命改変プログラム
集い出す
逞しい腕、そしてどっしりと地面と繋がる力強さを僕は感じてた。ブレ様がない体幹の強さ……それが伝わってくるんだ。まるで雄大な樹木に支えられてるような気さえしてくる。閉じていた目を静かに開けると、目に入ってくるのは大きく太く、それはそれは屈強な姿のシスター……ってあれ?
 ブレて消えていくその姿。いや、消えたんじゃないな。ボヤけてた視界がハッキリとしてきただけだ。そうなるとガッチガチに見えてたその姿がスレンダーに成り、女性のラインが現れる。幹の様に見えてた体は大きいけどすらっとした物に変わってる。
そして肌の色は人のそれとは違って青い。耳はヒレの様に尖っていて透明で綺麗。二つにたわわに実った果実は筋肉で凝り固まってなんて居ないようだ。薄く大胆な装備に支えられれても、その呼吸だけで上下してるのがわかる。
「ラオウさん……」
「今の私にはこのくらいしか出来ませんから。幾らでも落ちてきてください。何度でも受け止めて見せましょう」
ムフーと鼻息荒くそう言うラオウさん。リアルの彼女の姿なら可愛いなんて一ミリも思えないけど、今の姿ならそう思えなくもないな。まあ何度も落ちるなんて嫌だけど。そう思ってそう言おうとしたら小さな影が僕の台詞を取りやがった。
「冗談やめてよね。何回もこんな事ゴメンよ」
「孫ちゃん。無事だったんだ」
「当然、まだまだやられてたまるもんですかってやつよ」
そう言って小さな体でふんぞり返る孫ちゃん。するとその後ろには泥だらけの僧兵の姿があった。
「実際バトルシップが落ちたのはやばかったけどな。邪神の奴がクリエ様のついでにさ」
「ふん、あんな奴に助けられた記憶はないわね」
なるほど、クリエのついでに皆のことも守ってたのか。邪神言われてるくせに優しいからなテトラの奴は。納得できる。けど今までは時間のことでどうすることも出来なかったんだろう。それがその縛りはもう消えた。だからこうやって合流出来たと。
だけど疑問がある。僕は確率を奪われてここで死ぬはずだった。それをどうやって? 鍵は……この花達か? 戦場には不釣り合いな花が咲いてる。
「どうやって?」
「私達程度の力じゃ奴等には対抗できないとでも? 自分達がどれだけ特別だとアンタは思ってるのよ」
「……」
なんか何も言えないな。特別とかどうとかは別段どうでもいいことだ。けど、拭えない違いはあるからな。僕はプレイヤーで孫ちゃん達はNPCだ。システムに逆らうことは出来ないはずの存在だ。
その力はLROのルールに則ってるはず。だからこそ、決め手になり得ることは難しい筈だろ。だってシクラ達はLROのルールの外に居るんだ。ルールに沿った攻撃の外。エリア外のゴールにシュートは届かない……筈だと思ってんだけどな。違うのか?
確かに届かせるために魔境強啓零に法の書の力を組み合わせた陣を作った訳だけどさ、ここまでだったのかは正直意外と言うか。
「私はね。アンタなんかよりも特別よ。なんてたって元老院最高議長の家に生まれ、裏と表であの国を支配することを運命づけられた者だものも。そこら辺の特別具合じゃないのよ。アンタなんかに劣ってないわよスオウ」
「表も裏もって、表は教皇の役目だろ」
そういえば教皇は無事だろうか? 世界がこんな事に成ってるんだ。安易に無事だろう––とは思えないよな。多分このモンスター共は五大国にも進行してるはずだろう。
「私、教皇の許嫁だし」
「はぇ〜」
許嫁ね。初めて聞い––あれ? それってつまり……僕は孫ちゃんと僧兵奴を交互に見つめる。そして二人して同時に声を上げた。
「「えええええええええええええええええ!?」」
初耳だそんなの。どうやら僧兵もそうだったようで、ガクガクブルブルしてる。かなりショックのようだ。そりゃそうだろうな。だっていつもこき使われてる様に見えるけど、それを容認してたのは、二人共繋がってると……素直になれないだけで繋がってるからの筈だったんじゃないのか?
てか少なくとも、僧兵はそう思ってた筈だよな。この反応は。いや僕だって、そう思ってたもん。お前等素直になれよな全く––ってマジで思ってたのに……許嫁なの?
