命改変プログラム

ファーストなサイコロ

時の遭難者

 『だぁれ?』


 キョトンとした顔でそう尋ねる百合。その言葉にローレの奴は行け高々に宣言する。


「私はローレ。リア・レーゼの巫女にしてモブリのバランス崩し所持者。そしてアンタを叩き潰す相手よ」
「ふふっ、面白い人ですねぇ」


 百合の奴は冗談か何かだと思ってるのか余裕の笑みを崩さない。てか、自信なのかな? 百合百合してるけど姉妹の長女だし、時間操作はやっぱり超強力だ。それに百合の時間操作に今の所制限が見当たらない。
 百合はローレの時間操作がどんな物なのかは知らない筈。そんな時、普通は警戒をするのが普通だ。けど、自分以上の時間操作がないと百合は確信してるんだろう。だからこいつは揺れない。そして二人の時間操作を知ってる僕の見解ではやっぱり上は百合だろう。
 そして今までの戦闘をリアルで見てて、それを分かってた上でローレは来たんだよな? それはつまり、勝算があるって事なのだろうか? てか、こいつがこのタイミングで来た事の方が不思議だ。


「お前……なんで?」


 口を付いて真っ先に出てきた言葉がそれだった。確かに今現在も扉は開いてる。ジェスチャーコードを使えば、誰もがこのLROに舞い戻る事が出来る。けど、全てを伝えた今、その一歩を踏み出すのは難しい筈。
 事実、アギト達の様な僕に身近な存在しか、飛び込んじゃ居ないしな。アギト達には、リアルでの繋がりがキッカケなのは分かりやすい。繋がりが深いほど、見捨てる事は難しいだろうし。そして大部分の人達にはそのキッカケが難しいだ。
 心では無くなってほしくないと思ってる人が大半だと思う。けど、命を賭けれるか……と成れば別物だ。キッカケや後押し……勇気を奮い立たせる為には必要な材料。それは繋がりだけじゃないかもしれないけど、不特定多数のただの楽しんでたプレイヤーの人達にはやっぱり難しいだろう。
 けど、じゃあなんでこいつは……となるとただのプレイヤーじゃないって所が当てはまるし、一応薄いけど繋がりもある……か。でもまさかこんな早くに突入してくるとは夢にも思わなかった奴だ。候補にすら上がってなかったと言っても良い。
 だってあざとい奴だしな。勝利が確定した所をかっさらうイメージが強いんだけど……大量の信者を作り上げて世界征服狙ってたやつだし。こんな一番大変な時に真っ先に駆けつけるタイプだとは思わなかった。
 けど、僕のそんな思いとは裏腹に、告げられたローレの言葉は実にローレらしかったよ。


「なんで? そんなの簡単。ようはこの戦いは次の世界の担い手を決める戦いでしょ? そんな重要な戦いに私が居なくてどうするのよ? 私はね、誰よりも本気で世界を獲りに来てるのよ」


 どうやら助けに来てくれた訳ではないらしい。確かにこの戦いを制した方が自分達の描く世界を手にするだろう。狙いはそこかよ。けど、ローレにその権利はないような。まあ分からないけど、法の書の様なシステム干渉の手段がないと、勝ったとしても世界を戻す手段がないからな。一応忠告しといてやるか。


「僕達側が勝っても、お前を頂点にした世界には成らないからな。言っとくけど……」
「そんなの期待なんかしてない。けど、元のLROに戻ったとしても、影響は残るでしょ。私がアンタの仲良しクラブ以外での第一の参戦者って事実。それはこれからの大きな伏線なのよ。そもそも誰かに譲ってもらおうなんて思ってないし、私以外の誰かに渡す気もない」
「お前、今この瞬間のLROはゲームじゃないんだぞ」
「ははっ、今までがイージーだっただけでしょ。私にとってはようやくハードになった程度の事よ」


 こいつ、命をゲーム難易度で済ませやがった。バカなのか、それとも思ってた以上の大物だったのか……空ではようやく完全に出てこれた黒いドラゴンがその咆哮を響かせて僕達の鼓膜を揺さぶった。だけどそんな中、ローレの奴が、小生意気だった顔を蕾が花を開かせるかのようなほほ笑みに変えてこういった。


「スオウ、理解できない? この世界が私は好きなの。自分自身の手で突き進めるこの場所こそ、私が求めてた場所だもの。だから挑む事に迷いなんてない。怖いのは挑戦できなくなる自分よ。誰かの為じゃない、アンタの為でもどっかのお姫様の為でもないわ。
 私はね、私自身のワガママを貫き通す為なら、命だって惜しくない」


