命改変プログラム

ファーストなサイコロ

時は一つ

「ローレエエエエエエエエエエエエエエエ!!」


 頭でそれを理解するよりも早く口をついて出てきた声。すると次の瞬間、召喚獣達が一気にこの場に集ってきた。


「「「「主!!!」」」」


 イフリートの奴が氷を溶かし、リルフィンが詰まってたモンスター共をその咆哮で吹き飛ばす。そしてリヴァイアサンが地面から水を沸き立たせ僕達を巻き込んで、水の結界を作り出す。


「ガボッボボボ!」
「う〜う〜!」


 突然水の中に晒された僕達はちょっとパニック。だって水の中では息なんて出来ないわけで、そんな固定観念が頭の中に沸き立って慌てさせる。けど……あれ?


「待て皆。落ち着け。息出来るぞ!」
「あ、あれ?」
「ホントだ」


 ちゃんと水の抵抗も感じるし、何せ僕達水に浮かされてるのに、息は出来るようだ。ここに確かに水はある。けどリヴァイアサンの出した特殊な物なのかも。


(そうだ、ローレは?)


 普通ならオブジェクト化して消えてしまっててもおかしくないけど、僕はその姿を探した。だってまだ召喚獣達の姿はそこにある。って事はローレの力は完全には無くなってないって事だ。そう思ってると直ぐに見つけたよ。ローレは僕達よりも高い所で静かに浮いてる。
 けど……そのHPの残量は零だ。消えてないのが不思議。


(この水……これがローレを守ってるのか?)
「わ、私が回復させます!」
「ダメだシルクちゃん! 離しちゃいけない。手を離したら時が止まる」
「そんな……じゃあ回復できないって事ですか?」


 悔しいけど……そうなる。シルクちゃんが辛そうな顔をする。シルクちゃんはヒーラーだ。だからこそ、この中で誰よりもその責任を感じてる。けどそれを一番感じないといけないのは僕だ。僕が……僕を守る為にローレの奴は飛び出した。
 自分の命を投げ出して、僕を守ってこうなった。分かってた筈なのに……今、このLROで死ぬと言うことがどういうことか……今までの様にゲートクリスタルに戻って復活なんて多分無い。開けられた扉は今や一方通行だ。
 そして与えられた命は一個だけ。そのリスクが重く……重すぎるから誰もが二の足を踏む。分かってない筈がないのに……あんな迷いなく……


(くそっ……)


 自分をボコボコにしてやりたい。僕が手こずってたから……ローレに割りを食わせた。もっと自分の頭が良かったら、もっともっと自分が優秀だったら……誰かを犠牲にせずに済んだかも知れない。
 ドブン––と言う音が聞こえる。そして降ってくる声。


「無駄な事を考えるな人間。自分の不甲斐なさに後悔する暇があるのなら、やるべきをやり遂げろ。それを成せれば、まだ主に希望はある」
「リルフィン……」


 降りて来たのはリルフィンだ。その姿を人間形態に戻してこっちを見つめてる。その瞳はこれまで見た中で一番厳しい物をしてる気がする。怒ってる……のかもしれないな。当然か、ローレはリルフィンの全てみたいな物だ。
 そのローレが僕のせいでこうなったんだからな……怒って当然。


「おいリルフィン。ローレはどうなってるんだ? HPは見えないぞ」
「リヴァイアサンの結界で死を食い止めてる状態だ。まだ完全に主の命が尽きたわけではない。だが、このままではいずれ……」


 アギトの言葉にリルフィンはそう答えて僕の胸ぐらを掴んでくる。怒りに満ちた瞳……それが僕に刺さるよ。


「だからこそ貴様の力が必要だ。貴様を守るために主は飛び出した。それは貴様に賭けたものがあるからだろう! それを成し遂げろ。出ないと俺は貴様を許さんぞ!!」


燃えるような瞳。それを見てるとこっちの心にもチリチリとした痛みが沸いてくるようだ。僕は空いてしまった法の手を強く握りしめながら言うよ。




「そんなの……分かってる。わかってるさ! だけど、足りないんだ。何かが!! 奇跡も偶然も、今の僕達には起き得ない。だから今のままじゃ絶対に駄目なんだ!」


 その言葉の直後、周囲で激しい爆発が響いた。眩しいほどの爆発が水の中までも震わせる。


「モンスター共もあの姉妹も、ここを狙ってきてる。俺達も主がこの状態では万全な力は振るえん。泣き言しか言えない奴など守りたくもないが、貴様しか希望はない。なんとかしろ。俺は主ほどに優しくはないからな、頑張れなど言わん。
 やれ! それしかないんだ!!」