「別にそんなに驚くことじゃないでしょ。だって私は名家の娘。相応の相手を周りが用意するのは普通なのよ。家の為にもね」
確かに忘れがちになるけど孫ちゃんはかなり良いご身分だからな。それに元老院が考えそうな事ではあるよ。
「孫ちゃんはさ、それで言い訳?」
「……言ったでしょ。私の身分は高いのよ。夫なんて何人いたっていいじゃない。為政者ってそういうものじゃない?」
笑ってそういう孫ちゃんの顔からはそれが本気なのか冗談なのか読み取れない。確かに英雄色を好むって言葉もあるよな。英雄ほどになれば異性なんて引く手あまただろうから、しょうがない気はするし、孫ちゃんの身分なら、英雄ほどにじゃないにしても、その家柄に群がってくる異性は後を絶たないのもわかる。
実は唾をつけてる異性が他に男人もいるんだろうか? 悪女だったのか? 今の言葉を聞いて僧兵の奴がしょんぼりと肩を落としてる。それをチラリと気にした気がするけど、直ぐに孫ちゃんは厳しい顔つきで上を仰ぐ。
「私だって特別。だからあんな奴に負けないわ。アイツが確率を操作するのなら、アイツの確率支配を上回るしかない。それが出来るのは一定空間を自身の絶対領域に出来る空間支配魔法だけ。つまりは私の『フラワーガーデン』だけなのよ」
「フラワーガーデン……」
だから周囲に花が咲いてるのか? けどなるほど、確かにそれならって気はする。フラワーガーデン内の支配者は孫ちゃん。絶対領域の中でなら、全ての確率だって孫ちゃんに有利に働くはずだ。だからレシアが予言した僕の死の確率を、フラワーガーデンという絶対領域で押し退けることが出来た。
「あの……ラオウさん、もういいよ。大丈夫、降ろして」
いつまでもお姫様だっこは恥ずかしい。地面に足をついて上を見上げると、レシアの奴は僕の生死には興味無いのか、さっさと寝てた。あの野郎……自分がやっといて見届けないってどういう事だよ。そこは最後まで見とくものだろ。
そこまで興味無いか。まあ自信の現れなのかもな。姉妹はほぼそうだし、レシアだってその可能性は高い。眠たげにしてるのなら、死者復活の悪夢をアイツには拝ませてやろう。
「孫ちゃん、それって空中にも展開できるのか?」
「当然、場所なんて選ばないからね。けどそう連発できる物じゃない。それに詠唱の長さもネックね。三分は掛かるわ。覚えておいて」
「三分か……」
戦場での三分は長い。カップラーメン待ってる時とはわけが違う。けど、現状レシアの確率変動に対抗できる手段はフラワーガーデンだけだ。
「やるしかな––」
僕達の頭上に影が落ちた。大きくて逞しいメイスが視界に入ってきてる。悪魔の一体に気付かれたようだ。おいおい、ここにいるメンツは単純な戦力としてショボイぞ。いやでも、フラワーガーデンの効果を知るにはいい機会かもしれない。
今この領域は孫ちゃんの支配下だ。さぞや凄いことが出来るんだろう。そう思って視線を孫ちゃんに向けると「はぁ」と溜息一つついてこういった。
「嗚呼、疲れた」
咲き乱れたた花々がその姿を消していく。あれ……これって……
「うおおおおおおおおおい! なんでフラワーガーデン解いてるんだよ!!」
「だって疲れるし。超消耗するんだから」
プクーと片頬を膨らませて不機嫌な孫ちゃん。いやいやいや、あと数瞬がんばれよ。このままじゃ僕達ペシャンコじゃん! こうなったら僧兵––と思ったけど、向こうは向こうで泣きそうだった。そして震えながら、プルプルと首をふるう始末。
いや分かるよ。通常はこの悪魔に一人で立ち向かうなんて不可能だ。しかもモブリである僧兵と悪魔の体格差と言ったらね……逆に僧兵を一人で戦わせるとこっちの心に傷を負いそうだよ。僕達と比べても圧倒的に向こうがデカイけどさ、一番ちっちゃなモブリとじゃもう米粒みたいなものだもん。
どうやら落ちたのが結界を張った位置から離れてたせいで救援は望めそうもない。下も上も激戦だ。てかよく考えたらこれだけモンスターがひしめき合ってる中なのに、よく都合よくこの場所に落ちたものだ。まあ多分それすらもレシアの確率変動の成せる技なんだろうけど……アイツが地面に落ちて死ぬと予言したから、丁度空いてたこの場所に……いや、僕が落ちるから空いたんだろうこの場所に落ちたんだ。レシアに取っては予想外なんて関係ない。
