセッちゃんを差し出すなんてあり得ない。確かに僕達はセッちゃんの期待に応えられなかったし……願いを叶えるとか出来そうもないけど……セッちゃんが一人で寂しくなるのなんて認められないよ!」
「だが我等はセツリ様の願いには逆らえない。あの人がそれを願うのなら、我等は従うべきではないのか?」
「蘭姉には失望だよ」
「ええ!? 柊、私は至極まっとうな事をだな……」
「もう〜蘭ちゃんは頭でっかちだからね〜。私達はセッちゃんの願いを優先するけど〜でもそこには幸せってワードが必要でしょ? 私達は〜もうあの娘に幸せを用意出来ない。だから〜幸せの可能性を選ぶのよ〜」
「我等に共通してるのはセツリ様にここに残ってほしいと言うことではなく、幸せになってほしいということか」
「当然でしょ☆」


 セツリ……お前は知ってるのか? こいつらがただそうプログラムされたからお前にかまってるわけじゃないってこと。ちゃんと考えて想ってそして動いてる。沢山の人達の意思でお前は今まで生きてこれた筈だ。
 まあそれはセツリだけじゃなく、きっと世界中の人達がそうなんだ。特別……なんかじゃなく、気付くか気付かないか。そしてセツリは気付いてない……というよりも、自分をどこまでも悲劇のヒロインにしたいらしい。


「レシア姉ももう面倒臭がってないし、今度こそ行けるね! 姉妹皆の力を合わせよう! オー!!」
「「「…………」」」
「ちょっとなんで誰もしないの!?」


 どうやら他の姉妹はそう言うタイプじゃないらしい。ヒマワリの掲げた手がなんだか虚しかった。いや、そこはノッてやれよって思った。


「ムー、今こそ一つになる時なのに〜」
「まあヒマワリの幼稚な行動はともかく、言ってる事は間違いないよ」
「幼稚!?」


 この姉妹、ヒマワリに厳しいな。いつもの事だけど、やっぱりヒマワリは不憫だな。でも本人が底抜けに明るいからそこまで不憫には見えないという。流石ヒマワリ。名前の通り太陽いっぱい浴びたような奴。
 そんなヒマワリに幼稚言い放ったレシアは、だけど別にバカにしたって訳じゃないのか、なんだか優しい瞳をしてる。そして自分の被ってたカエル帽子をヒマワリにかぶせる。


「えっえ? 何、レシア姉」
「ヒマワリの力が一番だと思うから。それにそんなアンタが一番相応しいかなって。捻くれてる私やシクラよりも真っ直ぐだし、お姉ちゃんポジの百合姉や蘭姉の言葉は素直に受け取れなかったりする。ヒイちゃんはホラ、末っ子だし……だからヒマワリが最善かな」
「それは褒められてるのかな?」


 言葉の意味を理解できないヒマワリ。でも今までで一番褒められてると思うぞ。ここで行くのはお前しか居ないって認められてるわけだからな。


「褒めてるよ。アンタが真っ直ぐセツリにぶつかれ。その為に私達の力を持って行きなさい」


 かぶらされたカエル帽子の虚ろな目が、カッと燃え上がる。どうやらそこに自分の力を込めてたらしい。


「レシア姉……」
「しょうがないわね。確かに全ての物を取り込めるヒマワリの力なら、私達の力を取り込める……か。小さな力のまま行くよりは確率あるかもね☆」


 そう言ってシクラは自慢の月色の髪を一本抜いてそれをヒマワリの手首に巻いた。月の光を振りまくそれを見て目をキラキラさせてるヒマワリ。


「それじゃあ私は〜」


 そう言って百合はヒマワリのほっぺに指を押し付ける。プニプニしてそうなそのほっぺに押し付けた指で何かを描くと、その頬に小さなハートが二つ現れた。あれが力を移譲した証しか? 


「ヒマに全てを託すのは不安だが……確かにお前がいいのかも知れん」


 そう言ってポニーテールにするために括ってたリボンを解く蘭。その瞬間長い髪が一斉に解き放たれる。髪を解くと印象が変わるものだ。男らしい蘭が外見上だけでも女に見える。そして蘭はヒマワリの短い髪で何とかポニーテールを作ってみせた。


