命改変プログラム

ファーストなサイコロ

全ての確率

 地面が割れて空の色が不思議に瞬く。無数の咆哮の中、空気の震えと共に降り注ぐ雨のような雫。瞳を拭うとそこには召喚獣達の跪いた姿が周囲にあった。


(あれ? 場面飛んだか?)


 ついさっきローレが大口叩いた気がしたんだけど……気付いたら召喚獣達がベッコベコにされてるじゃねーか。時間操作はもう出来ないはずなんだけどな。


「おいローレ」
「笑っていいわよ。てか笑うしかないって感じね」


 なんか自嘲気味にそう言うローレ。どうやらこの状況はマジのようだな。まだ出し惜しみしてるって事は無さそうだ。まあ当たり前か、リミッター解除して最高状態になってこれからだ––って感じだったんだからな。


「全く、何をいい気になろうとしてるんだか。召喚獣程度の存在が幾ら強化されようと、私達に勝てる訳無いのにね☆」


 顎に指を添えて見下した瞳でそう言うのはシクラだ。するとそれに続いて柊の奴も出てきた。


「どれだけ希少で上位の存在だとしても、システムの制約の中の存在に脅威なんて感じない。分かってる筈でしょう」


 パチンと天扇を鳴らす柊。颯爽と集結してる姉妹の姿はとてつもなく巨大な壁の様だ。天上さえも突き抜ける壁。その壁は昇ることなんか出来ないんじゃないかとさえ思える。だってここまで来ても天辺なんて見えない。八合目くらいまでは来たかと思ってたけど、どうやら嶺の頂きはもっとずっと上だった。
 素直に登る……それはもう現実的じゃない。頂きは目指せない。そんな時間も余裕もない。頂上からしか無い見えない景色、そう云うのはあるのだろうけど、目指す事はできないんだ。けどだからって諦めた訳じゃない。それだって許されないと何度も何度も言い聞かせてきたんだ。
 立ちはだかる壁が予想の遥か上、どこまでいっても……少しでも近づけた思っても結局は見えない頂きなら、後はもう壁に穴でも開けるしか方法はない。
 全壊なんて贅沢な事は望まない。僅かな綻びに、つるはしを一つ突き立てて向こう側に穴を通す。そんな感じでいいんだ。まあ……それすらも状況は困難だけどな。僕達と残ったブリームスの人達は塊合ってなんとか戦線を維持してる感じ。元々のブリームスの人達に人間再生で蘇った過去の人々を合わせてかなりの数が居たはずなんだけど……これで残った人々全員だとすると、気が滅入る程に減ってる。
 もう殆ど過去の人達は残ってないかもしれない。それに都合よく現在の人達が一人もやられてないなんてことはないだろう。今までの時間でどれだけの人達が犠牲になり消えていったか……だけど深く考えてる場合じゃない。このままだと、いずれ全員消え去る事になる。ほぼ崩壊してしまったブリームスの町並み。
 暗雲の下、くすむ先まで黒い影が見える。倒しても倒してもモンスター共の数は減りはしない。僕達を囲み、絶え間なく攻め続けてくる奴等の大波をこのまま掻き分け続けるのはきっと無理。数もやっぱり力だよ。しかも向こうは数も質も持ち合わせてる。


「時間の問題ですね〜。折角私の時間操作を封じても〜貴方達に勝利はありません〜」
「その通り。貴様等に微笑む勝利の女神などいはしない」


 百合と蘭の声が聴こえるけど、それに反応してる余裕もない。戦えない者達は身を寄せ合って結界を張るのが精一杯。戦える者達はその外でモンスターや姉妹の相手で手一杯だ。当然ローレやアギトとかの皆は外で頑張ってる。なのに僕は……結界の中と外の隔たりがとても遠く果てしないものに感じる。


「セラ・シルフィングがあれば……」


 嘆いても仕方ないけど、思わずには居られない。戦えないことがとてつもなく苦しい。やれる事はやってるんだけどな。


『ピーーー』
(またか……)


 頭に響くそんな無機質な音。やっぱりだ。何度やっても自分自身の事はうまくいかない。人間再生も世界樹との交信での調整も、ローレのリミッター解除も出来たのに、自分を騙す事が出来ない。
 何度試しても、自分と苦十に分配できない。いや、そうじゃない。ラプラスは僕の中のローレの部分には移ったはずだ。同じ場所に居て同じ体を共有してても、僕達は別々の存在で、だけどシステム的にはそうは見られてないこの特殊性を活かした自分自身の中での二身化はされた筈。
 チェックする限り、どこにも穴は見えないのに、それでも回復できない。回復をこの体が受け付けてくれれば、もっと無茶出来るのに……そしたらこんな所で眺めてるだけじゃなくても……