レシアが力を使えばそれは成る可くしてそうなってしまうんだから……唯一の例外は今できたけどな。けどこのままじゃそれを活かすこと無く終わってしまう。武器は無くても、僕にだってまだ出来る事はあるはずだ。
「取り敢えずコレだ!」
結局壁を作り出す事しか思いつかなかった。しかもそんな壁は意味を成さなかった。だってそもそもそんな強度のあるものじゃない。空中で足場にする程度で、使ったら直ぐに消える代物だ。無闇にパワーありそうな悪魔のメイスが戦い壊す事は簡単だった。
「私が止めます!!」
そう言って両手を上げるのはラオウさんだ。彼女はその大きな体を持ってしてあのメイスを止めるつもりのようだ。けどそれは……
「無茶だ!! ラオウさんはこの世界じゃ何も持ってないんだよ! しかもその装備じゃ受け止めた瞬間に死ぬ!!」
なんてたって彼女の装備は初期装備だ。悪魔の攻撃を受けるには心許なさすぎる。ヘタすれば受け止める事も出来ずに一瞬で––どうにかしないと……まだきっと何かある筈––
「––っつ!」
思考が動き出しすけど、目の前には既にメイスは迫ってた。空気を押しのけて迫る巨根。ゆっくりに見えるけど体は動かない。けどその時、視界の端に突如あり得ない人物が現れた。鏡の向こうから現れたそいつはこう叫ぶ。
「手を伸ばすっす!!」
振り下ろされたメイスを上空から眺める僕達。一瞬だ。一瞬であの地上からここまで……こんなことが出来るのは僕の知る限り二人だけ。一人は闇を使って移動できるテトラか、鏡を使って移動する––
「ノウイ、お前来たのか?」
「なんすか、その予想外みたいな反応は」
「いやだってお前––って周り!?」
気付いたらワイバーン共が集まってきてるじゃんか。くっそ、次々にやってくるからテトラや召喚獣達でも対応できてないな。それに飛べる奴は限られてるしな……その分強い奴等が対応してるけど、数が不利で姉妹だって居る。テトラ達でも限界はある。
せめてグリンフィードがまだ健在なら。けどこれからはノウイも参戦するのならまだどうにか……ノウイは特別強いわけではないけど、そのスキルは唯一無二だからな。ミラージュコロイドは特別なスキルであることは間違いない。
だから取り敢えずここは、その自慢のスキルで逃げの一手だろう。うん、それがいい。
「ノウイ!」
「慌てることないっすよ。確かに自分は一人でこんな所に戻れるほど、勇気ないっすし」
「それって……」
豆粒みたいな目を見開いてノウイの奴は自慢気にこういった。
「そうっすよ。ここに来たのは自分だけじゃないっす」
次の瞬間、周りに沸いたワイバーン共に降り注ぐ幾重もの光。それはすごい速さで空を駆け回り、爆発の波紋を空に咲かせていく。
「アレは聖典……セラか!」
「スオウくん、アレを見てください!!」
空中に出現してる鏡から半身だけ出した状態の僕はラオウさんの指した方を見る。するとそこには巨大な剣を持ったおっさんと統一された鎧に身を包んだ軍の奴等の姿が目に入る。
「ちょっと、あっちも!」
孫ちゃんの指した方には幾つも出来た球体の巨大な水の塊が見える。それはリヴァイアサンが作り出した球体に似てると思った。まあ水傾倒だし似てるのはおかしくはないか。そう思ってると、空へ向かって幾つもの水が伸びていく。そしてそこを道にウンディーネの軍勢が空の敵へ攻撃を仕掛けてる。
「凄い」
素直にそんな言葉が漏れてた。だってウンディーネは基本水の中で強みを発するわけで……地上では他の種族に劣りそうな物だ。なのに、自分達の創意工夫で空という領域を手に入れてたなんて。確かに空は地上よりも水中に近いのかもしれない。上下左右に縦横無尽に泳げるのであれば、彼等にとって空は海だ。
「向こうにも別の部隊が見えるぞ」
僧兵の言葉に促されてその方向を見ると、アイリの下には数十名の騎士達が集ってる。あとチラホラとスレイプルの姿も見えるけど、統率してるのは一体……確かスレイプルだけはまだバランス崩し保持者が居ないんだよな。
