命改変プログラム

ファーストなサイコロ

始まりとお別れ

 体の中に入り込んでくる大量の情報。それらがある一定の水準を超えると、僕という存在は組んだコードを実行するシステム的なそれと、意識とに別々に分かれてた。そして僕という意識は世界の最深部へと流れて行く。


「スオウ、遅かったね」
「日鞠……お前……どうして?」


 なんでこんな所に居るんだよ。ちょっと泣きそうになっちゃっただろ。だけどそんなの見せたくないから、僕は必死に……だけどなるべくナチュラルにそれを隠す。日鞠のことだから気付いてるだろうけど、そこには突っ込まずに質問に応えてくれるよ。


「どうしても何も、ここはLROの最深部。他の人達も居るよ。ただ他の人達は眠ってるけどね」
「じゃあなんでお前は起きてるんだ?」
「う〜ん入り方の違いじゃないかな? それに覚悟も違ったしね。他の人達は恐怖や恐れに支配されてるから。起きれるのかもしれないけど、起きようとはしない。そうだ、いつまで私のスオウと一緒に成ってる気ですか?
 貴女なら存在出来るはずでしょう」


 誰に向かって言ってるのかとおもったら、僕の体から重なるようにして苦十の奴が出てきた。お前か……確かに苦十もここで存在出来るのかも知れない。元々一緒の存在という認識だっただろうしな。


「私のなんて随分な自信ですね。私達、心も体も一つにした関係ですよ」
「おいやめろよ、其の言い方。語弊があるぞ」
「何も間違ってなんて無いはずですけど?」


 クスっと怪しく笑う苦汁。またこいつは悪趣味な笑みを出しやがって……絶対に楽しんでるだろ。


「ありがとうございます苦十さん。スオウの事助けてくれて。感謝してます」


 余裕たっぷりにそう言い放つ日鞠。そこには別段棘は感じなかった。それは苦十の奴もそうだったようで、なんだか面白く無さそうな顔してる。


「随分な余裕ですね。やっぱり存在を証明されてる者の自信でしょうか?」
「存在を証明……う〜ん、それは謎ですけど、簡単な事ですよ。私とスオウは世界で最も強い絆で繋がってるだけです。ねっ」


 そう言ってこっちに向かって見慣れた笑顔を向けてくる日鞠。そんな笑顔を僕は見れない。なんていうか、やっぱりこの年頃の男子としてはそう云うのは気恥ずかしいというか……僕はとりあえず否定しとく。


「知らね」
「ええ〜! 全くスオウは妙な所でお子ちゃま何だから。でもそこも可愛いよ」
「くっ……」


 なんだか更に気恥ずかしさが倍増した。変に意地張ってそれを優しく返されると痛いものがあるよな。燕返しされた気分。


「まあだけど今は私と長々と喋ってる訳にもいかないよね。お待ちだよ、ある人達が」


 そう言って手を向ける方向に視線を動かすと、そこにはキラキラとした空間が別にあるように見える。あの向こうに待ってる人達が居るってことなんだろう。僕と苦十はそこへ向けて歩き出す。そしてふと気付いたよ。


「お前は来ないのか?」
「私はもういっぱい話したから。今度はスオウの番だよ」
「お前はいつだっていつの間にか僕より前に居るな」


 なんなのその転んでもただでは起きない仕様。こっちがどれだけ苦労してここまできたと思ってるんだよ。それなのに日鞠の奴は繋がりなんか無かったはずなのに、この向こうの最重要な人物たちといち早く接触してるなんて……なんかズルいぞ。


「そうかな? 私は前にいるなんて思ってないけどな。二人一緒に私達歩いてる。ずっとずっと、その筈だよ」
「そうかぁ?」
「そうだよ」


 そう言ってニコッと笑って僕達を送り出す日鞠。それ以上はどちらも口を開かない。そして光の中に入る間際に苦十の奴がボソリと日鞠には聞こえない程度の声でこういった。


「なんだか気持ち悪い関係ですね」


 その言葉は妙に頭に引っかかった。だって気持ち悪いとか言われたこと無かったし、そもそも思っても口に出したりは普通しないだろ。まあ苦十の奴に遠慮なんか期待しちゃ居ないけど……でも妙な事に別に苛ついたりもしなかったわけで……だから僕は無言のまま、光を通って行く。