『スオウ自身の問題じゃないのかもしれないですね。今、この世界はとても大変な状況ですし、奴等が中を滅茶苦茶にしてる。そのせいで混乱が起きてると考えるのは容易ですよ』


 確かにその可能性は大いにある。空に広がる模様もどこまで広がってるのか分からないし……あれが世界を覆う時、この世界は改変されるらしいからな。その進行具合に多じて既存のLROのシステムが意味を成さなく成っていっててもおかしくはない。


「ヴァオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 空から響くそんな野太い声。すると直後結界に向けて落ちる黒い落雷。中の小さな子達が悲鳴を上げた。結界の中でも一番真ん中に居る人達は魔境強啓零を利用してる手袋さえも持ってない人達ばかり。
 小さいけど、なんとか動ける子達だけで結界を張ってもらってるんだけど、それだって苦肉の策だ。けど戦える人……いや、普段は戦えない様な人達でも今は戦ってもらうしかない。そうしないと、この巨大な荒波に僕達はあっという間に飲まれてしまうだろうから。


「ああ……穴が!」


 誰かのそんな声が聴こえる。上を仰ぐと確かに結界に穴が空いてる。子供だけで張ってるとは言え、魔境強啓零を利用して、僕も介入して特殊性を増してる結界だ。それなりには頑丈な筈––シクラ達の攻撃にだって数回程度は耐えうると思うんだが……何故かあの黒いドラゴンの一撃に穴を開けられた。


「ようし! みんな僕に続けぇ〜〜〜!」


 掲げた拳と共に元気にそう叫ぶのはヒマワリだ。アイツは空に飛んでるワイバーン共を引き連れて空いた穴を目指して突っ込んでくる。


「不味いぞ! 結界の修復を––」
「うぅ……グスッグス……」
「えぐっ……うグッ……」


 聞こえる嗚咽。結界を作ってる子達までも、この状況に心折れそうに成ってる。皆精一杯やってくれてる。誰もが皆……必死だ。涙は拭わなくていい。隠さなくたっていい。ただそれでも、歯を食いしばってやってもらうしかないんだ。


「君達が最後の砦なんだ。守るものが居るから、頑張れてる人達だって居る。怖いし、辛いだろうけど、まだあきらめないでくれ」


 届いたのかは分からない。けど、皆その場を動かずに手を置いててくれてる。後は僕が結界に鑑賞して修復を早める!


「今ピクを向かわせます!」
「やめなさい。あの桜色のドラゴンはエアリーロと共にあの黒いドラゴンの気を引いてて貰わないと困るわ。ふん、何が怖くないよ。ならその身に恐怖を感じさせてやるわ!」


  ローレの奴は羽を広げて飛び上がった。そしてヒマワリの前に立ちはだかる。


「邪魔だよ! そこ退いてええええええええええええ!!」


 ヒマワリに足元に作ってた氷の道を蹴ってワイバーン共を更に突き放し一人先行してローレへと向かってくる。握った拳に力がたまってるのか、その黄金の篭手が輝いてる。ローレは光を撃ち放ってるけど、もう片方の手を前に出して、それでヒマワリは砲撃を防いでる。
 ローレの砲撃は余りにも静か……音なんてしない。けどその威力は絶大だ。フィアと融合した事でローレの力が何倍にも膨れ上がってる。しかも今はフィアも最高性能での融合だ。ちょっと前までの融合とはまた違ってるはず。
 音もなく放たれる光は包まれるだけでその部分をえぐる程に強力だ。実際、ヒマワリが防いだ光の残りカスを受けて後方のワイバーンの何体かは落ちていってる。けどワイバーンは幾ら落ちようが意味を成さない。
 だって奴等も地上のモンスターと同類だ。幾ら倒した所でそれを物ともしない数で押し寄せてくる。まあ要は残りカスでもモンスターを倒せるほどに強力な筈なソレに余裕で耐えてるヒマワリはバカなのか凄いのか……いや両方か。だからこそ厄介。