くっそ……スレイプルってだけで地味だからよく分からない。
「あれ? そういえばモブリ少なくね?」
モブリもチラホラとは見える。けどその数は他の種族に比べたら、微々と言える。スレイプルが少ないのはある意味仕方ないんだ。そもそも絶対数が少ないし、統率できる奴も居ない。けどモブリはLROの中で三番目に多いはず。しかも一応バランス崩し保持者だって……
「ローレの奴に求心力が無いって事か」
そんな事を呟くと、いきなり僕達を掠める猛々しい炎が伸びてきた。おいおい、まさか聞こえたたとか? んなバカな。かなり離れてるぞ。それにここは戦場、様々な音が入り乱れてるはずで、呟きなんかが聞こえる訳がない。
(訳がない……んだけど、なんだか変なプレッシャーを感じるな)
取り敢えず余計な事は言わないほうが良さそうだ。召喚獣と融合してるから五感が研ぎ澄まされてるのかもしれないしな。
「ローレ様のせいじゃないと思うっすけどね。ノーヴィスは表向き教皇支配っすし、ローレ様はあくまで巫女っすから。人やエルフの様な軍を抱える基板がないっす。ある程度国を自由に出来る他のバランス崩し保持者と違って、ローレ様には国自体の方針は変えられないっすからね」
「まあ確かに……」
それに実際は軍みたいなのは持ってた。問題はそれがプレイヤーではなく、NPCで構成されてた事だな。そもそも領土戦争からずっと世界樹に引きこもってた様だし、プレイヤーの支持者なんてそうそう出来ないよな。
「よくわかりませんが、一体どうしてこんなにも人が……人は恐怖に竦むものです。それは弱さではなく、生きるために必要な本能。危険に進んで飛び込む者の方が生物としてはバカで愚かしい。なにせ人は普通に生きる上では命の危機など早々ないのですからね」
何故だろう、胸が痛い。チクチクする。だけどそんな事にはラオウさんは気付かずに続けるよ。僕もこの胸の痛さは気のせいだと思うことにする。危険に進んで飛び込むバカで愚かしい奴なんて知らないもんね。
「それなのに勝機など殆ど見えてない……さすれば絶望が色濃く映ってるはずの現状にこれだけの人が参戦なんて……信じられません。まだゲームだと思ってるのでしょうか?」
「それは違うっすよ」
「ノウイ?」
目が点なノウイの確信めいた声。ミラージュコロイドで再び移動しだすノウイ。僕達は手をつないでる限り、ノウイの気の無くままに付いてくしか無い。戦場をすり抜ける様に駆ける中、ノウイはそれぞれの種族にある程度近づくよ。
「皆、わかってるっすよ。わかってる上でやってきたんす。教えてもらったジェスチャーコードを自分達で紡いで」
「命を賭す覚悟でですか?」
「そうっすよ。信じられないっすか? その装備初期装備っすね。じゃあ初心者さんっすか。しかもこのタイミングで初心者って事はきっとスオウくんの友人なんっすね。LROは今日が初めて」
そのノウイの推察に、コクリと頷くラオウさん。ノウイの声は深く静かに波紋を広げるように伝わってくる。
「残念っすよ。本当に残念っす。LROはほんとはもっと素晴らしいんす、綺麗なんすっよ。自分達に違う世界を見せてくれる場所っす。こんなことが理由なんて信じれないかもしれないっすけど、この場所を無くしたくない人はいっぱいいるんすよ」
「だけどそれだけで動けないのも確かだろ。ゲームの世界と自分の命。天秤に掛けれるのかよ」
僕は今までずっと自分で思ってたことを言った。何回も何回も、自分の中で問いかけた事だ。普通に考えてそんなのどっちを選ぶかは決まってる。自分の命が誰だって大切だ。でもここに居る人達はその問いでLROを取ったからこそ……ここに居るんだよな。
三百万のプレイヤーの内、数百人程度でいい、とか思ってたけど、ホントに来るとそれが数百人に満たなくても信じれないものだ。疑う必要なんて無いのに……口を付いて出てしまった。
「ごもっともっす。だけどあの人が皆の……たったこれだけっすけど背中を押したんすよ。セラ様が皆を連れてきてくれたんす」
「セラが……」