 それは確かに見える強い輝きだ。ローレの奴がその姿には似つかわしくない程に大きく感じる。実年齢がこの見た目じゃないとは分かってるけど、でもだからって四・五十代でもないよな? 自分の事を棚に上げてだけど、どう育ったらこんな風に成ってしまうのか。
 でも、単純に考えれば、こいつはLROに惚れ込んだって事なんだろう。きっと最初は誰もが感じて、だけどいつしか馴れてしまうようなそんな感動を、ずっと持ててた奴なのかも知れない。だって本当に、最初のこの世界に降り立った時の感動……それは絶対に一生忘れる事なんかないだろうと断言できる物だから。
 心を鷲掴みにされて、それがずっと変わらない。それはちょっと危険なのかも知れないけど、こいつの場合はちゃんとリアルはリアルでやってそうではあるよな。ちゃっかりしてるのがローレでもあるし。


「こほん、え〜とじゃあ、ちょっと遊んでみよっか?」
「遊ぶ? そんな余裕あるのかしら? リルフィン!!」


 その言葉と同時に、リルフィンの奴が速攻でローレの傍らにつく。声は発してない……けど、その瞳はなんだかちょっと濡れてるように見えた。大きな狼形態に戻ってるリルフィンだけど、その雰囲気が変わってるのが僕にもわかる。
 そして更に一度杖を鳴らすと、他三体の召喚獣も揃う。その姿は壮観。小さなローレを中心に、屈強で神秘的な召喚獣の姿。絵になるとはこの事だ。チラリとこちらを振り返ったローレからこう紡ぐ。


「早くアンタの陣を渡しなさい。それがないと奴等をけちょんけちょんに出来ないんでしょ」
「けちょんけちょんに出来るかはお前次第だけどな」
「見てなさい。格の違いを教えてあげる」


 渡した陣を確かめる様に拳を作るローレ。杖を地面に突き立てて、一つ鳴らすと同時に召喚獣達が動き出す。だけどその瞬間に世界の色が無くなる。けど、僕が巻く前にその色は元に戻った。視界の先には地面を滑る百合の姿が……


(何が起こった?)
「あらら〜なんだかやられちゃったなぁ」


 微笑みを絶やさずにそう言う百合。けどそれに間髪入れずにローレが言った。


「アンタみたいに私の頭はユルユルじゃないのよ。教えてあげる。時間操作の戦い方をね」


 その一瞬、確かにピクッと眉が反応したのを僕は見逃さなかった。怒った……までは行かなくても、イラッとはしたんかもしれないな。ローレの奴は他人を煽るのが大得意だから。


「百合姉、ちょっと怒った? ふふ、あれはちょっと私と同じ匂いを感じるかも☆」
「まさか〜、あんなのお姉ちゃんの敵に適う訳ないじゃない。シクラちゃんは心配症だな〜。しょうがない、お姉ちゃん直々に動こうかなぁ」


 百合は胸の谷間に腕を突っ込む。そしてそこから、出したのはカスタネット。カンカンカンと、不気味なリズムを刻みだす。


「やりましょう、時間を超越した戦いを。そしてどちらが時の支配者かを決めましょう」
「時に使われてる奴に負ける気はしないわね」


 そして今度は世界の半分が色を保ったまま、半分が色を失う。その中で精霊とシクラ達がぶつかり合ってる。けど、その次の瞬間にはぶつかる位置とかが変わってた。そして気付く。半分が……変わってる? 色を持った部分と、色を失った部分がだ。どういう事だ? 
 そしてそれは彼等の位置が変わる度に回ってるようだった。


(回ってる? まるで時計の円の様?)


 数字も何も見えないけど、それはまるでこの世界を大きな時計に模した様に感じる。一体どういうことなのか……そもそもどうやって対抗してるんだよ。ローレの奴の時魔法は限定的だったはず。それでどうやって世界全体に影響を与えるような百合の時間操作に対抗してるのか……元の色の半分の部分は動き続けて、色を無くした部分は止まり続けてる。
 まあそれもその範囲が動くまでだけど。明らかに今までの時間停止とは違ってる。何がそうさせてるのか……


(苦十、わかるか?)
(そうですね。時間が複数あるような? そんな感じに思いますよ)
(時間が複数? 普通時間て普遍的な物だろ。それがどうやったら複数なんて事になる?)
(そんな事知りませんよ。ただ、既に時間は一つじゃないじゃないですか。ここの時間とリアルの時間があったはずです)
(それは……まあな)