 光の向こうには予想通りの人物が居た。それは僕が何度も夢の様な場所で会ってきた人物。そしてこのゲームとシステムの開発者『桜矢当夜』其の人だ。そしてもう一人……この場所には見知らぬ存在が居た。
 まあ日鞠の奴も人達って言ってたし、驚きはない。驚きはないけど、その姿は結構衝撃的だった。だってもう一人は大きなクリスタルにその身を包まれてたんだからな。


『はじめましてスオウ。私がLROの中枢システムいわゆる「マザー」と呼ばれてた存在です』


 その声は聞き覚えのあるものの用でそうじゃない。なんだか複数の声が同時に頭に流れて来るような感覚。クリスタルの中で固まった人は女性の形してるんだけど、声には男性の声も入ってる様だし、別にこの見えてる姿が正体とかではないのかも知れない。
 ただ僕達に認識されやすい様にとの配慮なのかも。


『その通りですよ。私に特定の姿形はありません。この格好も仮でしか無いのです』
「うお、心読まれた」
『リーフィアは全てを私に伝えてくれます。それもより深く落ちている者の事なら尚更です』


 なるほど、流石はLROの中枢システム。なんでもお見通しって訳か。てか待てよ、落ちてる具合が大きいほどに分かるって言うのなら、僕だけじゃないよな。


「じゃあマザーにはセツリの事も手に取る様に分かるんじゃ……」
『あの子はずっと変わりませんよ。あの子はずっと怯えてる。いえ、でも……』


 そう言って途切れる言葉。そして瞼は閉じられてるのに、何故か見られてると分かる視線を感じてた。


『貴方と出会って一緒に行動を共にしてた時間は違いました。あの娘の中に違う思いが溢れてた。だから、私達は貴方を選んだんです』
「それは別に僕だからって訳じゃないと思うけどな。偶々僕だったってだけの事だ」
『それは違います。あの娘は誰にだって心を開く娘じゃない。けど、貴方には開きました』
「けど、それはこっちも必死だったからで、誰もが必死にぶつかれば、きっと……」
『確かに、色んな理由を探すのは簡単です。だけど、君はここに居る。それが君で無くては成らなかった理由です。足りないですか?』


 返す言葉が無くなった。確かに理由を探すのは簡単だ。命がかかれば誰だって必死に成るだろう。けど、何回かやめれる機会はあった。だけどそれらを選択せずに、僕は今ここに立ってる。それはこいつ等の思惑通りってことなのかもしれないな。


「君はよくやってくれた。僕達の想像以上に様々なことをだ。もう少し、あと少しで僕達の役目も終わるだろう」


 初めて……ってわけでもないか。当夜さんの過去でこの人とは向き合った。けど、今の成長した姿で彼の顔を正面から見るのはやっぱり初めてで、なんだか変な気分だ。いつも背中越しだったからな。
 癖っ毛のボサボサした髪に、背中越しでも見えてた無精髭とかはまあそのままなんだけど、声のトーンもそれに顔色も違う。見えなかった瞳は、こんなに生き生きとしてたのかと初めて知った。こうやって見ると、学生時代とそんなに変わってないな……と思えた。


「全てうまく行ったら、一緒に戻ってくれるんですよね? セツリの奴には、貴方が必要なんです」


 僕のその言葉に、当夜さんは一回自嘲気味に微笑んで首をふるう。なんだよ今の、娘の事を頼む父親の様な眼差し止めてくれない。そんな責任持ちたくない。


「どうして? ここに貴方は居るじゃないですか!? セツリを天涯孤独にするんですか? たった一人の妹でしょ。アイツは一人じゃ生きてけない!」
「そうだね。あの娘はとっても弱い。だがそれは、僕が歩かせる事が出来なかったからだ。弱いと決めつけて、守らないと思い世間と隔絶した。それがセツリを本当に弱くした理由だ。あの娘はきっと強くだって成れた筈なのに」


 なんと言っていいのか……確かに当夜さんは過保護過ぎたのかもしれない。けど、それを僕なんかは責められないよ。当夜さんだってきっと必死だったんだろう。両親を無くして、唯一残った妹は怪我を負って病院生活に。
 まだ学生だった当夜さんの方にはとてつもなく大きな物が伸し掛かったんだ。自分だって両親の死で辛かった筈だろうに、状況は彼に落ち込む暇さえ与えなかった。なまじ天才で、支える力が合ったばっかりに、子供ではもう居られなかったのかもしれない。
 そんな当夜さんに『アンタが悪い』なんて言えないよ。でも……一つだけ。僕はセツリの……友達として言うよ。