いつの間にかノウイの奴は一つの聖典の後ろに付いてた。そこにはメイド服を着た一人のエルフが立ってる。メイドの癖に口が悪くていつも僕に突っかかってくる奴。けど大切な物の為ならなんだって出来る……上司にも神にも世界にもその拳を突き立てる事が出来るメイド。
振られる腕が何を示してるのか正直分からない。けど、その指示に従ってか……空を何よりも自由に駆けてる聖典はとても生き生きとして見える。
 ブレて消えていくその姿。いや、消えたんじゃないな。ボヤけてた視界がハッキリとしてきただけだ。そうなるとガッチガチに見えてたその姿がスレンダーに成り、女性のラインが現れる。幹の様に見えてた体は大きいけどすらっとした物に変わってる。
そして肌の色は人のそれとは違って青い。耳はヒレの様に尖っていて透明で綺麗。二つにたわわに実った果実は筋肉で凝り固まってなんて居ないようだ。薄く大胆な装備に支えられれても、その呼吸だけで上下してるのがわかる。
「ラオウさん……」
「今の私にはこのくらいしか出来ませんから。幾らでも落ちてきてください。何度でも受け止めて見せましょう」
ムフーと鼻息荒くそう言うラオウさん。リアルの彼女の姿なら可愛いなんて一ミリも思えないけど、今の姿ならそう思えなくもないな。まあ何度も落ちるなんて嫌だけど。そう思ってそう言おうとしたら小さな影が僕の台詞を取りやがった。
「冗談やめてよね。何回もこんな事ゴメンよ」
「孫ちゃん。無事だったんだ」
「当然、まだまだやられてたまるもんですかってやつよ」
そう言って小さな体でふんぞり返る孫ちゃん。するとその後ろには泥だらけの僧兵の姿があった。
「実際バトルシップが落ちたのはやばかったけどな。邪神の奴がクリエ様のついでにさ」
「ふん、あんな奴に助けられた記憶はないわね」
なるほど、クリエのついでに皆のことも守ってたのか。邪神言われてるくせに優しいからなテトラの奴は。納得できる。けど今までは時間のことでどうすることも出来なかったんだろう。それがその縛りはもう消えた。だからこうやって合流出来たと。
だけど疑問がある。僕は確率を奪われてここで死ぬはずだった。それをどうやって? 鍵は……この花達か? 戦場には不釣り合いな花が咲いてる。
「どうやって?」
「私達程度の力じゃ奴等には対抗できないとでも? 自分達がどれだけ特別だとアンタは思ってるのよ」
「……」
なんか何も言えないな。特別とかどうとかは別段どうでもいいことだ。けど、拭えない違いはあるからな。僕はプレイヤーで孫ちゃん達はNPCだ。システムに逆らうことは出来ないはずの存在だ。
その力はLROのルールに則ってるはず。だからこそ、決め手になり得ることは難しい筈だろ。だってシクラ達はLROのルールの外に居るんだ。ルールに沿った攻撃の外。エリア外のゴールにシュートは届かない……筈だと思ってんだけどな。違うのか?
確かに届かせるために魔境強啓零に法の書の力を組み合わせた陣を作った訳だけどさ、ここまでだったのかは正直意外と言うか。
「私はね。アンタなんかよりも特別よ。なんてたって元老院最高議長の家に生まれ、裏と表であの国を支配することを運命づけられた者だものも。そこら辺の特別具合じゃないのよ。アンタなんかに劣ってないわよスオウ」
「表も裏もって、表は教皇の役目だろ」
そういえば教皇は無事だろうか? 世界がこんな事に成ってるんだ。安易に無事だろう––とは思えないよな。多分このモンスター共は五大国にも進行してるはずだろう。
「私、教皇の許嫁だし」
「はぇ〜」
許嫁ね。初めて聞い––あれ? それってつまり……僕は孫ちゃんと僧兵奴を交互に見つめる。そして二人して同時に声を上げた。
「「えええええええええええええええええ!?」」
初耳だそんなの。どうやら僧兵もそうだったようで、ガクガクブルブルしてる。かなりショックのようだ。そりゃそうだろうな。だっていつもこき使われてる様に見えるけど、それを容認してたのは、二人共繋がってると……素直になれないだけで繋がってるからの筈だったんじゃないのか?
てか少なくとも、僧兵はそう思ってた筈だよな。この反応は。いや僕だって、そう思ってたもん。お前等素直になれよな全く––ってマジで思ってたのに……許嫁なの?
