命改変プログラム

ファーストなサイコロ

甘やかしの魔法

「何を……した? 何をした貴様!!」
「よく聞け侵略者。これ以上貴様の好きなようにはさせん。その身に刻め、お前の暴挙を止めるのは第一でも第二でも第三でもない、この第四研究所所長––」
「ていやあああああああああああああああ!!」


 口上の途中で割り入ってきた叫び。それは空に現れた変な丸い球体から聞こえてた。なんだあれ? そう思ってるとなんとも無謀にタックルかましに行ってるじゃないか。おいおいそれは無茶すぎる。
 あの丸いのでガードできると踏んでるのか? それは余りにも楽観的過ぎるぞ。そもそも蘭の天叢雲剣を受け止める事が出来る物なんて実際はそうそうない。セラ・シルフィングだって一太刀で壊された……あんなメカメカしいボールみたいな形状、一刀両断されるぞ。
 それともあの形状には意味があるのかな? 接触した瞬間に回転して刃を受け流すとか? だけど流石に機械っぽいのにそれだけの精密な事が出来るのか疑問だな。受け流しって防御したり単純にかわすよりも高度な技術だ。それこそ経験が物を言うというか……だから(どうやって操作してるのかは知らないけど)ああいうので力を受け流すってのは難しそう。
 だけど既に突っ込んでるし、今の僕にはどうしようも……そして案の定蘭の奴はぶった斬ろうとその最悪な刃を向けてる。実際刀身は消えてその周りに揺らめく炎だけが見えるような状況だけど、あそこに刃はあるんだ。何者をも切り裂く、最強最悪の刃が。


「避けろおおおおおお!!」


 僕はそう叫んだけど、あの勢いで避ける––なんて芸当が出来るわけもなかった。どういう操作方法で操ってるかはわからないけど、人一人くらいはすっぽりと……というか、人一人を丁度包み込んでる様に見えるから、あの中には誰かが居るものと僕は勝手に思ってる。
 そんな誰かを思っての叫びだったわけだけど……端的に言うとあの無骨でガラクタの寄せ集めみたいな球体は天叢雲剣を受け止めてた。そんなんあり得なそうだけど……視界には確かに蘭の放つ炎と見えない刃があの球体の前で受け止められてる。
 いや、良く見ると当たってないようだ。見えない壁––つまりは障壁が蘭の攻撃と球体を隔ててる。


「まさか……」


 あの攻撃の威力を知ってる僕としては信じれない光景だ。てかなんかショック。いや、一刀両断されなくてよかったんだけど……一刀両断されたちゃったセラ・シルフィングの立場がないというか……てか、なんで止めれるんだ?
 障壁なんて物で止まる代物じゃないだろ。なにかトリックがある……そう思ってると所長が叫びを上げた。


「よせ助手!! 無茶は止めろ!!」
 予想してたけど、やっぱりあの中身はフランさんか。まあ所長と共に行動する人なんか彼女しかいないからな。わかりやすい。けど所長の反応を見る限り、あれはかなり無茶な行為のようだ。だけどそれはそうだよな。僕が一番無茶だってわかってる。
 やっぱりどう考えてもまともな方法で受け止めれる代物じゃないんだ。何か特別な、それこそさっき所長が使った謎の力っぽいのを使ってるのかも知れないけど、所長と同じことが出来るってわけじゃないようだし、それに手を離れた力と手元に置かれてる力は意味合いが違う。
 手から離れた力は基本それっきりだ。まあ生成中で浮いてるだけとかなら、威力を増すことは出来るだろうけど、撃ち放ってからはそうは行かないだろう。だからこそあの太陽の縮小版みたいな力は供給元もなく力を消す事が出来るわけだけど、手元に置かれてる力はそうは行かない。放たれたって強化できるし、大元––つまりは術者が倒れない限りは力は供給され続ける。
 それに殆ど蘭達の姉妹はその力が超膨大だ。もしかしたらだけど無限大なんて可能性も実は否定出来ない。HPバーとかは一応は見えるんだけど……それで力の総量が分かる訳じゃないからな。それにこいつらの場合、HPすらも殆ど減らないからな。見てるとやる気無くすだけからある意味意図的に視線を外してる。だって減らないHPとかずっと見てても虚しく成るだけだから! 


「小賢しい!!」


 蘭のそんな叫びが聞こえたと思ったら、球体の右側面を炎と見えない刃が貫通した。パラパラと部品が空に弾ける。その少し後に球体自身から小さな爆発音と共に炎が上がった。あれは不味い! 