「可愛い? 可愛い?」
「はいはい、可愛い可愛い」


 小さな子供をあやすみたいに頭を撫でる蘭。なんだか微笑ましい光景だ。てか蘭が色っぽく見える。


「ヒマワリに託すなんて不安しか無いけど、まあこいつは考えない分迷わないもんね」


 柊の奴はぶつくさ言いながらもヒマワリに自分の首から取り出した雪の結晶のネックレスを託す。するとヒマワリが柊に抱きついた。


「えへへ〜大好きだよヒイちゃん」
「ちょっ……やめ……やめ……このバカ、失敗したら許さないから」
「うん!」


 嫌がってた柊も抵抗を弱めて頬を赤らめてそう言ってた。それに元気に答えるヒマワリ。そして姉妹の得たヒマワリはみなぎって来た〜〜てな感じのポーズを取る。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 ヒマワリから風が吹く。力の波動を感じる。その瞬間、幾度目かの大きな音と共に、暗闇が切り裂かれて、その膜が消えていく。テトラの加護が消え去っていく。獲物を見定めた黒い化け物はその大量の目を爛々と輝かせてる。
 だけど次の瞬間、その虚空に開く頭が弾かれる。気付くと、ヒマワリの奴がアッパー決めてた。


「これ以上好き勝手になんかさせない! せっちゃあああああああああん!! 見てて、僕達は絶対にせっちゃんを諦めないから!!」


 闇に覆われた世界の果てまでも響くような声だった。セツリに届いただろうか? いや、きっと届いたと考えよう。


「スオウ」
「おうっ––と、これは?」


 渡されたのは懐かしい初期装備の片手剣だった。精霊の祝福よりも前に持つ装備だから、まさに初期の初期のだな。皆ステータスも初期値に戻ってるから、装備も……って見た目的にはそのまんまなんだけどな。
 けど皆が持つ武器や防具はその特性も効果も耐久性も初期装備のそれに成ってる。今、見た目が変わってないのは一気に装備の見た目を変えるのも面倒だったからだ。世界が変わって、それが完全に成って再びこの世界に足を踏み入れた時、その時に心機一転になれば良いと言う考え。
 だから今の装備はここまでで、その姿も今が見納め時。皆が少しずつ世界を歩んでた来た装備も武器も、取り上げてしまったんだ。


「いつの間にかアイテム覧にあったんだよ。だけどそんなの使う気になれねーだろ。数字は同じだけどさ、俺達は自分達の使い慣れた武器が一番なんだ」
「そうか、まあそうだよな」
「スオウくん、やっぱり二刀流で行きますか?」


 そう言って来たのはリルレット。僕はちょっと考えたけどありがたく受け取った。やっぱりこの形がしっくりくるもんな。


「ローレ達は……って強制は出来ないか。これは僕達の戦いだしな。セツリを助けたいって事まで押し付け––」
「何今更水臭い事言ってるのよ。確かにあの甘ったれた女なんて知らないけど、このままじゃ全員お陀仏じゃない。それにあんなバカだけに頼れないし、フォローくらいはしてやるわよ」
「実際、その位しか出来そうもないと言うのが本音だがな」
「国を担ってたと自負する私達ですから、世界の最後を繋げる事もまた義務でしょう」


 ローレにオッサン、それにウンディーネの大将さんも協力してくれるようだ。最初にふっとばされた奴等は案外無事だったよう。こっちも弱ってるけど、アイツも前のシクラ達のように圧倒的って程じゃない。
 今のヒマワリの攻撃が結構効いてそうなのが良い証拠。だから案外無事だったんだろう。


「おい……貸せ」
「うお! 鍛冶屋居たのかお前?」


 言った後で結構失礼な事を言ってしまったなと思ったけど、取り消しは出来ないからそのままで。別に鍛冶屋も何も言ってこないしな。まあ元々仏頂面だからもしかしたら不満な顔なのかもしれないけど。


「貸せ……その武器」
「これか?」
「ああ、そんなのでも切れ味を良くするくらいは今の俺達でも出来る」


 なるほど、スレイプルは職人気質だからな。そっち系のスキルが元からあったりする。それを使うと言う訳か。確かにこんなんでも少しでも切れ味いい方が良いな。僕は武器を渡すよ。


「そうだ、シクラ達は下がってろよ。お前達が食われると厄介だ」
「わかってるわよ。不本意だけど、それが最善だしね。セッちゃんは生きることを選べるのかしら?」
「アイツは死にたいだなんて思ってない。だけど生きることが怖くもある」
「そうね……」
「でも……それは誰もがそうだ。皆決まった道を歩いてる訳じゃない。だから、アイツだって本当は歩ける筈なんだ。地面に根を降ろしたアイツを解き放とう。それがきっと僕やお前達の本当の役目だと思う」


 戻ってきた武器を手に、僕達はそれぞれ三方向に別れて、動き出す。スキルの違いも武器の違いも、今や殆ど無い。それなら出来うる限りの戦術で挑むしか無い。僕は先行して奴の見えない––けどそこにある足に一撃を叩き込む。


「見てろよセツリ。僕達の悪足掻きを!!」



「命改変プログラム」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く