「別にそんなに驚くことじゃないでしょ。だって私は名家の娘。相応の相手を周りが用意するのは普通なのよ。家の為にもね」
確かに忘れがちになるけど孫ちゃんはかなり良いご身分だからな。それに元老院が考えそうな事ではあるよ。
「孫ちゃんはさ、それで言い訳?」
「……言ったでしょ。私の身分は高いのよ。夫なんて何人いたっていいじゃない。為政者ってそういうものじゃない?」
笑ってそういう孫ちゃんの顔からはそれが本気なのか冗談なのか読み取れない。確かに英雄色を好むって言葉もあるよな。英雄ほどになれば異性なんて引く手あまただろうから、しょうがない気はするし、孫ちゃんの身分なら、英雄ほどにじゃないにしても、その家柄に群がってくる異性は後を絶たないのもわかる。
実は唾をつけてる異性が他に男人もいるんだろうか? 悪女だったのか? 今の言葉を聞いて僧兵の奴がしょんぼりと肩を落としてる。それをチラリと気にした気がするけど、直ぐに孫ちゃんは厳しい顔つきで上を仰ぐ。
「私だって特別。だからあんな奴に負けないわ。アイツが確率を操作するのなら、アイツの確率支配を上回るしかない。それが出来るのは一定空間を自身の絶対領域に出来る空間支配魔法だけ。つまりは私の『フラワーガーデン』だけなのよ」
「フラワーガーデン……」
だから周囲に花が咲いてるのか? けどなるほど、確かにそれならって気はする。フラワーガーデン内の支配者は孫ちゃん。絶対領域の中でなら、全ての確率だって孫ちゃんに有利に働くはずだ。だからレシアが予言した僕の死の確率を、フラワーガーデンという絶対領域で押し退けることが出来た。
「あの……ラオウさん、もういいよ。大丈夫、降ろして」
いつまでもお姫様だっこは恥ずかしい。地面に足をついて上を見上げると、レシアの奴は僕の生死には興味無いのか、さっさと寝てた。あの野郎……自分がやっといて見届けないってどういう事だよ。そこは最後まで見とくものだろ。
そこまで興味無いか。まあ自信の現れなのかもな。姉妹はほぼそうだし、レシアだってその可能性は高い。眠たげにしてるのなら、死者復活の悪夢をアイツには拝ませてやろう。
「孫ちゃん、それって空中にも展開できるのか?」
「当然、場所なんて選ばないからね。けどそう連発できる物じゃない。それに詠唱の長さもネックね。三分は掛かるわ。覚えておいて」
「三分か……」
戦場での三分は長い。カップラーメン待ってる時とはわけが違う。けど、現状レシアの確率変動に対抗できる手段はフラワーガーデンだけだ。
「やるしかな––」
僕達の頭上に影が落ちた。大きくて逞しいメイスが視界に入ってきてる。悪魔の一体に気付かれたようだ。おいおい、ここにいるメンツは単純な戦力としてショボイぞ。いやでも、フラワーガーデンの効果を知るにはいい機会かもしれない。
今この領域は孫ちゃんの支配下だ。さぞや凄いことが出来るんだろう。そう思って視線を孫ちゃんに向けると「はぁ」と溜息一つついてこういった。
「嗚呼、疲れた」
咲き乱れたた花々がその姿を消していく。あれ……これって……
「うおおおおおおおおおい! なんでフラワーガーデン解いてるんだよ!!」
「だって疲れるし。超消耗するんだから」
プクーと片頬を膨らませて不機嫌な孫ちゃん。いやいやいや、あと数瞬がんばれよ。このままじゃ僕達ペシャンコじゃん! こうなったら僧兵––と思ったけど、向こうは向こうで泣きそうだった。そして震えながら、プルプルと首をふるう始末。
いや分かるよ。通常はこの悪魔に一人で立ち向かうなんて不可能だ。しかもモブリである僧兵と悪魔の体格差と言ったらね……逆に僧兵を一人で戦わせるとこっちの心に傷を負いそうだよ。僕達と比べても圧倒的に向こうがデカイけどさ、一番ちっちゃなモブリとじゃもう米粒みたいなものだもん。
どうやら落ちたのが結界を張った位置から離れてたせいで救援は望めそうもない。下も上も激戦だ。てかよく考えたらこれだけモンスターがひしめき合ってる中なのに、よく都合よくこの場所に落ちたものだ。まあ多分それすらもレシアの確率変動の成せる技なんだろうけど……アイツが地面に落ちて死ぬと予言したから、丁度空いてたこの場所に……いや、僕が落ちるから空いたんだろうこの場所に落ちたんだ。レシアに取っては予想外なんて関係ない。