「助手うううううううううううううう!!」


 そう叫ぶ所長が手を上へ掲げる。だけど次の瞬間僅かに蘭が剣を横に振ったのか、球体は今度は横に真っ二つに斬られた。衝撃が走る。だってさっきはまだ中央からズレてたからマシだったんだ。けど今度は完全に中央から斬られた。
 あれじゃあ中に入ってるであろうフランさんは……いつの間にか所長の声は聞こえなくなってた。上を見てるのは分かる。だけど多分、止まってるんだ。あの残骸に目を奪われて止まってしまってる。そしてそれは所長だけじゃない。周りにいる人達も、その意味がわかってる。だからこそ、口を開いたまま声が出ない状態に成ってる。
 膠着する周囲。すると落ちてきてる残骸の下部がバカッと開く。そこからなんと黒い煙の塊が落ちてきた。いや……あれは……


「助手!!」


 所長は直ぐに気付いたようでそう叫ぶ。確かにあれはフランさんだ。煙に包まれてたけど、その煙が空気抵抗で押されていくと中からフランさんが出てきた。取り敢えず怪我はないようだ……けど、このまま落ちたら怪我じゃ済まないよな。
 だけどそう思ってると所長の奴がその白衣を広げて……というか、拡張させてフランさんを包み込む。なんだあれ? あんな機能があの白衣には着いてたのか? フランさんは所長が上手く受け止めたから良いとして––って、不味い! 空に佇む蘭の奴がその手を引いてる。視線から言って二人まとめて消す気だ。


「避けろ!!」


 僕は咄嗟にそう叫ぶ。すると次の瞬間、爆音と轟音が轟いて周囲には炎の渦が巻き起こった。周囲から飛び交う阿鼻叫喚。目の前を見据えることも出来ない熱気が渦巻いてる。


「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」


 上から聞こえる怒号の叫び。きっとテトラとリルフィンだろう。けど更に業火の炎は勢いを増す。このままじゃ死人がやばい事になりそうだ。だけどそこで気付いた。よく考えたら僕だって不味いはずなのに、熱気以外は届いていない。HPに変化はないんだ。皆阿鼻叫喚して混乱してる。だから気付いてないのかも知れないけど……これは……


「全く面倒な事に成った。本当に面倒な事にだ……」


 炎が道を開ける様に避けていく。声の主は勿論蘭の奴だ。立ち上る炎さえも避けさせて、空中から降りてきてる。


「スオウ……」


 不安な声を出してギュッと力を強めてくるクリエ。僕はそんなクリエを背中に隠しながら蘭を見据える。ヤバイな……武器は無いし、頭痛が酷くて法の書を使うのもまだ無理っぽい。雑音というか、残響というか……頭へのノイズが酷い。
 別に頭でめくる必要は既に無いわけだけど、法の書を通して読み取るコードとか、それに対する命令は頭で組み立てる訳で、そこにノイズがあると集中が出来ない。それにさっきの感覚になれるかも謎だしな。
 あれは無我夢中で……いわいる覚醒状態だったところが大きい。それに命の最後の灯火というか、燃え尽きる瞬間に一際大きく燃え盛るあの瞬間だったからこそ、理解の範疇を超えたんだと思う。だから今の僕にはあの時ほどの大仕掛は出来ない。どうする?
 天叢雲剣は今度は僕に狙いを定めてる。周りには沢山の人達……どこへ逃げようと誰かを巻き込む事になる。再生された人達が人質になるとは……まあ蘭の奴は周りの人達なんか目に入ってないみたいだけど、でもその強力過ぎる力を振りかざせば周囲にも影響は絶対に出るわけで、こいつが気にしなくてもこっちは気にしてしまう。
 覚悟はしてたけど、まさかここまでの人間が再生するとは……予想外。


「この周りの奴等は貴様を助けてはくれないようだな。折角復活させたというのに、役立たずとは悲しいな」
「はっ、別に人間再生の意味はそこじゃないんだよ」
「別の狙いがあると? 全く、次から次へと、そろそろ諦めて死んでくれないか? ゴキブリみたいだぞ貴様」