「昔の事なんかどうだっていい。今ならきっと違いますよ。待ってる人、望んでる人達が居る。リアルはきっと前よりも二人にとっていい場所に成ってるはずです。だから戻ってきて欲しい。貴方も、セツリも」
「……君で良かった。君が諦めずにここまで来る奴で良かった。リアルに唯一感謝する事は、君を連れてきてくれた事だ。君が居るから、セツリは大丈夫だと……自分の役目は終わったんだと、安心できる」
「何……言って」


 なんだか胸がざわめく。嫌な予感がする。世界はいつだって対価を求めてる。


「僕はいけない。もう遅いんだ。僕の魂は落ちきってる。肉体に戻ることは不可能だ。端的に言うと、僕はもう死んでいる」
「そ……んな……」


 死んでる? だけど当夜さんはここに……この場所に居るじゃないか。目の前に彼は存在してる。それなのに死んでるとか信じれない。


「今の僕は肉体と精神が完全に切れてしまってる。しかもその時間が長すぎた。君もずっと今の状態が続くのは不味いと解ってるだろう。ある一定の水準を超えると、肉体と精神のリンクが切れる。それを体験してる筈だ」
「それは……」


 確かに体験してる。浸透率が深まる度に、僕の体にはこっちで負ったダメージをリアルの肉体自身も負ってた。だけどログアウトが姿を消してからは、ダメージは肉体に反映されなく成ったんだ。それはつまり、肉体と精神のリンクが完全に断ち切れてしまったということ。
 そしてそれが当夜さんは長く続きすぎたと言う。だけどそれって……


「それなら、セツリだって……セツリだってその筈じゃないんですか? アイツだって当夜さんと同じ、いや、それ以上の期間ここに居るはずだ。なのにセツリは戻れて、当夜さんは戻れないなんてそんなのおかしい! アイツだってログアウト出来ない位に落ちてるはずでしょう!?」


 僕は死なんてものを否定したくて精一杯思いつく限りの事を言うよ。でも案外、的を得ていたかもしれない。間違いなんてない。だってそうだろ。当夜さんが戻れないのなら、それ以上の期間落ちてたセツリが戻れる筈ない。
 戻れるのなら、当夜さんだって戻れないとおかしいじゃないか。


「セツリは実際落ちきってはいない。あの娘は本当はログアウトが出来ない状態じゃないんだ」
「えっ……だけどアイツのウインドウにはログアウトは無かった」
「それはシステムがそうなってるだけだ。そういう風に僕がした。だからこそあの娘には危険が及ばない様に戦闘力を無くしてあるだろう。あれは戦闘に参加してあの子自身が傷つかない様にだよ。そしてLROのシステム干渉を受けない姉妹達は、そんなあの子の手足となるべく配置した」


 なるほど、落ちきってなかったら、その傷は肉体に反映されるからな。嫁入り前の娘を傷物にする訳にもいかないよな。だからこそ、戦闘に参加しないようにああいう仕様だったのか。セツリも落ちきってる物だと思ってけど、実際はそうじゃなかったと。


「あれ? じゃあ命改変プログラムってのは僕達が思ってたのと実は違うんじゃ……」
「多分そうだろう。命改変プログラムは実際、あの娘のシステム開放だからな。あの子を外へ連れ出せる様になるというだけ」
「僕はどうやって戻れば……」


 ログアウトないんですけど。命改変プログラムがそこら辺諸々解決してくれると思ってた! すると黙ってた苦十の奴があっけらかんとした感じでこう言った。


「ちょちょいと介入すれば戻れるんじゃないんですか?」
「お前な、そんな簡単に言うなよ」
「無理なら、こっちにずっと居ればいい。二人一緒に」
「それは駄目だ!!」


 いきなりの怒声に僕はビビった。だってそもそもこんな風な声が出せたんだとビックリだ。いつも静かに喋ってたしな。当夜さんは苦十の奴を睨んでる。けど苦十はそれを笑顔で受け流してる。ニコニコとした爽やかな物じゃない。ねっとりとしたこいつ特有の怪しげな笑顔でだ。


「貴様と逝くのは自分一人で充分だ。その為にここまで来たんだろう?」
「約束、ですから」


 どういう事だ? てかそもそも苦十の存在はいまいちよく分からないからな。知り合い……なのはそうなんだろうけど……苦十の目的は最初からここまで当夜さんを迎えに来ることだったのか?