 確かにリアルとここLROの時間はズレてるな。LROの方が半日分程、時間の進みが早く成ってる。けど、それがどうやってこうなるのかは分からない。それなら、システムに干渉して直接ここの時間を操作とかしたほうが……って多分それを百合はやってるんだよな。
 そしてローレにはそこまでの力はない。そもそも法の書持ってないし、外側にもローレはいない。深くシステムに干渉したことが出来るわけはない。でもそれならますますどうして、アイツが百合達に対抗できるてるのか分からない。
 確かに僕の陣は渡したし、アイツの力はバランス崩しだ。強力な召喚獣を召喚して行使出来るその力は絶大だろう。けど……だからってシクラ達と拮抗できる訳はない。いや、それは技術で出来るのかも知れないけど、勝つ所まで行くにはやっぱり厳しいだろう。
 ローレは充分に善戦してる。でもアイツ一人で倒せる相手じゃないのは明白だ。


「スオウ! 俺達も!!」


 アギトの奴がそう言って来た。結構ボロボロに成ってるけど、まだまだやれそうだな。後ろの皆も、その瞳は死んでない。ちょっと天道さんは怯えてるようだけど、ラオウさんがついてるし、大丈夫だろう。


「よし、取り敢えず––っつ!?」


 色を失った範囲が僕達のいる箇所を覆う。それと同時に時が止まる皆。そしてその直後だ。空から黒炎が降り注いだ。弾け飛ぶ建物に、幾つもの人の姿。だけどそれらも、地面に落ちる前に止まる。黒炎が降ってきた空を仰ぐと、そこにはドデカイ黒竜の姿がある。動いてる……いや、それは普通だ。あの範囲は色があるんだから。けど、それならどうして、時が止まった範囲に入った瞬間に攻撃も止まるはずだろう。
 けど、そうじゃない。奴の攻撃は止まること無く、降り注いでる。そしてその黒炎の一つが後方に居るシルクちゃん達に向かってくのが見えた。


「くっそ!」


 僕は走る。先の攻撃で弾けた瓦礫が宙に止まったままで、かなり煩わしいけど、デカイ瓦礫だけ避けて僕は走った。そしてシルクちゃん達の前に立つ。


(どうする気ですか? 今のスオウにアレを止める術は––)
「分かってる! けど、このままにしておけないだろ!」


 僕は法の書を頭の中でめくる。確かに物理的にアレを防ぐ方法は今の僕にはない。けどアレを無くす方法はある。空間を歪ませて、別空間へ。けどその時頭の中でアラートが成る。


『現在時現停止中に付き、空間操作は出来ません』
「なに!?」


 そんな、まさか時間が停止してる弊害がこんな所で出るなんて。時間が停止してるって事は空間も停止してるのか。その間には法の書とラプラスでも干渉は出来ない……やるとするなら、この範囲に入る前じゃなきゃ駄目だったのか。


(どうする? どうする? どうする?)


 ラプラスで作れる壁程度じゃ流石にこの攻撃を防げそうもない。だけどやらない訳には行かないだろ! 僕は薄い壁を出来るだけ重ねて出現させる。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 幾ら壁を重ねても黒炎の勢いは止まらない。普通の炎と何かが違うのかも知れない……けど、それだとしても、今の僕にはこれ以外に対策はない。願わくば、もう一段階回ってくれれば……もう一度動く範囲に入ってくれれば……そんな願いを無慈悲に踏み潰すかの如く迫る真っ黒な炎。
 するとその時吹いてくる煌めく薄緑色の風。これは––


「エアリーゼ!」
『掴みなさい、その風を。そして自身の風で制御するのです。武器を無くしたからと言って、今まで得てきた全てが消えた訳じゃないでしょう。私が出来るのはこの風を送る事だけ。後は自分で切り抜けるのです!』


 自分だって大変なのに風を送ってくれたのか。空間自体が止まってるのに風は届くんだ––とか疑問はあるけど、そもそもアイツ等や僕もだけど、止まった空間で動いてるしな。僕達は止まった空間でも動ける時点で、通常の法則から外れてるんだ。
 だからエアリーロの風が届いたって不思議じゃない。それよりもこれを逃すことは出来ないって事だ。エアリーロ達が相手してるのはシクラ達、こっちに気を向けるだけでも命取りに成るはず。そんな危険を犯してまで寄越してくれた風だ。掴めなかったで済まされるわけがない。
 それにこれしかないんだ。これしか、皆を守れない! 


(セラ・シルフィングはもうない……けど、風の操作はこの体に、心に叩き込んだんだ!)