レシアが力を使えばそれは成る可くしてそうなってしまうんだから……唯一の例外は今できたけどな。けどこのままじゃそれを活かすこと無く終わってしまう。武器は無くても、僕にだってまだ出来る事はあるはずだ。
「取り敢えずコレだ!」
結局壁を作り出す事しか思いつかなかった。しかもそんな壁は意味を成さなかった。だってそもそもそんな強度のあるものじゃない。空中で足場にする程度で、使ったら直ぐに消える代物だ。無闇にパワーありそうな悪魔のメイスが戦い壊す事は簡単だった。
「私が止めます!!」
そう言って両手を上げるのはラオウさんだ。彼女はその大きな体を持ってしてあのメイスを止めるつもりのようだ。けどそれは……
「無茶だ!! ラオウさんはこの世界じゃ何も持ってないんだよ! しかもその装備じゃ受け止めた瞬間に死ぬ!!」
なんてたって彼女の装備は初期装備だ。悪魔の攻撃を受けるには心許なさすぎる。ヘタすれば受け止める事も出来ずに一瞬で––どうにかしないと……まだきっと何かある筈––
「––っつ!」
思考が動き出しすけど、目の前には既にメイスは迫ってた。空気を押しのけて迫る巨根。ゆっくりに見えるけど体は動かない。けどその時、視界の端に突如あり得ない人物が現れた。鏡の向こうから現れたそいつはこう叫ぶ。
「手を伸ばすっす!!」
振り下ろされたメイスを上空から眺める僕達。一瞬だ。一瞬であの地上からここまで……こんなことが出来るのは僕の知る限り二人だけ。一人は闇を使って移動できるテトラか、鏡を使って移動する––
「ノウイ、お前来たのか?」
「なんすか、その予想外みたいな反応は」
「いやだってお前––って周り!?」
気付いたらワイバーン共が集まってきてるじゃんか。くっそ、次々にやってくるからテトラや召喚獣達でも対応できてないな。それに飛べる奴は限られてるしな……その分強い奴等が対応してるけど、数が不利で姉妹だって居る。テトラ達でも限界はある。
せめてグリンフィードがまだ健在なら。けどこれからはノウイも参戦するのならまだどうにか……ノウイは特別強いわけではないけど、そのスキルは唯一無二だからな。ミラージュコロイドは特別なスキルであることは間違いない。
だから取り敢えずここは、その自慢のスキルで逃げの一手だろう。うん、それがいい。
「ノウイ!」
「慌てることないっすよ。確かに自分は一人でこんな所に戻れるほど、勇気ないっすし」
「それって……」
豆粒みたいな目を見開いてノウイの奴は自慢気にこういった。
「そうっすよ。ここに来たのは自分だけじゃないっす」
次の瞬間、周りに沸いたワイバーン共に降り注ぐ幾重もの光。それはすごい速さで空を駆け回り、爆発の波紋を空に咲かせていく。
「アレは聖典……セラか!」
「スオウくん、アレを見てください!!」
空中に出現してる鏡から半身だけ出した状態の僕はラオウさんの指した方を見る。するとそこには巨大な剣を持ったおっさんと統一された鎧に身を包んだ軍の奴等の姿が目に入る。
「ちょっと、あっちも!」
孫ちゃんの指した方には幾つも出来た球体の巨大な水の塊が見える。それはリヴァイアサンが作り出した球体に似てると思った。まあ水傾倒だし似てるのはおかしくはないか。そう思ってると、空へ向かって幾つもの水が伸びていく。そしてそこを道にウンディーネの軍勢が空の敵へ攻撃を仕掛けてる。
「凄い」
素直にそんな言葉が漏れてた。だってウンディーネは基本水の中で強みを発するわけで……地上では他の種族に劣りそうな物だ。なのに、自分達の創意工夫で空という領域を手に入れてたなんて。確かに空は地上よりも水中に近いのかもしれない。上下左右に縦横無尽に泳げるのであれば、彼等にとって空は海だ。
「向こうにも別の部隊が見えるぞ」
僧兵の言葉に促されてその方向を見ると、アイリの下には数十名の騎士達が集ってる。あとチラホラとスレイプルの姿も見えるけど、統率してるのは一体……確かスレイプルだけはまだバランス崩し保持者が居ないんだよな。
くっそ……スレイプルってだけで地味だからよく分からない。
「あれ? そういえばモブリ少なくね?」
モブリもチラホラとは見える。けどその数は他の種族に比べたら、微々と言える。スレイプルが少ないのはある意味仕方ないんだ。そもそも絶対数が少ないし、統率できる奴も居ない。けどモブリはLROの中で三番目に多いはず。しかも一応バランス崩し保持者だって……