「ローレ!!」
「いいからアンタはさっさと結界直してなさい!」
「難しい事はわかんないけど、そんなんじゃ僕達は倒せないんだよ!!」


 光を握りしめてかき消すヒマワリ。その勢いは止まるどころかここに来て一段と早––


「むぎゃあ!?」


 ––んん!? 一体何が起きた? 勢いづいたヒマワリがローレと接触したと思ったら、真横に吹っ飛んでいったぞ。そして邪魔な壁がなくなった所で、ローレは広範囲に向けて光を散らした。それには流石のワイバーン共も急停止する。
 勢いが止まった。ここだ。僕は急いで結界を修復する。すると止まったワイバーンを切り裂いてローレに迫る一撃! 見えない刃の一撃。アレは天叢雲剣––蘭の奴か!! だけどその一撃を五十の魔法障壁で受けきるローレ。しかしどうやらその一撃は次の一手のための布石だった様だ。気付いたら蘭の奴がローレの眼前に……しかもそれだけじゃない、いつ示し合わせたのか分からないけど、ヒマワリの奴もタイミングを合わせてローレに迫ってる。
 これは不味い。二箇所からの同時攻撃。しかもあれだけ近づかれちゃ……ローレってどう考えても接近戦タイプじゃないだろ。だけど不思議な事に、二人の攻撃を完璧に見切ってるかのようにローレは動いた。
 二人の攻撃をすり抜けるようにしてそれぞれの腕を頭に手を添えると撃ち放たれる光。蘭とヒマワリは全く別方向へと飛んで行く。


「モードチャンジ、イフリート」


 呟いたローレ。すると光が炎にかわり、露出の多い格好に。杖もなんだか鬼が持ってる金棒みたいな物に形を変えてる。けど普通の金属製の金棒って訳じゃなく、赤黒いそれはまるで生きてるみたいに脈打ってる。


「既存のシステムに沿った力は怖くない? これがそうか、試してみなさいよ」


 そう言ったローレは両手に数十メートル級の炎の塊を一瞬で作り出す。そしてそれを蘭とヒマワリに向けた。さらにすかさず金棒を手にし、大きく振り降ろして空気を叩く。何故か聞こえたゴツンと言う音と共に、僅かに火花も見えた。そこは何もない空中の筈だけど、確かに音も火花も振動も起きた。
 すると次の瞬間、ワイバーンもシクラ達も巻き込む爆発が起きた。これは光の時の様な静けさはない。激しく、猛々しく、そしてとても荒々しい攻撃だ。


「風?」


 僅かだけど、それを僕は感じた。これはまさか……そう思ってるとローレの奴が言った。


「行きなさい。今なら届くかもしれないわよ」


 爆煙の向こうに見えるのは花の城。大量のワイバーンは今の爆発で一掃されて、シクラ達もその姿は爆煙の向こうだ。確かに今なら––––


(風を感じる)


 僕はその場でジャンプし、僅かに感じる風を掴む。そして結界を抜けてローレの所に届くと、金棒が待ってた。


「出し抜いてやりなさいよね!」


 僕は金棒に足をついて、ローレにその身を委ねる。次の瞬間足にロケットエンジンでもついてるかの如く加速が僕を更に上空へ押し上げる。そしてここまで来たら明確にそれは僕の背中にぶち当たる。
 上昇気流だ。暖められた空気は上空へ流れる。ローレがわざわざイフリートモードに成ったのはこの為でもあったんだ。僕は押し上がる気流を掴み、まるで羽が生えたかの様に飛んで行く。チラリと下を見るとこちらを見上げる皆が見えた。


 いきなりだったから何も言えなかったな。アギトの奴は付いてくるって言ってたのに、怒ってるかも知れない。けど仕方ないよね。なんせローレがこうも考えてるとは思ってなかった。僕達全員が周りの状況に一杯一杯だった時に、出し抜くことを常に考えてたとは。
 ムカつくけど、やっぱりローレは凄いやつだ。間違いない。


 上昇気流は直ぐに増えてくるワイバーン共を寄せ付けない。翼を持ってるからと言って、自由自在に飛び回れるって訳でもない。特に風の影響は大きい。何も考えずに肉体構造だけで飛んでそうな頭悪い奴等には上昇気流の激しさの中には立ち入って来れない。
 まさに花の城への直通便だ。


(届く!)