 そう言って輝きに包まれるリルフィンは僕達に背を向けて外に飛び出していった。それしかない––そんなの分かってる。だけど何が足りないのか、後、どんな理解が必要なのか、それが分からない。良く考えたらローレがこのまま消えてしまったら、譲渡されてる権限はどうなるのだろうか?
 やっぱり消えてしまうのか? そうなったらもう絶対に時を取り戻すことは出来なくなるな。それは不味い。何としてでもやらないと……このまま時を掌握されたままだと勝ち目なんて……いや元から殆ど無いけど、その殆どさえ消えてしまう。


(一体どうすれば……)
『偶然に頼れないってのは案外痛い物ですね〜』


 気楽そうな頭に響いて来てちょっとイラッとする。


『これまでスオウは勢いとかで強引になんとかして来た事多かったですし、勢いがあれば運が付いてきたりってのがあった。だけど今度ばかりはそうは行かない。冷静に振り返ってみましょうよ。必要な何かを』


 イラッとはしたけど、言ってることは正しい。苦十の言葉に僕は頭を整理するよ。法の書の稼働もラプラスの動きも問題はないはずだ。だけど回り出した歯車がどこかでキチンと噛み合ってない。ローレの権限によって世界樹へとアクセスし、法の書の力でその内部に侵入、ラプラスによって変換を行う。
 出来ない事はない流れ。


(もしかしたら……世界樹との繋がりが足りないとか?)


 ローレだけの権限の範囲じゃ弱いのかも知れない。ローレは世界樹の巫女だけど、世界樹をどうこう出来る訳じゃないしな。けど、ローレ以上に世界樹との繋がりが強い奴なんて……


「世界樹の力の流れに介入したいわけか。世界の歯車を握ろうとは。大胆な人間だな貴様は」
「テトラ……」


 いつの間にこいつまでここに? まあ敵さんが全部こっちを狙ってるのなら、自然とテトラもこっちに来ることに成るか。流石のテトラもあの姉妹を単騎で相手には出来ないからな。待てよ––


「テトラ手をかしてくれ! もしかしたら最後のピースはお前なのかも」
「いや、それは違うな」
「何?」


 なんでそんな事がわかるんだよ。そもそも何しようとしてるのか殆ど把握してないだろ。けど、なんだかテトラは確信めいてる。神だからな……なんでも知ってるみたいな雰囲気を出してる。見透かされてるのか? 


「忘れてるのか貴様は? 俺以上に、世界樹と密接に繋がってる奴が居るだろ。それはこの世界中のどんな存在よりも世界樹との繋がりが強いやつだ。光と闇を併せ持つそんな存在」
「それって……」


 確かにそうだ。居る……一人だけそんな存在が。けど……バッと僕は周囲に目を向ける。けど今どこに居る? 確かグリンフィードに乗ってたはずで、そのグリンフィードは落ちてしまったから……だけど所長達は無事だったからな。それならクリエの奴だってきっと……けどこの状態じゃ接触するなんて事出来ないぞ。どうすれば……


「俺も奴等相手ではどこまで保つかわからん。さっさと楽させろ」


 そう言ったテトラは黒い闇を手のひらに作り出す。そしてそこからなんとクリエを取り出した。こいつの闇なんでも出てくるな。四次元ポケットか。


「このくらいの物体移動は訳はない。そいつが当てはまるのかはわからん。だが、偶然や奇跡が無くても、ねじ込めばいいだけだ。お前が揃えたアイテムにならそれが出来るはずだ。急げよ。この世界をあんな奴等の好きにさせるわけにはいかない」


 テトラも再び外の戦場へと向かう。戦える––その力を持った奴等が頑張ってくれてる。僕は、僕にしか出来ないことをやらないといけない。クリエじゃなかったとしても、もうそれは関係ないよな。テトラが言ったとおりなんだ。
 ローレ、クリエ、この二人以上の繋がりはもう無い。それが揃ってだめなら、もっと深くを組み替えるしか無い。だってコレ以上はないんだから。
 僕は自分達の時を適応させてクリエを目覚めさせる。