「ローレの奴に求心力が無いって事か」
そんな事を呟くと、いきなり僕達を掠める猛々しい炎が伸びてきた。おいおい、まさか聞こえたたとか? んなバカな。かなり離れてるぞ。それにここは戦場、様々な音が入り乱れてるはずで、呟きなんかが聞こえる訳がない。
(訳がない……んだけど、なんだか変なプレッシャーを感じるな)
取り敢えず余計な事は言わないほうが良さそうだ。召喚獣と融合してるから五感が研ぎ澄まされてるのかもしれないしな。
「ローレ様のせいじゃないと思うっすけどね。ノーヴィスは表向き教皇支配っすし、ローレ様はあくまで巫女っすから。人やエルフの様な軍を抱える基板がないっす。ある程度国を自由に出来る他のバランス崩し保持者と違って、ローレ様には国自体の方針は変えられないっすからね」
「まあ確かに……」
それに実際は軍みたいなのは持ってた。問題はそれがプレイヤーではなく、NPCで構成されてた事だな。そもそも領土戦争からずっと世界樹に引きこもってた様だし、プレイヤーの支持者なんてそうそう出来ないよな。
「よくわかりませんが、一体どうしてこんなにも人が……人は恐怖に竦むものです。それは弱さではなく、生きるために必要な本能。危険に進んで飛び込む者の方が生物としてはバカで愚かしい。なにせ人は普通に生きる上では命の危機など早々ないのですからね」
何故だろう、胸が痛い。チクチクする。だけどそんな事にはラオウさんは気付かずに続けるよ。僕もこの胸の痛さは気のせいだと思うことにする。危険に進んで飛び込むバカで愚かしい奴なんて知らないもんね。
「それなのに勝機など殆ど見えてない……さすれば絶望が色濃く映ってるはずの現状にこれだけの人が参戦なんて……信じられません。まだゲームだと思ってるのでしょうか?」
「それは違うっすよ」
「ノウイ?」
目が点なノウイの確信めいた声。ミラージュコロイドで再び移動しだすノウイ。僕達は手をつないでる限り、ノウイの気の無くままに付いてくしか無い。戦場をすり抜ける様に駆ける中、ノウイはそれぞれの種族にある程度近づくよ。
「皆、わかってるっすよ。わかってる上でやってきたんす。教えてもらったジェスチャーコードを自分達で紡いで」
「命を賭す覚悟でですか?」
「そうっすよ。信じられないっすか? その装備初期装備っすね。じゃあ初心者さんっすか。しかもこのタイミングで初心者って事はきっとスオウくんの友人なんっすね。LROは今日が初めて」
そのノウイの推察に、コクリと頷くラオウさん。ノウイの声は深く静かに波紋を広げるように伝わってくる。
「残念っすよ。本当に残念っす。LROはほんとはもっと素晴らしいんす、綺麗なんすっよ。自分達に違う世界を見せてくれる場所っす。こんなことが理由なんて信じれないかもしれないっすけど、この場所を無くしたくない人はいっぱいいるんすよ」
「だけどそれだけで動けないのも確かだろ。ゲームの世界と自分の命。天秤に掛けれるのかよ」
僕は今までずっと自分で思ってたことを言った。何回も何回も、自分の中で問いかけた事だ。普通に考えてそんなのどっちを選ぶかは決まってる。自分の命が誰だって大切だ。でもここに居る人達はその問いでLROを取ったからこそ……ここに居るんだよな。
三百万のプレイヤーの内、数百人程度でいい、とか思ってたけど、ホントに来るとそれが数百人に満たなくても信じれないものだ。疑う必要なんて無いのに……口を付いて出てしまった。
「ごもっともっす。だけどあの人が皆の……たったこれだけっすけど背中を押したんすよ。セラ様が皆を連れてきてくれたんす」
「セラが……」
いつの間にかノウイの奴は一つの聖典の後ろに付いてた。そこにはメイド服を着た一人のエルフが立ってる。メイドの癖に口が悪くていつも僕に突っかかってくる奴。けど大切な物の為ならなんだって出来る……上司にも神にも世界にもその拳を突き立てる事が出来るメイド。
振られる腕が何を示してるのか正直分からない。けど、その指示に従ってか……空を何よりも自由に駆けてる聖典はとても生き生きとして見える。
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