 うるせぇ、誰がゴキブリだ。あんな気持ち悪いのと一緒にしないで欲しい。僕はんなカサカサ這いずりまわって……無くもないけど、あんな汚くないし。何も反撃の方法ないけど、取り敢えず時間稼ぐ為にでも会話しとくか。
 時間を稼げば何かが起きるかも知れない。統括達は何か策があるようだったし、テトラ達だってやられた訳じゃないだろう。それなら時間を稼ぐ意義はある。今の自分に何も出来ないからって諦めるのは早いよな。今僕は一人ぼっちじゃないんだ。


「ゴキブリか……その表現は心外だけど……それだけ厄介だって思ってくれたって事だよな。僕がこうやっていられるのも無能なお前のおかげって事だよ」
「スオウ!!」


 何いってんの? 的にクリエが吠える。確かに何寿命縮めるような事を言ってるんだと、自分でも思うよ。けどさ、持ち上げたりとか出来るわけもなし……僕たちは敵同士なんだよ。言葉を交わすとなったら、自然とこうなるのが必然。


「確かに……貴様は想像以上にしぶとかった。油断してた訳ではない。自分の無能さ、それは認めよう」


 なんと、まさか認めるとは。もっとこう激怒するかとも思ったんだけど……まあそうなったら殺されてただろうしよかったか。蘭はなんだかやけに姉って部分にこだわりがあるようだから、姉らしく振る舞ってくれてるんだろう。
 それかもしかしたら今まで感情的に成り過ぎた……と反省でもしてるのか。なんだかやけに冷静に見えて嫌な感じだ。ついさっきまでその炎の様に猛ってたじゃないか。冷静なんてのは、こっちからしたら色々と厄介なだけ。
 そこまで頭使う奴でもないけど……冷静になるって事は周りが見えるって事だ。ヒマワリよりは賢いし、冷静なら増援とか呼んじゃうかも。ここからは一対一じゃない、一対複数なんだ。まあこいつらの場合、複数を複数だなんて思ってないだろうけどな。
 その力は圧倒的なんだし……けど、冷静になって万が一を考慮するのなら、一人二人増やすことを選ぶかも。何故なら、ここまでの事が既に万が一の事だったはずだろうから。そして今、蘭は静かに炎をたぎらせてる。ハッキリ言って、こういう状態が一番厄介だ。
 ただでさえ力の差がありすぎるのに、冷静になって来られたら不味い。どうやらコードリリースまで使ったのにまだ終わってない現状に、蘭の思考は一周りしてしまったみたい。だからこそ、自分を冷静に見て、無能なんて言葉を受け入れたんだろう。


「全力だ。全力を尽くしてきた。だが貴様はまだそこに居る。そして私達から取り戻した物まである。これがシクラが貴様に拘る理由なのかもしれないな。本当に不思議でならんよ。どうしてまだ、貴様はそこに居る。
 いつまでもいつまでも……この世界に居る? 貴様が居るから……貴様が来ないから……貴様が死なないから、あと一歩で進まんのだ」


 何を言ってるんだ? よくわからないけど、つまりはさっさと死ねということだろう。それに蘭の瞳の奥に、確かな怒りが見て取れる。今までの様にわかりやすいものじゃないけど、僕を見据えるその目は突き刺さりそう……というよりも、切り刻もうとしてるほどに鋭い。
 なんだか無数の刃を喉元に当てられてるようで、冷や汗が滲んでくる。いや、さっきから汗は出てるけど、これはホント嫌な汗だ。周囲の炎も糞暑い。その気になれば、それらをまとめて僕に向けることだって出来るだろう。周囲に居た人達は、危険を感じ取って僕達から距離を取る様に向かいの建物に寄せ集まってる。
 でも、あれで安心な訳はないよな。


「スオウ、貴様はあの娘が……セツリ様が外に行けると思ってるのか? あの娘を優しく包み込む世界はここしかないんだ。分かるだろ?」
「……そうかもな」
「なら、もうそっとしといてくれないか? 貴様が居るとあの娘が苦しむんだ。今帰るのなら––」
「帰ってどうなるよ」


 間髪入れずに僕はそう言った。だってそうだろ。ここで諦める事なんか出来ない。だってもう、僕達だけの問題じゃないんだ。沢山の人が犠牲に成ってる。アイツが幸せに逝くための棺桶の犠牲にだ。
 道連れになんてさせない。させちゃいけない……そうだろ。本当に最悪な場合はさ……連れてくのは僕だけで良かったんだ。どうせ僕の事で悲しんでくれる人達なんて、両手あれば足りる程度だしな。普通に家族が居て友達が居てって人達よりは少ないだろ。
 だから最悪は……自分が犠牲に成れば……そう思ってた。でももうそんな考えじゃ収まらなくなった。最悪は無くす命が多すぎる。