 そう思えた瞬間、突如勢いが無くなった。結構上に上がったから気流が拡散し始めたのかもしれな––


「ふぁ……これ以上はダメかな」


 それは寝巻き姿のレシアだ。居たなこいつそういえば。シクラ達とは常に距離を置いて行動……というか寝てたからあの爆発にも巻き込まれなかったのか。


「そこを退けレシア!」
「そう言われてハイそうですかって––言ってもいいよ」
「何?」
「別に私は何もやる気ないし。通りたければ通ればいい。通れたらの話だけど……」


 そう言って再び欠伸をするレシア。マジでやる気ないなこいつ。いや、絶対の自信があるんだ。この余裕はその裏返し。そもそも今の僕にはレシアを傷つける手段なんてないし、気にする必要なんてないんだろう。
 だけどこの態度……やる気はなくても、仕掛けはきっとある。だけど迷ってる場合じゃない。あと少しなんだ。上昇気流の後押しは受けれないけど、ここまで高いと風は常にある。後は足場をラプラスで作りつつ複雑に絡み合う上空の風を掴みながらでも充分辿り着ける距離! 
 僕は早速、足場を作ってそれを蹴って跳ぶ。


(何もしないだろうけど、一応レシアとは距離を取って抜けるか)


 それが安全だ。無闇に近づく必要なんてない。だけど二・三回跳躍した時だ。空気が弾けて、下に吹き飛ばされた。


「っつ!? これが仕掛けか」


 HPが削られないタイプなのは舐め腐ってるからだろうか? まあありがたい。僕はなんとか踏みとどまって別の箇所から花の城を目指す。けどやっぱり同じようにして阻まれた。


(もしかして花の城の一定ラインに入ると発動する仕掛けなんじゃ……)


 なんどやっても同じだからな……そんな事を思ってるとまるで見透かしたかのように、枕を抱えたレシアが言う。


「それは地雷と同じような物だよ。予め点々と配置してるだけ。スオウが自分からそこに突っ込んで行ってるの。言ったでしょ? 何もしなくったっていいって」


 確率変動か。確率を操作して僕が罠に飛び込むようにされてるんだろう。まさに最強の守り手だな。これじゃあ幾らやっても自分から罠に飛び込んでしまう。クソっ……こうなったら!


「正面突破! それで行く!!」


 僕はあえてレシアの方へ向かう。周りに配置してある……それはつまり穴は一つだけ。お前の側だけって事だろ! 自分が罠を完璧にするための要になってるんだ。今の僕ではどうすることも出来ないけど、何もしないってのが本当なら、数センチ側を通ったっていい筈だろ!


(これで––––っうわ!!)


 レシアの目の前で僕は空気の衝撃に阻まれる。一気に距離があく。視界の先でレシアが笑ってた。


「ふふ、あはは、私は要になったりしない。何故なら面倒だし、そんな必要もないもの。でも私の力は分かりづらいからね。少しわかりやすく教えてあげる」


 するとレシアが僕を指さして言った。


「スオウは落ちて死にます。残念だけど君達に勝利はない」


 告げられた宣告。けどそんなの簡単に信じるわけない。それにただ落ちて死ぬって、回避方法はいくらでもあるじゃないか。取り敢えず足場を作ってそこで一端態勢を……と思ったらワイバーンの一匹が何故か背中からぶつかてきやがった。
 足場に乗れなかった僕。だけどまだだ、取り敢えず風を掴んで方向転換。ワイバーンも振りほどいてこれから––と思ったらピクの背中を交わしてしまった。どうやらシルクちゃんが気を利かせてフォローに越させたようなのに、急な方向転換で対応できなかったようだ、しかもピクの羽の羽ばたきで更に煽られる始末。
 コントロールが出来ない。だけど今度はエアリーロの姿が見えた。今度は余計な事はしないぞ。そう思ってると、何故か吹っ飛んできた悪魔のメイスが合流を邪魔した。でも直ぐにリルフィンとテトラが……けど今度はシクラと百合が……更に柊の広範囲凍結魔法で、幾度も出しや足場がやられる。
 お前等絶対に示し合わせてるだろ! って言いたく成った。他の何もかも全てが僕を地面に落とす為に動いてる様な……そんな気がする。助けは常に何かによって阻まれる。それは人物やモンスターだけじゃなく自然現象や戦いの中の意外な連鎖だったりだ。
 こうなったら法の書で落ちる地面を柔らかくするしか……


『ピーーーーー』
「ふざけんなああああああああ!!」


 なんでここに来てそうなる!! 迫る地面。頭に響くレシアの言葉。絶対に覆られないことなんじゃないかと心が言い出す。僕は思わず目をつぶってしまう。だけどその時、戦場には似つかわしくない芳しい花の香りが鼻孔に届いた気がした。

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