「うっ……ん。はれ? スオウ……そうだ! 大変なの! グリリン落ちちゃって! それで、それでね!」
「落ち着けクリエ。その状況はもう過ぎ去ったよ。今は時を取り戻す場面なんだ。お前の力を貸してくれ」
「うん!」


 早い! 返し早すぎだろこいつ。絶対に分かってないよな。諸々理解して貰う気もないけどさ。今のはもう脊髄反射レベルだったぞ。まあだけど面倒な事も全部すっ飛ばせるしいいか。真っ直ぐに見つてくる大きなクリエの瞳。
 そこには疑いの色なんて微塵も見えない。僕を……信じてくれてるんだ。


「クリエ、お前は世界樹の落とし子だ。世界樹とはきっと一番強くつながってるよな?」
「そうだよ。クリエは世界樹から生まれたんだもん」


 エッヘンと胸を張るクリエ。僕は続けるよ。


「僕は今、世界を流れて満たす世界樹の力その物を掴みたいんだ。けど、うまくいかない。お前から世界樹を説得してくれないか?」
「それをしないとクリエ達消えちゃうかもしれないんだよね。スオウ達と会えなくなっちゃうんだよね?」
「クリエ……」


 その言葉は何をどこまで理解しての言葉だろうか? この世界で自分達をNPCと認識してる存在は少ない。神であるテトラや後は召喚獣達は分かってるようだけど、その他は自分達を造られた存在なんて思ってないはず。
 けど……今のクリエの言葉はなんだか……僕は噛みしめる様にして答える。


「ああ、そうなるかもしれない」
「やるよ! クリエ頑張る! 大丈夫、世界樹にもスオウを信じてって伝える! なんだか元気なくなってるけど、大丈夫だよって言ってあげる!」
「ああ、頼む」


 抱えたクリエから何かが流れてくる。そして聞こえ出す様々な声。コレが、クリエが普段か聞いてる世界の声。するとクリエにも陣が現れる。僕はもう一度皆を眺めて、そして空へ顔を上げる。


「大丈夫だよスオウ。世界樹も今なら受け入れてくれるよ」


 その言葉を受けて僕は再び繋がりを伸ばす。クリエの口添えもそうなんだろうけど、聞こえる何かの声が道を示してくれる。今度こそしっかりと絡まった僕達の陣と世界樹の力の流れ。


「世界樹の流れを掌握。内部構成、歯車を調整して世界への影響を最小限に。世界の時の調整実行」


 世界の色が全体的に青紫色に染まった。その中で世界樹の力の流れだけがキラキラしてる。この瞬間だけは、僕達もシクラ達も完全なる停止状態だ。誰も動くことの出来ない刹那、僕達の向こう側の時間を世界は吸い上げてる。
 そしてどこからから二重に聞こえてた「カチッカチッ」という音が、合わさっていく。世界は再び、息を吹き返したように動き出す。


 水の向こうの世界に色の違いは無い。聞こえる音は厚みを増してる気がする。曇った空から控えめに見える太陽の輝きがリアルの時間に合わせてその位置を戻してる……のかもしれない。


「成功……したんでしょうか?」


 アイリがそう呟く。そういえば色の違いは僕やローレしか見えなかったんだっけ。それじゃあどうやって成功を伝えるか……僕はウインドウを開くよ。


「リアルの時間とLROの時間の二つが表示されてるんだし、これで確認できるよ。今までは二つの時間は違ったけど、今は一緒になってるはずだ」


 間違いない。ちゃんと成功してる。二つの時間は全く一緒だ。


「うぅ……」


 微かに聞こえたそんな声の方を見ると、ローレの奴が目をかすかに開けてた。


『主!』


 リヴァイアサンがその身をローレに寄せる。長く大きな蛇の様で、けど蛇なんかよりもずっと綺麗なその体。そしてリヴァイアサンと同じくらい早く動くのはシルクちゃんだ。


「もう、手を離しても大丈夫なはずですよね? 回復します! させてください!!」


 そう言って結構不格好にじたばた泳ぎながらローレの元へ急ごうとするシルクちゃん。けどその姿を見かねたテッケンさんが彼女の手を引いて泳ぎだした。モブリって手足短いから普通なら人よりも泳ぎなんか不得意そうなんだけど、何故か鉄拳さんは速い。
 スキルの修練度の関係だろうか? シルクちゃんも泳ぐスキルはあるんだろうけど、多分彼女はリアルでは金槌なんだろうなって見てて分かった。