「なあ蘭、お前たちって他の人達を解放する気は無いのか? コードを奪って、自分達の糧にした人達の事……どう思ってる?」
「仕方のない事だ。それにシクラが必要と言ったからな。アイツがどこまで考えてるかまではしらんから、糧にした奴等を開放するかも知らないことだ」
「お前等って……僕の事はかなり気にしてるようだけど、他のプレイヤーには無関心だよな。それってやっぱり僕がセツリに影響を与えるからか?」


 それしか考えられないけど、実際はどうなんだろう? 蘭の奴は僕に向けてた視線を周囲の人達に一度向けた。プレイヤー……じゃなく彼等はNPCの訳だけど、その目はゴミを見るような……かはわからないけど、取り敢えずなんだか空虚なものだった。
 僕に向ける厳しい視線とはどこか違う様に感じる。


「有象無象を気にかける奴がいるか? 私達から見たら、他など蟻の大軍と一緒だ。それにここに居たのはほんの一部だろう? 外には数十億という人間が居るというじゃないか。それならなんの問題もない。
 我等に必要な数を間引いたとしてもな。それで貴様等の世界は終わりを迎えることも変化することもあるまい」
「それは……」


 まあ確かに、犠牲に成ったのは数百人程度。その程度でリアルに変化は訪れないだろう。たぶんフルダイブというシステムが危険とみなされて終わっちゃうだろうけど、今はLROしか無いわけで、それだけだ。
 なんとなく、この姉妹は特別だから心とかそんなのを理解してるのかと思ってたけど、やっぱりセツリ至上主義なんだな。いや、それは当たり前だけど……その心をセツリ以外の為には向けてない。


(ん?)


 思ったけど、セツリの奴は他の誰かを巻き込んでる事を知ってるのか? 強制退場をさせたとかはわかってるだろうけど、数百人を‘犠牲’にしてる––そのことはどうなんだ?




「なあ、セツリの奴はお前たちが力の強化に何を使ったかわかってるのか?」
「知る必要があるか? あの娘の楽園を我等は創造するのみ」


 それはつまりセツリは知らないって事だな。都合が悪いとわかってるから言わない。シクラ辺りが口止めさせたんだろな。


「セツリの奴は身勝手な奴で、甘えきった奴だけど、多分誰かを犠牲にしても良いなんてのは思ってない。あいつにそんな度胸あるわけないから。お前達は主の意志に反した事をやってるんだ」
「それで、我等に止まれと? 出来ぬ相談だな。あの娘は確かに尻込みするかも知れん。だが、知る必要などない。それでいいんだ。何も知らず幸せな世界だけで生きる。それを実現するのが私達の役目。辛いことも苦しい事も持ち込んでは行けない。それを背負うのは我等姉妹の役目だ」


 蘭の言葉に、僕はため息出そうになる。ホント、どれだけ甘やかす気だよ。いや、多分もうとことんなんだろう。その為のコイツ等だ。それが役目なんだから何を言ったって無駄だ。ぶっ叩くのはこいつらじゃなくセツリじゃないと。
 でもセツリの元に行くには、こいつ等を超えなきゃいけない。どんだけ頑ななんだよ。当夜さんもさ、もうちょっと考えて欲しかったよな。どれだけアホな存在を生み出したのか……その責任はなかなか重いぞ。


「しょうがないな……」
「諦める気になったか?」


 僕の言葉にそう返す蘭。はは、諦める? んな訳ない。 僕にもうその選択肢はないんだよ。だから僕も同じ様に強い視線で見つめ返す。


「僕はアイツが幾ら嫌がってもリアルに連れ戻す。優しい言葉なんてもう掛け飽きたから、ぶん殴ってやるよ。だってそうしないと、あいつは死んだって幸せな場所にはいけないよ。犠牲になった人達の家族とかはきっとアイツを許さない。
 あいつは今はただの可哀想なやつだけどさ、このままじゃ犯罪者だ。立件なんか出来ないだろうけど、沢山の人の恨みはきっと、死してなおつきまとう。それくらい強いものだろ。想いって物は。逃げた先に楽園なんて無いんだ。だから僕は……諦めない」
「そうか……なら、どこまでも行っても我等は敵だ!」


 伸ばされる天叢雲剣。今の僕に防ぐ術はない。けど、その瞬間四方の炎から飛び出す影が四つ。



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