「お前、何者なんだよ」
「言ったじゃないですか。私は何でも––なんですよ。スオウの意思も確認しときたいですけど、やっぱり私の事は選んでくれないですか?」
「生憎、僕はお前の事信用してないから」
「ふふ、あはははは、そうだね。私達は仲間でもなんでもないもの。でも面白かったから、私達は面白い事が大好きなんだよね」


 面白い……を嫌いな奴は居ないだろうけど……なんだろう、なんだかこいつの「面白い」はニュアンスがちょっと違う気がしなくもない。


「けど、スオウも近いうちに私と来ることに成る気がします。だって求める者はそうなるものだから」
「意味がわからないぞ」
「今はそれでいいんですよ」


 そう言って今度は無邪気な笑みを見せる苦十。当夜さんがなんだか苦い顔して僕を見てたことには気付いてたけど、横から入ってくる事は無かった。少し間をおいて口を開いたんだ。


「そいつは一緒にこさせない。こちら側にはな」
「それは当夜が決める事でも私が仕組む事でもないですけどね。でも、世界は既にスオウを認識してる」
『皆さん、いつまでも談笑してる時間はありませんよ』


 そう云うのはマザー。時間がないとはこれいかに。てか実際、苦十の事とか当夜さんの事とかもっと話したい事いっぱいなんだけど。このままなし崩し的に彼の死を受け入れるなんて事もしたくない。


『スオウ……貴方の意思で世界は構築されます。大丈夫、全てが上手く行った暁には、私達が責任を持って捕らわれた人達を外に返しましょう』
「そっか……なら当夜さんも」
『それは無理です。迎えも来たようですし、彼の願った夢は今日終わります。貴方が終わらせる』


 なに、その僕に責任があるような言い方。マジやめて欲しい。


「君に非はない。これは仕方ない事だ。君が居るから、セツリはもう大丈夫、そう思えるんだ。あの娘に伝えてくれ、居なくなっても傍にいると。僕はただ、世界に溶けるだけなのだと」
「それでアイツが納得するとは思えない。僕が八つ当たりされるんだぞ! ちゃんと兄貴の義務を果たせ!」


 僕は言ってやったよ。ビシッとね。どうだ、残りたくなったろ。すると僕の思考が止まる。何が起きたか、理解した後に理解できなくなった。だって、当夜さん……泣いてるから。唐突もなく、前触れもなく、ただ涙が流れてる。


「そうだな……本当は一人になんかさせたくない。だがもう、出来る事は全部やったんだ。セツリの……妹の為に……僕はあの子を誰よりも幸せにしてやりたかった。寂しくなんかさせたくなかった。
 なあ、あの娘にとって僕という兄が居たことは幸せだっただろうか? 僕がやってきた事は間違いだっただろうか?」


 大の大人の涙。そしてそれは子供に問う質問なんかじゃないと思う。けど、その涙に嘘なんか付けない。こういったらきっと彼は成仏とかしそうだと思っても、嘘なんか言えなかった。


「何、言ってんですか。幸せに決まってる。自慢に決まってる。間違いかどうかは知らないけど……沢山の人が貴方に感謝してる。そして貴方が、僕達を集めたんだ」
「…………………………………ありがとう」


 周囲の光が濃くなって行く。そしてマザー達が其の中に消えていくような。


『貴方もこちらに来るのでしょう、不確かな者』
「その言い方嫌だな。苦十ちゃんって呼んでよ」
「ふん……苦十なんて名前を名乗ってる時点でどうだそれ」


 苦十の奴はマザー達の方へ歩みながら他愛もない会話をしてる。僕だけ取り残された気分。けど、向こうに行っちゃいけないのはわかる。


「最後まで見てますから。どうぞご活躍の程、願ってます」
「ここまでそんなに活躍してない僕への嫌味か」
「被害妄想ですよそれ。スオウ、短い間ですけど、楽しかったですよ。またどこかで……この世界が形を変えても続くのなら、いえ、人は開いた扉を閉じはしない。きっとこれから嫌がおうにも世界は加速して、そしていつか、私達はまた会えます。それまでさよならです」
「何言ってるのかよくわからないけど、取り敢えず感謝はしとく。お前が居なかったらここまでこれなかっただろうし……ありがとう」


 すると一瞬苦十の黒い瞳に白い部分が見えたような……気がしたけど多分気のせいだろう。消えいくなか、最後にマザーが語りかける。


『それでは世界創造を成してください。貴方の花の城への介入は成功し、今世界の主導権は貴方の物です。世界は貴方のルールの元に再構成されます』


 告げられた言葉に僕は頷く。もう決めてた事。迷いなんかない。納得出来ない人達も居るだろうけど、コレしかない。僕は光に包まれていく中、新しい世界の姿を口にした。



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