 ローレの近くに来て回復を施す。するとローレの体から小さな妖精が顔を現す。


「フィアか」
『そうですよ〜さあ、ではこの調子で私達のリミッター解除も––ってそれは既に出来てますね』
「間に合ってたか?」


 ぶっ刺さってたから無理だったのかと……


『私だけはなんとか。ですがいきなり全開放出来るタイプじゃ私はないんですよ〜。ですから、主の命を紙一重で繋ぐのが精一杯でした。残念無念』
「お前が目覚めさせたんじゃないのか?」
『ローレちゃんの弱体と共に、溶け合ってた私も弱ってましたので〜、それはないです〜。出来るならもっとさっさと復活させてますしね〜』


 確かに言われてみればそうだな。けど、それじゃあどうしてローレのHPは赤ギリギリまで戻ってたんだ? その数値は零になってたはずだ。それでもローレがオブジェクト化して消えなかったのはリヴァイアサンのこの結界と、多分ローレの悪足掻き……というか機転、も起因してたんだろう。


「なんでもいいだろ。貴重な戦力が欠けなくてよかった。それでいい」
「そうですね。良かったですローレ様」


 そう言ってるのはアギトとアイリ。けど、それじゃいけない気がする。確かに普段なら「なんかラッキー」で済ませていいのかもしれない。だけど今は原因が必ずある筈なんだ。だってラッキーなんて起こりえる筈はないのだから。
 すると回復が効いてきたのかローレが口を開く。


「アンタが余りにも情けない顔してたから……あのままじゃ逝けなかっただけ」
「悪かったな情けない顔で」


 確かにちょっとしてたかもしれないけど、こうやってなんとか成功できたんだからいいだろ。時間はもう狂いはしない。


「それは冗談だけど、アイリあんたも上に立つ者ならもっと深く物事を考えるべきよ。楽観なんてものは足元を掬われる要素。スオウの話じゃあのクソ姉妹の一人に確率が支配されてるんでしょ? それならこっちに都合のいい偶然なんてあり得ないはず」
「うう……相変わらず手厳しいですねローレ様は」
「アンタが甘々お姫様だからよ」


 アイリに対してかなりツッケンドンな態度のローレ。まあ国を背負う同士色々とあるんだろう。厳密にはローレは国自体を背負ってない稀有なバランス崩し保持者だけど。


「フィア何かわかる」
『そうですね〜、考えれることは時間の調整時の繋がりですかね? 世界への影響を滑らかにするためにいきなりに繋がった訳じゃないでしょう。要は調整された時、前の時間の範囲が少し戻ってたって事ではないかと。前に進むことはあり得ないので、ローレちゃんの死を確率で奪うことは出来なかったのかな?』


 なるほど、確かにそれなら……納得できる。僅かに前に戻った時間でリアルの時と繋がったから、HPが完全に無くなる前の状態に戻ってたと言うことか。時間は常に前へ進んでる……けどその進みを早める事は感覚でしか出来ない。
 だから後ろへ戻ることでしか調整出来ない。流石にLROのシステムでも未来を決めることは出来ないからな。レシアの奴の確率変動だってその瞬間、この時間の確率を掌握してるだけなんだ。


「さあ、早く全てのリミッターを解除しなさい。時間はもう手の届かない所へ言ったけど、この世界を諦めたりしないわ。これからよ。そうでしょ?」
「そうだな」


 僕は取ったその手から全ての召喚獣のリミッターを解除する。再びフィアと一体化するローレ。そして勢い良く杖をふるうと、球体状に僕達を包んでた水が四方に津波の様に押し広がった。敵だけに影響を与えるその津波は雑魚共を押し流していく。
 けど悪魔や中級モンスター、そしてシクラ達には勿論効きはしない。時の混乱は消え去った。だけど現状は悲惨だ。被害は大きく、ブリームスの人達には辛いことが続いてる。再会した家族、先祖、知り合いが再び消えていくんだ。
 それは知らないよりも知ることの方が辛いこと。きっと僕達が見てない所で、沢山の涙が流れた筈だ。そして流れもせずに消え去った人達も居る。これ以上好き勝手になんかさせない! 再びピクがその姿を成長させて僕達をその背にのせた。
 そして掲げた杖の元に集う召喚獣達。輝く光が、その獣達の姿を更に神々しい物に変える。


「世界十二の柱、その真の姿をここに開放する。ここからはもっと楽しい戦いが出来るわよ」


 ローレは笑う。自身の身さえも神々しく輝かせて。



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