 僕は通り抜けてく黄緑色の風の最後の一撫でを掴む。腕に巻き付くようにうねるエアリーロの風。それは腕をもぐ勢いで暴れまわってる。僕はその腕をもう一方の腕で抑えつつ、上を見る。もう猶予はない。細かな操作なんてしてる暇もない。
 だけど幾らエアリーロの風でも闇雲にぶつけた所であの黒炎を消せるとも思えない。それにヘタをすれば風は炎を燃え上がらせる。


(だから鋭く––だ)


 この風を鋭い刀身の様に……一瞬でいい。僕は自身の風を混ぜて、そしてぶつかる直前で風を掴んだ手を真上に振り上げた。真っ二つに切り裂かれた黒炎は地面に落ちる前に消えていく。随分と曖昧な炎だな。
 まあだけどそんな事を気にしてる場合じゃない。とにかくこの状況をなんとかしないと。


「ロー––っつ」


 声を掛けようと思ったけど、ローレの奴は百合との戦闘で満身創痍になってる。そんなに時間……いや、この戦闘に時間の概念は意味ないか。それにあの二人は時間を狂わせてる元凶だしな。ローレの奴は召喚獣の力を行使出来る筈だけど、それは完璧じゃないと言ってた。
 百合の奴はチート能力を元々備えた化け物。幾らローレが凄い奴でもやっぱり一人で百合を倒すのは無理がある。召喚獣達は百合とローレの邪魔を他の奴等にさせないようにシクラ達と戦ってるようだけど、向こうも優勢とは言いがたい。
 召喚獣だから色々と無理は出来てるようだけど、その無理はきっとローレの奴に返ってきてる筈だ。しかも複数召喚がそもそも無理大きい技だった様な……そしてテリトリーじゃない領域での使用だ。
 平気そうな顔してたけど、無理してない訳がない。


(どうする? 今の僕が下手にあの中に飛び込んでも邪魔に成るだけ……)


 けどローレの奴と一緒じゃないと百合の時間操作を封じれる気はしない。そしてこんなチグハグな時間の中じゃ、僕達は圧倒的に不利。詰めたはずの差を、また引き離された感じ。そんな事を思ってると僕達の範囲の色が元に戻った。
 その瞬間止まってた衝撃の影響が動き出す。


「ずあ!? なんだ?」
「きゃあああああ!」


 アギトと天童さんがいきなり降り注ぐ瓦礫やらなんやらに驚いてる。当たり前か。アギト達は時間が止まってる事自体を認識してない。けど今は一応、範囲で時間停止が起こってる。それなら、一応そこに入らないように忠告しておけば……


「アギト、それに皆、色が落ちてる範囲が見えるか? そこが時間停止の範囲だから入らないようにしてればこっちに範囲が回ってくるまでは影響を受けることはないと思う」


 出来れば範囲に入らない様に回りこんで行ければ良いんだけど、あいにく世界規模の範囲だからそれはムリだろう。


「スオウ君、残念だけど僕達には色の違いなんてわからないよ。多分それは時を超越してる者達だけの目に見えてるんだと思う」
「そう……なんですか」


 自分に起こってる事が他の人達にも起こってるとは限らない。そもそも僕は特殊だということをもっと自覚した方がいいのかも。


「止まった止まってないなんてそもそも俺達には自覚できないんだろう? それなら動ける内に動くべきだ。ピクもあんな状態でバトルシップも無くなった今、花の城への突入は一旦保留にするしかない。
 どうにかして奴等を倒そうぜ。それが一番分かりやすいと思わないか?」


 アギトの奴は自嘲気味に笑ってそう言った。それが出来れば苦労なんてするか。けど……ほんとそろそろそれをしないと前へは進めないのかもしれない。僕はウインドウを開いて時間を確認する。


(残り五十分……)


 やれるのか? 時間内にシクラ達を倒して、セツリの元へ、そしてアイツを外に連れ出す事が。


(あれ? 待てよ)


 僕はバッと空を見上げて、そこに浮かぶ花の城を見る。やっぱりアレも止まってない。違う世界を構築しようとしてるあの城も、ここの時間外に居るようだ。それってつまり、皆が止まる度に、残り時間の差異が出ることになる。まだ大丈夫だと思ってても、実はもうタイムアップとか……そんなの堪らないだろう。
 どれを潰して行けばいい……どういう道を辿れば……全て上手くいく? そこに光があるのかすら分からない。けど今までだってそんな中を進んできたんだ。


「行けるか皆?」


 僕のその言葉に皆無言で頷くよ。それはそうだ。ここに居る奴等で、引く奴なんているわけない。また時間停止が回ってくる前に、突破口をなんとしても見つけないと……空を蹂躙するドラゴン達。地上を埋め尽くすほどにひしめき合ってるモンスターの大軍。
 そして絶対的な力を前に立ち塞がるシクラ達。戦闘には参加出来ない僕だけど、それでもアギト達とローレ達の戦闘に向かう。けどその時、遠くの建物の屋根からデカイ悪魔の姿が幾つも見えてきてた。



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